青年は姿勢を正すと、
 しみじみと語り始めた


「拙者が、わけあって旅に出たのは――ほんの、ついさっき」



 ついさっきかい

 というより、その服装で旅に出たというのが凄い
 見送る側は何も言わなかったのだろうか…

「毎晩繰り返し夢に見る風景――…
 拙者は確信したのじゃ、その場所にこそ真実が眠っておると
 じゃから拙者は、かの地を求め旅立つ決意をしたのじゃよ…!!」


 その姿でか




「…まぁ、事情は呑み込めた
 しかし――それと吸血鬼と何の関係が?」

 当然といえば当然の疑問
 問いかけてみるとシェルはゴーグル越しに頬を赤らめた


「拙者も、お年頃じゃから…
 そろそろ大人の愉しみを知る頃合だと思っての
 となれば家族の目も届かぬ今がまさに絶好のチャンス!!
 というわけで、拙者の初体験に相応しき人物を探しておったのじゃ」


「……何で、そこで吸血鬼に辿り着く……?」

「決まっておろう!!
 吸血鬼といえば青白い顔をした美形!!
 そう、タキシードに身を包んだイイ男と相場が決まっておる!!
 更に不老不死の吸血鬼となれば生きた分だけそっちの経験も豊富!!
 どうせなら場数もこなしてテクニシャンな方が拙者の負担も少ないというものじゃろう!!」

 そんな事に熱弁するな
 というより、何で相手を男に限定する!?




「…まぁ、そういう事情があってな
 吸血鬼に夜這いをかけに来たのじゃよ」

 ゴム長靴を履いて?


「…夜這いをかけるのに、その装備で行くつもりだったのか…?」

「何を申すか、これは拙者なりの勝負服じゃぞ!?
 透け透け着物にアミタイツで色気ムンムン、思わず涎が出そうじゃろう!?
 更にスキー場では二割り増し′果を狙ってゴーグルを着用という気合の入れよう…どうじゃ!!」


 どう、って聞かれても困る

 それに個人的意見としては、シースルーとかアミタイツは妙齢の女性に着用して貰いたい




「拙者の白魚のような指を守るために軍手もはめた
 雨の日も大丈夫なように長靴も履いた
 この頭の布だって拙者の尊敬致すメルキゼ兄上の―――…」

「…って、そのバンダナにも意味があるのか!?」

「無論じゃっ!!
 これは拙者の人生の師匠・メルキゼ兄上も愛用しておる、
 特製の耳隠しという素晴らしき防具なのじゃっ!!」


 耳隠し!?



 角隠しは花嫁が頭にかぶる物
 では耳隠しとは――…一体、何?

「これは目立つ耳を隠す為に頭に布を巻くのじゃ
 メルキゼの兄上が以前、そう申しておられたのじゃ!!
 それにこうする事で耳毛を撒き散らす事も無く――まぁ、拙者は薄い方じゃが」

 メルキゼ兄上とやら…何をワケの解からない事を弟に教えてるんだ
 大体、目立つ耳を隠すって…別に目立ったって良いじゃないか耳なんだから!!

 それ以前にバンダナ巻いて耳隠すような変な兄を人生の師匠になんかするな



「…ふっ…拙者とした事が思わず力説してしまった
 握り締めたサラダ油がほんのり人肌に温まってしまったではないか」

「一番の疑問が、そのサラダ油なんだが…」

「拙者の目的は夜這いじゃ
 となると使用方法も自ずと見えるじゃろう
 このサラダ油は潤滑剤の代用品として使うのじゃ!!」


 何も、お徳用サイズの1.5リットルをそのまま持ち歩かなくても


「コレを使って拙者も大人の仲間入り…
 イイ男と繰り広げる、禁断の快楽の世界!!」

 良い男限定なのか…
 女じゃない所がポイントである


 …しかし、下手をすればシェルに夜這いをかけられる所だったのか…


 あぁ、良かった

 目覚めればゴーグルはめてサラダ油を構えた少年が立っていた
 ――…なんて展開にならなくて本当に良かった!!

 ほっと胸を撫で下ろす火波
 とりあえず最悪の事態は免れた




「――というわけで、拙者は吸血鬼を探しておるのじゃ」

 物凄く迷惑だから止めろ
 そんな理由で来られても困るし


「ところで火波は何の用事があって此処へ?」

「ふ…聞いて驚け小童、わしはお前を――…」


「まぁ興味無いし、どうでも良いのじゃが」



 聞いて下さい



 折角お前を喰ってやる≠チて決め台詞を言う所だったのに!!
 また獲物にありつけるタイミングを逃しちゃったじゃないか!!


 タイミングを見計らわないと襲えない、妙な所で律儀な吸血鬼だった




「火波には飼い主はおらぬのか?
 鎖もつけずに放し飼いとは何とマナーの悪い…」

「だから犬扱いするなと言ってる!!
 ええい物覚えの悪い小童め――…
 もう話す事は何もない…大人しくこの牙の餌食となるがいい!!」」

「拙者も、話すことは尽きたしのぅ
 やれやれ仕方が無い―――…帰るとするか」


 帰るな



「喰うって言ってるんだから大人しく喰われろ!!」

「何で拙者が犬なんかに襲われなければならぬのじゃ!?
 拙者は美形のお兄様にしか喰われたくない!!
 お主がどうしても拙者を喰いたいというのなら、
 まずその顔を整形してからにしてもらおう!!」


 失礼にも程がある


「小童、お前は吸血鬼に襲われに来たのだろう!?
 それならお望み通りに吸血鬼である、このわしが喰らってやるわ!!
 下らない茶番はもう終わりにして、楽しい食事の時間と行く事に―――…」

「ええええ―――…っ!?
 この、ぶっさいくなのが吸血鬼ぃ!?」



 不細工言うなぁ!!


「吸血鬼と言うからにはタキシード姿の美形お兄様がいるとばかり思っておった…
 それなのに、いざ会ってみれば不細工な犬っころ一匹だなんて…
 あぁ、夜更かしして損した!!


 殺っちゃって良いですか


 ふつふつと湧き上がってくる殺意
 目の前の子供が憎たらしくて仕方がない

 大体、何で初対面の相手にここまで言われる必要があるのか



「ミイラになるまで、その血を吸い尽くしてやる…」

 不細工&犬っころ扱いされてキレた吸血鬼
 その姿は鬼気迫るものがあったが、シェルの方はあくまでマイペース


「そんなぁ…!!
 初体験が獣姦だなんて濃過ぎる…!!」


 果たしてそういう次元の問題なのか

 シェルにとっては己の生死云々よりも、
 初体験の相手の方が深刻な問題らしい



「…あの…意思の疎通が出来てるか心配になってきたんだが…」

 火波の方も一向に噛み合わない会話に不安になってくる

 自分はモンスターで、しかも敵意を露にしているのだ
 それなのに目の前の少年の態度はどうだ


 己の欲望の事しか考えてない


 しかも相変わらずの犬扱い
 更に不細工だなんて言われて黙っていられない


「小童、命が惜しくないと見た―――…」

「あぁ…何という縁起の悪い事じゃ…
 華々しいデビュー初日からしてこのような失態とは」


 無視ですか



 頼むから、こっちの話を聞いてくれ
 頑張って死の恐怖を演出してるんだから



「…しかもデビューって、何の…?」

「決まっておろう、美青年ハンターとしてのデビューじゃ!!
 拙者は今日からいい男を求めて流離うハンターとして世に出たのじゃよ」


「夢に出てきた場所を探してたんじゃないのか!?」

「それだけでは面白みが無いであろう!!
 場所探しのついでに美青年狩りをしても良いじゃろう
 人生にはそれくらいの余裕が必要だとは思わぬか?」


 お前の場合は余裕が有り過ぎだ



「はぁ…拙者もようやく初体験出来ると意気込んでおったのに、
 美形のお兄様に優しく可愛がられるのを期待しておったのに、
 何で拙者は今、このような森の中で不細工な犬と不毛な会話をしておるのじゃろう…」

 しかし会話を不毛にしているのはシェル自身だ

 火波は至って真面目に話しているのに、シェルが聞いてくれていない
 相変わらず侮辱も甚だしいし、一言文句を言ってやらなければ気が済まない


 でも――…どうせ聞いて貰えないんだろうな…


 既に諦めモードに入っている哀しい吸血鬼
 そこにシェルが追い討ちをかけるように呟いた


「今頃、美形のお兄様とベッドで甘い夜を過ごしていた筈じゃったのに…とんだ災難じゃ」

「わしだってお前に捕まってなかったら今頃は乙女の生き血を吸っていたわぁ!!」


 互いに胸の内をぶちまける二人

 美形だと思っていた吸血鬼が犬だったという事に落胆する少年
 散々振り回されてコケにされた挙句に不細工&犬扱いされる吸血鬼


 一体どっちが不幸なのか――…その答えは誰も知らない



 紅い月夜の森の中
 ただ時だけが無常に流れていった――――……


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