「めっ…メルキゼ…!!
 もしかして台風来てないか!?」


 その日は朝から暴風雨だった
 向かい風がビシバシと身体を打つ

 体重70s近い自分の身体が吹き飛ばされそうになる程の強風
 少しでも気を抜けば体勢を崩して砂浜を転がる事になるだろう

「…出発は見送った方が良さそうだ
 雨風が治まる迄テントで待機していよう」

「そっ…そうだね…」

 俺とメルキゼはテントの中に戻ると、出入り口をしっかりと塞いだ
 この暴風雨の中、簡易テントでは物凄く心許無い
 しかし雨風を凌げるだけマシだと思わなければならないだろう


「…どうしようか、この間…」

 暇を持て余した男二人
 ぼーっとしているのも30分が限度だった

「メルキゼ、折角だから話しでもしようよ
 何か良い話題ないかな…楽しそうなやつ
 うーん…そうだ、お前の好きな動物って何?」

 彼の猫耳を見て思いついた話題であることは言うまでも無い
 メルキゼ自身も暗に悟ったらしく、一瞬不快そうに顔を顰めた
 しかし律儀な性格の彼は、それでも質問には答える

「好きな動物はコウモリ、嫌いな動物は猫」

 コウモリって…あの豚のようなネズミのような顔をした空飛ぶ奴だよな…
 あれが好きって珍しいような気がするけど、俺が世間知らずなだけなのか?

「…どの辺が好きなの?」

「どの辺と言うか…幼い頃の遊び相手だったから」

 お前…一体どんな幼少期を…?
 聞いてみたいけど、聞くのが怖い…

 俺は一度その話題は終了させる事にした
 気を取り直して別の話題を持ち出す

「お前って意外と歌上手いよな
 オペラっぽかったけど…何処で覚えたんだ?」

「…昔住んでいた所の近くに劇場があって…聞こえてくる歌を自然に覚えたのだと思う
 オペラやミュージカルの華やかな曲を聴きながらコウモリと戯れるのが私の唯一の楽しみだった」

 明るいんだか暗いんだか良くわからない遊びだな、おい…
 本人が楽しんでいるなら良いのかも知れないけれど、客観的にはあまり見たくない光景だ



「カーマインは故郷ではどのような遊びをしていた?」

 ゲームやパソコンやって、飽きたら原稿に向かう生活してたからなぁ…
 しかしそれをこの場で言うのは哀し過ぎるし、ゲームやパソコンと言っても通じないだろう

「えーと…絵を描いていたなぁ…」

「それは凄い…人物画? 風景画?」

 ゲームやアニメの女性キャラを重点的に描いてました
 ちょっとケバいくらいのお姉さんを描くのが特に大好きです――…なんてとてもじゃないが言えない

「びっ…美人画かな…強いて言えば」

 きっと目が泳いでる
 脳裏に描きかけの同人誌が浮かんだ

 戦うOL美女戦士の幸子さん、女子プロレスラー主婦の桃さん、ジューシー・マダム倶楽部の理紗子さん…
 ジャンルはゲームだったりアニメだったりと違うけれど、彼女たちが俺の中の三大萌え美女だったりする

 きっと、メルキゼには想像も出来ない世界だろう…
 ちょっと切なくなった俺であった




「…雨音が聞こえなくなった…」

 昼ごろになって、ようやく台風が去ったらしい
 メルキゼは立ち上がるとテントのから顔を出す

「どう?」

「ああ、雨風も止んだよう――――…っ!?」

 急に声を詰まらせるメルキゼ
 そしてそのまま硬直する
 彼にとっては珍しい事だ

「ど、どうした…?」

 らしからぬ彼の姿に急に不安感に襲われる
 俺にとってメルキゼは絶対的な存在だ

 どんなに恐ろしいモンスターが現れようと、彼がいれば大丈夫
 しかし、そのメルキゼがうろたえているとなると俺はもうお手上げだ



「……船が座礁している……っ!!」

「えっ!?」

 メルキゼはテントを飛び出すと、座礁しているらしい船目掛けて走って行く

 確かに台風なら流される船の一艘や二艘ありそうだ
 しかし一体何処に…?

 俺は恐る恐るテントから顔を出してみた

 まず視界に入ったのは流木や椰子の実などが大量に打ち上げられている砂浜
 そして―――目と鼻の先の距離にある小さな船の姿だった

「うわー…すぐ近くじゃないかっ!!
 危ないなぁ…下手したらテントが船に潰されてたよ」

 じわじわと湧き上がる恐怖
 それでも駆け足でメルキゼの後を追った


「うわ…ボロボロ…船の原形留めてないね」

 本当に小船としか形容し様の無い小さな船は、無残にも破壊されていた
 マストは折れ曲がり、帆は小さな布切れと化している

「この様子では生存者は望めないかも知れない
 一応、漂流者がいないか探してはみるけれど…」

 そう言うとメルキゼは、周囲を見渡しながら散策し始める
 しかし彼の言う通りここまで船が破壊されているのなら乗船者の命も―――…

 そう思いながら船を覗き込んだ俺は、割れた樽の隙間に何かを見つけた
 試しにそれを摘んで引っ張ってみると、それは―――…



「うぎゃ――――っ!!」



 台風並みの絶叫が砂浜に響く

「かっ、カーマイン…っ!?」

 俺の悲鳴に血相を変えたメルキゼが駆けつける
 腰を抜かした俺は顎先で船を指した
 とてもじゃないが、声なんか出ない

 メルキゼはそんな俺の身体を宥める様に撫ぜると、そっと船に近付いて行った
 徐に船の内部を覗き込むその姿に俺は一抹の安堵感を覚えた

 メルキゼが冷静だと何故か自分も安心できる
 根拠は無いけれど…



「遺体の一部でも見つけたか…?」

 恐ろしい事を口にしながら、彼は散らばる木片を丁寧に取り除く
 そして―――…先程俺が見つけたものを見つけたのだろう

 彼が軽く息を呑むのがわかった
 しかしその後の行動は冷静だった

 周囲の障害物を蹴散らすと、壊れ物のように細心の注意を払いながら抱き上げる
 それは、まだ幼い子供だった


「…外傷は見当たらないな…脈も呼吸も正常…奇跡としか言えない」

 メルキゼの言葉に、ほっと胸を撫で下ろす
 良かった…死体を目の当たりにする事が無くて…

「この子、10歳くらいかな…可哀想に
 一緒に乗ってきた人とはぐれちゃったんだよね…」

 同じデザインの帽子とコートを着たその姿は、まだ本当にあどけない
 お洒落な性格なのか長い髪を球状の飾りでとめていた

「耳の形からして、エルフだろう…本物を見るのは初めてだけれど
 珍しい…子供のエルフは滅多に集落から出る事は無いらしいから…」

 確かに子供の耳は細長い形をしていた
 ロップイヤーラビットの耳と言えば良いのだろうか
 耳掃除にとても時間が掛かりそうな形状だ



「それで、どうする?」

「え…どうするって…?」

「この子供のことだけれど…連れて行くのか?
 先日泊まった村は吸血鬼が出ると言うし危険極まりないから連れて行けない
 しかしこのまま放置してゆくとなると、飢え死にかモンスターの餌食となるだろう」

 確かにそうだ
 どちらにしろ危険なら、一緒に連れて行った方が良い

「とりあえず一緒に来てもらって…次の町で考えようかな
 港町らしいから、この子の家に帰る船もあるかも知れないし…」

「ああ、私もそれが良いと思う
 まずは子供が意識を取り戻すのを待たなければならないが…」

 そこで俺たちは会話を区切った
 子供が軽く身動ぎをしたのだ


「…起きたかな…」

 ぺし、と軽く頬を叩く
 すると微かな呻き声を上げながら、エルフの子供は目を開けた

 藍色の瞳が、ぼんやりと中を彷徨う
 しかしやがて焦点を定めると、じっと俺の顔を見つめてきた


 えーっと…
 この場合、何をどうするべきなんだろう

「こ、こんにちは…」

 とりあえず挨拶は基本だ
 反射的にそう言うと、俺は子供に向かって手を差し出した


「…………こんにちは」

 返事が返ってきたことに、俺とメルキゼはほっと息を吐いた
 一番安心した事は、やはり言葉が通じたと言う事だろう
 言葉さえ通じれば何とかなりそうだ

 俺は出来るだけ子供を刺激しないように気を配りながら話かけていった




「えっと…俺の名前はカーマインっていうんだ
 それで向こうにいる大きなお兄さんはメルキゼデク
 君の名前は何ていうのかなー…教えてくれないかな?」

「………わかんない」

 それじゃあ、困る…
 もしかして警戒されているのだろうか
 だとしたら、もう少し自分たちの事を話して誘導的に話を聞き出そう

「ええと…俺たちは旅人なんだ
 ここからずっと先にある港町を目指してるんだよ
 それで…君はどこから来たのかな?
 わかる事だけで良いから、お兄さんに教えてくれないかな?」

「………わかんない…」

 そりゃないだろ…
 しかしここでキレてはいけない
 相手はまだ子供なのだ



「…メルキゼ、もしかしてこの子ショックで記憶喪失にでもなってるのかも」

「成る程な…しかしこのまま平行線の会話をしていても仕方が無い
 一先ず私たちと行動を共にする旨があるのかどうかを聞いてみてくれ」

 もともと人見知りの激しいメルキゼは話すのが上手くない
 子供相手に話した事もない彼は、コミュニケーションを完全に俺任せにしている
 まぁ、確かにメルキゼなら子供を怖がらせかねないから仕方が無いとは思うけど…

「…えーっと、じゃあ君…ここはとっても危険な場所なんだ
 俺たちは安全な街に行くんだけど、良かったら君も一緒に来てくれないかな?
 あー…ちなみに『わかんない』っていう回答が出た場合は強制的に来て貰うけど…」


「…………じゃあ、おにーちゃんといく」

 子供はそう言うと立ち上がって、真っ直ぐに俺を見た
 大きな瞳に、じぃーっと見つめられる

 …お、落ち着かない…

 澄んだ子供の瞳は同人男には辛過ぎるよ…
 あまりにもやましい部分があり過ぎて
 不幸中の幸いはロリ本を出した事が、未だ無い事くらいだろうか











 一応俺が悪い人かどうか、子供なりにチェックしているらしい
 まぁ、暫くの間同行するのだから、しっかりと品定めしておくに越した事はない

 …別に幼女趣味は無いから大丈夫だよ、俺が好きなのはセクシー系だから…
 ただ、問題はメルキゼが子供に馴染めるかどうかだよな…人見知り激しいし



「向こうの大きなお兄ちゃんは、あんまり御喋りが得意じゃないんだ
 子供にも全然慣れてないから言動に怖い部分があるかも知れないけど気にしないでね」

「……うん…いしのそつうができれば、だいじょうぶ」

 …意思の疎通…歳のわりに難しい言葉知ってるんだね…
 何か思いっきり平仮名で聞こえたのが気になるけど


「メルキゼ、お前も来て挨拶くらいしろよ
 ずっと会話無しで何日も過ごすわけにはいかないだろ」

 流木の陰に隠れて様子を伺っていたメルキゼを強制的に引っ張ってくる
 ずずず、と引きずられるメルキゼの姿が哀れだが仕方がない
 第一印象というのはとても大切なものなのだ、挨拶くらいはさせなければ


「――――…、ど、どうも…」

 プルプル震えながら、ようやくそれだけ言うメルキゼ
 前途多難なほどに、完全に固まってる
 子供相手に何をビビってるのか―――それとも、子供だからなのか…


「……うむ、くるしゅうない…ちこうよれ」

 意外とこの子…渋いかも知れない…
 こいこい、と手招きする子供は、ちょっと悪代官チックだった

 差し詰めメルキゼは借金のカタに連れて来られた村娘だろうか…
 しかし子供に言われるがままのメルキゼは見ていて面白かった


「名前が無いと不便だよな…
 君、何か名前のリクエストとか無いかな?」

 とりあえず本人の希望を聞いてみる
 本人が決めてくれるのが一番助かるのだけれど―――…

「……じぶんじゃあ、なかなかおもいつかない
 かーまいんのおにーちゃん、なまえつけて
 なんとなく、めるきぜでくのおにーちゃんより、せんすよさそうだから」

 うーむ…メルキゼのセンスの悪さを見抜くとは末恐ろしい子供だ…
 彼には悪いけど確かに自分が命名した方が幾分かマシだろう

 しかし、いきなり名前をつけろと言われても困る


「んー名前ねぇ…何か好きなものとかないのかな?」

「………きれいな、かいがら…あつめるのが、すき」

 貝殻拾いとはまた随分と可愛らしい趣味だ
 そう言えば貝殻に紐を通したペンダントをつけている

「じゃあ大好きな貝殻にちなんだ名前が良いかな
 うーん『カイ』…は、幾ら何でもそのまんまだし…
 もう少し捻った方が良いよね、思い出すまではその名前で過ごすんだし」

「………うん」

 神妙な顔で頷く子供
 流石に自分の名前となると真剣だ



「そうだなぁ…んー…『シェル』っていうのは?
 何となくピカピカ光ってる貝殻のイメージがしないかな」

 確かルビーやエメラルドのように、宝石店では貝をシェルと表示していた記憶がある
 詳しい人ならアクセサリーやボタンなどに加工されたものを連想させるであろう、キラキラした名前だ
 恋人のプレゼントにと偶然立ち寄ったジュエリーショップで得た知識なのだが、意外な所で役立つものだ…

「……しぇる…うん、いい…」

 とりあえずOKらしい
 良かった…機嫌を損ねないで済んで

 何となくこの子供には底知れない何かを感じる
 人間ではないからなのかも知れないけれど、とにかく普通の子供とは違う気がするのだ



 そもそも、漂流したこの状況でも動じていないと言う事実が恐ろしい
 普通の子供なら泣き出したり取り乱したりするだろう
 もしかすると俺は、とんでもない生物を拾ってしまったのではないだろうか…

 まだ確信的なことはわからない
 しかし、これだけは断言出来る

 ―――絶対、怒らせたら怖いぞ…この子は…!!

 俺とメルキゼは視線だけでそう会話をする
 可愛い顔ながら、腹の中では何を考えているのかわからない恐怖があるのだ










 新たな波乱の予感を感じずにはいられない俺たちであった



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