「…で、スタート地点に戻るというわけか」



 やれやれ、と嫌味っぽく横目で睨む火波
 しかしシェルはその視線をさらりと受け流した



「…仕方が無かろう?
 二人旅となると色々と準備も変わってくるのじゃ
 まぁイセンカは半日歩けば着く距離じゃから安心せい」

 二人は元来た道を引き返し、シェルの家へ向かっていた
 突然、置いてきた荷物を取りに戻ると言い出したのだ


「荷物は最小限にしておいた方が良いんだぞ…?」

「どうせ、持つのは火波じゃから大丈夫じゃよ」


 荷物持ちは決定稿かい



「…ったく…まぁ、お前がどんな環境で世話になってるのか見れる良い機会か」

「セーロス兄上は戦士らしいのじゃが…吸血鬼退治はした事があるのかのぅ…?
 まぁ、いざと言うときは白魔道師のユリィ兄上が精神的攻撃をしてくれるから大丈夫か」

「わしにとっては絶対に嬉しくない兄なんだな…」

 人型の時に三人がかりで攻撃されては勝ち目が無い
 悪目立ちしないように大人しくしていよう…そう心に決める火波だった





「ほれ、この家じゃよ」


 閑静な住宅街―――…から、ちょっと離れた所に建っている一軒家
 表札にはダナン≠ニ、名字と思われる名が書いてある

 家の裏手は海になっており、岩場では数匹の人魚が人間の少年と戯れていた
 全体的に鄙びた感じはするが特に悪い印象は見受けられない街だ



「どうじゃ、一見無害な良い所じゃろう?
 この時間帯なら二人ともいる筈じゃ…紹介致そう」

「…おい…シェル…」


 一見無害って所が引っ掛かるんだけど


 火波の不安をよそに、シェルは呼び鈴を押す
 ここまで来てしまったらもう仕方がない

 せいぜい無駄な敵意を抱かれないよう気をつけよう…そう開き直る火波



 やがてドアが開いて家の住人が顔を覗かせた
 メガネをかけた、長い髪の男―――…成程、シェルが兄上≠ニ呼んでいる男か

 白い衣を身にまとっている事から彼が白魔道師のユリィなのだろうと推測する
 白魔道師…流石医療職に就いているだけの事はある

 見るからに頭の固そうな、生真面目っぽい青年だ



 眼鏡越しの鋭い視線に自然と目が合う
 彼は神経質そうに眉を顰めながら、品定めするかのように火波を眺めていた

 不躾な眼差しに不快感を覚える

 しかし素性の知れない自分に向こうが警戒心を抱くのは当然の事だ
 義理の弟であるシェルを心配する気持ちを思えば仕方が無い


 火波は内心苛立ちながらも文句も言わずに彼と向き合う

 交差する視線
 二人の間を走り抜ける緊張
 時が止まったかのような錯覚




 そして―――…




  





「あらあら…んっまぁ〜!?
 シェルが男連れ込むなんて…ああん、ユリィったら驚いちゃったぁん★」


 閑静な住宅街に響く、ねちっこいオバチャン口調


「………………は?」


 突然クネクネとシナを作り始める男を、
 火波は見てはいけない何かを見てしまったような
 被虐的な瞳で前を見つめる


 その喋りはまるで、ちょっとオバチャン口調の入ったホステス
 しかし外見は真面目そうなメガネの青年

 そのギャップたるや、精神的被害に値する



「いやぁん、良く見るとイイお・と・こ♪
 シェルったら子供のくせに上玉引っ掛けちゃってぇ★」

 つん、と鼻先を突かれる
 バチンバチンと音がしそうなウインクを連発で喰らった


「……な、何故…こんな事に……」

 哀愁を背負った肩を軽く叩いてやるシェル
 火波からは、ちょっと生気が抜けかけていた


「三日で慣れるから大丈夫じゃ
 ほれ、さっさと中へ入らぬか」

 ぐいぐいと背を押されて部屋へ押し込まれる
 その姿は散歩を嫌がる犬のようだった





「おっ…良い匂いじゃのぅ
 今夜のメニューは何じゃ?」

出来上がるまでわかんないわよ

「まぁ、そうじゃろうな


 物凄く不安になる会話だ



「折角だからセーロス自慢の料理食べてあげてねん?
 ご馳走振舞って美味しい≠チて言って貰える事に生き甲斐を感じちゃってるのよ」

 それなら戦士から料理人に転職するべきでは…?
 そう心の中で突っ込みを入れる火波


 今の彼には知る由も無いのだ

 調理師免許を取ろうとしたセーロスを、
 ユリィとレンが全力をかけて阻止したという過去を




「この部屋がダイニングキッチンになっておる
 適当に席について寛いで待ってるがよかろう」

「ああ、そうさせてもら―――…」

 シェルがドアを開ける
 そして奥の光景を見た瞬間、火波は声を出す事を忘れた


 所々傷んで変色しているいる革張りのソファー
 白いテーブルクロスが掛けられたダイニング・テーブル
 使い込まれている事が遠目からでもわかる、少し欠けたマグカップ――…

 何処の家庭にでもあるような、生活感溢れる家財道具


 それらが部屋一面、妙に不規則な回転をかけながら宙を舞う




「ぽっ…ポルターガイストかっ!?
 シェル、悪霊モンスターが何処かに潜んでいるぞ!!」

「いや―――…魔力は感じぬ
 単に部屋の中に竜巻が発生しておるのじゃ」

 木製の椅子がムーンサルトで二人の前を横切る
 その様子を10点満点≠ニ点数をつけながら平然と眺めているシェル


「―――…竜巻だと!?
 馬鹿を言え、どうやったら部屋の中に竜巻が発生するんだ」

「セーロスが料理を始めると、たまに起こるのじゃよ
 この間も部屋の真ん中に巨大な滝が出来たしのぅ」


 水源は何処だ



「何で料理ごときで大自然の驚異に見舞われるんだ!!」

「セーロスが作る料理には意思があるのじゃ
 まぁ、滅多に襲ってきたりはしないから、安心せい」


 滅多にって言われても


 天気の話でもするかのようなシェルの様子
 この家の中で焦っているのは火波一人だけだった




「何を作っておるのじゃ?」

「お…シェル、帰って来たのか
 今夜のメインディッシュはミートパイだ」

 キッチンの奥から銀髪の男が玉杓子を振っている
 その姿を見て―――…再び絶句する火波

 戦士なだけあって、がっしりとした身体つき
 体格のわりに少々童顔だが、なかなか整った顔立ちをしている



 ――が、その身体を包んでいるものはピンクのエプロンのみ

「………………。」



 そろそろ己の視力に不安を感じてきた



「わしは…視力は悪くないつもりだったんだが…
 それとも脳の認識能力の方に支障をきたしてるのか…」

「頭で考えてはならぬ
 あるがままを受け入れるのじゃ」


「嫌だ…わしは何も見てない…何も聞こえないんだ…!!」

 現実逃避を始める火波
 ピンクのエプロンは吸血鬼にとって十字架なみに恐ろしいものらしい


「…ま、まぁ…そのうち慣れる
 席について支度が出来るまで待っておれ」


 椅子、部屋の中を飛び回ってんですけど…




「絶対にリラックス出来ない状況だな…呪われてるのでは?」

「そう物騒な事を言うでない
 ほれ、風力も弱まってきた事じゃし…」

 シェルの言う通り、確かに勢いは弱まっている
 やがてポルターガイストの如く部屋中を暴れていた家財道具たちは元の位置に収まって動きを停止した


「うむ、形状記憶型で実にお利口じゃのぅ」

 まるで何事も無かったかのように整列している椅子やテーブル
 しかし個人的には、その辺に力無く散乱していてくれた方が精神的にはよろしいのではないかと

 だって、家具が意思を持ってるみたいで余計に怖いじゃないか!!




「…この家は…何かが物凄く変だ…」


「はぁい、お兄さん☆
 バタバタしちゃってゴメンねぇ?
 はいこれ…粗茶だけど、どぉぞ♪」

 先程まで室内でアクロバット飛行をしていたマグカップを手渡される

「…………ども……」

 この家は何かが物凄く変だ
 しかし住んでる人物の方が更に変だ!!


 つか、怖ぇ!!




「シェルの友達か?
 辺鄙な所まで良く来てくれた」

 セーロスが竜巻を呼ぶパイ片手に席に着く
 とりあえず見た目だけは普通のミートパイだ

 しっかし…パイも気になるがセーロス自身も凄いインパクトだ
 マッチョな男の裸エプロンが、こんなにも迫力のあるものだとは思いもしなかった


「火波、火波」

 小声でシェルが囁いてくる
 彼にしては珍しく子供じみて可愛い行為だ

「…何だ?」

「セーロスは、あれで受けなのじゃよ」


 ンな事、言わんでええ!!


コメントに困る豆知識を吹き込みやがって…」

「毎晩のようにユリィに組み敷かれて、いやん・あっはん≠フオンパレード」

「うわ、きっつ―――…」


 キツい…というかエグい…

 ――…って、何で知ってるの!?
 夜な夜な覗いてるのか!?


「…シェル…」


 この義兄にしてこの義弟あり


 火波は理解した
 シェルの性格は、この環境下で鍛え上げられた賜物なのだと

「…確かに達観した性格じゃないと生活していけないな…」

 アクの強過ぎる二人の兄に挟まれて、更には謎の料理の襲撃だ
 ここでの生活に慣れるまで、さぞかし苦労した事だろう


 ちょっぴりシェルに同情心が湧いた火波だった


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