「…これはまた、凄い量を持って来てくれたのね…」


 メルキゼと火波が背負ってきた大量の薪を見て、
 リャンティーアは感嘆の声を上げた

 その量は丸ごとの木、4本分

 流石に一度に持ち運ぶのは無理なので数回に分けて運び込んだが、
 高々と積み上げた薪は、それだけで小屋が建てられそうな勢いだ



「少し…多かった?」

「足りないよりは良いわ
 余ったら売ればいいんだし
 まぁ…どれだけ使うかはカーマイン次第なんだけど」

「万が一足りない場合はメルキゼデクに頼め
 彼なら薪ぐらい、幾らでも作り出してくれる」


 正直言って、火波は殆ど役に立たなかった
 メルキゼが丸太を折る際に抱えて支えるくらいしか出来なかった

 …まぁ、最後の運搬係としては手伝えたのかも知れないが…
 それでも火波が持つ倍の量をメルキゼが一人で運んでいた



「メルキゼデク…お前、どれだけ怪力なんだ
 普段、一体どういう鍛え方をしている?」

「体力測定はした事が無いからわからない
 でも…私の力の源はカーマインへの愛情だよ」


 …………………。

 はぐらかされたのか、それとも惚気られたのか
 どちらにしろ、それ以上話かける気が失せた火波は少年の姿を探して室内を見渡す

 しかしシェルの姿は見当たらなかった




「…リャンティーア、シェルは?」

「あぁ、シェルには食材の買出しを頼んだわ
 ずっと机に向かっていたから、少し外の空気を吸わせた方が良いと思って
 アンタたちが戻ってくるほんのちょっと前に出掛けたのよ―――…すれ違わなかった?」

「いや、会わなかったが…
 買い物って、一人で大丈夫なのか?」

「あら…行き違いになったかしら
 実はシェル一人に持たせるには少し量が多いのよね
 火波、もし良かったら今から市場に行ってシェルを手伝ってあげてくれない?」


 また荷物持ち
 いつもこんな役ばかりだ

 それでも下手に頭を使わなくて済む分、気は楽だ



「…仕方が無いな
 わかった、行ってくる」

「じゃあ、お願いね
 ええと―――…メル、アンタはカーマインの部屋を暖めて」

「今日、そんなに寒い?」


 まだ冷え込むような時期ではない

 とは言えここにいる火属性を持つ三人組は、
 基礎体温が元々高いので夏場の温度差に対する感覚は鈍いのだが



「カーマインは火属性のモンスターになるからね
 彼にとっては、少しでも暖かい方が過ごしやすいのよ
 今の時期から結界が解かれるまでは室温を一定にしておきたいの」

 成程、それで大量の薪が必要だったらしい
 メルキゼは頷くと運んで来たばかりの薪を抱えてカーマインの部屋へと向かった


「さてと…アタシも結界の準備しなきゃ…」

「それでは、わしも出かけてくる」

「行ってらっしゃ〜い
 息抜きも兼ねて、ゆっくりして来て良いわよ〜」


 出会ってまだ二日

 それでも内容の濃い時間を共有しているせいだろうか
 もう随分と前から知り合っていたような気さえしてくる

 仲間たちとの共同作業
 生前、人として存在してた頃の記憶が蘇える

 懐かしくて、それでも寂しくて切ない記憶


 胸の中に暖かいものを感じながら火波は静かな森の小道を進んで行った









「―――…火波…?」


 先に気付いたのはシェルだった
 買い物途中らしく、手にはリストの書かれたメモを持っている

 遠くから手を振る少年に火波は足早に近付いた


「荷物持ちを手伝いに来た」

「そ、そうか…それは助かる
 拙者一人では、ちと骨が折れるでのぅ…」

「何を買えばいいんだ?」

 シェルの手から買い物リストを受け取る
 そこには食品や日用雑貨などが細かく書かれていた


 洗剤などの消耗品から始まり、
 ジャガイモ、タマネギなどの比較的長期保存が出来る野菜、
 干した肉や魚介類の他に砂糖や塩などの調味料も書かれている

 そこまでは良い



「この、米10sというのはお前には辛くないか?」

「米の他にも味噌や醤油、酒もかなり重量があるのぅ
 いや正直助かった、拙者一人で持つにはまさしく荷が重過ぎる」

「…二人で分担しても充分重いけどな…」


 どう考えてもシェル一人で持てる量ではない
 一体リャンティーアは何を考えているのか…

「とにかく、買うものを買ってしまおう
 荷物はわしが持つから、お前が買って来てくれ」

「うむ、心得た」

 市場は人でごった返している
 小柄なシェルなら人ごみの中を上手くすり抜けて、目当てのものを探してくるだろう





 火波はシェルの荷物を受け取ると、疲労の溜まった腕を軽く揉み扱いた
 朝から歩き回ってばかりいたせいか全身の筋が張っている


「…ふぅ―――…」

 シェルが帰ってくる間――…束の間だが、ようやくゆっくりできる
 火波は開放感を感じながら、深呼吸を繰り返した


 潮風の混じった空気が気持ち良い
 自分の横を買い物目当ての客たちが横切って行く




 不意に、肩を叩かれた


「………ん…?」

 振り返ると、そこには見知らぬオバサン
 市場帰りなのだろう、買い物籠から大根とネギが顔を覗かせている


「お兄さん元気出しなさい
 きっとその内、良い事あるわよ」

「……はぁ…?」

 突然何を言い出すのだろう、このオバサンは
 しかし彼女は自分の世界に浸っているのか、勝手に話を続ける



「わかるわ…そういう事ってあるわよね
 でもね、これは誰もが乗り越える道なのよ」

「……はぁ…?」

「それがね、若いって事なのよ」


 オバサンは一人で何やらウンウンと頷くと、
 火波の肩を数回叩きながら去って行った

 呆然と立ち尽くす火波を残して


「……何だったんだ、今の……?」

 わけがわからない

 …まぁ、何処にでもお節介なオバサンはいるものだ
 火波は特に気にしない事にして、シェルの帰りを待つ事にした




 しかし―――…それから数分もしない内に再び肩を叩かれる


「おい兄ちゃん!!
 何があったか知らねぇが元気出せや!!」

 黒いゴム製の前掛けを着た、魚屋のオッサンだった
 オッサンは遠慮なく、バシバシと背中を叩いてくる


「ごふっ☆」

 衝撃で呼吸が変になった
 堪らずむせ返る火波を前に、オッサンは豪快な笑い声を上げる

「がっはっは!!
 どうだい、喝入ったか?
 まぁ若い内は色々あるだろうけど頑張るこったな!!」


 そのままオッサンは笑いながら市場の中へと消えていった



「……………。」


 場所を変えよう

 火波は脇道の方へ移動しようと荷物に手を伸ばす
 その瞬間、片足に微かな圧迫感を感じた


「……?」

 視線を向けると、小さな手が火波のズボンをつかんで引っ張っている
 小学校低学年と思われる、年端も行かないような少年だった

 少年は哀しそうな、切なそうな表情をしていて今にも泣き出しそうだ


「……迷子…か?」

 これだけの人だ
 親とはぐれる子供くらい出ても不思議じゃない


 しかし、ここで泣き出されても困る
 というより自分が泣かせたと思われたら大変だ

 火波は屈むと精一杯の愛想笑いで少年に向き合った




「…えっと…ボク、お母さんは何処行ったかわかるかな…?」

「………おにーちゃん……」

「うん?」

 少年は手を開くと、それを火波の目の前に差し出した
 小さな手の平には色鮮やかなキャンディーが乗せられている


「おにーちゃんに、あげる」

「………あ、ありがとう………」

 せっかくの好意、下手に断っても可哀想だ
 火波はそろそろ引きつって来た笑顔を何とか保ちながらそれを受け取った


「おにーちゃん」

「うん?」

「元気出してね」

「………………。」


 何でわし、道行く人々に励まされてるんだろう

 しかも

 子供にまで




「そのうち、いいことあるよ」

「………どうも………」

 少年は火波の頭を軽く撫ぜた後、駆け足で去って行った
 後に残ったのはキャンディーを握り締めたまま放心する火波の姿

 彼の頭上をカモメが弧を描いて飛んで行く


「……何で……」


 ふと我に返った火波は今度こそ顔を引きつらせる
 そしてそのまま、心から湧き上がる疑問を声に出して叫んだ



「何でリフレッシュしてただけなのに慰められなきゃならないんだ―――…!!」


 自分はリフレッシュして気分爽快の表情をしていたのに、
 どうやら周囲からは悲愴感たっぷりに見られていたらしい

 しかも、あんな幼い子供からも慰められるなんて
 更に慰められる手段がお菓子&頭なぜなぜ


 あまりにも惨め過ぎる



「……わしって…一体……」


 そして、今度こそ本当に落ち込む火波だった







 一時間後



「…火波よ…お主、一体なにがあったのじゃ?」


 帰ってきたシェルに思いっきり不審な眼差しを向けられる火波
 理由は火波自身が良くわかっている

 右手にジュース
 左手にソフトクリーム
 更にポケットからはキャンディーやチョコレートなどがはみ出している

 大量の菓子を持ったまま、哀しそうな視線を向けてくる火波は誰がどう見ても不審者だ


「…確かに疲れている時は甘いものが効果的じゃが…
 しかし火波よ、お主いつから甘党に…?」

「違う…違うんだ…
 何故か知らないが皆が揃いも揃って人を元気付けようとしてきて…」

「………は?」


 その後、火波から事情を聞きだしたシェルは、その場で笑い転げた




「あっはっはっは
 それは火波が暗いからじゃよ〜」

「だからって8人に励まされたんだぞ!?
 その内の半分は物を寄越してまで慰めてくるし――…
 わしって、そこまでしたくなるほど暗雲背負ってるように見えるか?」

「見える
 だってお主、『どよ〜ん』ってしておるもん」


 どよ〜ん、って…お前…

 それはあれか?
 周囲にオプションとして人魂でも浮いてるのか?


「ユリィとセーロスも言っておったぞ
 火波は飼い主とはぐれた犬の目をしておると
 野良犬として生きながら、それでも目では飼い主の姿を捜し求めておると
 あっはっは…どうやら、そうとう惨めっぽく見られておったようじゃな〜」

「…なんでそう、犬に例えるかな…
 わし、何度も口を酸っぱくして言ってるが―――…オオカミなんだぞ」

「まぁ、要するに人恋しそうな目をしておったのじゃろうて
 さしずめ今のお主は――…恋人にデートをすっぽかされたダメ男のようにでも見えたのではないか?」


 ダメ男まで言うな



「はははは…まぁ、そう落ち込むでない
 お主は普通にしていても充分に暗いのじゃからな…元気出せ」

 全然慰めになってない
 まぁ、シェルには最初っから慰める気なんて無いのだろうが



「…良いんだ…どうせ…」

「で、いじけている所悪いのじゃが…
 そろそろ現実に目を向けてくれぬか?」

「……ん?」

「これ」


 シェルがびしっ、と指を指す

 そこには大小、様々な大きさの買い物袋が山のように積み重なっていた
 リストに書かれた全ての物資を買い揃えた量がこれらしい


「……これ、もしかして…わしらが持つ荷物か?」

「うむ
 いつになれば気付くのかと思っておったのじゃが…」


 いや、だってさ
 これがまた凄い量なんだよ

 こんなにあるから、わしはてっきり――…


 ここがゴミ捨て場か何かだと思ってたんだ




「なぁ、これ…お前、どうやって持ってきた?」

「八百屋のオヤジが荷台に乗せて運んで来たじゃろうが
 …火波よ、もしや―――…気付いておらんかったのか?」

「ぜ、全然気付かなかった
 何だ…だったら荷台を借りればよかったな」

「拙者もそう思ったのじゃが、レンタルサービスはしてないと言われてのぅ
 ここからは自力で運んでくれと言われたのじゃ
 というわけで火波よ……これをどうやって森まで運ぶかのぅ?」

「…そう言われても…」


 オオカミ化すれは運べるかも知れない
 しかしここは町の中である

 とてもじゃないが、そんな事は出来ない
 町中がパニックになるのが目に見えている


「……えーっと……どうしよう…?」

 山のようなその荷物を前に―――…
 火波とシェルは盛大な溜息を吐いた

 どうしようもない
 頼れるのは己の力のみである



「…凄まじい量じゃのぅ…
 火波がいてくれて本当に助かった
 これを一人で運ぶ事になっておったかも知れぬと思うと…ぞっとする」

「わしは二人でも悪寒が走っているぞ
 これを持って森に入るのは、かなり体力を消耗しそうだ
 途中でバテるのは目に見えている…少し休んでから行くか」

「うむ…そうじゃのぅ」


 市場から少し離れた所に小さな公園があった
 人通りも少なく、静かに休むには格好の場所だ

 二人は荷物を背負うと公園に向かって歩き出した








「…ふー…久しぶりに静かな一時を過ごせそうじゃ…」


 どっかりとベンチに腰を下ろす

 公園には付き物である子供の姿は見当たらない
 どうやら子供たちの遊び場は海岸に集中しているらしい

 シェルたち以外の人は疎らだ
 せいぜい、隅の方に犬の散歩をする老夫婦の姿があるくらいだった


「…向こうに温室があるな」

「ふむ…どうやら地域ぐるみで花を育てているようじゃな
 海と森に挟まれた町じゃし、このような形でしか花を育てる事が出来ないのじゃな」

 そういえば久しく花を見ていない
 海上生活が終わったと思えば、すぐにこの有様だ


「久々の気晴らしだ
 折角だし、少し見に行ってくる」

「うむ、では拙者も付き合おう
 花を愛でると心身共に安らぐからのぅ」

 張りつめっぱなしだった神経を解すには丁度良い
 それに温室は小さいながらも、手入れは行き届いているのが外観からもわかる


 二人は荷物の重さも忘れて温室のドアを開いた





「…ほぅ…見たこともない花ばかりじゃのぅ」


 所変われば咲く花も変わる
 イセンカでは見られなかった花で温室内は溢れていた

 一つ一つの鉢に、それぞれプレートがついている
 どうやら花について説明書きがしてあるようだ


 シェルは目に付いた一つを読み上げた



「ふむふむ…花の名前は『ツヤヤカ・マイナスランチ』
 月光を浴びると多目的な躍動感を生み出す、高山に生息する海藻の一種――…」

「…あらゆる意味で謎ばかりなんだが…」

 突っ込んだら駄目?
 あえてスルーするのが大人の余裕?


「こっちの花は『マエバ・ノビール・ホラコンナニ』
 繊細な花弁と男気あふれる香りとのコラボレーションがマニアに堪らない
 盛りのついた雄象の清涼感と未熟な坂道切符の如く流れるロマンスがポイント」

「…………。」

 突っ込みたい
 激しく突っ込みたい

 そして

 名付けた奴の顔が見たい



「花そのものは綺麗なんだがな…」

 火波は小さな鉢植えを手に取る
 可憐な桃色の花が微かに揺れた


「…その花の名は『ソコカラ・カツオフウミ』というらしい」

 何処からだ


「淑女の妖艶さと風に揺れる長い髪を連想させるネーミングが特徴の花…と書かれているな」

 全くもって連想できません
 火波の頭に思い浮かぶのは『ダシ』の二文字



「もう少し、マシな名前の花は無いのか…?」

「この花はシンプルな名前じゃぞ?」

「……どんな名前だ?」


 シェルが一つの鉢植えを指差す
 そこのプレートには、こう書かれていた


佐々木さん宅の床下に自生していた花・佐々木床下花


 ひねろうよ




「花の見た目と名前が一致するようなものは無いのか…」

「ふむ…それなら、この花はどうじゃ?
 まさしく『名は体を表す』といった風貌の花じゃぞ」

 そう言ってシェルは奥まった位置に置かれた鉢を引きずり出してくる
 大振りの鉢からは威勢よく植物が突き出ていた

 プレートに書かれている文字もシンプルだった



男性の象徴



 ………………。


 がく

 脱力して膝をつく火波
 シェルがぽふ、とその肩を叩いて励ます



  



「リアルな構造じゃのぅ…
 他に名付け様の無いほど、そのままんまの形じゃな」

「…何で、わし――…
 大荷物背負ってまで、こんなモノを見に来てるんだろう…」

 モザイク無しでは語れない形状の花を前に涙に濡れる火波
 そこにシェルがお約束のようにトドメの一撃を繰り出す


「はい、火波…あーんして」

誰がするかぁ!!

「だって…ここまで見事な形じゃと、
 無理矢理にでも口に突っ込みたくなるのが男心じゃろう?」


 知るか


「…わし、そういう趣味無いんで…」

「口では不満か?
 ではズボンを脱いで――…」

絶対嫌だっ

「ノリが悪いのぅ…」

「…………。」


 火波は思わず背中に背負った米をぶちまけたい衝動に駆られた
 しかも豆まきの要領で、力任せに思いっきりぶつけてやりたい

 …実際に行動に移す度胸はないので、心の中でだけ実行したが






「…ったく…息抜きどころか、逆に疲れる…」


 髪をかき上げながら火波はわざとらしく溜息を吐いた
 不老不死のくせに、ここ数日で更に老化が進んだように見える

「拙者は楽しんでおるが?
 そう不景気な表情ばかりするでない
 そんなんだから、道行く人々に励まされるのじゃぞ」

「ほっとけ!!
 …あー…もう、ここにまともな花はないのかっ!!」

 シェルを置いて、一人ズカズカと進んで行く火波
 対して広くも無い温室なのではぐれる心配はないが―――…

 それでも火波に単独行動をさせるのは気が引ける


「だって…火波の不運を呼び込む性格からして、
 食虫植物に虫と間違われて捕食されるという可能性も…」

「ねぇよ!!」

 聞こえてたらしい
 少し離れた所から突っ込みが返って来た


 …まぁ、一応相手は植物だ
 万が一襲ってくるような事があっても、火波なら火魔法で燃やす事が出来るだろう


「まぁ、襲われたら襲われたで面白いがな
 個人的には触手系も嫌いではないしのぅ…」

 陽気の降り注ぐ明るい温室の中で、
 不純な妄想を浮かべてほくそ笑むシェル

 そんな不謹慎な事を考えていたせいだろうか




「…うわああああああ―――…っ…!!」


 奥の方で火波の悲鳴が上がった


「…ほ、火波!?」

 まさか本当に襲われた?
 だとすると何て期待を裏切らない被虐っぷりなのだろう

 助けるかどうかは状況を見てから決めるとして、
 とりあえずシェルは刀を抜くと声のした方に向かって走り出した


「―――…火波、大丈夫か!?」

 角を曲がった所に火波はいた
 そこは比較的小さな鉢植えが棚に並んだスペースだった

 見た所、襲ってきそうなものは見当たらないが――…


「…何があったのじゃ?」

「………サボテンが………」


 さぼてん?
 サボテンというと砂漠なんかに自生するトゲだらけの植物だ

 見ると確かにサボテンの鉢植えも幾つか混ざっている

 しかし、それだけだ
 特に不思議な点は見当たらない



「……指でも刺したか?
 まぁ、中には毒針を持つものもあるかも知れぬしのぅ…
 怪我をしたのなら、とりあえずは消毒をした方が―――…」

「…いや、怪我はしていない…大丈夫だ…」

「じゃあ今の悲鳴は何じゃ?」


 悲鳴を上げた説明がつかない
 何か隠しているのか、それともシェルには気付かないような何かがあるのか――…

 火波はサボテンから視線を逸らさないまま静かに口を開いた



「…サボテンを見つけたから、思わず悲鳴が出てしまっただけだ」

「いや待て、それでは納得できぬわ
 サボテンと悲鳴が拙者にはどうしても結びつかないのじゃが」

「―――…感極まっただけだ」

「は?」


 意味がわからない
 眉を顰めて火波を見上げると、彼はぐっとコブシを握り締めた

 そして、なにやら神妙な口調で語り始める


「………好きなんだ、サボテン」

「え?」

「久しぶりに見たものだから、つい興奮してしまって…」

 どうやったらサボテンで興奮出来るというのか
 彼の感性がわからない

 とりあえず何か言おうと口を開くシェル
 しかし上手い言葉が見つからない

 当然と言えば当然だ
 サボテンに興奮出来る男を相手に何をどう話せというのだ




「…えーっと…
 ま、まぁ…その、何と言うか…
 サボテンもモノによっては愛嬌もある…かも知れぬな」

「ああ、思わず話しかけずにはいられない」

 やめておけ


「ひ、ひとつ聞いても良いか?
 サボテンの魅力とは―――…何じゃ?」

「一言ではとても語り尽くせないな
 あの独特のフォルム、肉厚なボディ、そしてあのトゲトゲ!!
 全てが素晴らしい―――…こんなに官能的な植物は他に知らん!!」

「…そ、そう…か…」


 人の好みは十人十色
 しかしサボテンに対して官能的という言葉を使うような者がこの世に存在するとは思わなかった

 シェルは微かな頭痛を感じつつ、火波に気付かれないように溜息を吐く


 出来ればここであった事は無かった事にしたい

 自分は何も見なかったし聞かなかった
 そういう事にしておいた方が、火波とも円満な関係を続けられるような気がする

 しかし―――…どうやら現実はそれを許さないらしい





「―――…あぁっ!!」

「こ、今度は何じゃ!?」

 再び火波が悲鳴を上げる
 シェルは全身に乳酸が溜まって行くのを感じながら火波に駆け寄った


「あそこに、あんなに大きなサボテンの鉢植えが!!」

さらばじゃ


 足をそのままUターン

 かかわりたくない
 すっごく他人のふりをしたい

 しかし、これをこのまま放っておくのも問題だ
 シェルは火波から数メートル距離を置いた所で成り行きを見守った


 火波は息を荒げながら、ゆっくりとサボテンに近付く
 そして、徐に声をかけた

「…こ、こんにちは……」

 挨拶するな


「火波よ…変態に思われるぞ…?」

「なんてイイ形なんだ…そそられる…
 あぁ―――…あのトゲトゲを口いっぱいに頬張りたい…!!」

 色々な意味で危険過ぎる



「お、おい…火波…?」

「サボテン…サボテン…サボ…サボ……」

 あぁ
 だめだ

 逝ってしまわれた



「……火波……」


 何故だろう

 妙に裏切られたような気がするのは

 あぁ、そうか
 心のどこかで信じていたんだ

 彼が数少ない常識人だと


「まさか…サボテンフェチだったとは…」

 しかも末期の
 ふっ…と、シェルは哀しげな眼差しを送った


 サボテンに頬ずりする馬鹿に向かって

 あぁ…
 もう、いい

 そのまま摩り下ろされてしまえ



「あぁ…この刺激が堪らない…」

「火波よ…本気で怪我するぞ」

「この皮膚を突き破るか破らないかの瀬戸際の刺激を楽しんでいるんだ」


 サボテンで殴ってやろうか





「…もう良い、帰るぞ火波…」

「えー…」

「駄々をこねるでないっ!!
 もう気晴らしは充分であろうっ!!」

「まぁ仕方が無いか
 当分の間はこの町にいるんだろうし…
 ここに通えばわしのサボテンライフは充実だ」


 砂漠にでも行ってしまえ


「…ったく…
 お主がそんなキャラだとは思わんかった…」

 疲れた
 物凄く疲れた

 それでもサボテンを連れて帰ると言い出さなかっただけマシか…


「…しかし…世界は広いのぅ…」


 日が傾き始めた空を見上げながら、
 また一つ、知らない世界を知ったシェルであった



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