「今日は買い物に付き合ってもらったけど、
 シェルは友達ってだけで、特に特別な感情は無いのよ」


 食事中、一番饒舌なのはリャンティーアだった

 食事をしている時間よりも、
 喋っている時間の方が明らかに長い


「アタシって基本的に年上の方が好みなのよ
 それに自分より綺麗な男って見てる分にはいいけど…
 付き合いたいとは思わないわね、女としての立場が無いもの」

「……は、はあ…」

「それにシェルは女の子に全然興味ないし
 一緒に歩いてても彼ったら男の人ばかり目で追ってるのよ
 もうイヤになっちゃう…シェルはアタシにとって恋愛対象外だわ」


 リャンティーアはシェルに興味がない事を強調して話している
 というより会話の内容の大部分がその事で占められている

 話の矛先が火波に向けられているのは明らかだ


 火波がシェルに片想いしている…と、完璧に信じ込んでいる






 ――――…勘弁してくれ…


 頭が痛くなってくる
 どうしてこんな事になってしまったのか


 …いや、原因は自分にもあるのだ

 あの場で必要以上に慌ててしまったのがいけなかった
 傍から見れば、本気で自分がメルキゼに相談していたように見えただろう


 自分の取り乱しようは確かに信憑性のあるものだった
 落ち着いて流せていたらリャンティーアも本気にしなかっただろうに…

 …ここまで信じ込まれてしまっては、今更何を言っても言い訳に聞こえてしまう



 しかも―――…


 隣の席についている少年に視線を向ける
 その少年――…シェルと目が合った

 にやり、と意地の悪そうな反応が返ってくる

 シェルは明らかにこの現状を楽しんでいた
 事情を知っているくせに、全くフォローに入ろうとしない


 ―――…このガキはっ…!!


 彼が一言メルキゼの性格を言ってくれれば誤解も解けるだろうに
 自分の額に青筋が増えて行くのを、まるで絵画を見るかのように観察しているのだ

 しかもシェルは彼女の前で意図的に神妙そうな表情を浮かべるのだ
 そうすると焦ったリャンティーアは更に火波に対してフォローの言葉を重ねる

 そして彼女の死角になる所で火波に向かって笑顔


 …張り倒してやりたくなる





「…お前、性格が悪いにも程があるぞ…」


 リャンティーアにどれだけ気を遣わせていると思ってる
 そしてどれだけわしの神経にダメージを与えていると思っているんだ

 その辺の迷惑をわかっているのか――…

 いや、全てわかった上での行動なんだ…こいつの場合は…



「…ったく…可愛くないガキだな…」

「そんな事を言って…
 本当は好きなくせにぃ〜素直じゃないのぅ」

 つんつん

 肘で突っつかれる
 いよいよ血管が切れそうだ


 オオカミ化してひと暴れしてやりたい衝動を必死に抑える



 そして、こっちもまた必死なリャンティーアの姿

「しっ、シェルも揶揄するんじゃないわよっ!!
 人の心なんて何かの切っ掛けで変わるものだし…
 あ、あ、アタシから見たら意外とお似合いよ、アンタたちも――…」


 一心不乱にフォローに徹しているリャンティーアが気の毒になってくる


 頼むから彼の腹黒い表情に気付いてくれ
 わしらはシェルに遊ばれてるだけなんだ…っ…!!

 リャンティーアの反応にシェルはどんどん調子に乗って行く






「でも拙者、火波は好みじゃないのじゃ〜」

「そ、そ、そうかしらっ…?
 でっ…でも良く見ると鼻も高いしイイ男じゃない?」

「ん〜でもぉ〜…やっぱりイマイチじゃのぅ〜」

「わわわっ…そ、そんな事はないでしょっ!?
 ほら、背も高いし逞しいし…わ、悪くないんじゃないっ!?」

「えぇ〜…?」


 シェル…その位にしておいてやれ
 なんだか本気でリャンティーアが可哀想になってきた

 何でもいいからフォローの言葉をかけてやりたい
 でも、こういう時に限って言葉が思い浮かばない


 元々喋るの上手じゃないし…許せ、リャンティーア…




「ほ、火波の何処が不満なのよっ…!?」

全部


 こら



「ぜ、全部って事は無いでしょうっ…!?
 少なくとも顔は悪くないわよ? ねっ、そうでしょう!?」

「でもアンデットじゃしのぅ
 いくら拙者でも、死人はちょっとイヤなのじゃ
 デロデロというか…どうも汚いイメージが…」


 このガキ


「大丈夫よ、このタイプは腐らないから!!
 とりあえず衛生面に問題は無いわ!!」

 そのフォローはどうかと思う



「血、吸うし…」

「蚊やブヨだって血は吸うわ!!
 火波を吸血鬼だと思わずに虫だと思えばいいのよ!!」


 思わないで

 というか

 フォローになってない




「それにオオカミやコウモリに変身するしのぅ
 拙者、獣キャラを恋愛対象として見る事がどうしても…」

「あれは着ぐるみよ!!
 そう思い込めば問題無いわ!!」


 無理があります

 というかリャンティーア…

 テンパってるのはわかるけど、あまりにも自分を見失い過ぎて、
 既に自分が何を言ってるのかわかってない状況に陥ってるな…


 シェルは完全に楽しんでるし――…





「それに火波は――…ブツがショボい!!


 言いやがった


「そっ…それは…っ…
 で、でも男は大きさじゃないわ!!
 デカけりゃいいってものでもないでしょう!?
 一番大切なのはテクだって言うじゃないっ…!!」

「だって火波じゃぞ!?
 テクなど無いに決まってる!!

「たっ…確かに…!!



 お前ら…





「で、でも一応…既婚者だったのよね!?
 子供もいたって事はそれなりに経験もあるって事だし…」

「じゃが本当に火波の子だったという確証は無いぞ!?」


 何を言い出すんだお前



「た、確かにヘタレな夫に嫌気がさして他の男に…
 …っていう可能性も捨て切れないけれど…!!」

「そうじゃろう!?
 明らかに甲斐性無さそうじゃし!!」

「火波の場合、種無しってオチもありそうだわ…!!」

「おお…確かにありそうじゃ!!」



 ねぇよ!!

 大人として一言だけ言ってやりたい
 キレると恐いのは若者だけの特権じゃないということを…!!





「…というわけで、やっぱり火波はイマイチじゃ」

「だ、大丈夫よ!!
 火波が短小のノーテク男でも打開策はあるわ!!」


「うむ…?」

「火波が受けになればいいのよ!!
 そうしたらスズメ涙の極小サイズでも問題無いわ!!」


 侮辱罪で訴えたろうか



「…む〜気が進まぬ…
 こんなゴツい男を抱くのもなぁ…」

「そ、そんな事無いわよっ!?
 火波ってやっぱり生粋のM気質だと思うのよ!!
 案外、受けの方が性に合ってるかも知れないわ!!
 いいえ…むしろ天性の受けなのだと思うべきなのよ!!」


 それでフォローのつもりか小娘





「ま、まあ身体の相性は改善の余地があるわ
 付き合っている内に熟練度も上がって行くわよ」

「じゃが…この性格はどうしようもあるまい」

やっぱり性格が問題かしら?
 確かにちょっと暗い所があるわよね」

ネクラなヘタレは…のぅ…」


 悪かったな



「で、で、でも、ネクラにもいい所はあるわよっ!?
 チャラチャラして軽薄そうな優男より信用出来そうじゃない!?」

「火波の場合はあまりに暗過ぎて…
 何を考えてるか理解不能で逆に信用出来ぬ
 素顔が既に思い詰めた造形をしておるからのぅ」


「大丈夫よ、早まった事だけはしないわ!!
 そんな度胸が火波に存在する筈が無いもの!!」

「そうじゃな」


 そこで頷くな




「じゃが…やはり火波はダメじゃ…受け付けぬ」

「な、なんでよっ!?
 火波にだっていい所はあるでしょう!?」

「ここまでボロクソに言われてるにもかかわらず、
 一言も言い返せないでおるチキン野郎に惚れる事など出来ぬ」


 痛っ!!

 …今の…地味に傷付いたぞ、シェル…
 図星なだけに、かなりグッサリ来たし



「あ、あ、あ、…だ、大丈夫よ火波っ!!
 チキンはチキンなりに長所があるわっ!!
 ほっ…ほら、多少気が弱い方が戦場では生き延びられるって言うし!!」

「いや、既に死んでおるが

「あ゛っ…
 あ、あ、その…えっと、で、でも…ね!?
 火波の場合、生きてても死んでてもそう違わないわよ!!」


 わしって一体…




「…火波、ボロクソ言われておるのぅ…」

「アンタねぇ、ちょっとは気を遣いなさいよ!!
 さすがの火波だって傷付いちゃうでしょう!?
 せっかくアタシが必死にありもしない長所を必死に探してるんだから!!」


 リャンティーア…
 今のその一言にわし、かなり傷付いたんだが…



「じゃが、無いものは無いのじゃ!!
 これ以上フォローを重ねても火波が惨めになるだけじゃぞ」

「そんなこと百も承知よ!!
 それでも何かひとつくらい火波にもいい所があってもいいでしょう!?」


「じゃがひとつも無いのだから仕方あるまい」

「探せば何処かにあるかも知れないでしょ!?」



 今なら泣いても許されるだろうか





「よ、よく考えてみなさいよ
 アンタ今まで火波と旅してきたんでしょ!?
 何か一つくらい火波の良い所…知ってるんじゃない!?」

「ん〜…そう言われても…
 やっぱり思い浮かばないのぅ」

「そ、そんな事言わないで…何かあるはずよ!?
 ほっ…ほら、例えば火波の『ココが好き』とかいう場所は無いの!?」


「うーむ…そうじゃのぅ…
 ――――…あっ…ひとつだけ、あった」

「本当に!?
 あぁ、良かったわ…!!
 それで、火波の何処が気に入ってるの!?」



乳首がピンクな所じゃな」


 ……………。

 ………………………。



 し―――ん…


 ど、どうしよう…
 空気が凍った…



「えっと…えーと…
 よ、よかったわね、火波…
 今度からアンタ、長所は? って聞かれたら、
 乳首がピンクですって答えたらいいわね」


 新手のセクハラですか



「…もう、いっそ…
 長所無しの方がマシだ…」

「ひ、悲観的にならないで!!
 大丈夫よ、今日から乳首を鍛えるって新たな目標が出来たじゃない!!」


 勝手に人の目標を定めるな



「そっ…そうだわ!!
 自分で長所を作ればいいのよ!!
 火波、今日から下の口も一緒に鍛えなさい!!」


 長所に何を言わせる気だ






「あはははは…」

「こら、シェル
 お前もそこで笑うな」

「じ、じゃが…仕方があるまいて
 自主トレに励むお主の姿を想像したら笑いが…っ…」

「―――…こらこらこらっ!!
 お、お前、勝手に変な想像するなっ!!」


 こつん

 シェルの頭を小突くと火波はテーブルに突っ伏する
 止め処なく押し寄せる疲労感と脱力感で力尽きた



「…ああ、良かった…
 とりあえず丸く収まったかしら…」

どこがだっ!?

「だ、だ、だってアンタたち、やっと話すようになったじゃない!!
 ずっと気まずい沈黙が続いてて…すっごく居心地悪かったんだから!!」


 こっちも居心地の悪さでは負けてないと思う




「…ったく…」

「そう辛気臭い顔をするでない
 メルキゼデクが戻ってきたら、
 通夜の最中だと勘違いするではないか」


 ちなみにメルキゼデクはカーマインの部屋に行っている

 本人はカーマインの様子が心配なのだと言っていたが、
 余計な事を言ってこれ以上状況を悪化させないようにと自主的に席を外したようだ


 メルキゼデクにしては良い判断だ



「明日は何をして過ごそうかのぅ…」

「ほ、火波と二人で遊びに行って来たら?」

「………勘弁してくれ……」


 これから当分の間、こんな煩わしい生活が続くらしい

 ストレスで胃に穴が開かないか心配だ
 カーマインが一日も早く目覚めるよう祈らずにはいられない火波だった


 部屋の空気が柔和した事を察知したのだろう、
 暫くしてメルキゼが戻ってくる





「カーマインの様子はどうじゃ?」

「うん、普通に眠ってるみたいだったよ
 でも身体の中ではバイオハザードが起きてるんだろうね」

 さらりと言うな


「どんな姿になるのだろう?
 私は彼がどんな姿になっても愛せる自信はあるけれど…」

「そうねぇ…幼い姿から一変して、
 いきなりマッチョになっちゃったらどうしましょ?」


「猫耳が生えても面白そうじゃのぅ…」

「興奮すると耳から触手が出るような特異体質になったら壮絶よね」


 少しはメルキゼに気を遣え
 火波は神妙な面差しで黙り込んでしまったメルキゼを気遣う



「…あまり気に病まない方がいいぞ
 その時になってから考えればいいのだからな」

「うん…でも、やっぱり気になる…
 カーマインに触手が生えてしまったら――…」


「い、いや、こいつらの言う事はあまり本気にしない方がいいぞ」

「でも、どうしても悩んでしまうよ
 触手部分にも服を着せるべきなのかどうか…
 それともリボンのようなものを巻いておく程度でいいのだろうか?」


 相変わらず悩む所がズレてるな



「じゃが最悪の場合…全身が毛だらけになり、
 翼の生えたオオカミのような姿になるかも知れぬ
 そして夜な夜な血を求めて彷徨うような事になったらと思うと…」

 それ、わしの事だよな?


「鼻からビールを垂れ流しながら、
 薄笑いで腰を振りつつ迫ってくるような姿になったらどうしましょう?」

「それで頭にネクタイを巻いておるのじゃよな?
 で、手には寿司の手土産をぶら下げて…」


 それは会社帰りの酔っ払い



「…ごめん、みんなにも心配かけて
 でもみんながいるから私も頑張るよ」

 いや…約2名は明らかに面白がってるだろう
 それより、どうやったらこの会話の流れでそういう発想が…


 何より気になるのは、
 この男を恋人に選んだという無謀な人間の存在だ

 さぞかし逞しい神経の持ち主なのだろう…
 少し羨ましい気がする火波だった


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