町に着いた頃には既に暗くなっていた
 この様子では船も無いだろう


「出直してくるか?」

「うーむ…この際、客船でなくても構わぬ
 何か適当な船に乗せてはもらえぬかのぅ」

 周囲を見渡すシェル
 やがて目星をつけた小さな貨物船に駆け寄って行く

 船員と思われる男にシェルは頼み込んでいるようだった
 しかし、いきなり乗せてくれと言っても無理な話だろう


「…おい、あまり無理を言って迷惑をかけたら――…」

「交渉は上手く行ったぞ?」

 見ると船員は暖かい笑顔を浮かべている
 急な客に迷惑している様子は見られなかった

「いやぁ、困ったときはお互い様さね
 それに既に似た境遇の客を乗せてるんでのぅ
 今更客が増えたからって、どうって事ないさね
 兄さんがた、遠慮は要らないから乗りなされ…」


 船員の話によると数日前から先客がいるらしい
 他にも客がいるなら大丈夫だろう

「最近はこの貨物船も若い兄さんがたを乗せてばかりさね
 しかし、若い連中といると本当に楽しくて飽きないよ
 今度の航海も楽しくなると良いさね――…よし、碇をあげるぞ!!」

 とんとん拍子で話が進んで行く
 貨物船のくせに、人を乗せることにも慣れているらしい

 断る理由は無い火波は船員たちの温情に甘えることにした


「波に流され今度は何処へ行く――…
 義理と人情の貨物船さすらい丸、出港!!」

 船は盛大な汽笛と共に出港した




「…船に乗るのも久しぶりじゃのぅ」


 以前旅をしていた事があるらしい
 シェルは嬉しそうに船を眺めていた

「随分と小さな船だが…大丈夫か?」

 高波が来たら一発で沈みそうな船だ
 乗組員も三人ほどしかいない

 規模の小ささに不安が次々と湧き出てくる


「兄さんがた、安心しなされ
 ほれ――…これが救命胴衣と浮き輪さね
 これさえ身につければ海中に放り出されても沈まんから

「……………。」

 火波とシェルは互いに顔を見合わせ、引きつった笑みを浮かべた



「この船、本当に大丈夫か…?」

「今更戻れぬし、腹を括ってはどうじゃ
 ほれ、この部屋が拙者たちに割り当てられた部屋じゃぞ」

 シェルは部屋の扉を開く
 そこには――…


「…この干し草は、一体何なのじゃろう…」

 積み上げられた干し草の上にはシーツがかけられている
 もしかしなくても、これはベッドの代わりなのだろうか

「客船ではないとわかってはいるが…それにしても酷い部屋だな」

 とりあえずベッドのようなものに腰掛けてみる火波
 干し草がチクチクと尻を突いた――…何か硬い物が混じっているらしい


「……シェル、何故この干し草は一部が炭化しているのだろう」

「…わ、わからぬ…」

 良く見ると壁の一部がへこんでいる
 一体この部屋で何が起きたというのだろう

「おお、兄さんがた
 一体どうしたんさね?」

 通りすがりの船員が不思議そうに顔を覗きこんでくる
 どうした、って聞かれても―――…こっちが聞きたい


「あの、この部屋は一体…」

「以前この部屋には若い兄さん同士のカップルがおってのぅ
 あまりにも激しいプレイをするものだから、このような事に…」

「そ、そんなに凄かったのか?」

「それはもぅ…媚薬まで使って燃え上がっていたさね
 時折、若い方の兄さんの悲鳴も聞こえてきたし…激しかったねぇ」

 しみじみと語る船員
 とりあえず間違った事は言っていない


「ほぅ…何とも楽しい思い出の詰まった部屋なのじゃのぅ…!!」

 実に嬉しそうなシェル
 その横で深々と溜め息をついた火波であった




「…とりあえず、先客に挨拶しておくか…」

「うむ、美形のお兄様だったら嬉しいのぅ」


 火波とシェルは先客が泊まっているという部屋を訪れた
 こんな悲惨な貨物船に乗っているとは…一体どんな客なのだろう

 軽くドアをノックすると、やがて返事と共にドアが開かれる


「今日から暫くの間、この船に世話になる旅の者だが――……」

 火波の声が途中で途切れた
 そのまま表情ごと凍りつく

「…………。」

 そこには先客の男が二人、立っていた
 彼らの姿を見た瞬間『すみません、間違えました』と言って踵を返したくなる衝動に襲われた

 目の前にいる男は明らかに普通の客ではなかった


 薄汚れて所々破れた粗末な服
 その上から厳つい防具を身につけている
 大きな眼帯で顔の半分近くを覆ったその姿は盗賊か山賊か――…

 そして、その彼の後ろでは更にヤバそうな男がいた
 既に服とは呼べないような――…そう、布と言った方が正しいようなものを体に巻いているだけ
 彼の手は金属製の手枷で戒められており、細い首は頑丈な首輪で飾られていた

 どう見ても前科のありそうな犯罪者と、その奴隷といった感じだ



「……えっと…その、失礼した……」


 もし今彼が獣姿だったなら絶対に尻尾は丸まっていただろう
 こそこそと数歩下がりつつ、ドアを閉める火波

 ヤバい
 これは絶対にヤバい

 犯罪の香りが漂っている
 早々と立ち去った方が賢明だ

 火波はシェルの手を引いて、その場を去ろうとする

 ―――…が、すぐに再びドアが開け放たれた
 ドアの向こうから犯罪者風の男が手招きしている


「どうぞ、中へ」

「……いや、遠慮します…」

「そう言わずに…どうぞ」

「……………。」

 断ったら殺られそうだ
 入るのも怖い、けれど逃げるのはもっと怖い


「…どうするのじゃ?」

「…………。」

 どうせ船の中だ
 それに、こっちは子供連れ

 どんな奴らかはわからない…が、いきなり襲ってきたりはしないだろう…たぶん
 火波はそう自分に言い聞かせながら、勧められるまま部屋に入った

 ―――何処に行っても、ロクな出会いがない火波であった


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