「目覚めればそこは体育館倉庫の跳び箱の中
 周囲に散らばる謎の缶詰め(白桃とナタデココ、サバ缶も多少)
 そして意味深に置かれたタケノコの皮は何のメッセージを訴えているのか…」

 ……………。

「きっとこのアルミホイルはダイニングメッセージだ
 被害者が死に間際、犯人からの電波をこれで遮断したに違いない
 その証拠に、ポリバケツの中に黒板消しがぎっしり詰められている…!!」

 …………………。

「冷凍エビの視線が急き立てる
 こうしてはいられない―――…
 俺は色鉛筆を握り締めるとムーンウォークでゴールを目指す
 大根よ、今行くから待っていてくれ…これからレバニラ炒めでオールナイトだ」

 ――――…………。




「……なあ、ちょっと…良いか…?」

「何じゃ、これからが山場だというのに…
 感動のクライマックスは涙なしには語れぬぞ」

「山場とかクライマックスとか言う以前に…
 話の流れ自体について行けないんだが」

 火波は指先で眉間を押さえる
 …何だか頭が痛くなってきた


「やれやれ…仕方が無い奴じゃのぅ」

 シェルは手にしていた日記を火波に突きつけると、
 冒頭の箇所を指で綴りながら説明を始める



「それでは最初の部分を要約して説明するぞ?
 まず、左半身が亀に埋まった主人公が空に向かって首を伸ばし始めるのじゃ

 辿り着いた先は針のようなミカンが咲き乱れるカニ歩きのパラダイス
 サンゴの呟きに誘われて煙突に上ると白サイがザリガニに絡まれていた

 腹を割って話を聞いてみると、何と近所の仔犬が金魚に乗って地底に潜ってしまったとの事
 それを助ける為に主人公はワニの養殖業を営む事を決意する――…と、ここまではよいな?」


 よくねぇよ



「…わしの理解の範疇を超えているのだが…」

「愛憎と裏切りの果てに陥った失望の中の一筋の光がお主には見えぬのか?」

「このストーリーの何処からそんなモノを見出せと…?
 いや、その前に再確認させてくれ
 お前が読んでいるそれは日記―――…だったよな…?」

 これが実体験だとしたら…大変な事になる
 ファンタジーと言えど、流石に限度というものがある


「厳密に言えば日記の中で連載しておる小説なのじゃが…
 この他には真似出来ぬセンス…レンが書いた事には違いないのぅ」

「何故…日記に小説を書く…」

 日記というよりは既に自由帳扱い
 そういえば途中のページには走り書きメモや数学の予習なんかも書いてあった


 中には豚コマ(200g)、ニンジン、タマネギ、ジャガイモ…と書かれている箇所もある
 これは明らかに買い物用のメモである

 …恐らく、カレーか豚汁のどちらかだ




「そう珍しい事でも無いと思うがのぅ
 胸に秘めたストーリーを、こっそり秘密の日記に書き綴る…うむ、大いに結構」

「これ…こっそり胸に秘めるような内容か?」

 タケノコの皮が?
 カニ歩きのパラダイスがか?


 全く理解できない
 むしろ、理解できたらお終いな気がする

 しかし―――…



「あぁ…これこそが男の友情なのね…
 素晴らしいわ、これもひとつの愛の形なのよ…!!」


 興奮気味に瞳を輝かせているこの婦女子は一体、何?

 何処がツボだった?
 …というか、何をどう解釈したらそうなる?


「最後はやっぱり怪魚かしら…それとも抹茶パフェ?
 あ〜ん…気になるわぁ…ねえ、早く続きを読んでよぉ〜」

 …何がどう怪魚なんだ…
 というか、これ…面白いか…?

 まあいい
 エレンが楽しんでくれているなら当初の目的は果たせている訳だし…




「続きを読み聞かせてやってくれ」

「承知した
 …俺は硬くコブシを握り締めた
 指の間から潰れ気味の卵豆腐がにゅるにゅると落ちて行く」


 握るな


「こうして俺は家を後にした
 あの星に、そして友に誓おう
 必ずや俺は―――…髪を切って戻ってくる!!」


 …行き先、美容院?


「空よ大地よ…ありがとう
 風よ大海よ…ありがとう
 君を忘れない…ありがとう、谷口さん(31)」


 誰!?




「…なあ、シェル……わし、コメカミの辺りが痙攣してきたんだが…」

 これ、いつまで続くの?
 そろそろ苦痛を感じ始めてきたんだけど

 知らない国の言葉を延々と聞かされてる気分になるのは何故だろう…



「もうすぐラストじゃ、我慢せい
 ここまで来て止めては余計に辛いじゃろう」

 シェルはラストスパートとばかりに脇目もふらずに読み続ける


「広大な砂漠はエキストラの歯を容赦無く抜いて行く
 紫カモメの言う事にゃ、ツーツートントン、ツートントン」

 モールス信号!?
 誰に何の信号を!?


「流れ落ちる涙は流星となって彼の家を木っ端微塵に破壊した
 試しに熱湯を注いで放置したら次の日には細胞分裂して減っていた彼の家
 うっかり本棚の頚動脈を切ってしまった、こうして時空の狭間に彼の家が誕生した
 彼の家がパイに包まれた奇跡が引き起こした束の間の安息――…それ即ち、麺類


 断じて違う

 …というか、どんな家に住んでるんだ彼は…



「土の中には大きなタニシが住んでいて、夏になるとカニになる
 秋には涼しく小さなスカラベに、春には暖かな千手観音になる
 冬にはしっとりと桃の葉に包まれたバッファローになって夢心地」

 …ねえ、タニシは?
 本来のタニシの姿になってるのは…いつ?



「俺は、ふと一人の少女に声をかけた
 彼女は鈴のような声で笑いながら、こう答えた

 私はミミちゃん、パン屋さんなのよ
 ミミちゃんはね、お花が大好きなの

 だからお店の名前は『飛翔・煉獄渦烈火―壊―』なのよ」


 何故


 ねえ、ミミちゃん…
 その必殺技のような店名は何?


「お店の一番人気は『昼下がりの公園・素人隠し撮り24時間』
 でもミミちゃんの今日のオススメは『死者の手招き〜こっちにおいでよ〜』なのよ」


 パンを売れ

 というか、食えるものを売れ
 明らかに食品じゃないだろ



「俺は少女に尋ねた
 『この店で一番、暖かいものは何だい?』

 少女は微笑んで言った
 『それはミミちゃんが焼いたパンよ
  ホカホカのアツアツで、食べたら最期、灰になっちゃうの
  お兄さんも真っ白な灰になって衝天した人、第314号になってみる?』」


 被害者多過ぎ

 そんな危険なパン、売るな
 つーかそれは既にパンではなく殺戮兵器




「…ほ…ほのぼの雰囲気が一気に殺伐としたものに…」

「子供は無邪気に殺める事が出来る生物なのじゃよ
 まあ、黙って聞いておれ―――…いよいよラストじゃ」

「…オチを聞くのが怖い…」

「感動のラストシーンね!?
 怪魚と抹茶パフェ、どっちが来るのかしら…!!」


 どっちも来ねぇよ
 それよりも、どうやったらそんな発想に辿りつくのだろう…



「ついに奴と決着をつける時が来た
 会話なんか要らない…この剣が全てを物語る
 俺と奴は同時に剣を引き抜くと、ゆっくりと間合いを詰めた(バター焼き)」


 バター焼き!?

 ねえ、最後の(バター焼き)って何?
 その部分は一体どこと絡んでる!?



「カチ、と剣先が触れ合う
 空気が張り詰めて二人のボルテージも一気に上がる
 そう俺は…ずっとこの瞬間を待っていた―――…ような気がする、たぶん、自信無いけど」


 自信を持て



「さあ、勝負だ
 俺は懐から奴を倒す為に用意したアイテムを取り出す
 考える事は同じか――…奴も道具袋から何かを取り出した

 二人同時にそれを掲げる
 いかに相手より威力の高いアイテムを使うか―――…それが勝敗を分ける」


 剣はどこ行った?

 剣が全てを物語るんじゃなかったのか?

 いや、別に良いんだけどさ
 何だか流れ的には戦闘っぽいし




「二つのアイテムが同時に炸裂した

 奴が高々と掲げたフライドチキン
 対抗するは、俺のチューリップ栽培セット―――…

 威力は互角
 この勝負は引き分けだ

 しかし危ない所だった
 下手をすれば命さえ危うい

 成程、相手もなかなか手強い
 長期戦になると不利になる―――…次の一戦に全てをかけるしかない」


 戦闘のルールが見当も付きません

 何でこれで命の危険が?
 それ以前に強さの基準がわからない


「俺と奴は同時に地を蹴った
 その瞬間全身に痺れるような痛みが走る
 見ると奴の耳から太いエリンギが生えていた―――…しかも3本!!

 『くっ…卑怯な!!』

 『ふっ…トドメだ!!』

 奴の手にトランペットが握られる
 俺は咄嗟に用意したトイレットペーパーで何とかその一撃を防ぐ」


 物理的に無理



「こうなったら最後の手段だ
 俺は禁断の封印を解くと奴に目掛けて投げ付けた

 『…くらえ――――…抹茶パフェ(¥420)!!』

 決まった

 奴はバランスを崩すと、そのまま地に伏す
 その手にはスコップが握られていた

 『……ふっ…負けたよ…』

 こうしてこの長い因縁の対決は幕を下ろした
 数々の困難を乗り越え、ついに悪は勝利したのだった――…END」


 悪かよ



「わけがわからん…」

 そろそろ帰りたくなってきた
 しかし今の状況がそれを許さない

 何せ、一癖も二癖もある女子供に挟み撃ちされている


「ふむ…成程のぅ…」

 何に納得してるんだ、シェル


「ふふふ…やっぱり最後は抹茶パフェで決まったわね」

 何で予測できるんだ、エレンっ…!!




「…疲れた…物凄く疲れたぞ…」

「お主は何もしておらぬではないか」

「精神的に疲労したんだ
 理解しようとするだけでかなり消耗するぞ、これは」


 想像力の限界
 脳内が飽和状態に達している



「では次は軽いノリのやつを読む事に致そう
 ――…ああ、この日記のページが良いかのぅ…」

「あら素敵…まだ続くのね?
 オールナイトでも構わないわよ」


 勘弁して下さい


「…わし、先に帰って寝てちゃダメか…?」

「吸血鬼が健康的に夜中に寝るでない
 寝不足など恐れるに足らぬ身体じゃろう、観念致せ」

「ふふふ…お兄さん、まだまだ寝かさないわよ〜?」


「………………。」



 夜はまだま続く―――…


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