「まっ…ま、ま、ま、待ってくれっ!!」


 メルキゼからの攻撃を間一髪で避ける

 彼の一撃は火波の後ろに立っていた巨木に命中した
 メリメリ、と盛大な音を立ててその巨木は倒れて行く

 この攻撃が直撃していたら――…そう思うだけで火波の全身は震え上がった



「ふん…避けたか」

「そりゃ避けるだろ普通っ!!
 お前はわしを殺す気か!?
 わしは不老不死だぞ、そう簡単には――…」

「君が不老不死であることは理解している
 アンデットは細胞の一つさえ残っていれば、そこから永久に再生して行くからね
 けれど…君を粉々のミンチ状にして消し炭になるまで燃やし尽くせば話は別だ!!」


 ミンチ状って…
 夕食のハンバーグは意図的か!?



「まずは骨ごと粉砕させて貰う
 これで証拠隠滅にもなる…完全犯罪の成立だ
 シェルには君が失踪したとでも話しておくから安心して欲しい」


 完全犯罪宣言をされておいて、どう安心しろと!?

 …っていうか、これって完璧に殺人予告?
 ちょっとシメるとかいうレベルじゃなくて、殺る気満々なわけ!?


「ま、待てっ…待ってくれ!!
 話し合えばわかる、話し合おう!!」

「問答無用だ!!
 火波、覚悟っ!!」

「ぎゃああああああ」


 鋭い蹴りが頬を掠める

 本気だ
 本気で殺る気だ

 だって目が…目がマジなんだっ…!!





「め、メルキゼデクっ!!
 わしが一体何をした!?
 理由を聞かせてくれ、理由をっ!!」

愛の力だっ!!」


 ………。
 ……………。

 はい?


「真実の愛が私を戦場へと駆り立てる――…
 私の愛の怒り、その身をもって思い知るんだ!!」

「ち、ち、ちょっと待てぇっ!!
 これって会話噛み合ってるのか!?」

「私の愛の力で砕け散るがいい!!」


 そんな力で死にたくない

 って言うか今時『愛の力』って…
 二昔前の青春マンガじゃないんだからっ…!!

 そもそも、この展開って…何?



「さあ火波、カーマインを賭けて私と勝負だ!!」


 何で!?

 突然展開が変わってないか!?
 いや、それより何でカーマイン!?


「いっ…要らんっ!!
 カーマインなんか欲しくないっ!!」

「私の最愛の人を『なんか』呼ばわりするなぁっ!!」

「ひいぃぃっ!!
 わ、悪かったっ!!」


 で、でも…
 でも本気で要らねぇ!!

 勝っても負けても全然嬉しくない…!!



「さあ食らえ!!
 私の心踊るラブ・アタック!!


 何か意味合いが違ってきてるし!!
 というかそんな技で死んでたまるかぁ!!


「き、今日のお前、変だぞ!?
 自分の言っている内容理解出来ているか!?」

「私は至って真面目だ!!」


 真面目=まともとは限らないんだって!!



「愛の前には障害が付き物!!
 そんな事くらい、私にだってわかっている!!
 何もかも理解した上で私は君を倒すっ!!」

「わしには今の状況が理解できんわっ!!」

「これが真実の愛だっ!!」


 いや、あの…
 これだけは断言できる

 絶対違う


「私は愛の為に戦う!!
 何故ならそれこそが愛だから!!
 これも愛、それも愛―――…全ては愛の為に!!」



 何言ってるか良くわからん


 わからないけど―――…でも、このままだと死ぬ
 確実に殺される

 吸血鬼が不老不死と呼ばれるのは、何度刺されようとも復活するからだ
 どんな傷を負っても時が経てば再生して元通りになるのだ

 細胞の一片、核の一つさえ残っていれば、そこから永久的に再生を繰り返す


 しかしメルキゼは容赦無い
 完全に消滅させる気満々だ

 そうなってしまっては元に戻ることも、成仏して天に昇ることもできなくなる


 どうせメルキゼのことだ
 また何かを勘違いしているに違いない

 勘違いで殺されるのは、あまりにも切な過ぎる
 とにかく早く勘違いを正さないと取り返しのつかない事態を招く





「愛という名のもとに、君を倒すっ!!」

「ま、待て、誤解だ!!
 お前はまた何かを勘違いしてる筈だぞ!?」

「勘違いは誰にでもある
 些細なことを気にするな」


 生死にかかわる問題なんですが

 これって些細じゃないよね?
 かなり重大なことだよねぇ!?


「手始めに食らえっ!!
 一撃必殺の頭蓋骨粉砕蹴り!!」

 手始めも何も、一撃必殺ってお前…
 初っ端から致命傷狙いなの!?

 いや、確かに一発でも食らえば普通は逝くだろうけど…


「くっ…火波って、意外と素早いね…
 まずは足を狙って動きを封じるべきか、それとも目を――…」

 なんか怖いこと言ってるぅ――…っ!!



「ひっ…ひいぃぃぃ―――っ!!」


 こうなったらもう、
 逃げるしかない

 情けない話だが自分の手には負えない
 シェルやカーマインに助けを求めればメルキゼも手を出せないだろう

 まさか三人がかりで襲ってくることはないだろうし

 とにかく小屋まで逃げ込もう
 火波は踵を返して山道を駆け出した


 ―――…が



「逃がすかっ!!」

 その言葉と同時に、
 突然、足元に巨大な火柱が上がった


「うわああああああっ!?」

 バランスを崩してその場に倒れ込む火波
 倒木に横っ腹を強打したが、そんなことを気にする余裕も無い

 とにかく逃げなければ


 ―――…が、こんな時に限って足が動かない


 よく見ると木の蔓が足に絡まっている
 更に枯れ枝にはマントが引っかかっていたりもする

 今、火を放たれたら最悪だ
 何せご丁寧に焚き付け用の薪まで用意している状況なのだから


 これはさぞかしよく燃えるだろう




「だああああっ!!
 どこまで運が無いんだ、わしはっ!!」


 何とか抜け出せないものかと、
 とりあえず両手をバタバタさせてみる

 指先に何かが触れた
 溺れる者は藁をも掴む

 火波は反射的にそれを握り締めた


 それは先程メルキゼに投げ付けられた手袋だった
 白旗代わりに振ってみても駄目だろうなぁ…

 って、よく見たらこれシェルの軍手だし



「軍手で決闘申し込むなよぉぉぉ…!!」

 がっくり
 思わず脱力して地面に突っ伏する火波

 その時、顔に何かが当たった


 ぐにっ

 変な感触

 植物にしては妙に弾力がある
 しかも何だか暖かい


「………?」

 恐る恐る顔を上げる

 そして視線を向けると、そこには白い物体
 柔らかくて粘り気があって微かな湯気が立っている


 巨大なモチがそこにあった





「……なっ…何で!?」


 誰がついた!?
 一体、誰が何の目的でここで餅つきを!?

 いや、餅つきは百歩譲って良いとしよう
 で、でも…でもっ…!!


 何でモチをこの場に放置!?


「…もう…何もかもがダメな気がしてきた…」

 狩に出かければ素性不明な少年エルフにコケにされ、
 海に行けば通りすがりの忍者にタックルをかけられ、

 そして、森へ出れば顔面に餅



「…なんで…こんな、わけのわからん事ばかり…」

「さあ、これで思い残すことは無いね」

「心残りだらけだっ!!」


 死ぬ間際、最期に見たものがモチと軍手だなんて嫌過ぎるっ!!
 最期に触れた温もりがモチだったなんて…笑い話にしかならないじゃないかっ!!

 …っていうか、そもそもこのモチは一体どこから来た!?



「さあ、今こそ愛の勝利のときっ!!」

「だあああああっ!!
 この心ときめく勘違い男がっ!!
 これ以上、妙な事にわしを巻き込むなっ!!」


「誉めても何も出ないよ」

「誉めてないっ!!」


「あ、このお餅は火波にあげる」

絶対要らん!!


 こんな怪しいもの食えるか
 それ以前にモチなんか食ってる余裕なんか無いし

 …っていうか、そもそもこれ本当にモチか!?



「め、メルキゼデク…」

「ん…何?」


「モチって…普通に森に落ちてるものか…?」

「うん」


 躊躇い無く頷きやがった!!


「いや、それは絶対に無いだろう!!
 大体モチってのは米を蒸してから杵で――…」

「だってほら、土の下にはモグラが住んでるから」


 モグラとモチになんの接点が!?
 何の説得力も無いんですけど!!

 っていうかメルキゼは普段、モチをどうやって作ってるんだ!?

 まさか森で探してたりしないよな!?



「土から顔を出したモグラを引っこ抜くとね…
 まぁ多くは語らないけれど、つまりはそういう事だ」


 つまりって、おい…
 何の説明にもなってない

 というか、
 話が千切れるにも程がある


「おい、さっぱりわからんぞ」

「料理の話は奥が深いって事だ」


 今のは本当に料理の話なのか!?




「ああもう、小さいことは気にしないで
 煩いからお餅で火波を包んじゃおう」

「こらーっ!!
 包むな、包むなっ!!
 わけのわからん事をするなっ!!」


 モチで包んでこようとするメルキゼの手を振り払う
 当初の体術の応戦と比べると何とも馬鹿げているというか、平和的というか…

 いや、見た目に反して現状はちっとも平和ではないのだが…


「人の顔をモチで包むな!!
 わしはアンコではないっ!!」

 もういい、殴る
 一発殴らなければ気が済まない


 軍手を握っていないほうの手を握り締めると、
 それを大きく振り上げた

 その瞬間―――…


 かぽ


 握り締めたコブシに何かが被さって来た
 どうやら何かが上空から降ってきたらしい



「………?」


 そーっと、視線を向ける

 まず目に入ってきたのは『WC』の二文字
 そして目に馴染んだ、誰もが見知ったフォルム

 火波の手にすっぽりと被さっていた物

 それは、トイレ用のスリッパだった



「…えーっと………何で?」

「さあ…?」


 どうしてここに…これが?

 スリッパって空から降ってくるものだったっけ?
 いや、モチが森の中に落ちているくらいだから不思議じゃないのかも知れないけど


 右手に軍手
 左手にスリッパ
 そして顔にはモチ

 この状況を一体誰が予測できただろう

 自分でも良くわからない状況で、とりあえず途方に暮れる
 が、どうやら自分には困る余裕すら与えられないらしい




 すぱ――――ん!!!!!


 妙に乾いた音が森の中に響き渡った

 一体、何の音だろう
 しかし考える間もなく原因はわかった

 一瞬の間を置いた後、突然メルキゼが頭を押さえてうずくまったのだ


 彼の後ろには、何時の間にか一人の青年が立っていた
 手にはしっかりとスリッパを握り締めて



「…い、痛いよ…カーマイン…」


 頭をさすりながらメルキゼがグスンとひと泣き

 しかしトイレ用スリッパを構えた青年―――…カーマインは、
 阿修羅の如く怒りの形相でメルキゼを睨み付ける


「…ったく…お前って奴は…!!」

「ひぃっ…こ、怖いよカーマイン…」


 先程までの勢いは何処へやら
 完全に縮み上がっているメルキゼ

 どうやらここは恐妻家のようだ




「火波さん、本当にご迷惑をおかけしました」


 まったくだ

 まぁ、どうせいつもの勘違いなのだろうが
 とにかく今は自分が助かった安堵感で手一杯だ


「これから、こいつにみっちりと説教と説明をしますんで…
 俺たちはしっかりと誤解が解けてから家に戻りますから、
 火波さんは先に戻っていて下さい」

「…あ、ああ…
 メルキゼの扱いはお前の方が手馴れているだろうからな
 悪いがそうさせて貰うぞ」


 とにかく一刻も早くこの場から立ち去りたい

 少なくともメルキゼの勘違いが治るまでは、
 彼の傍から一定の距離を離れていなければ安心出来ない




「あ…それと火波さん
 悪いんですけど、これ…トイレに戻しておいて下さい」

 もう片方のスリッパを手渡される


 あぁ…やっぱり
 うちのトイレのスリッパだったか

 どこかで見たデザインだと思ったよ



「じ、じゃあ…そういう事で」

「はい、後で改めて謝罪させていただきます
 ――――…ほら、メルキゼも頭下げろよ」

「だ、だってぇ…」


 …とりあえず、後のことはカーマインに任せよう

 火波は適当にその場を繕うと、
 あとは脱兎の如くの速さで小屋へと逃げ帰った


 とりあえず一番の被害者は火波であることに間違いはなさそうだ








「おお、戻ったか」

「ああ…奇跡の生還を遂げたぞ」


 シェルから冷えたレモネードを貰って、ようやく一息つく

 随分と酷い目に遭ったものだ
 思い起こせば思い起こすほど、つくづく自分は不運だと感じる



「一体、何がどうしたのじゃ?
 食器を洗い終えるなりカーマインが突然、お主らの後を追ってのぅ…」

「…ああ…ちょっとな…」


「心配しておったのじゃぞ
 ちょっと、では納得できぬわ
 きちんと説明して貰わねば…」

「ああ…だが、そう言われてもな…」


 自分でも良くわからないのに、
 それをシェルに説明するのは難しい

 それでも何か言わないことには彼も納得しないだろう



「…モチを…」

「…………もち?」


「メルキゼデクにモチで包まれそうになってな、
 それをカーマインがスリッパで阻止してくれたんだ」

「…………なにそれ…」


「いや、それが…わしにもよくわからんのだが…」

「…………心配して損した」


 呆れ顔のシェル

 確かに聞いてる分には馬鹿馬鹿しいかも知れないが…
 でもわし、本気で死にかけたんだけど

 その辺については深く説明するべきなのか、
 それとも自分のプライドのためにも黙っておくべきなのだろうか…



「それで、二人は?」

「少し話し合ってから戻るそうだ
 まだ多少掛かるだろうと思うが」


「ふむ…ならば、顔と髪を洗ってきてはどうじゃ?
 幸いにして流し台は掃除したてじゃし…」

「ああ、そうだな
 …やっぱりモチ、ついてるか?」


「うむ…最初、鳥のフンかと思ったが…」

「ある意味、鳥のフンの方がまだマシかも知れないな」

 鳥のフンで死ぬことは無いが、
 モチは窒息死することがたまにあるし

 …何だかトラウマがまた増えた気がする


「はぁ…今夜はモチに襲われる夢を見そうだ」

「お主の不運っぷりは一笑に値するのぅ…」

「やめてくれ…本当に…」


 がっくり

 脱力と疲労感で肩を落としながら、
 火波は髪を洗うためにキッチンへと足を運んだのだった


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