「…かーまいんの、おにーちゃん…」


 シェルはメルキゼよりも俺に懐いたらしい
 迷彩柄のマントを引っ張りながら、何かと俺に話しかけてくる

「ん…疲れたのかい?」

 子供に旅は辛いだろう事は予測出来る
 出来るだけ歩く速度は落としてはいるが、やはり無理があるのだろうか…

 しかしシェルは首を横に振ると、視線である一点を指した


「……めるきぜでくの、おにーちゃんのことなんだけど……」

 どうやらシェルは先頭を切って歩くメルキゼが気になるらしい
 まぁ、俺もその点に関しては気持ちが良くわかる
 メルキゼも何かと謎の多い奴だからなぁ…


「うん、メルキゼがどうかしたのかい?」

「…めるきぜでくの、おにーちゃんって…びじんさんだよね」


 …………。

 まぁ、顔だけはね…
 しかし外見に騙されてはいけない

 顔が二枚目だからと言って、必ずしも中身も二枚目だとは限らないのだ
 しかしそれを幼い子供に告げるのは良心が痛む

 ここはおにーちゃん≠ニしてメルキゼの株を上げておいてやろう
 その方がシェルも彼と仲良くなりやすいだろう


「メルキゼは顔だけじゃなくて、性格も凄く優しいんだよ
 それに料理上手で家庭的で…凄く頼りになる人なんだ」


「……ふぅーん……かーまいんのおにーちゃんの、おくさんなんだよね」



 ずべっ



 前方でメルキゼが激しく転倒した

 勢い余って顔面から砂にめり込んでる
 俺も出来る事ならその場に埋まりたい

 顔がピクピクと痙攣するのを感じながら、それでも俺は何とか笑顔を作った


「……シェル、どうやったらそういう発想に辿り着くのかな…?」

 子供相手に大人気無いと自分でも思う
 しかしどうしても小一時間、みっちりと問い詰めたい衝動に駆られる
 これで、相手が大人の男だったら問答無用で張り倒してただろうな…


「…なんか…ふうふってかんじがする…」



 引き攣る俺と、砂と一体化しているメルキゼを見比べながら、恐ろしい事を口にするシェル

 もしかしなくても夫婦って―――俺とメルキゼの事!?
 子供の目から見ると俺たちって、そういう風に見えるって事なのか!?

 ちょっと客観的に自分たちを振り返ってみる


 …料理、洗濯などの家事全般を引き受け、更に何かと気を遣ってくれるメルキゼ
 そしてそれを当然の事のように受け入れて、ふんぞり返ってる俺……

 …確かに、亭主関白の夫婦姿に見えなくもない……



「メルキゼって俺の奥さんに見える?」

「ぞくにいうあねさんにょうぼうってやつ」

 確かにメルキゼは年上だけど、そもそも女じゃないんだよ、シェル…

 もしかして、シェルは彼の性別を良くわかっていないのだろうか
 …でも、『おにーちゃん』って呼んでるしなぁ…

 ……謎だ……



「おくさんじゃないの?」


「うん、全然違うよ…」


 今後の事も考えて、きっぱりと否定してやる
 ようやく砂中から復活したメルキゼも、俺の言葉に激しく頷いた

 シェルは少し考えた後、メルキゼを指差しながら一言

「…じゃあ、こいびと…?」




 も゛っ



 鈍い音と共に再び倒れこむメルキゼ
 仕込まれたかのように見事な倒れっぷり



「…メルキゼ、生きてるか?



 倒れている彼の顔を覗き込むと、顔どころか耳、そして指先まで真っ赤になっていた
 恥かしがり屋のメルキゼには刺激が強過ぎる話題らしい

 とりあえず血の気はあるから貧血ではないみたいだ
 だからといって安心と言うわけではないのだけれど…


「あのね、よく聞いてね…?
 俺たちは純粋に、ただの友達なんだよ
 夫婦とか恋人とかいう関係じゃないんだ」

 わかった? と聞くと、シェルは笑顔で頷く


「ふたりのかんけいがわかって、すっきりした」

 すっきり…って、そんなに悩むような関係に見えたのだろうか
 あー…でも、夫婦だと思っていたんなら確かに悩むかも知れない…

 男二人が夫婦のように暮らしてたら、どんな関係なのか気になるだろう
 ましてやそれが自分と行動を共にする相手なら尚更の事
 子供とはいえ、もしかすると不気味に思っていたのかも知れない



「…ちょっと、気になってた?」

「…………うん、すごく」

 やっぱりね…
 でも誤解も解けたし結果的に良かった

 一件落着した所で、俺はメルキゼを救出しに行く
 倒れている彼の身体の上には、うっすらと砂が積もっていた


 危うく海の砂の一部になるところだったね…メルキゼ…



 俺はメルキゼを掘り起こすと彼の顔を覗き込んだ
 しかし彼は完全に意識が何処かへ旅立ってしまっていた

「…戻って来い、メルキゼ」

 朦朧としている彼の顔をビンタすると、僅かながらに反応が返ってくる
 ブツブツと何かを、うわ言の様に繰り返していた

「え、何?」

 何かを伝えたいのだろうか…
 うわ言を聞き取ろうと、彼の唇に耳を近付けると



「…夫が…夫が帰ってくるぅ…
 …うーん…あなたぁ…ご飯よぉ〜…」



「…………。」


 今の彼には世にも恐ろしい幻覚が見えているらしい


 このまま放置しておくのも、ある意味楽しそうだ
 しかし精神に支障をきたす可能性がある以上、早めの帰還を望んだ方が良いだろう


「…そっちの世界から帰って来い、戻れなくなる前に」

 呆然としているメルキゼを揺り起こす
 ガタイが良いだけに物凄く重い
 体力的に限界が来た俺は、止むを得ず荒療治に移した


「…メルキゼ魚雷、投入」



 ばしゃ




 顔面から海水に落とされたメルキゼ
 冷たい塩水で程好く頭も冷える事だろう

「酷いわ、あなた…」

 何か意味不明の事を口走りながらもメルキゼは意識を取り戻す
 まぁ、これは時間が経てば元に戻るだろう

「メルキゼ、とりあえず足動かせ
 夕日が沈む前にテント張れそうな所探さないと」

「……そ、そうだな……
 すまない…何か物凄い悪夢を見ていたようだ…」

 よろよろと立ち上がるメルキゼ
 この日以降、度々その『悪夢』に魘される事になるのを、今の彼はまだ知らない



 一方、そんな二人の姿を数歩離れた所で見つめるシェルは

「…まだまだ、はってんとじょうのかんけい…でも、みこみあり…
 これはこれで…おいしい…しばらく、たのしませてもらお…
 でも…せっかくいいおとこがそろっているんだもの…くっついてもらわないと…ね…」

 ぐっ…と、こぶしを握り締めてご満悦
 初めて見る本物のボーイズラブ(予備軍?)に黒い微笑みを浮かべる
 その背後には確かに同人女のオーラが立ち昇っていた










 そして『ふたりをくっつけてやろう』と、闘志に燃え(萌え?)るシェルであった



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