「…で、お主まさか街中まで着いてくるつもりではないじゃろうな…?」


 一定の距離を保ったまま後ろから着いて来る火波に、シェルは冷たい視線を浴びせかける
 襲ってくるような気配は無いが、これはこれで落ち着かないものだ

 しかし開き直った火波はシェルの睨みも何処吹く風



「――…何処までも着いて行くと言っただろ
 街中だろうが海中だろうが、わしは構わず付きまとうぞ」

「じ、冗談ではないわっ!!
 拙者までモンスターの仲間だと思われるじゃろう!!
 そんな事になれば船はおろか、宿にすら泊まれぬわ!!」

 それ以前に街が大混乱状態になるだろう
 物騒な御時世だ、モンスターを一目見た瞬間に人々が恐慌状態に陥るのは目に見えている



「わしとしては、宿主に拒まれて野宿して貰った方が好都合だな…襲い易い」

「…そう易々と襲われてたまるか
 お主もいい加減その意地汚い食い意地を捨てて屋敷へ戻るがいい
 旅に出て始めて訪れる記念すべき町第一号だというのに、お主のせいで入れぬではないか」

「あぁ、別に期待して入るほど立派な所でもないぞ
 殆どの建物は潮風でサビてるし、何といっても田舎だからな」

「――お主は町に入った事があるのか!?
 …成程、そうか…人間を狩りに夜間に忍び込んだのじゃな…」

「まぁ、わしもモンスターだからな…完全否定はしないが…
 でも普通に買出しに行ったりレストランを利用したりもしてるぞ!?」



「そ、そので…――いや、その姿でか!?」


 今の言い間違い、物凄く失礼



「基本的に、吸血鬼は狼やコウモリに姿を変える事が出来るのが普通だ」

「応用的に、棺桶で寝られぬ吸血鬼もおるがのぅ」


 そのネタはもう、忘れて下さい



「――つ、つまりだな、わしだって人里に降りる時には姿を変えているんだ」

「それでは狼の姿になってみておくれ

「あの…今、現在進行形で狼状態なんだが」


「四足歩行はせぬのか?」

「基本的に戦闘時に狼、長距離移動時にコウモリという姿を使っているからな
 二足歩行の方が多少スピードは劣るが、攻撃手段の幅が広がるし―――…」

「片足上げて用を足す姿が見たかったのにのぅ」


 下ネタで遮らないで下さい
 つか、説明してるんだから聞いてよ…興味ないのは解かってるけど!!


「買い物袋背負って、ふらふら飛んで行くコウモリは愛嬌があるやも知れぬな…」

 そんなコウモリ嫌だ



「わし、普段は人型なんだけど…」

「嘘を申すな、屋敷にいる間も獣姿だったじゃろうが」

「素性どころか顔もわからん奴を屋敷に招き入れたんだ、臨戦態勢で警戒して何が悪い!?」

「…緊張しておったのか?」

「お前がリラックスし過ぎなんだ!!」



 きっと彼は我を忘れる程取り乱した事など無いのだろう
 シェルの神経がどの様な構造をしているのか一度見てみたいものだ

「まぁ、人型になれるのであればそれに越した事は無いわ
 お主に茶でも奢らせてやるから、拙者の後をついて参れ」

「―――って…わしが奢るのかいっ!?


「まさか年下の、それも子供に奢らせようとは思っておらぬじゃろうな?」

「いや、流石にそこまでは思ってないが…」

 割り勘じゃ、駄目なんだね…?
 いや、良いんだ…ちゃっかりしてる性格なのは既に痛感してるから…




「ふむ…そうじゃ、良い事を思いついた」

 シェルの表情が微妙に明るくなる
 その様子に火波は、咄嗟に―――身構えた


 物凄く嫌な予感


 野性の本能だろう、己の身に及ぶ危険を逸早く察知する能力が備わっている

 しかし…いくら危険感知能力が備わっていようと、
 相手が自分より上手の場合は回避するのは難しい




「旅費を援助してくれるなら、ストーカー行為を許してやらぬでもないぞ」

 人はそれをタカると言う


「それから、戦闘と荷物持ちと情報収集とか、その他色々任せる」

 任されても困る
 つか、わしって雑用係?



「わしにもモンスターとして、吸血鬼としてのプライドがあるんだが…しかも全然メリット無いし」

 むしろこっちが食い物にされてる気がするのは気のせいだろうか


「そうじゃの…拙者が怪我をした時、傷口を舐めさせてやろう
 運がよければスズメの涙ほどのささやかな血をくれてやれるかも知れぬぞ」

「ささやか過ぎて、わしの方が泣けてくるな

 このしっかりし過ぎた子供が怪我をする率はどの位なのだろう
 走り回って転ぶ事も、木登りをして落ちる事もシェルには有り得ない



「当たる可能性の限りなく低い宝くじに投資し続けるようなものだな…」

「じゃあ、要らぬのか」

要ります


 即答


 一瞬シェルの瞳に同情の色が見えたような気がした――が、気のせいだろう
 ああ、気のせいさ…そうじゃなきゃ惨め過ぎる



「まぁ、その話は置いておいて…もうそろそろ人里にも近付くのじゃろう?
 こんな所を誰かに見られても困るし、とりあえず人型になって欲しいのじゃが…」

「姿を変えるには、少し時間が掛かるんだ
 後で追いつくから先に町の中に入って待っててくれ」

「煙が上がって、ドロロンと変身するのではないのか?」

「人体の構造を根本的に変える作業がそんな簡単に済むわけないだろ!!
 数分は掛かるから、その間に情報収集でも買い物でも好きにしてろ」


 その瞬間、束の間の安らぎという言葉が火波の脳裏を横切った

 シェルと一緒にいると、物凄く疲れるのだ
 こんなんで、この先大丈夫なのだろうか…特に胃腸の容態が心配だ



「ったく…先が思いやられるな…」

「して、待ち合わせは何処じゃ?」

「あぁ…そうだったな――…
マーメイド・ウインク≠ニいうレストランがあるからそこで待ってろ」

「恥かしい店名じゃのぅ…ネオロマンス・マニアか?」


 店主が可哀想だから、ほっといてやろうよ…



 火波はシェルを先に行かせると深く息を吸い込んだ
 大量に吐き出した息と共に、どっと押し寄せる疲労感

 どうやら二人の相性はあまり良くないらしい…重く感じられる身体がそう物語っていた



TOP