「…で、そのセイレーンはどのような御仁なのじゃ?」


「そうだな…なかなか可愛い顔立ちをしていると思う
 清楚で可憐で、子供がいるように見えないくらい若々しい」

 火波の脳裏に彼女――…エレンの姿が浮かぶ

 涙に濡れた頬が忘れられない
 悲しみに沈んだ彼女を少しでも救いたかった

 彼女の姿を探して火波は漆黒の海面を飛ぶ
 相変わらず波は高くて時折飛沫が身体を濡らす


 この海を荒らしているのはエレンだ
 恐らく最も波の高い場所に彼女はいることだろう

 火波は高波を目指して羽ばたいた




 どの位探し回っただろう
 既に足元から滴が音を立て始める

 背中に感じていたシェルの体温も下がってきた
 火波が焦り始めたその時――…


「…見つけた…!!」

 闇の中に浮かび上がる翼を持つ女性
 その姿を捉えた火波は高度を下げる

 警戒させたり驚かせては大変だ
 極力音を立てないように彼女に近づいた


 月明かりに照らされた美しいセイレーン

 長い髪が潮風に吹かれて波のように揺れる
 彼女は遠くを見つめながらメロディを口ずさんでいた



「あぁ〜波ぃ〜のぉ〜しぶきをぉ〜…ああんがあ〜ん♪」


 演歌!?

 妙にコブシの利いた歌声が夜の海に響く
 それはまるで風呂で熱唱するオヤジのようだった


「こちとらぁ〜海のぉ〜漢だぁ〜よぉ〜〜〜いっ…とくらあ!!」


 ざっぱーん

 合いの手の如く怒涛の波が押し寄せる
 荒波にもまれながらエレンは己の歌に酔い痴れていた

 というか、本気で酔ってないか…?
 彼女の傍らに焼酎のようなものが見えるが、これはだろうか


「…………。」

 どっと押し寄せる疲労感と物悲しさ
 許されるなら、このまま墜落したい


「……の、のぅ…?
 どうしたのじゃ火波、突然黙り込んで…」

 シェルにの目では霊であるエレンの姿は見えないらしい
 それが不幸中の幸いだった


「…そこに、彼女がおるのか…?」

「あ、ああ…何だかとんでもない事になってるがな…」

「…泣いておるのか…?」

「いや、何と言うか――…」

 今、鼻から酒噴いてひっくり返ったんだけど…

 さすがにそれを伝えるのは忍びない
 というより、そんな事は実況したくない


「…荒れてる…な」

「そうか…気の毒に、心中察するのぅ
 では尚更拙者たちで慰めてやらねばなるまいて
 よし火波、失礼の無いように声をかけてやっておくれ」


 わしが!?

 これに声をかけるのは勇気が要るんだけど…
 何だか酔っ払いに絡まれる自分の図が安易に想像できるし

 しかしこのままとんぼ返りをしては示しがつかない

 火波は心で涙を流しながら恐る恐るエレンに近付く
 彼女は自分の世界に浸っているらしく全く気付かない

 しかも――…


「…ったく…飲まなきゃやってらんねーわよ畜生めっ!!」

 酒癖悪っ!!

 しかも酒瓶から直飲み&一気飲み
 彼女の足元には既に空になった瓶が転がっている

 凄く見事な飲みっぷりだ
 でも―――…

 何だか手が付けられなさそうな予感


「…え、エレン…」

「ぁあ?」

 目が据わってる

 迫力満点
 むしろ殺気立ってる
 あまりの殺気に手に持った瓶が棍棒にさえ見えてくる


「…あ、いや…人違いでした」

「これ火波、速攻で逃げ腰になるでない」

 背後からダメ出しするな
 お前はこれが見えてないからそう言えるんだ…


「―――…んん〜?
 あぁ、あんたこの間の性格暗そうなイイ男じゃない」

 悪かったな
 …わし、そういう認識されてたのか…

 まぁ良い
 気を取り直して本題に入るか

「エレン、実は用があって―――…」

「愛に飢えた寂しい女の孤独な夜を求めてやってきたの?」

 何かが違う


「い、いや、気分転換にでもなればと思って――…」

「そう…慰めに来てくれたのね
 わかったわ―――…脱ぎます

 何でそうなる!?


「ちょっ…ち、違う!!
 そんなつもりで来たんじゃない!!」

「あら、そうなの?
 久々のイイ男なのに残念」

 おい…お母さんよ…
 子供捜しながら男も吟味してたのか!?



「で、熟女の豊満な肉体が目的でないとしたら用件は何?
 言っとくけど金は無いわよ」

 わしは強盗か!?


「…そんな風に見えるか…?」

気が弱そうだし、そんな大胆な事は出来なさそうだけどね
 でもワキの下でおにぎり作れそうな服着てるし油断ならないわ」

 何の関係もねえ!!


「そんな方法で絶対作らんし…」

「でも露出度高いし警戒は必要よ、無駄にボタン多いし
 何これ、この辺押すと乳首から火炎放射でも出るの?」

 出てたまるか
 わしって何に対して警戒されてるんだろう…


「エレン、頼むから本題に入らせてくれ…
 わしはここにコケにされに来たわけじゃないんだ」

「…そうか…またコケにされておったのか…」

 背後から寂しそうなシェルの呟き
 頼むからまた≠チて言わないで


「あら…もう一人いるの?」

「ああ、この子がエレンと話がしたいと――…」

「まぁ、10代特有のお肌ピチピチ感…!!
 こんな若い子が相手だなんて、おばちゃん緊張しちゃうわ」

 ごめん、エレン…
 若々しいのは外見だけなんだ…

「可愛い子ね、じゃあ張り切って荒波の母・降臨っ!!」

 降臨せんでいい



「と、とりあえず紹介するな…?
 この子はシェルと言って――…」

「受けなの? それとも攻め?」

 わしに聞くな


「うーん…でも、見れば見るほど可愛い子ねぇ
 こういう気の強そうなツリ目がちの子って好みなのよ」

「ふぅん…そうなのか」

「ええ、だって勝気な子って思わず泣かせてみたくなるでしょう?」

「……………。」


 何か今、怖い事を聞いたような気がする
 わしの思い違いだろうか――…

「いいわよねぇ、強気な俺様系の子って苛め甲斐があって
 鋭い眼光を宿した瞳から堪え切れずに流れる一筋の涙――…想像するだけでもぅ…!!」

 生粋のS気質!?


「ねぇ、この子とお話したいわぁ…
 お兄さんに通訳お願いして良いかしら?」

「あ、ああ…そのつもりで来たんだ」

 当初の予定からはかけ離れたものになったが
 まぁ世の中とは思い通りに行く事の方が少ないものだ


「そうねぇ…ええと、シェル君って本当に美味しそうな子ね…ふふふ
 10年後の姿が楽しみだわ…きっとその頃には100人斬りとか達成してるわよ」

 それを伝えろと!?

 …というか、お母さん…
 色々と突っ込み所――…というか問題が有り過ぎ

 さて、何と伝えたものか


「………シェル、お前は将来いい男になりそうだ…と言っている」

 健全方向に要約

「ほぅ、それはどうも
 褒められると嬉しいのぅ」

「若い男って良い響きよね…ふふふ
 その白いうなじや太ももが何とも言えないわぁ…
 何だか舌先でなぞってみたくなっちゃう…ふふふ…」

 いや、だからさ、お母さん…
 もうちょっと発言内容を考えて―――…って、言うだけ無駄か


「………若いから肌が綺麗だ、と言っているな」

 とりあえず間違った事は言ってない
 良い意味で湾曲させてはいるが…

「洗顔には気を遣っておるのじゃよ
 ユリィのコスメ用品を借りておったから色白で綺麗じゃろう?
 これでも肌にはちょいとばかし自信があったりするのじゃよ」

 ――…まぁ、通じてるから良い事にするか


「この服も良い味が出てるわぁ…
 微かに透けた着物が海水で肌に張り付いて…
 眠っていたショタ心を刺激―――…おっと、ヨダレが」

 じゅるり

 口元を拭うエレン
 その姿は餓えた獣と呼ぶに相応しい


「……えーっと…服、似合ってるな……と、言ってる…」

「ちょっとお兄さん、言葉変えないで伝えてよ」

 無茶を言うな
 母親の霊がお前を見てヨダレを垂らしてるぞ、とでも伝えろと!?


「ええと…エレン、さん?
 拙者からも話がしたいのじゃが――…」

「エレンさんだなんて…そんな畏まらなくて良いのよ
 もっと気軽に『マ〜マちゃん』って呼んで欲しいわ」

 絶対に呼ばせません


「これは拙者の友人が書いた日記なのじゃが、
 なかなか面白い事が書いておるのでな…暇潰しにどうかと思ってのぅ」

「まぁ、いいわねぇ…日記って大好きよ
 人様のプライベートを覗き見してほくそ笑む快感が病み付きになるのよね」

 病み付きに…って
 常習犯!?


「私もたまに息子の日記をこっそり読んで楽しんでたわ
 でも凄く字の汚い子でねぇ…ある意味、古文書よりも解読困難だったのよ」

「…………。」

 コメカミの辺りが痛くなってきた
 プライバシーも何もあったものじゃない

 意気揚々と日記の音読を始めたシェルと、
 それを満面の笑みで聞き入るエレンを前に火波は力無く肩を落とした


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