「あー…もう山が、すっかり紅葉だねぇ…」


 鮮やかに色付く山脈は壮観だった
 日本にある山とはスケールからして違うのだ
 見事な景色に思わず感嘆の声を上げる

「俺たち、良くあんな所を超えて来たよなぁ…」

 山を降りて何日経ったのだろう
 すっかり遠目に小さくなってしまった山は、それでも迫力があった



「もう、すっかり秋なんだなぁ…
 通りで夜冷えすると思ってたんだ
 この調子じゃあ、すぐに冬がやって来るね」

「そして、冬になれば雪が降る
 この大陸は豪雪地帯だから…旅の身には辛い」

 確かに寒い中旅をするのは大変だろう
 それに食料の確保も難しくなってくる
 ただ、水にだけは困らなくなりそうだけれど……

「あと数日歩くと町に着く筈だから
 そこで冬対策の物を買い揃えようと思う
 食料と防寒具は買い惜しむと命取りになるから」

「うん、ここの冬も寒いんだろうね
 俺の出身地も雪が多い所だったから親近感わくよ」

 来月にはもう、北海道の地に初雪が降るだろう
 山頂を白く彩る雪は、やがて紅葉に色付く大地を純白に染め上げる

 一面の銀世界、澄んで綺麗な空気、満天の星空、溢れんばかりの大自然……
 自分が21年間過ごして来た世界は今でも鮮明に記憶に焼き付いていた



「―――故郷に戻れなくて、寂しい…?」

「寂しくないと言えば嘘になるね
 色々と気になる事も沢山あるしさ
 ほら、学校はもう始まっちゃってるな〜とか
 プロ野球はどうなったのかな、とか…あとは、ペットの犬は元気かな、とか」

「…学校やペットと同等に扱われるプロ野球って一体…」

 メルキゼから御尤もな突っ込みが入る
 でも気になるんだから仕方が無い
 サッカーよりも野球派の俺にとっては数少ない楽しみのひとつなのだ

「体力や運動神経的に自分でやるのは無理だけどさ
 でも野球観戦は大好きなんだよ、毎日でも行きたいくらい
 札幌ドームでビールとハンバーガー片手に応援するのが好きでさ〜」

 ちょっとオヤジ臭いんじゃないかと我ながら思わなくも無いけれど…
 札幌ドームは食べ物の種類豊富だし、レストランもあるから必ず何か口にしてしまうのだ
 高所恐怖症だから展望室に行った事は無いけれど…
 でも野球以外でもコミケ会場として良くお世話になっていた思い出がある

 …って、そういえば新刊落としたままだった…
 ペーパー配布しちゃったし、原稿あげなきゃなぁ
 でもそれ以前に早く元の世界に戻らなければ―――…


「カーマイン?」

「あ、何でもない…ちょっとヲタク魂を思い出してただけ」

 アウトドア好きだった健全な少年時代よ、さようなら
 そしてようこそ、アレ系な世界へ……ああもう戻れない
 そう、たとえ異世界に来ようとも逃れられないのだと実感した秋の日

 ―――ちょっぴり秋風が心に凍みた俺であった






 それから四日後、俺たちはようやく町に着いた

 地図上で見ると北東にある小さな山内の町、ミアノ
 そこはレザナ村に負けず劣らずの寂れっぷりだった

 けれど、この際スケールは不問だ
 必要物資の補充と泊まれる場所さえあれば文句は言わない


「まずは宿の手配をして…それから買出しに行くことにしよう
 情報収集の為に酒場にも顔を出した方が良いかも知れない
 この村でも大した有益な情報は得られないだろうとは思うけれど」

「宿…って、こんな小さな村にあるの?」

「レザナ村にさえあったのだから大丈夫だろう
 しかし、宿の質は保障できないけれども…」

「文句は言わないよ
 雨風凌いで寝られるんなら、何処だっていいさ」

 伊達に一ヶ月野宿生活していない
 夜中にいきなり雨が降って飛び起きた事だってあるのだ
 屋根がある所で寝られるだけで万々歳というものである

 メルキゼも同意見だったらしい
 無言で頷くと宿の看板を探して歩き始めた





 村と同様、宿も当然ながら哀しくなるほど寂れていた
 とりあえず屋根はありますよ、と言った程度である

 そして宿の経営者も風が吹けば飛びそうな老婆だった


「はい、いらっしゃい…ね」

「すみません、一泊御願いしたいんですが…あ、出来れば二部屋」

 人との会話が苦手なメルキゼに代わって俺が受付をする
 ホテルのチェックインすらした事がない身にとっては新鮮な体験だ

 受付用紙に名前を書いて、鍵を貰うシステムらしい
 俺は紙にカーマイン≠ニメルキゼデク≠ニ書く
 別にフルネームでなくても良いらしい…助かった

「お客様、すみませんが見ての通りウチは小さな宿ですからねぇ
 客室がひとつしかないんですよ、何せ旅行客とは無縁の村ですから…
 恐縮なんですが…ここはどうか、おふたりとも同室で御願いできませんかね?」

 まぁ、無いものは仕方がない
 屋根があるだけでもよしとしなければ

 …この際、メルキゼには泣いて貰うとしよう…これも修行だ



「良いですよ、じゃあ御願いします
 …あの、ひとつ聞いて良いですか?」

「はい?」

「…宿って、部屋ひとつしかなくても商売出来るんですか?」

「ああ、村の子供が小旅行気分で泊まったりするんだよ
 他は宴会会場としての場所提供くらいかねぇ…地味なものさ」

 つまり村人しか泊まりに来ないわけか…
 それもちょっと切ないものがある
 小さな村の宿事情も色々と難有りだ



「―――と言うわけで、同室だからさ…頑張れよ」

「…そ、そう…それなら仕方がない
 一晩くらい大丈夫だろう…これでも多少は慣れた
 もう何日も夜を共にし、君の事も一度は抱いた身の上だから…」

 メルキゼ…頼むから肩を≠ニいう言葉を入れてくれ

 宿の婆さんが一瞬バランスを崩したじゃないか
 ご老体に刺激的な言葉を聞かせちゃ悪いよ…

 俺は老婆の痛い視線を受けながら、宿唯一の部屋へと向かった



「…こ、こちらでございます…それでは、ごゆっくり…」

 思いっ切り引きつりながら通された部屋は―――哀しいほどに殺風景だった
 部屋にあるものはベッドと机、それと窓(←これすらも備品にカウントされる)のみ

 …風呂とトイレは廊下にあるらしい
 ここまで部屋がないと共同と言うより貸切り気分だ

 いや、それよりも―――


「…ベッド、ひとつしかないんだけど…」

 明らかに一人部屋
 どっから見ても一人部屋
 疑いようも無い一人部屋!!

 子供同士のお泊りや宴会として使うのなら問題ないのかも知れない
 しかし普通の旅人がふたり、宿泊するには大問題だ
 その上、泊まるのは筋金入りの恥ずかしがりなメルキゼなのだ


「…メルキゼ…念の為に聞くけど、一緒に寝る勇気ある?」

「―――遠慮させてくれ…私は床で寝る事にする」

 やっぱりね…そう言うと思ったよ
 でも固い床の上で寝かせるのも可哀想だ

 旅の間、俺はただ歩いているだけだった
 けれどメルキゼは荷物を持ち、更に戦闘までこなしているのだ
 彼に蓄積した疲労は相当なものだろう


「俺が床で寝るから、お前はベッドで休んでろよ
 お前には明日からまた戦ってもらわなきゃ困るんだから」

 俺はそう言うと床の上に転がった

 ―――予想以上に背中が痛い…
 流石はフローリング100%、硬さが違う
 今まで寝ていた所は地べたとはいえ、柔らかい草が生えていたから痛くは無かった

「…カーマイン、無理しなくて良いから
 そんな所で寝ていては疲れも取れない」

「それはお前も同じだろ?
 とにかくメルキゼはベッドで寝るの!!
 それ以外は絶対に認めないからな!?」

 びしっ、と言い捨てる
 この位強く言わなきゃ、彼には効果が無い
 気が弱いくせに強情なのは俺とメルキゼの唯一の共通点だ



「……わかった、一緒に寝よう」

「え、まじ?」

 そう来るとは思っていなかった
 だって、あのメルキゼだし…一体どういう心境の変化!?

「但し、ベッドが破壊されても私は知らないが」

 ―――あ、それは確かにありそうだ…
 俺とメルキゼの体重、合計すると150sを大きく超える
 ベッドには辛い一夜を過ごしてもらわなければならない

「それに関しては破壊されてから考えるとして…
 じゃあ試しに二人で横になってみようか?
 ちょっとくらい肩とか腕が、はみ出すかも知れないけど…」

「先に言っておくけれど…私は寝像が悪い
 恥ずかしながら、ベッドから落ちることも良くある
 もし私が落ちて地響きを起こしても気にしないでくれ」

 …………。

 不意にメルキゼの家に泊まっていた時の事が思い出される
 彼が俺にベッドを譲ってくれたのは、もしかしてそういう理由から…?

「――横になるのは、帰ってきてからにしようか
 休憩も出来たし、さくっと買出しに行っちゃおうよ」


 俺は話題転換することで、現実逃避に成功した



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