「…で、わしらの話はこの辺にしておいて――…
 メルキゼデク、そろそろお前たちの話を聞かせて貰えないか?」


 まだ彼らの恋話を聞いている方が気楽だ
 火波は内心、表情を引きつらせながらも話題転換を試みる

 メルキゼデクは頬を赤らめたが、おずおずと口を開いた



「私たちの―――…あぁ、でもそんな事を話すなんて、やっぱり恥ずかしい…」

 そんな事って…
 一体、どんな事の話をする気だった?

 まさか口外出来ないような恥ずかしい事を話すつもりだったのか!?



「じ、じゃあもっと最近の身近な話題から…
 この町に来た頃の話とか、船に乗っていた時の話とか…」

「えっと……最近…身近……と言えば……」

「ああ」

「昨日、カーマインの夢を見た」


 昨日かい



「…本当に最近だな…」

「夢の中での出来事だったけれど…
 でも、カーマインと久しぶりに話す事が出来て嬉しかった」

 再び頬を染めるメルキゼ
 どうやら相当美味しい思いをしたらしい

 彼らの色恋沙汰には興味ないが、夢の内容には興味を引かれる


「…そうか…どんな夢だった?」

「うん…私の願望が現れた夢だった
 カーマインに、私の全てを知って貰う事が出来た」

 そういうと、彼は幸せそうな笑みを浮かべる

 普段は言葉少なく遠慮がちな話し方をするメルキゼでも、
 恋人の話題になると途端に饒舌になるらしい




「私、ずっと彼に自分の全てを曝け出したいと思っていた
 好きな人には私の外見だけでなく、内側も全て知って欲しいから
 だから私は夢の中で、今まで抱いていた想いと共に自分の全てを吐き出したよ」

 それはまた大胆な行動に出たものだ
 うっとりと頬を染めながら微笑む彼に、火波はいよいよ胸焼けを起こし始める

 それでも折角、嬉しそうなのだからと彼の話に便乗した



「…そうか…良かったな
 それで、具体的にはどんな?」

「―――…うん…
 最初に口から飛び出たのは胃袋だった」


 胃袋!?



「…お、おい…?」

「他にも心臓とか腸とか…
 とにかく、出るものは全て吐き出した


 グロ指定



「…吐き出すって…おい…」

「隠れていた内側まで全て見せてしまった
 血管が浮き出てウネウネした大腸まで、全て
 夢の中の事とは言え、私ったら何て大胆で恥ずかしい事を…」

 いや、大胆とか恥ずかしいとか…
 そういう次元で語る問題じゃない


「私があまりにも大胆な行動に出るから、
 カーマインもびっくりして言葉を失っていたよ」


 そりゃそうだ

 恋人が『私の全てを見て!!』と叫ぶなり、
 突然目の前で内臓を吐き出し始めたら―――…

 想像するだけで
 絶叫モノのA級ホラーが味わえる



「…そ、それは…カーマインもさぞ驚いただろう…な…」

 夢の中とは言え、同情の涙を禁じえない
 願わくば、そのままショックで昇天しない事を願う

「…でも、カーマインは優しい笑顔を浮かべてくれた
 私に向かって、太陽のように微笑みかけてくれたんだよ」


 人は真の恐怖に対面した時、
 笑う事しか出来なくなるといわれているが…

 恐らくカーマインも恐怖のあまり、空笑いしか出来なかったに違いない




「……そ、それで…カーマインは何か言っていたか?」

「…うん、少し怒られたかも
 『大切な物なんだから、ちゃんとしまっておこうな?』って
 そう言いながら、散らばった内臓を拾い集めてくれたよ」


 カーマイン、よくぞ頑張った


「でもカーマインは優しいよ
 拾った内臓を一つ一つ、私の口の中に押し込んでくれた
 丁寧に『肝臓入りま〜す』って教えてくれながら」

 想像力の限界を超えた触れ合いだ




「ふふっ…夢の中とは言え、私は何て大胆な事を…
 でも…きっと、夢の中だから出来た事なのだろうと…そう思う
 だって、内気な私にはそんな真似なんて絶対に出来ないだろうから」

 内気とか言う以前に、
 普通はしねぇよ、そんな事


「でも、もしこの事が現実になるとしたら―――…」

 あってたまるか


 カーマインが許したとしても、わしは絶対に許さん
 しかし…彼ならいつの日か、本当にやりそうで怖い

 この一般の人類が抱く常識というものが一切通用しない、
 無法地帯で育まれた発想力なら全てを可能にする気がする






「…まぁ、大体の内容はそんな感じ
 カーマインとの仲を深められたような気がする、嬉しい夢だった」

 内蔵吐き出して喜ぶな
 脳内構造を一度、徹底的に調べてみたくなる


「この喜びを、少しでも皆に味わって貰いたい…」

 いや、胸の奥深くに留めておけ
 そして決して表に出すな

 こっちまで何かを吐き出したくなる



「――――…というわけで、
 今夜のメニューはモツ煮込みスープだよ」

「………………。」


 グロさ120%増


 喜びの共有というより、
 巻き添えにされた気分


「臓物から良いダシが出ていて、ご飯が進むよ」

 すみません
 一気に食欲失せました



「あとは子牛のステーキとマカロニのサラダ…
 魚介類が豊富だから、パエリアも作ろうと思う
 デザートには果物たっぷりのケーキを焼いて―――…」

「…そ、そう…か……
 本当に料理好きなんだな…」

「うん、自分でもそう思う
 それより昼食はどうしよう?
 もう昼過ぎだし、火波もお腹が空いただろう?」

「いや、おかげさまで食欲は――…」


 どうしても内臓が頭から離れない
 当分の間はモツ料理どころか、肉類も遠慮したい気分だ


「じゃあ、摘んで食べられるような軽食を用意するよ
 夕食はボリュームがあるし、丁度良いかも知れない」

「…そうして貰えると助かる…」

 おにぎりやサンドイッチくらいなら食べられる
 少し胃を落ち着かせれば、何とか夕食も取れるようになるだろうし――…




「じゃあ、今日のランチはギドニーパイにしよう」


 待て

 わざとか?
 わざとなのか!?

 血生臭い切なさが込み上げる


 …ちなみに、アップルパイはリンゴの入ったパイ
 ギドニーパイは―――…動物の内臓を詰め込んだパイの事である



「丁度、塩湯でした肝臓を残しておいたんだ
 これを甘辛く味付けしてパイに包んで焼けばギドニーパイの完成」

「あ、あ、あの…
 ギドニーは、ちょっと…」

「大丈夫だよ、すぐに完成するから待っていて
 さぁて、気合入れて作ってしまおう――…肝臓入りま〜す♪」


 随分と嬉しそうだね
 そんなにわしに内臓食わせるのが楽しいか…?


「薄味にして臓物本来の味を楽しめるようにしよう
 パイも薄くして、臓物の食感をより感じる事が出来るように――…」

 要らん気を遣うな
 嫌がらせにしかなっとらんぞ…

 というか、
 臓物という表現は止めてくれないかな





「じゃあ、少し待っていてくれ」


 足取りも軽く、キッチンへと向かうメルキゼ
 程無くして小鳥の囀りのように美しい鼻歌が聞こえてきた

 しかし何気ない鼻歌が、
 鎮魂歌に感じるのは何故だろう


「……悪気は無い…んだよな…?」

「――…うん?
 何が、どうかした…?」

「……いや、何でもない…」



 やがて香ばしい香りが部屋に充満し始める
 こんがりと焼けたパイは――――…

 何かがハミ出ていた


「…ちょっと、モツ出ちゃった」

 うん
 思いっ切り飛び出してるね



「…溢れるまで詰め込まなくても…」

「中途半端に残してもしょうがないと思って
 でも、見た目は少し悪いけれど――…味は美味しく出来たよ」

「そ、そう…か…はは…はははは…」

 笑うしかない


 胃から込み上げてくる酸っぱいものを押さえつつ、
 火波は引き攣った笑みを浮かべる事しか出来なかった

 まぁ、食欲が無い事は前もって伝えておいたし…
 適当に摘んで、後は勿体無いけれど残してしまえば―――…




「…二人分の食事を作るの、懐かしいな…
 カーマインと旅をしていた頃を思い出していた
 最初の内は二人分の分量が上手くわからなくて、大量に作ってしまって…
 それでもカーマインは残さずに、全部平らげてくれて―――…嬉しかったな…」

「…………………。」

 いや、そんな…
 涙浮かべて、しんみりと思い出に浸られたら…


「…ごめん、火波
 カーマインとの事を思い出してしまって…
 気にしないで食べて欲しい、たくさんあるから…」

「あ、ああ…」



 絶対に残せない状況に突入

 ああ、わかったよ
 意地でも完食してやるさ

 自ら切り分けたパイをジュースで流し込む
 内臓独特の食感とほろ苦さが痛恨のダメージを与えてくれた


「―――…どう?
 口に合っただろうか…?」

「ああ、あまりの美味さに意識が朦朧としてきた
 このまま天に昇ってしまいそうな気さえしてくる…」

「そう…良かった」


 よくねぇよ
 最終的にお花畑が見えそうだよ

 心で毒づきながら、浮かべるのは精一杯の笑顔





「―――…じゃあ、私は夕食の続きに取り掛かるから」

 残ったパイの欠片を銜えながらメルキゼはキッチンへと消えて行く

 会話を始めた頃の暗さはもう見えない
 上機嫌で鍋の火加減を調節している

 一方、やっと解放された火波は―――…


「………………。」


 もう言葉もなく、机に突っ伏していた

 まだまだ太陽は天高く輝いている
 シェルたちが帰ってくるのはまだまだ先になりそうだ


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