「どうぞ」


 勧められるがままに椅子に座る火波とシェル
 けれど犯罪の片棒を担がされたり、口封じに消されたりするのではないかと気が気ではない

 目の前の山賊風の男は、そんな緊張を知ってか知らずかカップに茶を淹れ始めている
 奥に控えた奴隷風の男は怯えたように部屋の隅に座り込んだまま微動だにしなかった


「粗茶ですが」

「ど、どうも…」

 火波は男を注意深く観察する
 奴隷の方は人間だ――…特に警戒する必要も無いだろう

 しかし問題は山賊風の男の方だ
 彼が何か不穏な動きをしたら、すぐにシェルを連れて部屋から飛び出さなければならない

 人の姿のままでは思うように戦えない分、不利になるのは目に見えていた


「のぅ、火波…」

 シェルが耳元で囁いてくる
 その表情には不思議と緊張も不安も見られなかったが、疑問の色が濃く出ていた

「あの男…違和感を感じぬか?」

「山賊風の男か?」

「うむ…確かに身なりは山賊か盗賊といった風体じゃが…
 しかし、だとしたら身体が妙に綺麗過ぎるとは思わぬか?」

 この状況でも流石は男好きのシェル
 しっかりと身体はチェックしているらしい

 しかし、シェルの言う通り確かに注意深く見てると違和感を感じる


「…確かに、傷がないな…」

「あの手の輩は大抵の場合、修羅場を潜り抜けて来た事が多い
 しかしあの者は見た所、傷らしい傷は殆ど見当たらぬし――…
 それ以前に、あのように肌を露出しているのに日焼けの痕が全く無いのは変じゃ」

 男の肌は透ける様に白かった
 むしろ青白いと言った方が正しい
 まるで長い間、日光に当たっていなかったかのようだ


「成程…言われてみると違和感があるな」

「それに、身体があまりにも細過ぎる
 拙者も華奢な方じゃが、それなりに鍛えてはある
 しかしあの者は腕も足も筋肉が少なすぎるのじゃ
 武器を扱う者にはそれ相応の筋肉がつくものなのじゃが…」

 男の白い手足は細くしなやかで、余分な筋肉は全く無い
 その腕は、まるで剣など持った事が無いかのようだ

 見れば見るほど違和感と疑問が湧き出て来る



「あの奴隷も、見ようによっては…」

「わしには普通の奴隷に見えるが?
 首輪も手錠も特に変な所も無い…
 まぁ、確かに向こうも傷が少ないが」

「奴隷には主に、二通りの種類がある
 ひとつは生まれながらにして奴隷の家系である場合じゃ
 そしてもうひとつは、何処からか拉致されて来て奴隷にされた場合なのじゃが…」

 大きな町に行けば人間奴隷を扱っている店も少なくは無い
 貴族の屋敷では大抵、数人の奴隷を飼っているのが常識なのだ

 そして火波を含め、魔族も種族によっては人間を糧にする者もいる
 餌にされるか奴隷にされるか――…人間の置かれる環境は酷なものが多い


「…あの人間、奴隷のわりには妙に垢抜けしているとは思わぬか?
 それにあの人間は身体の色も健康体そのものじゃ
 普通、奴隷は食事も睡眠も満足に得られずに不健康な顔色をしているものじゃが」

「ペットとして飼っているんだろう
 最近ではペットに莫大な金をかけて可愛がる貴族もいる
 あの人間は顔もそう悪くない――…愛玩用として扱われていても納得できるな」

 犬や猫のように人間はペットとしても売られている
 人間は他の動物に比べて寿命が長いので人気があった
 火波の場合はペットとしてではなく、餌として人間を見ていたが

 しかしシェルは目を伏せて、片手で顔を覆う

「火波…お主、もう少し深く考える事はできぬのか?
 愛玩用として可愛がるなら、あのようなボロ布を着せる筈が無かろう」

 ふぅ、と明らか様に溜め息をつくシェル

「…う…」

 確かに、言われてみればそうである
 何も言い返せない火波だった



「…如何なさいました?」

 山賊風の男が不審そうに眉を顰める
 火波たちは慌てて耳打ちを中断した

「い、いや…何でもない」

「暫くの付き合いになるじゃろうて
 自己紹介でも致そうかと話しておったのじゃ」

 顔色ひとつ変えずに、さらりと嘘をつくシェル
 明らかに火波よりも度胸が据わっている


「拙者はシェルと申す旅の者じゃ
 こっちは火波――…不器用な上に人見知りでのぅ
 少々挙動不審な所があるが、気にしないでやっておくれ」

 自己紹介ついでに火波のフォローもこなす
 その見事さに火波は心の中で拍手を贈った

 冷めたガキだと常々思っていたが、こういう時は役に立つ


「お主たちは何をしている者なのじゃ?
 見た所、定職に就いているようには見えぬが…」

 というより、真っ当な仕事をしているようには見えない

「私は―――…トレジャー・ハンターをしております」

「トレジャー・ハンター!?」

 秘境や洞窟を探検して、宝探しをする冒険家だ
 一見した感じでは山賊に思えたが――…言われれば冒険家に見えなくも無い

 しかし、それはあくまでも服装の話である
 彼の身体はどう見ても各地を渡り歩いているようには見えない

 恐らく力仕事全般を奴隷に任せているのだろうが――…
 それにしては奴隷の方も、それほど筋肉質というわけでもない
 決して華奢と言うわけでは無いが、力仕事が向いているという体格ではなかった

 洞窟や秘境はモンスターの巣窟だ
 そんな所に華奢な男と人間が入って無事な筈が無い
 彼の言う事は明らかに信憑性が無かった――…が、他にどうしようもない


「…ふむ、そうか
 夢があって良いのぅ」

「ええ、そうですね」

 一見和やかに進む会話
 しかしそれを傍目に見ながらも火波は落ち着かない

 今は平和に事が進んでいても何が起こるかわからないのが今の世の中だ
 素性の知れない相手と、あまり関わらせたくない

 危険はできるだけ避けた方が賢明だという事は長年の経験から身にしみて理解している



「――…シェル、子供はもう寝る時間だ」

 これは嘘ではない
 下手をすれば、そろそろ空が白んでくる可能性もある

「あぁ、申し訳ございません
 夜分遅くまで引き止めてしまって――…」

「ふむ、ではそろそろ御暇しようかの
 また明日改めて話す事も出来るしのぅ」

 シェルは出された茶を飲み干すと、ゆっくりと席を立つ
 自称トレジャー・ハンターの男は丁寧にドアを開くと火波とシェルを送り出した


「…申し遅れました
 私の名はリノ、こちらはアシスタントのジュンと申します
 船が目的地に着くまで、まだ掛かると思われます
 その間、どうぞよろしくお願い致します――…」

「うむ、旅は道連れじゃ
 こちらこそよろしく頼むぞ」

 シェルは気さくに手を振りながらドアを閉める
 完全にドアが閉まると、周囲に沈黙が立ち込めた



「…お前、よくそんなに堂々としていられるな」

「火波は気が小さ過ぎるぞ
 モンスターなら取って食ってやるくらいの勢いを持たぬか」

 本人は残酷で冷淡なモンスターを気取っているつもりらしい
 しかし、ふとした時に見せる彼の素顔は驚くほどあどけなく見えた

 恐らく、人として生きていた頃の名残なのだろうが――…

「ふん…無益な殺生は生態系を崩す
 それはやがて己自身にも皺寄せが来る事になる…
 理性と知性を持ち合わせていない雑魚モンスターと一緒にするな」


 火波は部屋に入るなり自分のマントを外すと床に敷く
 どうやら今夜は、ここで寝る気のようだ

「…草の上に寝転がらぬのか?」

「そんな家畜のような真似出来るか
 わしは100年生きた誇り高き吸血鬼だぞ」

「小心者のくせにプライドだけは高いのぅ」

「…うるさい、子供は早く寝ろ」

 火波は背を向けて寝に入ってしまう
 そうなるとシェルもこれ以上何も言えない

 シェルは退屈に思いながらもランプの火を消して草の上に横たわった


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