「……疲れた……」


 濡れた身体もそのままに、ばったりと砂浜に倒れ込むメルキゼ
 初めての海水浴は彼に予想以上の肉体疲労を与えたらしい

「裾の長い服着てるから余計に泳ぎ難いんだよ
 …とりあえず乾かすから、それ脱いでくれない?」

 そう聞いても、素直に頷くような男ではない
 否定されるのはわかっていたので、俺は返事を待たずに次の行動に移す


「…脱がないと服ごと燃やすよ…それとも、もう一度溺れてみるかい?」



 脅しモード発動



 キツセリフは得意じゃないけれど、何故かメルキゼには躊躇い無く言えるから不思議だ
 俺の中ではもう、遠慮も何も無い間柄になってしまっているらしい
 実際どんな親友よりも親身になってくれるし、実の親よりも頼りになるのだ

 …たまに溺れたり、恥じらいモードに陥ったりするけれど…
 まぁ、これは愛嬌ということで目を瞑るしかないだろう


「カーマイン…わかったから、ひとつだけ約束してくれ」

 もぞもぞと這うようにして近付いて来るメルキゼ
 どうやら立ち上がる気力も無いらしい


「何を約束して欲しいのさ?
 あ、別にお前の身体を観察しようとは思ってないよ
 それにもう暗くて良く見えないし―――恥かしがらなくて良いって」

「いや、そうではなくて…
 もう君に危ないことはして欲しくないから…止めて欲しい」

 危ない事って…何だっけ?


 メルキゼを燃やそうとしたり、再び沈めようとしたことだろうか
 でもそれは俺が危ないというより、メルキゼが危険な目に遭っているような気がする



「…俺、何かやったっけ?」

「―――…モンスターとの戦闘で……」

 もしかして、あの流木を投げ付けたアレのことだろうか
 確かに物凄く危なかったような気がするし、俺自身怖かった


 しかし…その直後にメルキゼが溺れたため、そっちのインパクトの方が強かったのだ


「まぁ確かに無謀だった様な気はするけどさ
 でも結果的には…微妙だけど役に立っただろ?」

「ああ、確かに助かった部分もある
 しかし君に危険が及ぶのも紛れも無い事実
 私が戦うのは君を護る目的があるからだ
 君に危害が及ぶのであれば私の意義が無い」

 何も意義を感じなくても良いんじゃないか…とも思うのだけど
 それ以前に、別に俺はボディガードとして彼を使っているわけじゃない

 結果として護ってもらってる形にはなってるけど…
 …あぁ、複雑な心境だ…



「俺としても護ってくれるのは嬉しいよ
 でも、ちょっとくらい手伝っても良いだろ?
 海とか遠くにいる敵と戦うならどうしても不利になるし…」

「それに関しては私も反省している
 今日の件で戦い方を改める必要を痛感した
 これからは本気を出して戦う…だから、君は安全な所にいてくれ」


 本気…って、今までのは本気じゃ無かったのかよ!?
 彼は手を抜いていても、敵の骨を砕くような事が出来るらしい
 となると、本気を出したメルキゼの破壊力とは一体…

「メルキゼ…お前って本当は何者?
 素手で敵を倒す時点で普通じゃないと思うけど
 でもそれよりも、本当はもっと強いって事だろ?」

「実は、君を怖がらせないように手を抜いていた
 私の力を見て君が恐怖心を抱いてしまわないように
 君に怯えられて、嫌われて、私の元から去るのが怖かったから
 しかし今のままであれば、どちらにしろ君を失い兼ねない
 それならば、私は護って君を失う道を選ぼうと思う
 …敵に奪われるくらいなら、私自らの手で君を遠ざけるつもりだ…」



 ちょっと待て
 何か―――話のスケールが、でっかくなってないか!?

「俺、別に…お前から去ろうなんて思ってないけど…」

 初めて彼を見た時は何とかして関わらない様に出来ないかと考えたものだが…
 しかしそれは所詮、過去の出来事だ
 今はメルキゼがいなければ生きていけない状況なのだ

「…人の心は季節のように、時と共に変化してゆくものだ
 永久の時を共に暮らそうと誓った父親でさえ、数年で私を捨てて去って行った
 口では何とでも言えるけれど、実際にそれを生涯貫き通す事は容易な事ではない」


「………。」


 流石にそれを言われてしまったら、俺としては何も言えなくなってしまう

 ふつふつと彼の父親に対する怒りは湧き上がってくる
 しかし、所詮は自分も彼の父親と大差無い

 自分も、メルキゼを置いて元の世界に帰ろうとしているのだから

 彼にとっては、自分も父親も同じなのだ
 優しい言葉をかけてくれるけれど、いずれは己の元から去って行く存在―――…

 いつかは別れる事が前提で生まれた、俺とメルキゼの絆
 それは、脆く儚いものなのだと―――彼の瞳は、そう言っていた



「……すまない、愚痴の様な事を口にしてしまった……」

 気にしないでくれ、と呟く彼は平静を装いながらもどこか悲しそうだった
 こんな時には一体どのような言葉をかけたら良いのだろう

 所詮は自分も父親と同様、彼を捨てる立場の人間だ
 そんな自分が何を言っても、メルキゼの心の傷を癒す事は出来ないのかも知れない

「…メルキゼ…」

「カーマイン、私は君の事が好きだ
 一秒でも長く君といる事が出来れば…私は幸せだから…」

 メルキゼはそう言って微かに笑むと、服の留め金に手をかけた
 濡れたローブが、ずるりと音を立てて砂の上に落ちる―――



 ―――って、ちょっと待って


 一体何なのさ…この展開はっ!?

 慌ててメルキゼの方を見ると、彼は恥かしそうに目を伏せる
 しかし手は休める事無くローブの下のドレスにかかっていた

 ジジジ…と、ファスナーが下げられる音に俺は頭を抱えたくなる


 本気で、どういう状況なんだこれはっ!?

 いきなり『好き』という告白をされただけでも驚愕なのに
 更には服を脱ぎだすなんて…メルキゼの行動とは到底思えない大胆っぷりだ

 これじゃあ捨て身の告白をする女子高生のノリじゃないか―――なんて言ってる場合じゃないっ!!

 この場合、俺はどういった行動をとるべきなんだ!?
 彼を止めるべきか、それとも―――俺も脱いだ方が良いのか!?



 しかしそれは世間的にはどうなのだろう…



 いや、確かに俺の彼女は同人女で、しかもアレ系の話が大好きだった
 俺も付き合わされているうちにソッチ方面の人種も特に嫌悪感抱く事無く認めている

 しかし―――だからといって、こんな状況に慣れているわけでは決して無い!!
 というか、幸いにして初めての経験
 一緒に話していた野郎からいきなり告白された上に脱ぎ始められる経験なんて、普通は無いっ!!


 あぁ、本気で俺は一体どうしたら良いんだ…!?
 こんな時どうすれば良いかなんて教科書には載ってなかったぞ…!!(←当たり前)

 現代教育にケチをつけている間に、メルキゼはドレスを脱いでしまっていた
 頭に巻いていたターバンも解いて長い三つ編みが風に揺れる
 黒いノースリーブのシャツ姿になった姿は普段の彼とはまた違う雰囲気を醸し出す

 薄い生地のシャツが、濡れて白い肌に張り付いて―――…


 ―――って、何を考えてるんだ俺っ!!
 これじゃ変態オヤジじゃないか…っ!!

 今はこんな事考えてる場合じゃないんだから、落ち着けよ俺…!!

 そう、落ち着いて冷静になって考えるんだ
 この状況で、俺はどうするべきなのかを…!!


 この場合俺は受けになるのか、それとも攻めになるのか―――…!!
 俺は恋人から『総受け』の称号を貰った事がある男だ(嬉しくないが)


 でも、メルキゼもかなりの美人だからなぁ
 それに外見に反して、実はかなりウブな精神の持ち主だし
 彼が相手なら俺も攻めになれるんじゃないだろうか―――…

 …って、違う違う…それは今は考えなくても良い!!
 えーっと…と、とにかく話し合おう!!

 俺もメルキゼも人間だ
 人間同士なら話し合える
 きっと話せばわかるはずだ―――たぶん…



「め、メルキゼ…あのさ
 お前…恥かしがり屋じゃなかった?」

「ああ、確かにそうだけれど…
 でも君のおかげで多少は慣れて来たから
 それに…カーマインになら見られても―――…」


 頬を染めて恥らうメルキゼを見て俺は―――途方に暮れた


 もしかして俺は、彼の方向性を違させてしまったのではないだろうか


「君にはもう、このドレスの下を見られてしまったから…
 恥かしさは残るけれど、もう日も暮れて良く見える事も無いだろうし」

 そう言って脱いだローブとドレス、ターバンを丁寧にたたみ始める
 脱いだ服をきちんと整理するあたりがメルキゼらしい


 ―――って、感心して見てる場合じゃないか…


 えーっと、何か言わなきゃ場が持たない
 でも何を言えば良いのだろう

 ウケを狙って『今日のパンツ何色?』とか――…は、駄目だろうな絶対

 彼はその手の冗談は通じそうにないし、何より俺の評価が下がりそうな気がする

 当然ながら『童貞ですか?』なんて話題も口が裂けても言えないだろう



 …何か、聞くまでもない様な気がするしなぁ―――…


 これで経験者だったら『カマトトぶってんじゃねぇ!!』と叫んで張り倒すぞ俺は
 張り倒すだけじゃ飽き足らず、どつきまわす可能性も否めない


 …って、駄目だ…まともな話題のネタすら浮かばない…
 これは相当混乱してるな―――混乱すると俺、思考が下ネタに向かうんだな…初めて知ったよ

 嬉しくもない己の新たな一面を垣間見る
 ああもう、この勢いで本当にメルキゼを喰ったろうか…とも思わなくもない


 メルキゼも脱いでたたんだ服を抱えたまま、恥かしそうに俺の方をちらちらと見ている

 恥かしがり屋のメルキゼがせっかくここまで頑張ったのだ
 それに相手がその気なら、このまま待たせておくのも失礼だ
 この際一思いに喰ってやった方が良いのかも…

 自慢じゃないけれど、知識は恋人の話しや半強制的に読まされた同人誌で豊富だ
 いざ自分が実践するとなると爆発的に躊躇するが、その辺は今までの経験でフォローすれば良い


 そう結論付けると俺は、意を決して正面からメルキゼに向かい合った




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