季節は初夏
 とは言え、深夜の海辺は肌寒い



「…でも綺麗な所だな…」


 月明かりに照らされる海面
 それはまるで吸い込まれそうな程に澄み切っていた

 透明な海水に身も心も洗い流されていくような気がする
 火波は瞳を閉じて、静かな波音に思いを馳せた――――…




「ダメだ、早まるなぁ―――っ!!」


 突如響く叫びが静寂を突き破る
 そして、何者かが腰にタックル

 背骨がバキ、と鈍い音を立てた

「ぐをっ!?」


「一人で抱え込んだらダメさ!!
 死んだって良い事なんか無いんだ!!
 生きていれば必ず幸せが訪れるもんさ!!
 話なら幾らでも聞くから――…さあ、胸中を話してみて!!」

「まずお前が離せ勘違い野郎が!!
 わしは自殺志願者ではないわっ!!」

 腰にしがみ付いた腕を引き剥がす
 想像に反して、あっさりと手は離れた

 一体この騒ぎは何事だというんだ
 この町に自分の心休まる場所は無いのか



「…何なんだ、お前は…」

「いやぁ、すんません
 海岸に立ち尽くしてるから、てっきり飛び込むつもりかと…」

 単なる早とちりか…人騒がせな
 まぁ、悪気があっての行動ではないのなら別に良いだろう

「ほんとに、すんません」


 ひたすら頭を低くして謝る男
 月明かりに照らされた彼の姿を眺めて―――火波は全身に緊張を走らせる

 彼の服装が、只者ではないと告げていた

 彼が身につけているもの―――それは黒装束だった
 更に、厚手の布で顔半分を覆っている


 俗にアサシン≠竍影=A忍者≠ニ呼ばれる暗殺者
 光の当たらない裏社会を支配する闇の住人だ



 …しかし―――…


 お花の髪飾りはどうかと思う


 長い髪を飾るのはアンバランスを極めたお花ちゃん
 何か、頭だけ春って感じである



「…本気で何者なんだ、お前は…」

「闇の世界を忍んで生きる者」


 全っ然、忍んでねぇ




「物凄く目立ってるぞ、お前…」

 特に頭が
 いや、性格にも問題がありそうな―――…


「少しは忍んだらどうだ?
 闇の世界の住人が進んで人前に出てどうする」

「コソコソするのは性に合わないんだ
 暗殺者だって、もっと進出して生きても許されると思わないかい?」


 そんなオープンな暗殺者、嫌だ



「古い掟が嫌で田舎から出てきたんだ
 もう、頭が固くて古臭い連中ばかりでウンザリさあ
遅刻厳禁とか廊下は走るなとか、忍びの掟ばかりで嫌になるさ!!」


 それは忍びの掟ではなく、
 社会のルールだ



「しかも、ただ掟に厳しいだけじゃないんだ
 忍びには口にするのも恐ろしい罰則があるんだ…
 その名も宿題忘れたら掃除当番の刑さ」



 お前は何処の学生だ




「こんな掟や罰に縛られた生活は嫌なんだ
 だから、あえて掟に逆らって革命を起こす気なのさ!!

 ほら、この頭を見ておくれ!!
 掟では髪飾りは禁止なのに、あえてつけてやったのさ!!
 そしてこの髪!!
 肩よりも伸びた髪は結ばなきゃならない…だからこそ結ばずにいるんだ!!

 どうだ―――…この勇気、恐れ入ったかっ!!」


 レベル低っ!!



「ふっ…革命を起こさずして、新たな時代は築けないのさ…」

「悦に入ってる所悪いが、わしにはお前が
 校則破りの不良学生にしか見えないんだが」


「こっちは本気でやってるんだ!!
 そんなしょうがない奴だな%Iな視線を向けるんじゃないっ!!」

「…あー…はいはい」

 何かもう、相手にするのに疲れてきた
 早く向こうに行ってくれないかな…正直言って面倒臭い


「何だその気の無い返事はっ!!
 こんな事では革命など起こせないぞ!!」


 起こす気ねぇよ



「わかったから、早く里に帰れ
 どうせ遅刻したらバケツ持って廊下に立たされるんだろう」

「なっ…何故それをっ!?
 忍びの里の掟を知るとは…只者ではないな!?
 さては新手の暗殺者組織が知らぬ間に―――…」

 マジですか
 そんなベタな風習が未だ存在していたとは…

 ハタキで立ち読み客を追い出す本屋並みの希少価値がある



「ちょっと、後世まで残して欲しいような気も…」

「所詮、光の世界の者には掟の辛さがわからないのさ!!
 あぁそうとも…パンピーにわかってたまるか畜生…っ!!
 うわーんバカバカ、お前の母ちゃんデベソで同人女ぁ―――っ!!」

「……………。」


 謎の言葉を言い残し、何かが間違っている暗殺者は走り去って行った
 さすがグレていても忍びの里出身なだけはある

 去るのだけは早い



「…な、何だったんだ…」


 がっくりと膝をつく火波
 タックル食らうわ、自殺者に間違われるわ酷い目に遭った

 まさに嵐のような一時だった


「ここの奴らは、どうして皆揃ってアクが強いんだ…」


 類は友を呼ぶ


 それに気付かない火波は、ある意味とても平和な存在であった


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