「―――…のぅ、火波…起きておくれ」


 明け方近く、ドアがノックされる―――と、同時に開け放たれる


「いや、それってノックする意味無いから!!」

 起きざまに突っ込みを入れる火波
 我ながら最近、突っ込みのキレが良くなってきた


「何なんだ、こんな時間に…」

ラジオ体操乾布摩擦の時間じゃ」


おやすみ


 問答無用で再び寝に入る火波
 こんな明け方からガキ年寄りに付き合ってられるか



「こら、冗談じゃ…寝るでない」

「お前の冗談はシャレにならないんだ!!」

 真顔で淡々と言うから冗談を言っているように聞こえない
 彼本人が意図的にそうしているのか、それとも素なのかは定かではないが


「実はのぅ、お主に見てもらいたい物があるのじゃ」

 そう言ってシェルが取り出したのは地図だった
 使い古されて所々書き込みのある、ここ近辺の地図


「随分詳しい地図だな」

「うむ…実は先程、こっそりレンの部屋を漁ってみたのじゃが」


 朝っぱらから手を汚してんじゃねぇ


「お前は…やっていい事と悪い事があるだろ」

「プライバシーは侵害しないよう注意しておるから安心せい
 それで、その時偶然に地図と一緒に日記を見つけてのぅ…
 当の本人も留守のことじゃし、折角だから読んでみたのじゃが」


 全力でプライバシー侵害



「…お前は…もう少し考えて行動しろ
 そもそも、人の部屋に無断で入る事からして褒められた事じゃないぞ」

「うむ、拙者も部屋を空けた瞬間に後悔したのじゃ
 このまま部屋に踏み入っても良いものかどうか葛藤があったのじゃよ」

「ふーん、どうだか…」

「むっ…信じておらぬな?
 拙者だって時と場合によっては躊躇する事もあるのじゃよ
 何せ、壁一面に巨大な血文字が描かれておったからのぅ」


 呪いの儀式!?



「す、凄い人物が住んでいたんだな…」

「うむ…まぁ、色々な意味で大物じゃな
 常人を逸脱しておるからナメてかかると痛い目に遭うぞ」

 シェルにここまで言わせるとは…
 きっとここの住人レン≠ニいう男は相当凶悪で恐ろしい人物なのだろう


「で、これがレンの日記なのじゃが」

 持ち出してんじゃねぇ!!


「返してらっしゃい」

「まぁ、そう目くじらを立てるでない
 ちと気になる事が書かれておってのぅ…
 今だけ良心を忘れて、読んでみておくれ」

 ぽん、と日記を手渡される
 人の日記を盗み見る事に良心が痛む

 しかしシェルが気になる事というのは一体…?


「仕方が無いな…どれどれ…」

 適当な所でページを開いてみる
 お世辞にもあまり上手とは言えない文字が並んでいた






   某(たぶん春)月 某(半ば頃)日 天気:忘れた


    我が身に邪神が降臨した
    ―――時は近い……

    さあ、いざ行かん
    金と銀の斧を従え我は海を奔る

    額の邪眼が我こそが神だと褒め称える
    そう、我は神、この世の支配者となるべき存在なり

    卑しき愚民どもよ、恐れおののき我を崇めよ――…





「……………。」



 ―――パタン…

 火波は無言で日記を閉じた


「どうじゃ?」

「どう、って聞かれても…」


 これにどうコメントしろと!?


「読み足りぬ証拠じゃな
 ほれ、もっと読むが良い」

「いっ…嫌だ、この日記怖いっ!!」

 色々な意味でヤバ過ぎる
 というより、呪われている気がする


 しかし無理矢理ぐりぐり押し付けられてしぶしぶ日記を開かされた
 これが俗に言う子供特有の残酷さというやつなのだろうか…こいつ、鬼だ

「うぅ…あと1ページだけだからな…?」

 火波は半ば自棄になってページを開く





   某(秋でいいや)月 某(忘れた)日 天気:んなもん知るか


    お日様は今日もサンサン(さんしゃい〜ん)←合の手
    木の葉はくるくるダンス・タイム(だんし〜んぐ)

    小波が奏でるハミングは 俺の部屋まで流れ込む(かも〜ん☆)

    イェイ イェイ・ヘイ ヘイ 兄ちゃんよぅ!!(ひゃっほ〜ぅ)
    プリティでグッドでナイスな君は(ニクいゼ ちくしょ〜)
    キュートでクールなキラキラさ☆(いえっさ〜)

    ステキすぎだぜ イカすぜ ベイベー(びゅーてぃー)
    その名も 我らの(レン・レン・レ――ン!!)←コーラス&エコー






 ひゅおおおお―――――…


 火波の身体を絶対零度の猛吹雪が駆け抜けた


「…………。」

 火波の手から日記が滑り落ちる
 季節はもう夏だというのに、物凄く寒い


「どうじゃ、レンのオーラを感じたか?」

冷気を感じたぞ


 この日記の作者である、レンと言う男―――…
 あらゆる意味で常人を逸脱している

「…どんなツラして書いてるんだろうな…この文章」

「それは知らぬ方が幸せじゃよ
 どれ、次は拙者が音読を――…」


 勘弁して下さい



「…で、こんな寒いものを読ませる為に来たのか?」

「そこまで拙者もヒマではない
 読んで貰いたいのは、ここのシオリが挟んである所じゃ」


 最初からそこを読ませろや



「―――…で、何て書いてあるんだ」

「うむ…要約すると、火山を護る炎の巫女に出会ったと書かれておるのじゃ
 そこへ参れば何か拙者の記憶の手掛かりになるのではないかと思ってのぅ…」

 シェルが見る夢では火山が噴火する場面が頻繁に出てくるという
 火山を護る炎の巫女に聞けば、何かが得られるかも知れない――という事だ


「ふん…炎の巫女…か
 胡散臭いが、何もしないよりはマシだな
 それで、他に情報は書かれて無いのか?」

温泉饅頭が美味かった、と書かれておる」


 関係ねぇ!!



「…と、とにかく…そこに行くんだな?」

「うむ…火波よ―――…うなぎのぼりの事、頼んだぞ」


 頼まれても困る


「…わしも一緒に行くつもりなんだが…」

「ふむ…供の者は犬、サル、キジと相場が決まっておるしの
 良いじゃろう、拙者について参れ―――ダンゴは後で買ってやろう」


 何かが違うと思わないか?


「鬼退治に行くわけじゃないんだが…」

「似たようなものじゃろ
 さあ、そうと決まれば朝餉の時刻まで寝直すぞ」

「――って、待て、わしのベッドで寝るなっ!!」


 白々と明け行く初夏の空
 イセンカという閑静な海辺の町で


 時代錯誤な少年と地味にノリの良い吸血鬼の声は、いつまでも響き渡っていた


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