「――…ご注文は?」



 火波に指定された、どこか鄙びた感じのレストランは磯臭かった
 義務的に奥まった席に通されたシェルはグリーンティーを注文すると、軽く息を吐く


 ここは漁の町・イト

 流石に魚介の種類は豊富だが、その分生臭い
 同じ海辺の町とはいえ、シェルが世話になっていたイセンカの町とは大違いだ



「トトルへ行くには、ここで船に乗るよりブルトからの方が良いようじゃな…
 しかしブルトへ行くにも一日掛かるようじゃし…はぁ、あまり歩きたくないのぅ」

 旅は初めてではない
 けれどあの時は仲間がいた

 多少気が弱くても外見には申し分ないメルキゼと、
 外見は地味でも意外と行動力と頼りがいのあるカーマイン

 カーマインは良く遊んでくれたし、メルキゼの料理は美味しかった
 途中で知り合ったゴールドもレンもレグルスも、皆親切で幸せな思い出ばかりが残る


 あの頃があまりにも楽し過ぎて―――…今のギャップに苦しめられるのだ





「はぁ…美形のお兄様に可愛がって貰えないのが一番辛いのぅ…」

「―――って、お前は結局それなのかよ!!」

「うぁっ!?」

 後頭部に軽い衝撃
 振り返ると、見慣れた服を着た見慣れない青年が自分の頭に手刀を食らわせていた


「ほ、火波――…じゃな、その服は」

 一晩中見ていたと言っても過言ではないその服は記憶に新しい
 けれど獣の姿の時には長身だったその身体は、ひと回り小柄になっていた

 百年以上生きているとの事だったが、見た目はかなり若そうだ
 顔の半分を仮面で覆っている為にあくまでも想像の域だが…




  





「その仮面は何じゃ?」


 仮面をつけた青年とゴーグルをつけた少年
 この二人が向かい合って座ると、その場は近寄りがたい空気に包まれる

 …が、当の本人らは特に気にはしていない


「お前にこれ以上不細工扱いされるのも御免だからな
 こうして予め顔を隠してしまえば文句も言えないだろう」

 言いながら火波はメニュー表を手に取る

 そういえば彼が食事をとっている所を見た事が無い
 火波は昨晩に血を啜っただけだった



「――…お主、実は空腹だったのではないか?」

「そうでもない、血は腹持ちが良いんだ…吸血鬼の主食だしな
 でもここのレストランは美味いものが多いから良く利用してる」


「ほう…拙者も何か頼むかのぅ…
 そう言えば、火波は何が好きなのじゃ?
 やはりお約束のトマトサラダと赤ワインなのじゃろうか?」

「いや、わしはエビフライが好物だ
 市場でエビを買って来て、自分で揚げたりもするしな」

「…エビフライ…とはまた、意表を突く趣向じゃのぅ…」

「わしの事は、もうほっといてくれ…
 とりあえず基本的に何でも美味いから大丈夫だ」



 シェルは頷くと、片手を挙げてウェイトレスを呼びつける
 ウェイトレスにシェルはメニューを広げながら注文する

「拙者には白身魚とエビのフライセット、それから蟹爪のスープ
 こっちのワイルドな男にはザルそばのザルを1つ



 いらねぇよ!!



「頼んでどうすんだ
 わしにザルを食えと!?」

「刻みネギと天ぷらカスも添えてやっておくれ」


添えられても困るから!!


「まだまだ、ツッコミが甘い
 ここはワサビもつけてね≠ニ便乗するのが本筋というものじゃろうに」

「わしは漫才修行をしているわけではないっ!!
 …ったく……ウェイトレス、わしにはエビフライとピラフを」

 やれやれ、と溜息を吐きつつ水を口に含む火波
 不老不死の吸血鬼だが、ここ数日で老けたような気がする



「オーダー入りまーす!!
 白身魚とエビのフライセット、蟹爪スープ、エビフライ、
 それとピラフに…後はザルそばのザルを1つお願いします



お願いすんなっ!!



 閑古鳥の鳴いているレストランに、火波の突っ込みとシェルの爆笑が高々に響き渡った






「…疲れた…」


 ぐったりと椅子に沈み込む火波
 その様子を充実した表情で眺めながら食後の茶を飲むシェル

 彼らの姿はいつも対照的だ


「あー…茶が美味いのぅ
 ところで火波、今更この様な事を聞くのも何じゃが…」

「今度は何だ?」

「…まだ、拙者の隙を窺っておるのか…?」



 一瞬、火波の中で時が止まる
 緑茶に口付けながら、シェルは上目遣いで見つめてきた


「…………気に、なるのか…?」

 シェルは軽く頷く
 まぁ、普通はそうだろう


 火波はカップに口をつけて乾いた喉を潤す
 どう答えるべきなのだろうか――…迷っていた

 身体能力に劣る人の姿は戦闘に向かない
 無防備なこの姿でいる時点で、既に彼と剣を交える事は放棄していた

 けれど不幸か幸いにしてか、その事にシェルは気付いていないらしい

 ここで、危害を加える気はないと正直に告げれば少なからず彼は警戒を解くだろう
 そうなれば彼の隙を突くチャンスが大きく増える事になる

 油断させておいてから仕留めるのは狩りの王道だ



 シェルは珍しく神妙な表情だ
 けれど自分の胸を見透かすかのように、真っ直ぐな視線を送ってくる

 火波は今、仮面をつけていることに心底感謝した
 考えが顔に出やすい体質なのは火波自身も良く解かっている

 この仮面が無ければ表情から簡単に迷いを読み取られていただろう

 表情の見えない相手との会話は少なからず緊張感を与える
 その事を教えてくれたのは目の前にいるシェル本人だった


「…わしは…」


 所詮はモンスターだ
 人を傷付ける事に躊躇いはない

 そう、戸惑いは無い筈だが…

 けれど何故か二度もシェルを裏切る気にはなれなかった
 何故柄にも無くそう思ったのか…その理由を火波は、あえて考えない事にする


 火波は仮面を外すと、シェルの瞳を静かに見つめた
 目を見て話さなければ伝わるものも伝わらない


「…シェル、わしは――…」


待ぁたれぇぇぇ―――いっ!!


 大音声の静止



「うおおっ!?」

 思わず仰け反った火波に、シェルは遠慮なく詰め寄る
 それこそもう、今にも噛みつかれそうな程の至近距離

 しかし――…何故シェルが怒っているのか理由がわからない
 ただ迫力に気圧されて、されるがままの火波



「この馬鹿者がっ!!」

「ひぃぃっ!!
 す、すまんっ…!!」


 反射的に頭を垂れる

 何でわし、謝ってるんだろう…


 そんな事を思いつつも、シェルが怖いからとりあえず謝っておく
 余裕綽々のシェルが声を荒げると、物凄く迫力があって―――…怖い


「わ、わし…何かしたか…?」

「ふざけおって…イイ男ならイイ男だと、最初から言うが良かろうに!!
 せっかくの貴重な美形のお兄様と過ごせる時間を、犬と過ごさせおって…!!」


 そんな事に怒らないで


「あぁっ…しかも惜しい…勿体無さ過ぎるっ!!
 顔だけは良いのに性格がケダモノじゃから台無しじゃあ!!
 しかもトイレに閉じ込められて閉所恐怖症になってるようでは単なるギャグキャラではないか!!」


 ギャグキャラ言うな



「…人のトラウマをギャグの一言で済ませないでくれないか?」

「じゃが、後になってからふつふつと笑えてきたぞ?
 自己紹介の時に言えば自己アピールと笑いを一度に取ることが出来るじゃろうし」

 そう言いながらシェルは指先で突いてくる
 人型になってからスキンシップが多くなったような気がする――…



「――って、こら、乳首を押すな!!

「そんな服を着ている火波が悪い
 それにしても感じやすいのぅ…もしやお主、受けキャラか?


受けてたまるかぁ!!


 とりあえず、風前の灯火状態のプライドで叫ぶ火波
 それ以前に受け攻めの意味を理解している事に誰も突っ込まないのは何故だろう



「じゃが、お主が進むべき道は限られておろう?
 年上受けとして、年下の少年たちから攻められ続ける人生か
 ヘタレ攻めとして失笑を買いながらも這い上がり続ける人生か…どっちの道を進むのじゃ?」

「何でそんな絶望的な二択を迫られなきゃならないんだっ!!」

「拙者はお主がどっちの道を選んでも応援致すぞ…リバじゃし」


 いや、選ばないから!!


 それより、自分にはリバの道は無いのだろうか…
 シェルがリバなら自分でもいけそうな気が…って、違う違う、論点がずれてる



「どっちにしろ、拙者がリード権を持つ事に変わりはないしのぅ」

 シェルと絡むのだけは勘弁して欲しい
 受け身だろうが攻めだろうが、絶対にロクな目に遭わないだろうことは予測できる




  



「…わし、男に興味は無いから…」

「何を生温い事を申すか!!
 その顔で攻略対象外は許されぬ!!
 サービスシーンの一つ二つ無ければ苦情が来るというものじゃぞ!?」


 何の攻略だ
 …つか、一体誰が苦情を寄越すというのだろう…



 とりあえず、シェルからの警戒心は解かれたらしい
 しかし一難去ってまた一難…どころか、二難三難と押し寄せてくる

 むしろ、今度は己の身に危険が迫りつつあるのだ


 まだまだ悩みは尽きない火波であった


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