「うわ…臭っ!!」


 思わず鼻をつまみたくなる臭いが部屋に充満する
 あまりのスメルに俺は、痙攣しつつ机に突っ伏した
 メルキゼに至っては身体に巻きつけていたシーツを顔に巻いたりしている


 原因は並べられた料理
 老婆が大量に用意してくれた今夜の夕食だ

 今夜のメニューは餃子にガーリックライス、ガーリックフライのサラダとスープ…つまりはニンニクだらけなのである

 俺は別にニンニク料理が嫌いなわけじゃない
 今の季節スタミナをつけるためにも積極的にとりたい食材でもある
 しかし―――いくらなんでも限度ってもんがあるだろう


「婆ちゃん…くっさいよ!!」

 ようやく深夜になって暑さも楽になってきた矢先の攻撃である
 ダーメージを受けた身体に追い討ちをかけるようなこの臭覚的攻撃
 俺もメルキゼも、大量のニンニクの前に成す術も無く沈み込んだ


「…すみませんねぇ…でも、お客様の身の安全の為なんですよ
 臭いますけれど命には変えられませんて…辛抱してくださいね」

 命と天秤にかけられるニンニクって何!?
 この村独特の宗教的な何かだろうか…

「それにしたって吸血鬼が出るっていうわけでもないのに…」

「それがね…本当に出るんですよ…吸血鬼」




 …マジで?




「成る程…それなら仕方が無い」

「いや、普通に受け入れるなよ」

 地球人としては突っ込まずにはいられない
 しかし―――もしかし…なくても、この世界では普通の事なのか…?
 まぁ魔女や巨大虫が出てきたりする世界だから吸血鬼がいても不思議じゃないのかも…


「夜行性ですんで、夜中は出歩かないで下さいね」

「ああ、忠告痛み入る」


 普通に吸血鬼ネタで会話してるし…

 受け入れよう…何があっても、これがこの世界の流儀なら…
 いちいち疑問を持ってたら精神が持たない


「ニンニク食べれば噛まれないの?」

「絶対とは言えませんが…まぁ虫除けスプレー並みの効力はありますんで」

 吸血鬼…虫扱い?
 まぁ確かに蚊≠ニ近いものはあるけれど…


「そういう事ですんで、冷めないうちに召し上がって下さいね
 残った料理は廊下に出しておいて下されば、それだけで吸血鬼避けになりますから」

 老婆は穏やかに微笑むと、ニンニク臭い部屋から出て行った




「…口に入れてしまえば、そんなに気にならないかも知れない」

 メルキゼは勇敢にもスープに口をつける
 しかし彼はスープを一口飲んで―――再び机に突っ伏した

「そっ…そんなに不味い味なの!?」

「不味いと言うか…辛い…
 甘党の私には酷なものが…」

「もしかして、このトロトロしたのって…生ニンニクのペースト!?
 うわー…ニンニクって生で食べたら貧血起こすって言うけど…大丈夫?」

 貧血になることも吸血鬼対策のひとつなのだろうか…

「明日の朝、己の体臭が恐ろしい事になっていそうな気がする」

「今でも充分凄い口臭だけどね…」

「それに関しては君も口にしてしまえば気にならない
 一応、吸血鬼避けとして…一口だけでも食しておいた方が良い」

 ここで食べるのを渋って吸血鬼に襲われたりしたらシャレにならない
 俺はメルキゼの言う通りに料理に手をつけることにした―――が


「―――辛っ…!!」

 何と言う辛さだろう
 そして、ツーンと鼻に来る
 彼と同様、一口でダウンしてしまう俺

 ああ、何か涙も出てきた…

「…メルキゼの作る料理の方が百倍美味しいよ…
 どうやったらここまで殺人的に辛いものが出来上がるんだろ」

「私が思うには調味料も偏り過ぎていると思う
 とにかく香辛料が多過ぎて…素材の味を辛さしか引き出していない」

「俺、料理のことは全然わからないけど…
 でも確かにスパイスが効き過ぎてるような気がするよ」

 俺たちは料理にも負けない辛口評価を吐きつつ、激辛料理と格闘する
 メルキゼは顔を赤くして、俺は涙ぐみながら―――それでも何とか半分平らげた











 そこで力尽き、俺たちは料理を部屋の外に追い出したのだった





「…それじゃ、寝よっか…
 メルキゼもちゃんとおいでよ?」

 釘を刺してからベッドに乗る
 そのまま横になって手招きをした

 相変わらず芋虫状態のメルキゼは、もぞもぞと近寄ってくる

 そんなに嫌か…このパジャマ…
 センスの悪さは俺も認めるけれど…


「お前、その状態で寝るつもり?」

「そうでなければ寝相で君を攻撃しかねないから…
 寝ている間に撲殺死体を生み出してしまっては寝覚めが悪過ぎる」

 そう言ってベッドに、にじり寄るメルキゼ
 まるで意思を持ったミイラのようだ

 しかし状況から言ってミイラ状態になるのは俺の方なのか…?

「転がって、圧し潰す可能性も否めない
 万が一シーツが解けてしまった場合は覚悟してくれ
 殴る・蹴るは勿論の事…関節技もかけてしまうかも知れない」

「…………」

 そういう攻撃手段で来たか、お前…
 要するに、だから別々に寝よう―――と言わせたいわけだ

 ふっ…甘いな…

 俺は北海道の実家で毎晩、飼い猫&飼い犬に圧し掛かられて寝ていた男だ!!
 猫男一人くらい乗られたって―――いや、重いだろうけど…寝苦しいのには慣れている


「大丈夫だよ、俺は毎晩可愛い愛人(犬と猫の事)を両手に抱いて寝る生活していたからね
 ぎゅうぎゅうに押し潰されながら寝るのも慣れているよ―――だから安心して寝て良いからさ」

「…それはまた、大層な経験をしているな…」

「うん、お前みたいなフサフサの耳した可愛い娘(メス)だったよ
 寝相が悪くて背中を引っかかれたりした事もあったなぁ…
 とにかく、そういうわけで就寝時の攻撃に対しては耐性あるよ
 だから安心しなって―――こういう経験は俺の方が断然豊富だろ?」

「………………」


 …あれ…?

 メルキゼが珍しく口を尖らせている―――ように見える

 男としてプライドを傷付けられたのか闘争心が沸いたのか…
 まさか、ヤキモチ焼いてたりして…って、そんなわけ無いか

 とにかく彼にしては珍しい表情だ
 …サナギ状態ではイマイチ迫力に欠けるけれど―――


「わ、私だって…添い寝くらい出来るっ!!」


 言うなりサナギ状の物体が勢い良くベッドにダイブした


 反動で微かに弾む俺
 軋んで撓る、哀れなベッド
 みしみし…という何かが限界を超えた音が響く部屋

 これはこれで恐ろしい…が、今はとりあえずメルキゼを構う



「メルキゼ、顔…赤面通り越して赤紫っぽくなってるよ」

 もう少しで髪の毛の色と同じカラーになりそうだ
 プルプル震えている身体から何かが噴出しそうで、ちょっとワクワク


「―――……。」

 無言で石化しているメルキゼ
 もはや突っ込みを入れる余裕も無いらしい

「…メルキゼ…?」

 指で突いても反応無し
 うーん…完全に固まってる

 色形からして、何となくアルミホイルに包まれたサツマイモを連想させる姿だ


 しかしこうして肩を並べていると、嫌でも目に入ってくる猫さんの耳
 フサフサして、たまにピコピコ動くのが堪らない…

 さっ…触りたい…
 物凄く触ってみたい…!!
 指先で摘み上げて、頬を摺り寄せてみたいっ…!!

 再び良くわからない衝動に駆られる俺


「め、メルキゼ…」

「…何…?」

 ようやく少し落ち着いたらしいメルキゼが明後日方向を向いたまま返答してくる
 俺の方を向くのはまだまだ恥かしいらしい

 視線をフサフサな耳に釘付けにしたまま、俺は囁いた


「―――触っていいかな?」



 次の瞬間





「○×△□☆〜!?」




 メルキゼの謎の悲鳴が村に木霊した



「あ、いや…別に妖しい意味じゃなくってだねぇ…」


 物凄い速さで部屋の隅に避難するメルキゼ
 完全に怯えきって震えていた
 状況が状況だっただけに、とてつもない誤解を与えたらしい

 そんな彼に必死で弁解する俺



 その後、彼の誤解を解くまでに実に夜明けまで費やした俺であった



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