皆には『偶然知り合いと出合った、彼らと行動を共にする』と説明をした


 ジュンとリノライは深くは追求しなかった
 その事に内心安堵しながら、火波は船を後にした


 暗い街中を進む

 陽が落ちると本能的に血が騒ぐ
 それと同時に腹部が軽い音を立てる

 火波は足を止めると、今夜の獲物を求めて町外れを目指して歩き始めた



 野生の獣を数体仕留めると腹ごなしを済ませる

 しかし、あの小屋に戻るのは気が引けた
 暗く重苦しい空気は悲しみが強過ぎて居た堪れない

 特にシェルの落胆ぶりが辛かった
 普段が気丈なだけに、余計に痛々しい

 自分に出来る事なら、なんでもしてやりたい
 しかし、死に掛けた人間を前に出来る事は何も無かった


 当ても無く、ふらふらと町外れを歩く
 火波が気が付いた時、そこは寂れた墓地だった

 いくら何でも縁起が悪い
 慌てて踵を返そうとして――…そこに知った顔を見つけて踏み止まる

 この場に似つかわしくない姿
 訝しく思いながらも火波は静かに近付いた






「…リャンティーア…だったな
 夜分遅く、こんな所で何をしている?
 若い娘が好き好んで立ち寄る場所には思えないが」

「アンタこそ、どうしたの?
 小屋は逆方向よ…迷ったの?」

「いや…散歩に出ていただけだ
 それより墓地には負の力が多く満ちている
 モンスターも現れ易く危険な場所だ…早く戻るんだな」

「嫌よ」

「……?」



 火波は思わず眉を顰める

 物思いに耽っているわけでもなさそうだ
 少女は何故よりによって、こんな所に留まるのか


「アタシ、モンスターが現れるのを待ってるの
 この墓場からアンデットのモンスターが出て来るのを待ってるのよ」

「…アンデットだと…?
 ゾンビに会って何をする気かは知らないが、
 そう簡単に死者が墓場から甦る筈が無いだろう」


「そんな事わかってるわよ!!
 こう見えてもアタシは魔女よ!?
 学校にも通ってるし、モンスターや魔法の知識だって豊富なんだから!!」

「では、何故…」

「カーマインを助ける為よ!!
 アンデットは、この世に強い未練を抱いて甦ったモンスターよ
 現世に留まりたいという執着心を利用して、カーマインを助けるの!!」

 そんな事が果たして可能なのか
 火波には信じられない


 それに―――…




「カーマインは、助からないと言っていなかったか…?」

「ええ…そうよ、助からないわ
 でも―――…生まれ変わらせる事なら出来るわ」

「…生まれ変わらせる…?」

「必要な材料が揃えば可能な筈よ
 まだ実験段階の難しい作業だし、成功例もまだ少ないけど…
 それでもアタシは魔女として生まれた意地とプライドにかけて成功させてみせる」


 生まれ変わる

 それは不老不死となった火波には憎しみさえ抱く言葉だ
 しかし、リャンティーアはそれに賭けようとしている

 もし成功したならば、少なくとも今の悲しみを取り去る事は出来る



「…でもね、それにはアンデットのツノか牙が必要なの
 カーマインが完全に死ぬ前に作業を施さないと、それさえ手遅れになるわ
 もう時間が無いし、下手に期待させるのも悪いからメルには何も言ってないけど…
 それでもアタシはギリギリまで粘るわ…魔女の執念で、いつまでも待ってやるの…!!」

 叫びながら、リャンティーアは泣いていた


 本当は執念でも意地でもない
 最後の希望に縋る事で、辛うじて自分を支えているのだろう

 彼女は何日もの間、この暗い墓場でこうして泣いていたのだろうか



「…リャンティーア、帰るぞ」

「嫌よ、絶対に帰らない!!
 アンタ人の話聞いてた!?」

「ああ、聞いていた
 アンデットには心当たりがある
 家に戻って更に詳しい話を聞きたい―――…メルキゼデクも交えてな」


 火波はリャンティーアの腕を引くと、小屋に向かって歩き始めた







「…どうしたの、私に話って…」


 メルキゼとリャンティーア、そして火波とシェルが集まった

 泣き腫らした瞳に不安そうな影を落としながら、
 メルキゼは落ち着き無く周囲を見渡す


「さっきね、カーマインの今後火波と少し話したんだけど…
 最終的な決定権は…メル、アンタに委ねる事に決めたの
 本当は彼本人に答えて欲しかったけど、それは無理だから
 今からアンタに三つの選択肢を与えるから、どれか選んで頂戴」

「…えっ…?」

 驚愕にメルキゼは目を見開く
 動揺しているのか、表情が一層悪くなる

 しかし『カーマイン』という言葉に意を決したらしい
 リャンティーアは静かに口を開いた



「一つ目の選択肢
 それは、カーマインをこのまま最期まで看取る事
 …要するに現状維持ね

 二つ目の選択肢
 このままにしておいても、カーマインは助からないわ
 じわじわと苦しみ続けながら息絶えるくらいなら…
 いっそ、手を掛けて楽にしてあげた方が安らかに旅立てるわ」


「――…そんな…!!
 そんな事、出来ない!!」

「メル、まだ話は終わってないわ
 選択肢は最後まで聞いて頂戴」

 リャンティーアはメルキゼを嗜める
 メルキゼは押し黙ったものの、その身体は小刻みに震えていた

 少女は少し間を置いた後、彼に言い聞かせるようにゆっくりと最後の選択肢を告げた




「三つ目の選択肢
 それは―――…カーマインに人間を止めて貰う事よ」

「……えっ……?」

 シェルとメルキゼデクは怪訝そうな表情を浮かべる
 そんな二人に、リャンティーアは細かく説明を始めた



「アタシ、何度か言ったでしょ?
 メルの魔力は人間には耐えられない≠チて
 じゃあ、カーマインが人間じゃなくなれば良いのよ」

 さらりと言ってのける
 その言葉にシェルが反応した

「そうは言っても…カーマインは人間じゃぞ
 一体、どうやって種族を変えると申すのじゃ…?」

 当然の疑問
 メルキゼもそれに頷く

 しかしリャンティーアは表情を変えずに言い放った



「アンタたちが普段見ているモンスターの一部は、
 アタシたち魔女が実験によって生み出したものよ
 そのモンスターの基礎には人間が使われる事も良くあるわ
 そして――…アタシは人間をモンスターに変える方法を知っているの」

「……リャンティーア…君、まさか……」

「そうよ、カーマインをモンスターとして生まれ変わらせるの
 人間としてのカーマインは助からない…それは仕方の無い事
 …でも、モンスターとして新たな人生を始める事は出来るのよ」


「…そんな…そう言われても…」

「まあ…その後の保障は出来ないけれどね」

「…えっ……?」





 リャンティーアは視線をメルキゼから逸らすと、
 苦々しい表情を浮かべた

 悔しそうに歯を噛み締める


「…モンスターを作る事は出来るわ
 でも、成功率は低いの…まだ実験段階なのよ
 最大の難関が、モンスターに人としての理性を残すという事」

「……理性……?」

 リャンティーアはメルキゼの瞳を真っ直ぐに見つめると、静かに言った



「モンスターは人の心を失った化け物よ
 理性を失ったモンスターは自分以外の全てを敵とみなして襲ってくるわ

 例えカーマインをモンスターとして生まれ変わらせたとしても――…
 目を覚ましたカーマインは、アンタを敵と判断して殺そうとするかも知れない
 ううん、アンタだけじゃなくて…そこのシェルや他の関係の無い人たちまで…

 そうなった時…メル、アンタはどうするの?

 黙ってカーマインに殺される?
 それとも…逆にカーマインを殺めるのかしら

 その時の事も全部、踏まえた上で―――…どの選択肢を選ぶのか、決断して頂戴」




「……そんな……そんな事を言われても……」


 メルキゼは迷った

 確かに、カーマインの命は助かる
 しかしそれは新たな死を生み出す結果になるかも知れない

 しかも、仮に成功したとして――…

 意識を取り戻したカーマインは、
 人ではなくなった己の姿を見てどう思うだろう


「……カーマイン……」

 問いかけても、答えは返ってこない
 全て、自分が決めるしかない

 しかし突き付けられた選択肢はどれも残酷なものだった



「アンタがどの選択肢を選ぼうとも、アタシはそれに従うわ
 でもね…何度も言うようだけど、本当に時間が無いのよ」

「………わかっているよ…」

 メルキゼの葛藤が手に取るようにわかる
 しかし、誰も何も言おうとはしなかった


 自分たちは何も言うべきではない
 あくまでも、メルキゼが決めるべき事だ

 きっと、カーマイン自身がそう望んでいる
 メルキゼもそう感じているのだろう


 だから彼自身、現実を前に逃げようとはしなかった



「リャンティーア、カーマインの事…頼む
 私も、出来る限り手伝うから―――…」

「……それで良いのね…わかったわ
 でも、もしカーマインが襲い掛かってきたら――…」

「その時は…カーマインを殺して、私も死ぬよ
 死者の世界で何度も彼に謝るよ…許して貰える保証は無いけれど」


「後悔は…しないわね?」

「うん、私はカーマインの全てを受け止めるよ」

 メルキゼの目に、もう迷いの色は無かった
 改めて彼の想いの強さを身に沁みさせられる

 意志を固めたメルキゼは普段にも増して美しく見えた






「それじゃあ、早速始めるわね
 …火波、アンタも手伝って頂戴」

「無論、そのつもりだ」

 ここからはリャンティーアが指揮を執る
 全ては彼女に掛かっていた


「メル、アンタはカーマインの所に行って
 人間の彼に、お別れの挨拶をしておくと良いわ
 後で薬を持っていくから、カーマインに飲ませて頂戴」

「……わかった」


「シェルはお湯を沸かして頂戴
 薬草を煎じるから――…頼んだわよ」

「心得た」


 それぞれが、与えられた役割に取り掛かる

 同じ目的を抱く者たちだ
 見事なコンビネーションで次々と作業を進めて行く


 長い夜が始まった


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