結界を張る作業は想像していたよりも、ずっと淡白な展開に終わった


 作業に直接かかわる事が出来なかったせいでそう思ったのかも知れない
 事実、リャンティーアは呪文を唱えたり魔方陣を描いたりと忙しそうだった

 しかし完全に蚊帳の外に置かれた三人は意気込んでいた分、拍子抜けしていた




「もっと派手なのを想像していたのじゃが…」

「あら、ご不満だった?
 なかなか良い出来だったと思うけど…」

 リャンティーアは満足気に結界を眺めている


 結界―――…薄紅色のベールのようなものがカーマインの周囲を覆っていた
 包むと言うよりはカーテンのように纏わり付くという感じで少々心許なく見える

 乙女的な表現をするならば、オーロラに包まれた青年…という感じになるのだろうか


 しかし、全体的に地味だ



「…魔方陣を描いて呪文を唱えるだけだったからのぅ
 ピカーッと光って、火花がバチバチ出るような展開を想像しておったのじゃよ」

「こんなホコリっぽい小屋の中で火花なんか散らしたら、火事になるわよ」


「―――…お前たち、話はその辺にしておかないか?
 カーマインを時が来るまでの間、ゆっくり眠らせておいてやろう」

 途中で火波が口を挟む

 粗末な小屋の一室とは言え、ここは病室のようなものだ
 確かに騒ぎ立てるような場所ではない


「うむ…それもそうじゃな
 じゃあ居間にでも場所を移して――…
 ところで、メルキゼは何処に行ったのじゃ?」

 先程までカーマインにべったりだったメルキゼの姿が見当たらない
 何をしでかすかわからない彼の性格からして、途端に不安になるシェル




「…ああ、彼なら夕食の支度をしに行ったぞ
 久しぶりに手の込んだ料理を作ると言っていたな」

「アタシも久しぶりに暖かい食事が欲しいわ
 最近は出来合いのお弁当とかばっかりだったからねぇ…」

 カーマインに掛かりっきりで、ここ数日メルキゼはまともな料理を作っていない
 せいぜいパンにチーズやハムを挟んだり、ボイルした野菜を浮かべたスープを作るくらいだ


 一人暮らしの学生のような食生活で、そろそろ家庭料理の味が恋しくなってきた頃だった


 料理、と聞いてシェルも安堵に胸を撫で下ろす
 とりあえず料理がらみで彼が事件を起こす事は少ない



「…そうか、それなら安心じゃな
 今夜の食卓に何が並ぶのか、今から楽しみじゃ
 じゃが、まだ昼過ぎだというのに一体何を作る気なのかのぅ?」

「うーん…粗食続きだったから、久しぶりにお肉とか欲しいわね
 でもメルキゼが作る料理ならハズレがないから下手なレストランより安心だわ
 行動も思考も激しくズレてるくせに何でか知らないけど料理だけは外さないのよね」


「恐らく彼の唯一の特技じゃ」

「どんな人でも一つくらいは取り得があるものなのね」


 さり気なく酷い言い様だ

 毒舌の少年少女
 二人揃えば威力は未知数


「彼の人生もあの腕前で料理する事が出来たなら、もっと生きやすいだろうにのぅ…」

「料理以外は本っ当にダメダメな男なのよねぇ…」

「人生の味付けだけは上手く行かぬようじゃのぅ…」

「メルの進む道はいつも、スパイスが利き過ぎてるのよね
 もう少しマイルドに出来れば楽に生きれるのに…まぁ、それが人生ってものなのかしら」


 微妙に上手い事を言ってる
 しかも何だか人生を悟り始めているっぽい



「…お前たち、頼むからそんなにしみじみ言うのは止めてやれ…」


 途中までは褒めてたのに

 まぁ、そう言いたくなる気持ちもわかるが
 しかし生き方が不器用と言う点は自分にも言える訳で…

 何だか他人事の気がしない火波だった


 居た堪れなくなって、早々に話題を変更する







「お前たち昨夜、買い物に行くとか言っていなかったか?
 夕食までまだ時間がある事だし、今の内に行ってきたらどうだ」

「うむ、そうじゃのぅ…
 火波も一緒に行かぬか?」

 冗談じゃない
 やっと子守りから解放されると思ったのに


「…わしは遠慮させてくれ」

 この二人の相手はとにかく疲れる
 口達者な上に、ヘタに頭がキレる分タチが悪い

 シェル一人でも手を焼いているというのに、
 今の状況は彼が二人いるようなものなのだ



「わしは、ここで留守番している
 お前たちと行動するのは疲れるからな」

「ふぅん…まぁ、いいけどね
 でもメルと二人きりで留守番するのと、どっちが疲れるかしら?」

「………………。」


 微妙なところだ



 もしかすると選択を間違えたかも知れない
 が、生意気な子供二人を相手するよりは僅かながらもマシな気がする

 少なくともメルキゼデクは憎まれ口を叩いてくるような事だけはしない


 取り返しのつかない事をやらかす恐れはあるが


「ま、まあいい…
 子供だけで出歩かせるのは不安だが…
 いいか、絶対に日が沈むまでには戻るんだぞ」

「アタシたちは火波が思ってるほど子供じゃないわよ
 それよりもアンタこそメルの事、しっかり頼んだわよ
 アタシたちの事を心配してくれるのは嬉しいんだけどね、、
 メルを一人で行動させる事の方がずっと心配な気がしない?」


 確かに



 二人は子供ながらに世間を良く知っている
 歳のわりにしっかりとしているし――…

 それに比べメルキゼデクは、
 何をやらかすか予測不可能な所がある

 しかも異常事態に気付かないからタチが悪い



「…メルキゼデクの相手する方が厄介な気がしてきた…」

 何だかクラクラしてきた
 今からこの状態で、果たして身は持つのだろうか


「…まぁ、頑張れ
 たとえ何があっても泣くでないぞ」

「じゃあ行ってきま〜す
 うっかり食材の一部にされないように気をつけてね」

「その不安を駆り立てまくる言葉は意図的か?」


 …いや、愚問だった
 そんな事は聞くまでも無い






「……まあ…しょうがないか…
 しかしお前たち、随分と仲が良くなったんだな」

 息もぴったりだし
 性格もある意味、似てるし


「うーん…そうかしら…?
 まぁ歳が近い分、価値観は近いかも知れなわね」

「同盟も組んでおるしのぅ」


 何の?

 というか、
 いつの間に?


「毒舌同盟…とかか?」

 そんなもの作られた日には裸足で逃げ出したいものだが


「いや、メルキゼデク×カーマインを応援しよう同盟じゃ
 略してメル×カー同盟、拙者とリャンで結んだ萌えが広がる同盟じゃよ」


 んなもん作るな



「それで、主な活動内容なのじゃが…
 なかなか進展しない二人の関係を一気に進ませるべく手助けをしようというもので…」

「あのままじゃ絶対、いつまで経っても一線越えないわよ
 だからアタシ達がグリグリと後押ししてあげようってわけよ
 …で、深夜にちょっと覗き見してみたりしちゃったり何かして」


 覗くな


「デバガメはお約束じゃよ
 それにあの二人なら絵になるじゃろうて…楽しみじゃのぅ」

「大人の夜が気になる年頃なのよ
 でも、これも勉強の一環よね〜…うふふ…」


 これは勉強と言うより、
 単に欲望に忠実なだけでは…



「メルキゼデクはああ見えて、物覚えは悪くないからのぅ
 知識と技術さえ叩き込んでおけば、かなりのテクニシャンになると見た」

「前にチラっと見ただけなんだけど、
 メルってかなり立派なモノ持ってるのよ
 有効活用しないと、まさに宝の持ち腐れなのよね」


 …何か、凄い事言ってる気がするのは気のせいだろうか…


「活躍の場は、しかとこの目で確かめねばのぅ」

「当然、リアルタイムでしっかりと見物させて貰うわよ
 あの二人の一線を越えさせるのはアタシたちですもの
 最後までしっかりと見届ける義務と権利があるのよね」


 ねぇよ




「……お前たち……」


 応援するとか何とか言ってるけれど、
 これって要するに―――…

 メル×カーの犯ってる所が見たい同盟?






「…世も末だな…」

「―――…というわけで、火波も同盟名簿に追加じゃな」

「よかったわねぇ、火波
 三人で美味しい思いしましょうね」


 絶対お断りだ


「…わし、吐く自信があるんだが…」

「覗き見だけじゃ物足りない?
 もしかして3P狙っちゃったりしてるわけ?」


 どっから湧いた、その発想



「…わし、そっちの趣味ないから…
 やるならお前たちだけでやってくれ
 頼むから、絶対にわしを巻き込まないでくれ」

「ねえ火波…
 アタシ、思うんだけどさ」

「うん?」

ノンケが喰われるネタって萌えるわね


 知るか


 この少女は突然何を言い出すのか
 ―――…と思ったら、傍らの少年がとんでもない事を言い放つ




「…火波は被虐っぽいのが似合う気がするのぅ
 犬らしく首輪と鎖で――…ハーネスも付けて調教、とかも良いかも知れぬ」


 それは被虐というより虐待

 その行為の一体何がどう良いのか理解不可能
 だからと言って、説明を求める事は絶対しないが



「弱みを握られたり脅迫されたりとか似合いそうよね
 不幸なのが似合うっていうか、無理矢理系がしっくり来るっていうか…」

「全身から虐めてオーラが出ておるのじゃろうか」

「むしろ犯っちゃって下さいオーラかも知れないわ」


 それは呪いのフェロモンですか?


 どちらにしても、
 火波にとって最悪の評価であることに変わりは無い

 百歩譲って、それが事実だとしても、
 火波の不幸っぷりに拍車をかけているのはこの二人だろう



 いや、それよりも―――…


「わし…この二人からそんな風に思われてたんだな…」

 もしかすると自分がいない所では、
 いつもこんな会話をされていたのかも知れない

 そっちの方がショックな火波だった





「…お前ら、もう行け…」


「何じゃ、つまらんのぅ
 ノリの悪い男じゃな

「小さい男ねぇ…」


 早く出てけ


「子守の時間は終わりだ
 たまには大人同士、ゆっくり話でもさせてくれ」

「メルキゼはある意味、拙者どもより幼いが―――…」

「ゆっくり話が出来るだけの余裕があれば良いけどね
 メルの場合、何が起こってもおかしくないから注意が必要よ」


 確かに


「…常識の通用しない相手というのも厄介なものなんだよな…」

「彼の場合は悪意がない分、更に厄介なのじゃよな
 まぁ、お主の健闘を祈る―――…では行って参るぞ」

「はいはい、気をつけてな
 危ない所には近付くなよ」

「火波こそ
 危険を察知したらすぐに逃げるのじゃぞ」


 肝に銘じておきます


 状況的にヤバいのはむしろ、自分の方かも知れない
 …まぁ、とりあえず意図的に危害を加えられる事だけはないだろう


 火波は子供たちを外に送り出すと、
 メルキゼデクの相手をするべく、恐る恐るキッチンへのドアを開いたのだった


TOP