「―――め、メルキゼ…!!」


 俺は精一杯の笑顔を作ると、彼に向かって片手を差し出した

 メルキゼがこの手を取ってくれたら、俺も意を決して彼を抱こう
 一種の引き金というか―――自分自身への合図のようなものだ

 俺の内心としては手をに握って欲しいような、そのままスルーして欲しいような微妙な所だ

 どうするかな、と彼のほうへ視線を向ける
 するとメルキゼは安心したように軽く息をつくと頬を綻ばせる

 そして、俺が差し出した手の上に、そっと重ねた


 …自分が着ていた服を―――


 ―――って、何で服!?




 己の手に載せられた、綺麗にたたまれた服を片手に―――固まる俺
 これは一体どういう意味なのだろう…

 もしかして俺に着ろと言ってる?
 そっ…そういう趣向のプレイなの!?

 はっきり言ってくれなきゃわかんない…っ!!
 とりあえず否定なのか肯定なのか、とりあえずその辺だけは白黒つけて欲しい!!


「あの、メルキゼ…この服は…何?」

「何って…君が脱げと言ったから……乾かしてくれるのだろう?」

 ………。
 き、記憶が…

「そんな事、言ったっけ?」

「脱がなければ燃やすとか沈めるとか…脅しただろう?
 流石にもう一度溺れるのは嫌だし、体力的にも辛いから恥を忍んで脱いだ
 服は火の傍に置いておけば乾くと思うから、火が移らないように注意だけしておいてくれ」

 メルキゼはそう言うと、食べかけだった魚を齧りながらテントの中へ入ってしまった


「―――…★」

 濡れた服片手に放心



「…そうだったね…ははは…確かに、そんな事言って脅したような気もするよ
 いやぁ…メルキゼがタイミング良く告白したりするもんだから、すっかり忘れてたよ…
 きっとあの『好き』っていうのも、深い意味は無いんだろうね…
 そうだよな、何たって相手はあのメルキゼだもんな…必ずオチがある筈だよなぁ…ははは…」

 勝手に一人で空回りしていた気恥ずかしさを、独り言で誤魔化す俺

 何が辛いって、自分自身がすっかりその気になっていたという事実が辛い
 その事実に対してだけは、もう言い訳も出来ない

 …俺って…そういう趣味は無いと思ってたんだけどな…
 もしかすると顔さえ綺麗ならOKだったのだろうか

 それとも、メルキゼだから―――とかだったりして


「…まさか…な…」

 ちょっと恐ろしい結論に達しそうになり、慌ててその考えを放棄した


 とりあえず言ったからには服は乾かしてやらなけらば
 俺はメルキゼのローブとドレスを広げると、焚き火の傍に並べた

 シックで格好良いデザインのローブと、それとは対照的に可愛いデザインのドレス
 この二つを同時に着ているメルキゼって一体…

 そういえばこのターバンだって、よく考えると珍妙な組み合わせだ
 猫の耳を隠すためとはいえローブとターバンとドレスを一度に身に着ける奴はそうはいないだろう


 まぁ…ドレスはともかく、ローブとターバンは似合ってるから良いか…
 それに、あの黒いシャツも―――暗くて良く見えなかったけど案外良いかも知れない

 逞しい二の腕と、長い足が剥き出しになるし
 綺麗なボディラインもくっきりと見えるし
 それに真ん中からファスナーで脱がせやすい―――…



「って、そうじゃないだろ俺よ…」

 どうもさっきから思考がヤバい方向へ行きがちだ
 もしかして、欲求不満なのだろうか…

 ちょっと指折り数えてみる(何を? とは聞かないで…)

「あー…もしかすると、新記録かも…」

 毎日毎日歩き通しで、夜になれば気を失うようにして寝ていた
 だからそっちに気を回すほどの体力が無かったのだ

 しかし今日はキャンプするのが早かった
 そのせいで体力に余裕があったのだろう
 哀しいかな、その為に今まで忘れていた欲求が一気に溢れ出て来たらしい


「…どうしよう…」

 すぐ傍にあるテントに視線を向ける
 メルキゼは疲労していたけれど、きっとまだ起きているだろう

 それに何より、彼は超人的な聴力の持ち主だ
 聞き慣れない物音や声を敏感に感じ取ってしまう

 ここじゃあ絶対に聞かれる
 それだけは確信を持って断言出来る

 そして、きっと彼は何事かと様子を見に来るだろう……


「…処理中に駆けつけられても…困るよなぁ…」

 少し悩んだ末、俺はひとつの道を選んだ
 どちらにしろメルキゼは聞き慣れない音を聞きつけて様子を見に来るだろう

 それなら、見られても精神的ダメージの少ない方を選ぶ事にしよう…
 俺は立ち上がるとテントと焚き火から離れて歩き始めた




「―――……?」

 テントの中で寛いでいたメルキゼは、聞き慣れない水音に敏感に反応した
 聴力に優れた猫耳をピンと立て、意識を音に集中させる

 もしかすると再びモンスターが現れたのだろうか
 だとすると、カーマインが危ない…!!

 メルキゼはシーツ代わりに敷いていた布を肩から掛けると、そっとテントから顔を出した

 真っ先に確信するのは、カーマインがいるであろう焚き火
 しかしそこには彼の姿は無かった
 あるのは、律儀に乾かされている自分の服のみ


「―――カーマインっ!?」

 一瞬にして青ざめたメルキゼは彼の姿を探すべく、周囲を見渡した
 そして水音のした海に視線を向けて―――…一気に脱力する


「…か、カーマイン…ひとつ聞かせてくれ
 深夜の海で一体何をやっているのか…」

 カーマインは、水深の比較的浅い場所に座っていた
 何故か知らないけれども、きちんと正座をして…

 深夜の海で温泉の如く半身を海水に浸している男に対し、不信感を抱かない奴はいない
 メルキゼは軽い眩暈と、更に増す疲労感に苛まれながらもカーマインに近付いた


「あー…やっぱり来たか
 うん、ちょっと…下半身を冷やしてた」

 カーマインは苦々しく笑うと徐に立ち上がる
 しかし、自分の方を見てくれないのは何故だろう
 彼の真っ直ぐに自分を見上げてくれる瞳が大好きなのに…

 合わない視線を寂しく思いながら、それでもメルキゼは彼のパートナーとしての役割を忠実に果たす


「下腹部は冷やすと痛むし消化不良を起こす
 具合が悪いなら冷やすよりも暖めた方が良い
 今、温まる飲み物を作るから…身体を拭いてくれ」

 メルキゼは羽織っていた布をカーマインに手渡すと火の元へ向かう
 如何なる時もカーマインを気遣う事を忘れないメルキゼであった



「…はぁ…何とか治まったかな…」

 濡れた身体を布で拭きながら、自分の身体を確認する
 冷たい秋の海の効果は絶大だったらしい

 熱を失った身体に、ほっと一息つく
 それと同時に今更ながらに寒さを感じ、俺はメルキゼの元へ走る
 彼は甘い香りのフレーバーティーを作っていてくれた


「あー…温まる…」

「それは良かった」

 メルキゼはドレスの乾き具合をチェックしていた
 裾が長い分、乾くのも時間が掛かるらしい

「まだ生乾き?」

「ああ、ターバンだけは乾いたけれど…」

 そう言って、銀色にテカテカ輝く布を見せるメルキゼ
 いつも思うけど―――良くもまぁ、この派手な布を頭に巻く気になれるなぁ…

「…って、実は物凄く長くないか?
 1メートル以上あるぞ、この布…」

 びろーんと長いそれは、例えるなら大きめのバスタオル
 試しに頭からかぶって見ると、見事な風呂上りスタイルになった


「これって、どうやって巻いてるんだ?」

 確か何重かに巻きつけてから端の方を結び合わせていた筈だ
 しかし頭に巻きつけようとしても長過ぎてうまくいかない

「一度折ってから捻って…それから巻きつける
 慣れるまでは一人で巻くのは難しいから…私がやろう」


 そう言うとメルキゼは、静かに俺に近付いた
 そりゃあもう―――吐息が直に掛かる程に!!

 軽く膝を曲げているせいで、至近距離にメルキゼの顔があるのだ
 あと一歩進んだらキスが出来るくらいの距離―――…

 普段のメルキゼなら、この状況に耐え切れず悶えているだろう
 しかしどうやら彼はひとつ目的を見つけると他の事が見えなくなるタイプらしい
 だから今のメルキゼは俺にターバンを巻くと言う目的しか頭に無いと思われる

 彼は真剣な表情で俺の頭に布を掛け直す
 そして俺の背後に手を伸ばして布を手繰り寄せた


「ひゃ…☆」


 首筋に指が当たって、思わず首を竦める
 ゾクゾクとした感じが爪先から脳天迄を一気に駆け上った

 堪らずに身体を捩ると、彼のもう片方の手が俺の指先に触れた
 白くて長い指が燃える様に熱くて、訳もわからないままドキドキと胸が高鳴る

 かぁっと顔に血が上ってゆくのがわかった
 きっと今の俺は恥らうメルキゼ並に真っ赤だろう










「…め、メルキゼ…」

 今はヤバい…ヤバ過ぎる!!
 何せ先程まで、彼に対し妖しい事を考えていたのだ

 その張本人が至近距離で俺の首筋に触れている(実際はターバンを巻いている)
 これじゃあ、やっと静まった身体がまた熱くなってしまうじゃないか…!!


「もうすぐ巻き終わるから…少し待っていてくれ」

 し…喋るな―――っ!!
 喋ると、吐息が顔に掛かるんだよっ!!

 あぁ、ヤバい…身体が…っ!!
 何とか意識を違う方へ向けられないかと、目を動かす
 が、位置的にどうしてもメルキゼの姿しか視界に入ってこなかった

 月明かりに照らされた身体は普段にも増して白く見える
 滑らかな頬に、首筋に、長い髪の毛が張り付いていた
 ファスナーが下ろされて大きく開いた胸元は呼吸の度に軽く上下するのがわかる

 …あー…もう、自制心との戦いだなこりゃ…
 ムラムラとドキドキが一度に押し寄せる身体の正直さに、俺はもう笑うしかなかった



「ほら巻き終わった…鏡を見てみるか?
 ん? どうしたカーマイン…身体が前屈みになっているけれど…」

 精神修行のような時を耐え、ようやく開放された時にはもう誤魔化し様の無い状態だった
 とりあえずマントでフォロー出来ているのが不幸中の幸いか…

「ち、ちょっと…トイレ…」

 苦笑いを浮かべつつ、前屈姿勢で猛ダッシュ
 格好悪い事この上ないが、この状態がばれる事の方が恐ろしい

 俺はメルキゼの返事を待たないまま、彼の死角になるであろう場所に飛び込んだ



 ぽつん、と取り残されたメルキゼは少し考えた後

「……あぁ成る程…冷やしたから腹を下したのか……可哀想に」


 と、実に健全な結論を生み出し、彼の為に消化に良さそうな朝食メニューを思案し始めるのであった



小説メニューへ戻る 前ページへ 次ページへ