「…それにしても、荒れているな…」


 火波は甲板で荒れ狂う高波を見つめていた
 この調子では本当に救命胴衣の世話になりそうだ

「これも、火精王が姿を消した影響なのか…
 確実に世界のバランスが崩れ始めているな」


 三十年ほど前から感じ始めた違和感
 火の属性を持つ火波は特に敏感だった

 己の力が衰えて行くのが手に取るようにわかる
 やはり火精だけでは火精王の抜けた穴を埋めるのは難しいようだ

 世界を支える四人の神の内の一人、火精王ヴォルケノ
 その存在を失い、激しい消失感と不安感に世界中が呻いていた

 死臭を含んだ力無い風
 豊かさを失いつつある土
 そしてコントロールの制御を失った水――…


「これでも、まだ海はマシな方か
 ほんの僅かだが守護の力を感じる」

 しかし、この豊かな海にも着実に破滅の影は忍び寄っている
 海中に生きる生物が極端に減少しているのだ

「…この百年の間だけでも、絶滅の危機に瀕する種族はかなり増えた…
 世界は崩壊し、そこに生きる者たちも消えて行く――…もう、破滅からは逃れられないのか」


 この世に未練など殆ど皆無に等しい
 滅んだ所で、不老不死である自分の知った事か
 どうせ滅ぶなら今すぐにでも滅んでしまえば良い

 しかし―――…

 ふと生意気で可愛げの無い仲間の顔が脳裏に浮かぶ

 彼は今を生きている
 そして、まだ未来のある存在だ

 やがて命尽きる運命だとしても――…


「……ふん、あの小童は殺しても死なないだろう…
 何故わしが、あんな可愛くない小童の事などを心配してるんだ」

 数回首を振って邪魔な思考を振り払う

 餌として価値があるから、馬鹿げた旅にも付き合ってやっているだけだ
 互いの利害関係で成り立っている関係…それ以上でも、それ以下でもない


「――…戻るか…」

 ここにいたら海に投げ出されそうだ
 火波は踵を返すと客室に続く階段を下りる

 その足取りは誰が見ても重かった




「…何だ、随分と賑やかな事になっているな」


 部屋に戻ると三つの顔に出迎えられた
 自称・トレジャーハンターのリノとその助手のジュン、そして自分の相棒のシェルだ

 船に乗って早、半月が経過した
 今ではようやく緊張が薄れ、こうして互いの部屋を行き来するような仲になっている

 特にシェルはジュンと話が合う
 互いどこか親近感を感じるそうだ

 最近はワビサビ≠ニいうものについて議論しているらしいが――…火波には良くわからない



「おお、遅かったのぅ…海の様子はどうじゃった?」

「相変わらず酷い荒れ模様だ
 天気が悪いわけでもないのに、何故このように連日高波が襲うのだろうな」

 周囲の海は荒れ狂い、何度も船が転覆の危機に陥った

 船は思うように進まず立ち往生している
 このままでは、いつまで経っても目的地に辿り着けない


「船員の方々に伺いましても、ここまで荒れ続ける事は珍しいとの事でございます
 これは自然現象などではなく、第三者からの力が影響しているのではないかと思われますが…」

「じゃが…モンスター類いの気配は感じられぬのじゃ
 海上、海中にいるモンスターといえば水属性か風属性
 拙者とリノがおるというのに、何も感じ取れぬ筈がない…」

 風属性を持つシェルと水属性を持つリノが何も感じ取れないのなら恐らく何もいないのだろう
 しかし、それでは連日の不自然な嵐の説明がつかない


「魔女の呪いとか…じゃないんですか?」

「呪いならば、何らかの魔力の片鱗を感じ取る事が出来るのじゃよ
 じゃが…魔力も感じぬとあれば本当に一体、何が原因なのじゃろうな…」

 原因がわからなければ解決策も練れない
 船員たちはなるようになるさ≠ニ気楽に構えている

 しかし何か事情を抱えているらしいリノとジュンの表情には焦りの色が見え始めていた



「のぅ、お主らは何かワケ有りなのか?
 先程から深刻そうな顔をしておるが…」

「ええ…その、実は俺たちの国で戦争が起こっているんです
 でも戦況は不利で…だから、俺とリノ…さんで新種の武器開発をする事になって…
 それで、武器開発の材料を手に入れる為に船に乗って―――…現在に至っています」

「最近のトレジャーハンターは材料調達もするのか
 まぁ、物探しのプロだから適材と言えば適材なんだろうが…」

「ええ、まぁ……しかし事態は一刻を争うのでございます
 私達がこうしている間にも、我が国は戦火に包まれております――…」

「ふむ…そうだったのか…」

 二人が焦るのも納得できる
 本当に、一刻を争う事態だ



「私には国に婚約者がいるのでございます
 しかしあの御方は幼い頃より足が悪く…あぁ、無事を祈る事しか出来ないこの身が恨めしい…」

「俺の恋人も戦争で足を負傷したんです
 歩く事が出来なくて、ベッドの上で療養中なんですが…
 そんな状態の所を敵が攻め入ってきたらと思うと――…」

「…そ、それは大変ではないかっ!!
 こんな所で足止めを食っている場合では無いじゃろうに…」

 シェルの顔も青ざめる
 まさに一分一秒を争う事態だ

 そんな深刻な問題を抱えていたとは思わなかった

「ど、どうしたら良いのじゃ
 火波はどう思う―――…って、こら、何処へ行くのじゃっ!?」


「…少し、出てくる」

 火波はドアノブに手を掛けると、そのまま部屋の外へと出て行ってしまう

 ジュンとリノが心配だったが、火波の事も気になる
 後ろ髪を引かれながらも、シェルは慌ててその後を追った


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