「――のぅ、火波とやら」

「何だよっ!!」

 情けないやら悔しいやらで気が立っている火波は、まさに吼える
 しかしガルルル…と、唸り声を上げても、やっぱりシェルには通用しない



「何とも賑やかな夜じゃのぅ…しかし、ちと冷えるな」

 シェルは何処からか取り出した上着を羽織ると、のんびりと夜空を見上げた
 勝手にお月見モードに突入しているらしい

 しみじみと呟くその姿は還暦を迎えた老人のようだ
 彼は縁側で渋茶と煎餅を摘む姿が似合うに違いない――…


 でも…何でこんなに落ち着かれているんだろう…

 自分は吸血鬼だ

 この姿を見れば誰しもが悲鳴を上げて死を覚悟する
 血に飢えた呪われし冥界の住人――…それが自分の筈だ

 それなのに…この、まったりムードは一体何!?




  



「おい、シェル…わしが恐くないのか?」


「拙者は猫よりも犬派じゃからのぅ
 それに、この不細工さは何とも愛嬌があるではないか」

 …わしって…そんなに不細工か…?

 今、この場に鏡があったなら、迷わず己の顔を確認しなおしただろう
 特に容姿に関心を持っているわけではないが、ここまで言われ続けたら不安になる


「シェルよ、わしは…そこまで醜い顔をしているか…?」

「醜いと言うよりは人相――…いや、犬相が悪いのぅ
 まぁ人型の生物と火波のような獣型の生物とでは美的感覚も違う
 …そもそも美形かどうか以前に、犬を恋愛対象として見る事が出来ぬのじゃよ」


 別に恋愛対象として見なくても良いんだけど


 でも、まぁ…

 確かに種族が違い過ぎる
 ここまで違えば美形かどうかもわからないだろう

 妙に納得して、成程と頷く火波




「…二匹の魚を見比べて、どっちが男前かと聞かれるようなものか…」

「そ、その例えはどうかと思うのじゃが…まぁ…そんな感じだと思って下され
 拙者から見れば、ただの犬じゃが他の獣型生物から見れば美形かも知れぬしの」

 慰められている…のだろうか
 こんな他人の話もロクに聞かないような子供に気を遣われるなんて…屈辱だ


「…しかし、わしの事を不細工だと罵るからには、
 お前はさぞかし器量の良い小童なのだろうなっ!?」

 言われっぱなしでは気が済まない
 ここはひとつ――目の前の少年の面を拝んで笑ってやろう



「小童、お前の顔も見せてみろ
 どうせゴーグルで隠さなければ出歩けないような顔だ
 期待なんか最初っからしていないから安心して素顔を出して良いぞ」

 他人の批評をする奴に限って、自分自身に自信の無い奴が多い

 シェルもきっと自分の顔に何かしらコンプレックスを抱いている可能性が高いだろう
 そうでなければ余程のナルシストか――…もしくは本当に絶世の美人かのどちらかだ




「うーむ…美的感覚の違う相手に見せてもわからぬのではないか?
 それに拙者のウリは容姿よりも、この自慢の身体の方なのじゃから――…」

「屁理屈は良いから大人しく見せろっ!!
 童貞の小童の分際で身体が自慢だとか言うんじゃないっ!!」

「未経験という所に価値があるのじゃよ…
 拙者の童貞と処女はいくらの値段がつくじゃろうか?」


 知らねぇよ
 って、金取るつもりだったのか!?


「わしは逆に金を支払われても遠慮したい…」

だから?」

「男に興味がないからだっ!!」

 吸血鬼は処女の生き血を啜るモンスターだ
 好き好んで男を専門的に襲う吸血鬼は聞いた事が無い

 …まぁ、探せば一人くらいは存在するかも知れないが…




「とにかく、わしは男は抱かんっ!!
 お前が女だったら考えなくも――…いや、性格がこれじゃ絶対嫌だ!!」

 処女を襲う醍醐味と言えば、やはり初々しさに限る

 恐怖に怯えて泣き叫び逃げ惑う身体を押さえつけて無理矢理――…
 というのが残虐非道なモンスターである吸血鬼のやり方だ


 しかし、目の前の少年はどうだ

 初々しいどころか既に枯れ果てているような気すらするではないか!!


「しかもサラダ油持参でやる気満々だし…これじゃあ面白みが無い!!
 もっとこう、モンスター的には凌辱とか鬼畜なシチュエーションに萌えるんだ…!!」

「じゃが、強姦はお互い良い事無いぞ?
 どうせなら楽しみ合った方が得だと思うのじゃが」


 諭すな


「ふん、恋に恋しているような小童にはわからんよ」

「今は色恋抜きの身体だけの関係でも構わぬよ
 とりあえず歳若い拙者に大切なのは経験を積むことじゃ
 この歳で恋人を作って窮屈な生活をするよりも、多くの男を経験する方が賢明じゃろう?
 どうせあと十数年もすれば、身を固めて窮屈な家庭を持つ事になるのじゃろうし――…」


 そんなに達観しなくても


「吸血鬼のわしが言うのも何だけど…人生、そうつまらない物でもないぞ?
 結婚して家庭を持って――ほら、可愛い奥さんや子供を持つのもきっと楽しいと思うぞ?」

 …って、何でわし…こんな所で人生を語ってるんだろ…

「まぁ、将来浮気をしないように今から思う存分遊んでおこうという魂胆じゃ
 円満な家庭を築く為にも、もう充分というくらいに遊んでおくべきだとは思わぬか?」

 えっと…この子、何歳だっけ?
 顔が見えないから確信は持てないけれど、たぶんまだ15、16歳位だよな…?


「まだ青春時代の真っ只中なんだから、もっとこう…あるだろ色々と!!」

「熱血じゃのぅ…いや、歳のわりに純だということか…」


 お前は歳のわりに老け込み過ぎだ!!



「世の中、肉欲性欲だけじゃないぞ…?」

「うむ…無論じゃ
 しかし人生には快楽も必要じゃろうて
 それに年齢的にも色々と知りたいんじゃよ」

「つか、お前歳いくつだ?」

「記憶喪失中の身の上故、確信は持てぬのじゃが…とりあえず脱皮済みじゃ」


 脱皮言うな



「お前のような奴は初めてだ…
 わしが今まで見てきた奴らとは違うな」

「それは…お主の餌の事か?
 友達が多いようには見えぬが…」


 ほっとけや


「吸血鬼は基本的に一匹狼なんだ!!」

「それは…自分の容姿とかけたシャレか?」


 真面目に聞いて下さい




「それでは、友達が遊びに来たわけではないのじゃな?」

「――……?
 友達が遊びにって…何の事だ?」

 シェルが無言で指で示す
 そこには闇夜に光る無数の目があった


「囲まれていると言うのに…吸血鬼と言えども案外鈍いのぅ」

「あーもう、うるせぇ――っ!!
 普段のわしなら、この様な失態はしないっ!!
 お前のせいでペースを乱されたから不意をつかれたんだ!!」

「言い訳か」

「黙らんか!!」



 怒鳴りながらも周囲の気配を注意深く読み取る

 気配は複数――…ぐるりと円を描くように囲まれている
 敵との距離はおよそ5メートルといった所だ

 四方八方から攻められては不利だ
 一体に狙いを定めて、方位状態から逃れる事が先決だろう

 火波は前方の敵をターゲットと決めると、魔力を掌に集中させる
 攻撃魔法を放って隙を作り、敵に突っ込むという火波の得意戦法だ

 燃え広がる火炎の渦を脳裏に思い描き、シュミレーションをする
 火波は獣特有の咆哮をあげると、その名の通り炎の波を敵に向かって浴びせかけた



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