シェルと火波が日記片手に悪戦苦闘しているその頃―――…



 隣の部屋ではリノライとジュンがパジャマパーティーを繰り広げていた
 多少アルコールも入っている為だろう、かなり無礼講な勢いだ

 …というより、既に無法地帯と化しつつある


「うぅ…カイザー…御逢いしとうございます…
 こんなに長い間、貴方と離れた事なんて今までございませんでした…」

 床板に突っ伏して咽び泣くリノライ
 どうやら泣き上戸だったらしい

 もしかして、これが彼のストレス発散法なんだろうか…
 どちらにしろ物凄く珍しいものを見てしまった気がする

 ジュンはリノライの痴態を心のメモリーに書き留めた


「あぁ、カイザー…私のカイザー…」

 酔いと涙で真っ赤になった顔を拭いながらリノライはフラフラと腕を伸ばす

「ちょっとリノライさん…!!
 カイザルさんが恋しいのはわかりますけど…
 だからって、俺に抱きつくのは止めてくださいっ!!」

 酔っ払いの腕を容赦無く払い除ける

 この場に恋人のゴールドがいたら、恐らく攻撃呪文を放たれている事だろう
 元・上司だろうが友人だろうが彼は躊躇い無く切り捨てる事が出来る男なのだ

 優しい笑顔の裏に血も凍るような残虐さを隠している事は仲間内にも広く知られている


「…ったく…酒癖悪いってのも問題だな…」

 女性のような美貌と洗練された気品の漂う魔法使い…というイメージの強いリノライ

 しかし、それはあくまでも表面的なものなのだ
 実際の彼は庭の隅でヤンキー座りをしつつタバコをふかすような男なのである

 そして酒が入れば泣き上戸と来たもんだ
 普段大人しいだけに、そのギャップに驚かされる

 一対一で過ごして初めて気付く意外な一面
 でも、できれば一生気付かないままでいたかった…

 ジュンは諦めの表情でグラスの中身を飲み干した



 30分後―――…


 少し酒が抜けてきたリノライは、ようやく己の痴態に気付いたらしい
 慌てふためきながら必死に弁解に努める彼は見ていて面白かった

「その、ジュン殿は一人暮らしを経験した事があるのでしたよね?
 私は如何なる時も大勢の者達に囲まれて生きてきた身でございますから…っ!!」

 少人数で行動する事に慣れていないのだ、と恥かしそうに語るリノライ

 確かにリノライは小さいながらも城に住んでいるのだ
 ある意味大所帯とも言える環境で過ごしてきた彼が旅の空で淋しさを感じても仕方が無い

 仕方が無いのはわかるが―――…もう酒に逃げるのは止めて欲しい、頼むから


「も、申し訳ございませんでした…」

「いや…恋人と離れていて不安な気持ちは俺も同じですから
 リノライさんも酔いが醒めて来たみたいだし…少し話でもしますか」

 床にめり込みそうなほど土下座を続けるリノライを起こす
 実際に床に何度か打ち付けたらしく、額と鼻の頭が微かに赤くなっていた

「カイザルさんの事、話して下さい
 そうすれば少しでも気が紛れるでしょう?」

「そう…でございますね…」

 恋人の姿を思い起こしたのか、微かに頬を染めるリノライ
 自分が話すのは苦手だが人の話を聴くのは好きなジュンは巧みにリノライから話を引き出す


「―――リノライさんは、カイザルさんの何処が一番好きなんですか?」

「一番…と、特定は出来ませんが…
 お姿を思い浮かべると、真っ先にあの瞳が思い浮かびます…」

「ああ、綺麗な色をしてますよね
 何だかアメジストの宝石みたいで」

 気品のある色だと思う
 生まれながらに王子としての気質を持っているのだろう――…


「多彩な時や辛く苦しい時にはカイザーの瞳を脳裏に浮かべます
 そうする事で、私の忙殺に乱れた心が癒されるのでございます」

「好きな人の姿をを想像すると、それだけで幸せな気持ちになりますよね」

 その気持ちはジュンも理解出来る
 この旅の間にも何度ゴールドの姿を思い浮かべたことか


 しかし―――…



「…と申しますか、あの緊張感の無い瞳を見ると大概の事はどうでも良くなって来るのでございます」

「………は?」

「何と申せばよいのでしょう…
 カイザーの瞳は可笑しくもないのに笑って見えるのでございます」

 それは褒め言葉なんだろうか…?

「カイザーと知り合った当初は私の顔を見て笑ってらっしゃるのだと思っておりました
 その表情が真顔なのだと気付くまでにかなりの歳月を費やす事になったのでございますが…」

 それもまた凄い

「まぁ…確かに愛嬌のある表情をしてますよね」

「ええ、それで何故そのように見えるのか私なりに調べてみたのでございます
 そうしたら―――…カイザーは瞳の形に原因があるという事が判明致しまして」

 わざわざ調べなくても良いだろう
 よっぽど気になってたんだな…


「…で…?」

「カイザーは瞳が――…カマボコ型をしてらっしゃるのでございます!!」

 かまぼこ!?


「半円型、半月型…表現方法は色々ございますが…
 とにかくあの形の瞳では緊張感も笑いに変わるのでございます」

 無表情でも笑って見える男、カイザル・アイニオス
 真顔でいるのに『何が可笑しい?』と聞かれた経験も少なく無いに違いない

 さぞかしカイザルも困った事だろう


「ま、まぁ…それもカイザルさんの個性ですから…」

 としか言いようが無い
 整形しろとも言えないし

 とりあえず話題を目から遠ざけた方が良い


「か、カイザルさんは髪の色も綺麗ですよね
 何か天気の良い日は光合成も出来そうな勢いで」


 光合成は褒め言葉じゃない


「カイザーは全体的に緑っぽいのでございます
 自然の多い場所では目の前にいても姿を見失います

「色的に草木と同化してしまうんですね」

「既に保護色と化しております」

 保護…されているのだろうか
 下手したら家にいるのに捜索願いを出されそうな気がする


「ははは…カメレオンみたいですね」

「どちらかと言えばカエルでございましょう
 何となく顔も似ているような気が致しますし」


 それだけは言っちゃ駄目


「リノライさん…俺、今度からカイザルさんの顔見る度に、
 カマボコを背負ったカエルを連想しちゃいそうなんですけど」

 カエルの王子様は名作だが、
 カエル顔の王子様は―――…響きだけでも泣けてくる


「リノライさん…それ、言って良いんですか…?」

 婚約者とは言え表向きは主従関係だ
 城の主をカエル扱いする事は許されるのだろうか――…

「別に構いませんよ…お互い様でございますから
 それに幼い頃は良く互いを他の生物に見立てて遊んだりしたものでございます」

「そ、そうですか…」

「それにカエル扱いなんてまだ可愛いものでございましょう
 私なんか『白目むいてるように見える』と言われましたし」

 それはまた珍しい暴言


「目の色素、薄いですからね」

 でも、確かに遠目から見ると白目っぽく見えるかも知れない
 笑って見えるカマボコ目万年白目ではどっちがマシなんだろう…

 どちらにしろ、リノライの清楚なイメージが一気に吹っ飛んだ事は間違いない



「…リノライさんのファンが聞いたら泣きますよ
 一部のメイドさんたちから人気あるみたいですし」

 城の女性たちはリノライの姿を見かける度に黄色い声を上げている
 話によると知的な雰囲気が堪らない≠ニの事なのだが――…

「ですが、ゴールドもジュン殿が来る前までは凄い人気でございましたよ
 今はジュン殿との関係が公認でございますから女中たちも諦めておりますが」

「―――…え…っ」

 そう言えば、自分がこの城に来る以前のゴールドなんて知らない
 彼は一体どんな風にディサ国で過ごしていたのだろう

 想像できない―――…妙に気になった


「女中たちに甘い微笑みと丁寧な物腰がステキ≠ニ騒がれておりました
 初めて城を訪れる者はゴールドの姿を見て王子だと勘違いする事もありましたし」

「ははは…そーですか…」

 ジャージ姿のカイザルとゴールドが並んで立っている姿を想像してみる
 リノライには悪いが、確かに――…ゴールドの方が王子っぽく見えるかも知れない


「そっか…あいつ、モテてたんだ…
 そうだよな、恋人の一人や二人いても変じゃないよな…」

「ですが、ゴールドはとても紳士でございます
 意外な事に、恋人どころか浮いた噂のひとつも湧き出て来ませんでした
 何人かの女中が彼に交際を申し込んだそうですが、全滅だったとの事ですし…」

 それもまた意外だ

 確か彼は当初、魔王のスパイとして城に忍び込んだ筈だ
 恋人がいた方が情報も集めやすいし国にも溶け込み易い

 ゴールドが恋人を作らない理由が思いつかなかった


「…何で誰とも付き合わなかったんだ…?」

 というより、じゃあ何で自分と付き合っているのかわからない
 一体彼に何があったというのだろう

「私も以前、彼と話した事があるのでございますが…
 恋人の話題になった時、ゴールドは笑顔で申しておりました
 『ボクの天使は近い将来、必ずこの腕に飛び込んで来てくれるのです』と…」

「――――…っ!!」


 一気に全身の血液が沸騰した
 リノライはそんな俺に笑顔でトドメをさす

「ゴールドは、ずっとジュン殿と出会う為に誰とも付き合わずに待っていたのでございますね」

「あ、あのバカっ…!!
 そんな恥かしい事言ってたのか…!?」

「ふふふ…黄金の悪魔に寄り添う琥珀の天使――…お似合いでございます
 情熱家だとは思っておりましたが…愛情表現も大変に激しいようでございますし」

 それは、もしかしなくてもSMプレイの事を言っているのだろうか…



「でも、ゴールドが男の恋人を作って…驚きませんでした?」

「いいえ…むしろ納得したと言った方が正しいような気が致します」

「それは、女の人の交際を断り続けていたからですか?」

「いいえ…そうでもなく―――…」

 そこでリノライは言い淀んでしまう
 何か自分に聞かせられないような噂でも立っていたのだろうか



「あの…何かあったんですか?」

「いえ、実はカイザーと話していたのでございます
 彼のような長髪タレ目の優男男も絶対にイケるだろうと…」


 んな話すんな


「…リノライさん…」

 陰では随分色々言いたい放題やってるんですね
 国のトップ二人がこんなんで大丈夫なのだろうか…


「一応読みは外れてなかったという事になるんですね
 人を外見で判断するのもどうかとは思いますけど…」

「まぁ…それはそうなのでございますが…先入観がございまして…
 何せカイザーから受けた彼の説明が『えっちな顔した人が来る』でございましたから…」


 どんな説明だ


「実際に私も彼の第一印象は『エロい顔してんなぁ…』でございましたし」

 そんなしみじみ思わなくても

「というわけで私たちは彼をスケベ面の両刀使いと認識していたのでございます
 ですから彼がジュン殿を手篭めに――…いえ、手を出し…いえ、恋人同士になっても驚きませんでした」

 ゴールド…お前、上司にこんな事思われてたんだな…
 リノライの部下を辞めて正解だったとジュンは心から思った


「まぁ…今となっては否定も出来ませんけどね」

「ええ、表面的には紳士に見せかけておりますが、
 中身は顔同様むっつりとエロいと踏んでおりました」

 踏むな


「酷いですよリノライさん…
 確かに笑顔で下ネタ満載親父ギャグ言ったりしますし、
 言動が下半身重視なんじゃないかって思うこともありますけど…」

「ちょっと露出狂も入っていると思われますが」

「それも否定は出来ませんけど
 四十路間近太モモ丸出し壮観でしたし」

 今思い出しても、あの服は凄かった…
 男のチラリズムなんて初めて見た


「今だから言えますけど、あの服は股間部分が気になって仕方が無かったんですよ
 ちょっと激しく動くだけでチラチラと見えそうになって…戦闘中とか目のやり場に困りました」

「城内でも何度もポロリ事件があったそうでございますしね…」


 まじ!?
 しかも何度も!?


「あ、あのバカ…生き恥男…!!
 それってリノライさんも目撃したんですか?」

「幸いにして私は目撃しておりませんが――…
 城の者が口々に『デカかった』と申してきましたので」


 他に言う事無いんかい


「…所詮中身はオヤジか…」

「他にも色々と話題はございますよ
 ゴールドの話は下ネタばかりでございますが――…」

「いえ、もう結構です…
 もうこれ以上何も知りたくないんで」

 ふっ、と遠い視線をここではない何処かへ送るジュン
 帰ったら真っ先にズボンの隙間を縫ってやろう――…


 ジュンは深々と溜め息を吐きながら温くなった酒を一気に煽った


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