部屋に明かりが灯される
 外は随分と薄暗くなってきていた


「…あぁ、もう日が暮れてきたね」

「そ…そうだな…」


 長かった…
 この時が来るのを一日千秋の思いで待っていた

 もうすぐシェルたちも帰ってくるだろう
 ようやくメルキゼと二人きりという状況から解放される



「シェルたちは何処まで行ったのだろう?」

「さぁな…まぁ、特に心配はしていないが
 わしらの歳から見ればまだ子供だが、それなりに分別もついている」

「そうだね…シェルたちなら大丈夫かな
 最近の子供って、しっかりしていると思う
 …そういえば、火波って歳はいくつ?」


 ここで正直に答えたら卒倒されるだろう
 エレンの言った通り、享年以降の歳はカウントしない方が良さそうだ

 どうせこれ以上歳をとることも無いのだろうし


「……さ、32…だ」

「ふぅん…意外と若いね
 100歳超えてるような気がしてた」


 何でそんな所だけ鋭いんだ
 野生児の勘なのだろうか…恐るべし

 天然な奴に限って勘は鋭いというが――…あながち間違ってはいないのかも知れない





「…ま、まぁ…外見などアテにならんだろう
 お前の恋人だって、歳のわりに童顔だし…」

「それはそうなんだけれどね
 私はよく年齢不詳とか言われるよ」

「確かにな…」

 外見年齢がどうとか言うよりも、
 彼の場合は精神年齢との差が――…いや、みなまで言うまい


「シェルの場合は逆だな…
 中身がマセてるせいで、見た目より上に感じる」

「火波の事を考えると、良いバランスだと思う」

「…ほっとけ」


 …どうせヘタレだよ、わしは…

 ちょっと拗ねた
 肩肘付いて、頭上の明かりを見上げる


 その視界を青白い光が横切って行った



「…人魂…か…」

 そういえば近くに墓地があるんだった
 森を抜けた所には教会もある


 この魂も、朝日が昇る頃には天へと招かれている事だろう――…


 しかし綺麗に澄んだ色をした魂だ
 持ち主は、さぞかし善良な心の持ち主だったのだろう

 心の美しさは、そのまま魂の美しさになる
 美しい魂は天に歓迎され、天上の門を通る事を許されるのだ

 善人が持つ魂の輝きはどんな宝石にも勝る
 この美しさを一度、シェルにも見せてやりたい


 だが、それも無理な話だ

 生身で霊の姿を見る事が出来るのは、ほんの一握りの連中だけだ
 死者の姿を見る為には、自らも死者の仲間とならなければならない

 …いつかはシェルも、このような魂の姿になって天へと昇って行くのだろう



 ランプの明かりに照らされて、淡い輝きを放つ魂
 火波はその美しさを心酔するかのように眺めていた

「…綺麗だ…」

「色からして、水属性の魔だったみたいだね
 …あ、そっちは行かないで、カーマインが寝てるから」


 窓を開けて、『お帰りはあちら』と誘導するメルキゼデク
 そして、それに素直に従ってふわふわと帰って行く人魂

 双方とも凄くスムーズかつナチュラルだ


 しかし―――…





「…ち、ちょっと…待て…」

「どうしたの?」

「お前…もしかして、あれが見えていたのか?
 というか、確実に見えてたよな!?
 しかも帰り道の誘導までしてたよな!?」


 何故だ?
 どうしてメルキゼに霊が見えるんだ!?

 …いや、彼に関してはもう『何でもアリ』感は否めないが…
 それでもまさか霊感まであったなんて知らなかった


「たまに、迷子になっていたりするから…
 道を教えたりするのだけれど、魂って綺麗だよね
 でも…それをカーマインに言うと恐がられてしまって…」

「まぁ、見えない連中からすれば恐怖感が湧くだろうな…
 それに魂ならまだ良いが、中にはエグくてグロいものもあるし
 というか死者…アンデットの類は大半がスプラッターだからな」

「うん、カーマインはアンデットが嫌いだそうだから…
 たまに道を歩いて見つけちゃった時は、さり気なく位置をずらすんだ
 いくら見えないからって、やっぱり幽霊の身体の中を直進させるのは可哀想だから」


 そっか…
 わしがアンデットだと知られたら大変な事になるな…

 それ以前に、彼の前でオオカミに変身する事も絶対に避けなければ



「まぁ、アンデットも見ていて気持ちの良いものではないしな」

「うん…でも、火波は大丈夫だよ」

「……………。
 なあ、ひとつ聞いてもいいか?
 お前って一体、何を何処まで知ってるんだ…?」


 何だか恐ろしくなってきた

 …もしかしなくても、正体バレてそうな予感
 もしかして、リャンティーアが自分の事を話したのだろうか…




「ああ、心配しなくて良いよ
 推測で話しているだけで、実際は何も知らないから」

「……はあ…?」

「私って、いつもそうなんだ
 自分の独断と偏見と想像で勝手に行動してね…
 おかげで随分と迷惑かけたし、取り返しの付かない事にもなったよ」

「そ、そうか…
 確かに想像力が逞し過ぎる所もあるが…」


 しかし今回のように、
 偶然当たってしまう事もあるから怖い


「ねえ、火波…
 私たちは友達だよね?」

「あ、ああ…」

「…よかった」


 にっこり

 本当に嬉しそうに微笑まれる
 …どうしたら良いのかわからない




「…ねえ、火波…
 これも私の勝手な想像と推測なのだけれど…」

「な、何だ…?」

「私って、どちらかと言うと…
 シェルたちよりも火波に近い存在だと思うんだ
 こうやって皆と同じように普通の生活はできているのだけれど…」

「…メルキゼデク…?」


 自分と近い?

 それは一体どういう意味での事だろう
 様々な方向に受け取れるせいで、言葉を返しにくい



「それは――…」

「あ…深い意味は無いんだ、気にしないで
 ただ、火波に対して少し親近感がある…って事を言いたくて」

「そ、そうか…
 それはどうも」

「うん…だから、ね?
 シェルの事も…気軽に相談に乗って欲しいんだ」

「…………いや、それはちょっと……」


 ちょっとどころではなく、
 かなり遠慮したいものだ

 というか、何故ここでシェルの話が?





「やっぱり、シェルの事が気になっていたのだろうね
 昼間からずっと落ち着かない顔をしているから…」

 いや、それは他ならぬメルキゼ自身のせいだろう
 何をやらかすのかと、気が気ではなかったのだから


 とは言え、それを彼に説明するのも難しそうだ


「…子供同士とは言え、女の子と二人きりだし…
 デートって言っても過言じゃない状況だからね
 シェルの事が好きな火波にとっては、ヤキモキした気持ちになるだろうと…」


 …なりません…

 というより、いっそ、
 二人がくっついてくれた方が気が楽だ

 性格も価値観も似てそうだし歳も近そうだ
 傍から見ていても相性も良さそうだし


 リャンティーアは特に美人というわけではないが、
 元気で活動的で物怖じもしないし、一緒にいると退屈しないだろう

 高飛車なのが少々難アリだが、口達者なシェルにはこの位が丁度良い


 それに…男に走られるより、ずっとシェルの教育にも良い気がする




「私だって、女の子とカーマインが二人で出かけていたら辛いよ
 想像するだけで嫉妬で狂いそうになる…だから、火波の気持ちもわかるんだ」

 いや、わかってない
 絶対にわかってない

 そもそも彼とは脳の構造が違う


「…あ、あの、わし…
 あの二人は結構、お似合いだと思うし…」

「駄目だよ火波っ!!
 そこで諦めたらシェルを取られちゃうよ!?」


 願ったり叶ったりなんですが



「…よし、私は決めたよ!!」

「な、何を…?」

 嫌な予感
 凄く、心の底から嫌な予感


「必ず、火波をシェルのお嫁さんにしてあげるからね!!」


 ふざけんな
 しかも聞き捨てならない事を言いやがったね?


「…何で…わしがヨメに…」

「えっ…違うの?」


 不思議そうに聞き返すな



「私の中ではシェルの腕に抱かれる火波の姿が、
 ハッキリと浮かんでいたのだけれど…」

「…うん、それは悪霊が見せた幻じゃないかな…」


 じわりと目頭が熱くなる

 もう、誰でも良い
 誰かこの男の後頭部に一発食らわしてやってくれ



「…はぁ…頭痛がしてきた…」

「そんなに悩まないで、大丈夫だから
 シェルが好きだって事は誰にも言わないから」


 当たり前だ
 そんな大嘘を吹聴されたら、たまったものじゃない


「…やれやれ…」

「――――…あ、帰って来たかな?」

「ん…そうなのか?」

「あと10分くらいで来るかな…」


 あと10分って…
 それって、まだ結構離れてるってことじゃ…?



「そ、それは…野生の勘か?」

「ううん、会話する声が聞こえたから」


 どんな聴力してるんだ


「子供とか女の子の声って特に響くよね」

「流石に数百メートルも離れていたらわからんぞ…」


 しかしその10分後――…
 本当にシェルとリャンティーアは家のドアを開けたのだった







「…むっ…なにやら楽しそうな雰囲気じゃのぅ?
 今日は二人で、どのような話をしておったのじゃ?

「うん、火波がシェルの事が好きだって話をしてたんだ」


 待て待て待て待てっ…!!



「ちょっ…こら、メルキゼデクっ!?」

「…あ…っ…!?
 ご、ごめん火波っ!!」


 嘘つきぃぃぃぃ――…っ!!



「何が『絶対言わない』だ!?
 10分しか持ってないじゃないかあ!!」

「ごっ…ごめんっ!!
 火波がシェルの事好きだって事、
 誰にも言わないって約束してたのに…!!」


 反復するなぁ!!


「ご、ごめんね火波っ!!
 あの…あのね、シェル?
 そういうわけだから、今のは聞かなかったことにしてね!?」

「んな無茶言うなぁ!!
 どうするんだ、この空気っ!!
 物凄く気まずいじゃないかあ!!!」



 あぁぁぁぁ…


 空気が重いっ!!
 そして妙に白いっ…!!

 何より背後から突き刺さるような
 シェルの視線が痛い!!



「ち、ち、ちちち違うんだっ!!
 これは…これはだな、メルキゼデクの勘違いで…!!」

「えっと…あ、あ、そうだ
 わ、私、ご飯暖めてくるね…っ!?」


 逃げるな



「ち、ちょっと…メルキゼデクっ…!!」

 ちゃんとフォローしてけ
 ここでわしを見捨てるな…っ!!


「えっと…あ、アタシもメルを手伝うわ…っ!!
 だから心配しないで…ご、ごゆっくりどうぞ…」

 置いてかないで

 頼むからわしを、
 シェルと二人にしないでくれぇぇぇ…!!




 パタン

 沈黙の広がる室内で、
 キッチンへのドアが閉じる音が響く

 ―――…ガチャ


 しかも鍵までかけやがった!?




「あぁぁ…メルキゼの馬鹿…っ!!
 友情がこんなに脆いモノだなんて…っ…」

 がっくり…
 その場に突っ伏す火波

 真っ白に力尽きた




「…………。」

「………………。」


 しーん…


 沈黙が痛い


 …どうしよう…
 静まり返ってるよ…

 ああぁぁ…

 頼む、何か言ってくれ
 いっそ罵詈雑言を浴びせかけられた方が楽だ…!!



 痛いだけの時間が流れる


 突っ伏したまま動けない火波
 起き上がってもシェルに会わせる顔が無い

 むしろこのまま床と一体化してしまいたい
 しかし、それすら叶わないのが現実というものだった


 ようやく聞こえるシェルの声
 つん、つん、と肩の辺りに柔らかい感触

 …たぶん人差し指でつっつかれてる



「火波よ、生きておるか?」

「…死人ながらに生きてはいる…」

「誰が上手い事を言えと…」


 呆れられた
 明らかに失笑される

 ますます居た堪れない…


「…とりあえず、起き上がらぬか?
 その状態ではメルキゼたちに踏まれるぞ」

「……お前に会わせる顔が無くて……」

「じゃあ、顔だけ床につけたままで良いから立ち上がれ」


 新種の逆立ちですか
 名付けるなら、そう…顔面頭立とか!?


 …って、想像してしまう時点で終わってる…
 落ち込んでいても律儀に突っ込んでいる自分が嫌だ…



「…もう…わしはダメだ…」

「うむ、知っておる」

 否定しろよ


「お主がダメ過ぎるヘタレ男な事も、
 救い様の無いほどチキン野郎な事も知っておる
 しかも改善不可能なほど根暗で変態男だという事も100も承知じゃ」


 そこまで言うか



「…そんなお主の事じゃから、
 どうせメルキゼの勘違いに巻き込まれたのじゃろう?
 その気弱な性格ではメルキゼの吹っ飛んだ思考回路を、
 引き戻して軌道修正させる事など到底不可能じゃろうし…」

「……まぁ…そうなんだが……」

「うむ、カーマインでさえ手を焼いておったのだ
 お主に勝てる相手だとは最初から思っておらぬ
 …そういうわけじゃから、拙者も本気にはしておらぬよ」


 自分が語らなくても、向こうが全てを理解して納得してくれた
 …さてはシェル自身もメルキゼの勘違いに巻き込まれた事があるのだろう…

 とにかく、助かった



「さあ、そろそろ立て
 お主の性格では鍋敷きと間違えられかねぬ」

「…どんな誤認だ、それは…」

「物の例えじゃ、気にするでない
 鍋敷き並みの薄っぺらい男という事じゃよ
 お主の身体で厚いのは胸板と髪だけじゃな」

「……お前なぁ……」


 半日ぶりの毒舌、再開
 でも妙に懐かしい気がするのは何故だろう…

 不快な事に違いは無いが




「しかし腹が減ったのぅ
 一日中歩き回って、ヘトヘトじゃ…
 婦女子の買い物がこれほど長いものだとは正直思わぬかった」

 シェルは席に付くと、
 火波が飲み残したジュースをすすり始める


「すぐに夕飯だ、少し待ってろ
 …それで、今日は何処へ行ってきたんだ?」

「まず、軽くお茶をして…
 それからは服やらアクセサリーやら靴やら…
 目に付く店を手当たり次第に見て回ったのじゃ
 買う気など無いくせに『これ似合う?』とか一々聞いてきて…
 やれやれ、付き合う拙者の方が疲れ果ててしまったではないか」

「ああ、女の買い物なんてそんなものだ
 ちなみに今はまだ衣料品だけだからいいが…
 これで主婦になると食料品にまで絡んでくるからな、大変だぞ」


 体験者は語る…というやつだ
 火波自身、妻の買い物に付き合わされて疲労困憊になった経験が何度もある

 今となっては良い思い出になってしまったが



「…まあ、それも醍醐味だ
 ちなみに女というのは機嫌を損ねると後が恐い
 全て自分に返ってくる諸刃の剣だからな、気をつけろ」

「き、肝に銘じておく…」


 急に顔を引き攣らせるシェル
 そのまま自分に言い聞かせるように、コクコクと何度も頷く

 …さては、既に痛い目に遭ったな…

 彼女の性格を考えると、シェルの苦労が偲ばれる
 しかし客観的に見ると青春真っ只中の微笑ましい姿だ



「若い男女の初デート…か…
 何とも初々しい事だな、青少年
 多少のトラブルも青春の一ページだぞ」

「…拙者はもう…ごめんじゃ…」

「ふっ…」


 ぐったりと突っ伏するシェル
 そうとう絞られたらしい


 少女に振り回されるシェルの姿を想像して、思わず頬を緩める火波だった


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