今は使われていない炭焼き小屋
 粗末過ぎるその小屋を仮の住まいとしているらしい

 メルキゼデクはドアを開けると、二人を招き入れた


「…ただいま…」


「あ――――…っ!!
 メル、やっと帰って来たっ!!
 もう…この一大事に一体どこ行ってたのよっ!!」

 ヒステリックな怒声が森中に響き渡る
 思わず仰け反るメルキゼデクと火波

 小屋の中では少女が仁王立ちをしていた




「ご、ごめん…」

「もう…辛い気持ちはわかるけど、
 アンタがそんなんじゃカーマインが可哀想よ
 今は一分、一秒でも長く彼の傍にいてあげなきゃ」

「…うん…そうだね」

「ほら、そこに突っ立ってるヒマがあったらカーマインの手でも握っててあげなさいよ」

 少女にはメルキゼしか見えていないらしい
 タイミングを見計らって彼はそれぞれの紹介を始めた


「ええと…彼女はリャンティーア
 知り合いで…この町で偶然出会ったんだ」

「あら、お客さん連れてきたの?
 アンタ図体デカいから隠れて見えなかったじゃないの」

「お初にお目にかかる
 拙者はシェルと申す旅の者じゃ
 こっちは相棒の火波、宜しく頼む」

 すかさずシェルが自己紹介に入る



「若いのに、しっかりした子ね〜
 …で、メルとはどういった関係?
 まさかカーマインに見切りをつけて新しい男を探しに行ったんじゃないでしょうね!?」

「違うよ、そんな事しない!!
 私はカーマインしか愛せない!!
 彼は私の全てだ、代わりになる人なんかいないっ!!」

 …勢いで凄い事を言った気がする
 しかし火波もシェルも状況が状況なだけに特に突っ込むことはしなかった

 リャンティーアを除いて


「…ま、念の為に聞いただけよ
 アンタにそんな甲斐性があるとも思えないし」

「……本当?」

「信用ないわねー…
 アンタも、そう熱くなるんじゃないの
 ストレス溜まってるのは理解出来るけど、
 目くじらばかり立ててたら顔のシワが増えるわよ」

 悪びれもせず、ひょうひょうと言ってのける
 大男を前に何とも肝が据わったものだ




「この娘、シェルに似てるな…
 人を食った物言いというか、
 ひとつ言えば二言三言返ってくるというか…」

「何か言ったか?」

「いや、別に…」

「…まあ良い
 それよりカーマインの容態はどうなのじゃ?」


 その問いに少女が答える

「人間が耐えられる状況じゃないわね
 残念だけど、もうカウントダウンは始まってるわ」

「な、何か治療法は無いのか?
 魔法とか薬草とか…駄目もとで試しては…」

「全部駄目だったわ
 魔法も薬も駄目、医者も匙を投げた」


 きっぱりと言われて、珍しく言葉を失うシェル
 顔色を失って行くシェルを元気付けようと火波がフォローの言葉を探す


「…どのような病状なんだ?
 原因がわかれば治療法も――…」

「高熱がずっと続いてるの
 でもこれは病気や呪いの類じゃない
 だから薬や魔法を使っても駄目なのよ」

「…病ではない…?
 だが、その口ぶりでは…原因はわかっているようだな?」

「ええ、カーマインを見た瞬間に理解出来たわ
 彼をこんな状態にしたのは―――…メル自身よ
 他ならぬメルが、カーマインを死に追いやろうとしているの」

 シェルと火波の視線がメルキゼに向けられる

 責める、というより疑問の眼差し
 特にシェルには信じられなかった




「…何故……?
 一体何があったのじゃ…理解できぬ…」

 何度も首を横に振りながら目を伏せるシェル

 言葉の意味が理解できない
 理解したくないと、頭が拒絶している


「まあ…ここでメルを責めるのはお門違いね
 これは不運な偶然の一致が生んだ悲劇なの
 原因はメルにあるけれど…彼のせいにする事は出来ないわ」

「それは一体――…?
 すまないが、わしらにもわかるように説明してくれないか?」

「ええ、わかったわ
 少し話が長くなるけれど良いわね?
 …メル、アンタはカーマインの所へ行ってて」

「わかった」

 メルキゼが奥の部屋に消えて行くのを見計らって、
 リャンティーアは二人に椅子を勧めた

 シェルと火波は神妙な顔つきで椅子に腰掛ける





「…本人は知らないみたいだけど…
 メルはね、かなり上流階級の悪魔みたいなの
 膨大な魔力が彼の全身から絶え間なく湧き上がっているのがわかるわ」

 リャンティーアは頬杖をつきながら、どこか遠くを見つめている
 悲しみと諦めの感情が交差していた

 シェルと火波は無言で彼女の話に耳を傾ける


「カーマインはね、時間をかけて少しずつ…メルの魔力に侵食されて行ったの
 メルは火の属性を持った悪魔だから、彼が持つ魔力は激しい熱を帯びているわ
 灼熱の魔力に侵食されたカーマインの身体は激しい高熱に襲われた
 今の彼はね、吸収したメルの魔力によって蒸し焼きにされているような状態なのよ」

「…魔力が人間の身体に侵食するなど…聞いた事がないぞ
 それが事実であるなら、人間奴隷など使用できないではないか」

「だから、不運な偶然の一致だって言ったでしょ
 普通の悪魔と人間なら何の問題も無く行動出来るわ
 …でもね、メルが持つ魔力はあまりにも強大過ぎたの
 普段身体の外には出ない筈の魔力が全身から溢れ出るほどに」

 その言葉に火波が顔を顰める



「行動を共にするだけで害が出ると言うならば…
 メルキゼデクと同じ空間にいる我々も危険なのでは…?」

「ただ一緒にいるだけじゃ被害は出ないわよ
 メルとカーマインが恋人同士だって…知ってるわよね?
 つまり…キスとか、それ以上の事をしてる時に少しずつ、魔力を吸収してたみたいなの」

「メルキゼデクの場合、魔力が膨大過ぎる為に、
 彼の体液にまで魔力が含まれていたと…?
 で、それを吸収したカーマインに魔力が蓄積して行ったのだな?」

「そう、つまりはそう言う事なのよ
 愛し合い過ぎていたからこそ起きた悲劇ね」


 憎み合っていたわけではない
 まして殺意など抱いた事も無かっただろう

 二人はただ、愛し合っていただけだった
 幸せそうな二人の姿を何度も目の当たりにしてきたシェルは思わず顔を覆った





「…原因は…大方理解出来た
 だが…ひとつ、解せない事がある
 魔力を多量に吸収したからと言って、そう簡単に身体に影響を及ぼすものなのか?」

「それも…不運な偶然の一致のひとつね
 普通の人間なら、いくら魔力を吸収しても平気だわ
 でもカーマインの場合は、属性の問題があったのよ
 カーマインが持つ属性とメルが持つ属性の相性が良過ぎたの」

「…属性…だと?
 人間は属性を持たない筈だが?」

 魔族には魔力に応じて四通りの属性がある
 しかし、魔力を持たない人間には属性そのものが存在していない筈だ


「一般的にはそう言われているわね
 でも、最近の研究で人間にも属性がある事が明らかになったのよ
 とは言っても、アタシたちみたいに火、水、風、土……という風には分かれてないわ」

「…それでは…?」

「説明するわね」

 リャンティーアは紙とペンを用意すると、
 図式を書きながら説明を始めた




「人間には二通りの属性があるのよ…『光』と『闇』にね
 普通の人間は光の属性を持っているものなのよ

 光属性の人間は魔力を吸収した所で、何の問題はないわ
 でも…ごく稀に闇属性を持つ人間が生まれる事があるの
 あまりにも珍しいから…突然変異なのだという説もあるわ

 闇属性は魔族と凄く相性が良くて…強い魔力を吸収すると人体に影響を及ぼす事があるわ
 その体質を利用して、アタシたち魔女は実験材料にしたり、モンスターを作る事もあるの

 アンタたちも見た事ない?
 人間から作られたモンスター、たまにいるのよ
 まあ…人間の原型を留めている事は滅多に無いけれどね」


 不運な偶然の一致

 メルが強い魔力を持っていた
 カーマインが突然変異で闇属性を持っていた

 そして最大の悲劇は、二人が恋人同士であったこと



「…三つの偶然が重なって…悲劇を生んだという事か…
 だが、カーマインの身体から魔力を取り除けば良いのでは?」

「そう簡単に言わないでよ
 魔力を消費するには、魔法を使わなきゃならないでしょ
 人間のカーマインに…しかも、生死の境を彷徨っている彼にどうしろって言うのよ」

「…そうか…そんなに酷い常態か」

 リャンティーアは頷く


「ええ…かなり長い間、高熱が続いているから
 魔族は多少の温度差でも問題なく生存出来るわ
 でもね、人間は凄くデリケートで弱い生き物なのよ

 寒くても熱くても生きて行けない
 体温が少し上がるだけでも簡単に死んでしまうわ

 既に、熱のせいで身体の細胞が壊死し始めているの
 これだけの高熱だと―――…人間の身体では耐えられないわ」

「……そう…か……」

 絶望的な状況
 既に細胞の壊死が始まっているのであれば、もう時間の問題だ

 もう、彼が長くない事は火波にも理解出来た



「シェル、お前は…ここにいるつもりか?」

「…ん…?」

「世話になった者だろう?
 最期を看取ってやるのか?」

「…そう…したい…
 この場を去るのも、留まるのも…どちらも辛いが…」

「…わかった、わしは一度船に戻る
 今頃心配している筈だ…事情を説明してこよう
 荷物も持ってくる必要があるしな、少し待っていろ」


 火波は席を立つと小屋から足早に立ち去った

 残されたシェルは項垂れたまま動かない
 何もする気が湧かない――…気力を失っていた




 そんなシェルを気遣ったのか、
 それとも単なる好奇心からか――…

 リャンティーアはシェルに向かうと声をかけた


「…シェル…だっけ?
 アンタ、彼らとはどういった関係?」

「船が難破して…海岸に打ち上げられたのじゃ
 二人は気を失っている拙者を介抱してくれた…
 カーマインは言わば、拙者の命の恩人なのじゃよ
 拙者のような素性の知れぬ者にも親身にしてくれてのぅ…」

「…そう……辛いわね…」

「うむ…その、リャンティーア殿は…?」

「リャン、って呼んで良いわよ
 歳だってそう違わないでしょ?

 …アタシはね、カーマインに片思いしてたの
 まぁ…見事に玉砕しちゃったわけなんだけど」


 リャンティーアは遠くを見つめながら、軽く息を吐く
 そして何かが吹っ切れたかのように笑った


「まさか、男同士でデキてるなんて思わないじゃない
 いくらアプローチしても男が好きなんじゃ、この恋は実らない
 最初っからアタシが敵う筈無かったのよね〜…無駄な努力しちゃったわ」

「…そ、そうか…それは何と言うか…」

「でも下手に女の子と争って負けるより気分が良かったわ
 女の子に興味ないってわかった途端に、逆にスッキリしちゃったって言うか…
 まあ、これからは友達として二人の仲を見守ろうかな――…って思った矢先にこれよ

 以前から微熱が続いてた、みたいな事は言ってたんだけど…突然倒れてね
 風土病か、流行り病か、毒虫に刺されたか――…そんな話をしてたのよ
 最初はカーマインも意識があって食事も出来てたんだけど、だんだん衰弱して…この有様」


「カーマインは…助からないのじゃな…」

「人間の身体では、メルの魔力に耐え切れないわね」

「――――……」

 改めて何度も言われると、その意味を実感せざるを得ない

 どんなに嘆いた所で現状は変わらない
 それでも涙が止まらなかった





「…カーマインに会うでしょ?」

「うむ…じゃが、少し待ってくれ
 心の準備が出来るまで―――…
 まだ、現実を目の当たりにする勇気が…」

「そうね、気持ちはわかるわ
 じゃあ…お茶でも淹れてあげるから休んでて」

「…すまぬ…」

 程無くして、湯気の立つカップを手渡される
 熱い筈のそれは、しかし不思議と熱を感じなかった

 ショックで全身の神経が麻痺しているらしい


「…無理だとは思うけど、元気出しなさいよね
 じゃあ、アタシは出かけてくるから留守番頼んだわ」

「もう日が暮れるが…」

「ええ、夜になるのを待ってたの
 ちょっと探し物をしててね…夜が比較的見つけやすいのよ
 …ああ、心配は要らないわ、一応アタシも魔女の端くれだから」

 少女は軽く手を振ると、足早に家から出て行った



 残されたシェルは虚ろな眼差しで部屋の明かりを眺めていた

 震える身体を温めようとカップに手を伸ばしてみる
 しかし味覚を感じる神経まで鈍っているらしい


 口に含んだそれは味も熱さも感じなかった


TOP