「…明らかに苦しかったと思いますよ」


 火波とシェルが去った後、ジュンは身体を戒める器具を外しながら呟く
 その妙に手馴れた手つきに思わずリノ――…もとい、リノライは視線を逸らせた

「ですが、私が城を離れている事を外部に知られては問題でございましょう?
 普段身につけないような服を着れば他者の目を誤魔化せると思ったのですが…」

「だからって、トレジャー・ハンターは無理があったと思いますよ
 俺もリノライさんも、どう見ても冒険者の身体には見えないんですから」

 特にリノライの方は苦しさを通り越して痛かった
 さすが日頃から実験室に閉じ篭って魔法の研究に明け暮れているだけある

 誰がどう見てももやし体型


 背が高いのも華奢さに拍車をかけている
 そして重厚なローブに包まれていたせいで妙に青白いのだ

 見事に鍛えられていない身体は病弱な印象さえ受ける


「しかし、魔法使いだと名乗ってしまえば私の素性が知られる可能性もありましょう
 普段の私から出来るだけかけ離れた職業を名乗った方が安全かと思ったのでございますが…」

 彼、リノライ・ナザレイは戦争の渦中にあるディサ国王子の側近だ

 魔法使いとして戦の最前線に立つ事も多い彼は魔女たちに顔も多く知られている
 だから国を出る際には、必然的に変装をせざるを得ない立場なのだ

 しかし―――…どうも変装というよりは素人のコスプレになってしまう


「それに、状況的には間違ってもいないと思うのですよ
 他の地へ赴き目的の物を入手しに参るのでございますから」

「…無事に手に入れば良いんですけどね」

「レン殿の話によると、例の温泉街は硫黄臭がしていたとの事ですから大丈夫でしょう
 とにかく、早く硫黄を持ち帰らなければこのリノライ、城が心配で夜も眠れません」

 城が心配と言うよりは、城主であるカイザル王子の事が心配なのだろう
 何せ出発するなり『カイザー、カイザー』と、呪文の如く口に出すのだ


 それこそもう、10分ごとに

 側近として長年仕えていたリノライはカイザルから長期間離れたことが無い
 自分の命よりも大切に思っている王子にもしもの事があったらと思うと気が休まらないのだろう
 しかし、こんなリノライと行動を共にしているジュンは更に気が休まらない

 むしろ精神的に心労さえ訴え始めている



「すみません…本来ならゴールドが行く筈だったのに」

 ジュンは自嘲気味に頭を垂れる
 当初の予定ではジュンと、その恋人であるゴールドが共に旅立つ予定だった

 しかし―――…運悪く彼は負傷してしまった
 敵の魔法によって崩れた外壁の下敷きになり、足に深い傷を負ってしまったのだ

 そのせいでジュンは急遽、リノライと行く事になった
 そして必要以上のストレスとプレッシャーに悩まされるハメになったのだ


「謝るのは私の方でございましょう
 申し訳ございません、こんな時こそ恋人の傍にありたいでしょうに…」

 包帯を巻かれてベッドに横たわるゴールド
 その傍らから一歩も動かずに付き添っていたジュン

 歩けないゴールドの変わりに忙しく動き、献身的に看病をしていた彼の姿は見る者の涙を誘った

 しかし今は戦況が思わしくない状況だ
 苦渋の決断でリノライはジュンをゴールドから引き剥がさせた

 そのことに対し、リノライが心を痛めていることはジュンも良く理解している
 だから彼を責める気持ちなど無かった


「大丈夫、ゴールドには医者がついてますから
 それに―――…硫黄を見た事があるのは俺だけですし
 俺だって国の為に何か役に立ちたいから…遠慮しないで下さい」

 カイザルやリノライには日頃世話になっている
 何でも良いから役に立ちたいと思っているのは事実だった

「しかし、硫黄で本当に武器が作れるのでございますか…?」

「ええ…硫黄と硝酸、それと木炭を調合する事で火薬爆弾を作る事が出来る筈です」

 昔、理科実験のテレビで得た知識
 まさか実践する事になるなど想像もしていなかったが…


「俺はどう頑張っても力では役に立てません
 けれど――…俺の世界で得た知識で国を助ける事ならできると思います
 きっと、この為に俺はこっちの世界に召喚されたんだと…今ならそう思えるんです」

 この世界には無い、化学の力
 その力でディサ国を勝利に導く事こそが自分の使命なのだ

 戦乱続く日々の中で、ジュンはそう確信していた



「ジュン殿の肩書きを芸術家から賢者に変えなければなりませんね」

「賢者なんて大層なものじゃないですよ
 俺の世界では誰でも得られる知識ですから」

 ジュンは手錠を外しながら無理に笑ってみせる
 リノライは再び彼から視線を逸らせた


「ジュン殿…あの、先程から少し気になっていた事があるのですが…」

「何ですか?」

 リノライはジュンが外した首輪を手に取ると、おずおずと尋ねた

「…その手錠や首輪は…身につけていて苦しくはございませんか?」

「最初は違和感ありましたけど、もう慣れました」



 ジュンが身につけている拘束具は変装の為に買ったものではない
 これらは元々―――…かなり前から使い込まれていた物だった

 変装に使えるのではないかとジュンがこれらを持ち出してきた時、
 その場にいたリノライとカイザルは思わず逃げの体勢に入った

 何せそれは、誰がどう見てもSMグッズだったのだ
 その圧倒的な迫力にリノライとカイザルは虚ろな笑い声を上げる事しか出来なかった


 首輪や手錠の他に彼が持ってきたものは猿轡や鎖、更には鞭やロウソクなど…
 しかしこの程度ならまだ可愛いものだった

 更に出て来たモザイク無しでは決して語れないような器具の数々…
 一体ジュンはローションやグリセリン液でどんな変装をするつもりだったのだろうか

 まぁ、恐らくセットになっていたので一緒に持ってきてしまったのだろうが――…




「これも、あいつの趣味なんですけど…
 まさかこんな所で変装の役に立つなんて思わなかった」

 しみじみと呟きながら首輪の皮を手入れするジュン
 リノライは激しい頭痛を感じて思わずよろめいた

 眩暈がするのは気のせいではないだろう


「…あの、普段からそのようなプレイをなさっておられるのでございましょうか…?」

 というかいつからやってた!?
 しかもひとつ屋根の下で!!


 質問する方もされる方も物凄く勇気の要る質問だ
 しかし、どうしても聞かずにはいられなかった

 拘束器具を扱うジュンの手が妙に手馴れているのが気になって仕方が無い

「そんなっ…いつもじゃないですよ!!
 気分が乗ったときだけですから!!
 ちょっと乱暴にされても良いかなって時にしか許しませんよ」


 無自覚の爆弾発言
 これから作成するまでも無く、ジュンそのものが喋る爆弾であった


「…大変、仲がよろしいことで…」

「リノライさんとカイザルさんも似たようなものじゃないんですか?」


 一緒にしないで
 リノライは即座に心の中で突っ込んだ


「私とカイザーは、もっと普通に愛し合っております…
 恋人であり婚約者であると同時に忠誠を誓った君主でもございますから
 大切な御身体に何かあっては一大事でございますし、滅多な事は出来ません」

「でも、悪魔の最大の愛情表現は気絶するまで攻め立てる事なんですよね?
 ゴールドはいつもそう言いながら俺のことを縛ってますけど…」


 それは絶対嘘
 明らかにゴールドの趣味だろう

 相手が何も知らないのを良い事に、好き勝手吹き込んでいるらしい
 この分ではまだ相当、都合の良い誤った知識を植えつけられている事だろう


「それから、恋人の名前が彫られたピアスをつけるんですよね?」

「…………。」


 そんな習慣は無い


「…ゴールド…ひとつ、借りにしておいてさしあげます…」

 リノライは顔を引きつらせながら、ジュンには聞こえない声で呟いた


TOP