「―――カーマイン、モンスターの気配が強い」



 メルキゼが不意に足を止めた
 そして周囲の気配を探るかのように、辺りを見渡す


「モンスターって…キツネじゃなくて?」

「あれはただの獣だからモンスターではない
 気配がまるで違う…もっと邪悪な、殺気を感じるから」

 メルキゼは慎重に歩を進める
 その様子から、厄介な相手だと確信した

「モンスターって戦って倒せるものなの?」

「種類や大きさによるけれど…今回は厄介な相手だ
 気配からして大型のモンスターである可能性が高い
 素手で戦うのは無理だから…カーマインは危ないから下がっていてくれ」

 メルキゼはそう言うと、服の袖口に指を入れた
 そして、そこから何かを引っ張り出す
 メルキゼが服の下に何かを仕込んでいたらしい

 それは銀色に輝く鋼鉄製の手甲だった
 手の甲から肘までを覆う、見るからに頑丈そうな造り



「お前、そんなもの隠し持ってたんだな」

「君を怯えさせてしまうかも知れないと思って隠していた
 出来ることなら一生君の前では使いたくなかったのだけれど…
 これはガントレットという武器で、見た目以上に殺傷能力がある
 腕に固定するから下手な剣に比べると、ずっと安定感があって使い勝手が良い」

 メルキゼはそう説明しながら両手にガントレットを装着する
 銀色の金属に覆われたその手はロボットやサイボーグを連想させた

「当たると骨が砕ける可能性がある
 くれぐれも私に近付かないようにしてくれ」

 俺は咄嗟に数メートル後退した
 巻き添えを食って死にたくはない

 俺は敵がいるであろう方向へ走って行く彼から、一定の距離を保ちながら着いて行った






 坂道を駆け下りて、数回曲がった所にモンスターはいた
 一目で敵とわかる禍々しい姿に俺は思わず後ずさる

「こんな奴と戦うなんて自殺行為だよ
 メルキゼ、早く逃げなきゃ食われるって!!」

「敵と戦う時は逆に自分が相手を食うつもりでいた方が良い」

 それは、あくまで心構えだよな?
 倒した後に本当に食ったりしないよな!?

 狩猟民族的生活をしている彼の場合、ちょっとシャレにならないものがる
 こんなもの食わされたら、たまったもんじゃない

 何せ、目の前のモンスターは見た目からして悪い
 虫のような人のような…とにかく、生理的嫌悪感を抱く姿なのだ

 ベースは人の形をしているが、見るからに虫がブレンドされてます…といった風体
 バッタのような、カマキリのような―――とにかく緑色の虫を連想させる


「悪いがカーマインは離れていてくれ
 相手がどんな攻撃を仕掛けてくるかわからない」

「わ、わかった!!」

 体は正面を向けたまま、後ろ向きに後ずさる
 俺がその場から離れたのとモンスターがメルキゼに攻撃を仕掛けたのは、ほぼ同時だった













 モンスターの腕についている、カマキリのような長い鎌状の武器がメルキゼに振り下ろされた


 しかしメルキゼはすぐには避けようとしない
 メルキゼは敵の攻撃範囲に俺が入っていないかどうかを一瞬確認したのだ
 そして俺が安全圏内にいると確かめてから、敵の攻撃を避けたのだった


 ―――よ、余裕…?


 素人の俺には詳しい事は良くわからない
 しかし俺の目からは彼がこの戦いに余裕を持っているように見えた

 メルキゼの動きは、とにかく早い
 そして狩りをする豹のように、しなやかで無駄の無い動作だった

 それに反してモンスターは動きが緩慢だ
 攻撃する際にも両腕を大きく振り被るので隙が大きい

 モンスターとメルキゼの距離は次第に縮まってゆく
 接近戦になれば当然ながらメルキゼが有利だ
 敵が持つリーチの長い武器は、どう見ても至近距離の相手には扱い難い

 メルキゼは舞うように身を翻すと、一気に間合いを詰めて―――痛烈な一撃を放った
 それは敵の首の部分に見事に命中する
 衝撃に大きく仰け反ったモンスターは、そのまま倒れて動かなくなった

 たったの一撃で、彼は敵の首骨を打ち砕いたのだ



「…巧く急所に当たってくれた」

 メルキゼはガントレットを外しながら、俺に目配せをする
 もう来ても大丈夫、と赤い瞳が言っていた

「―――凄い…一撃で倒すなんて…お前、意外と強かったんだね」

「そんな事は無い、運が良かっただけだろう
 私に有利な要素が偶然重なってくれたから…
 だから難無く倒せただけの事だから、買被らないでくれ」

 メルキゼはそう言うけれど、それは謙遜だということがわかる
 いくらガントレットが硬いとは言え、その破壊力は彼自身の力が生み出しているものだ
 武器が強力でも使い手が非力なら力は発揮されない
 そのくらい俺にだってわかる

 しかし、あえて謙遜しているのは俺を怯えさせない為なのだろう
 確かにメルキゼの持つ力は恐に値する
 けれど俺にとっては恐怖心よりも頼もしさの方が強く感じる

 彼がその力を俺に向けることは決して無いと信じているから…



「…カーマイン、大丈夫か…?
 モンスターの死骸を見て気分を悪くしたりは…」

「何故か知らないけど、全然してないみたいだよ
 俺って意外と神経図太かったのかな…ははは」

 目の前でモンスターが倒されたというのに、どうにも実感がわかないのだ
 どちらかというと、映画を至近距離で観ているという状況に近いものを感じる

 俺がそう感じるのは、きっと俺があくまでも傍観者の立場であったからだろう
 これで実際武器を持って戦うとなったら恐怖心に震えていた筈だ

 それに生々しい血を見ていないという事も大きな理由だ
 メルキゼはガントレットを使ったから敵も外見上に傷は無い
 彼は外側ではなく、内側にダメージを与える戦い方をする

 それも幸いしたのだろう
 もしメルキゼが剣などを使って戦っていたら、俺は肉の断面や血飛沫に卒倒していたかも知れない



「それにしても、お前って本当に頼りになるよなぁ」

「そんな…運が良かっただけだから…
 いつもこの様に順調に戦えると良いのだけれど」

 メルキゼは恥ずかしそうに頬を赤らめながら、それでも微かに微笑んだ
 先程までモンスターと戦っていたとは到底思えないような優しい顔
 その表情を見ると安心するようになったのはいつからだろう…

「大きな手だよなぁ…何だか、ほっとするよ」

 メルキゼの手を弄びながら、相変わらず高い体温を堪能する
 冬場にはきっと物凄く有難い事になるに違いない

「こんなもので安堵感を得られるのか?
 モンスターを即死させる凶器でもあるのに」

 メルキゼは居心地悪そうに自嘲する
 まだ手を握られることにすら慣れていないため、気恥ずかしさもあるのだろう
 けれど俺がしっかりと握っているから手を引っ込めることも出来ずに困惑していた

「…俺にとっては、護ってくれる暖かい手だよ」

 よく考えてみたら、こんな風に男の手を握るなんて随分久しぶりのような気がする
 日常生活では握手をした時や物を手渡す時くらいしか接触する機会なんて無い

 思わず物珍しそうに彼の手を観察してしまう

 不意に幼い頃、良く一緒に遊んだ父親の手を思い出した
 父親の手も大きくて暖かくて―――そして自分をいつも護ってくれたっけ…



「…カーマイン、君はもしかすると…手フェチなのか…?」

 ……違う……そんなつもりで見てたんじゃ……
 って、せっかく人が感傷に浸っていたのに見事にぶち壊したな、お前…
 居心地悪い雰囲気から切り抜けたい気持ちはわかるけどさ


「俺は手よりも、太ももの方が好きかな」

 でも男の脚は、微妙…ってより勘弁
 ―――って、何だかオヤジ的発言っぽいな…


「ちなみに、メルキゼが好きな部分は何処?」


「…………足の指……」




 マニアックな…





「何で、そんな所が好きなの?」

「君の足の指の形が気に入ったから…だろうか」

 ―――俺かよ!?

 それはもしかしなくても、足を治して貰った時の事がきっかけなんだよな
 何か彼の話を聞いてると、いつも思うんだけど…


「もしかしてメルキゼの判断基準って―――俺なのか!?」

「そうなるな」


 ……俺、ヲタクなんだけど……良いのだろうか……
 俺を基準に物を考えたりしたら、いつか痛い目に遭うような気が…

 ああ…でも彼の場合、俺の他に知ってる奴いないんだっけ…
 困ったなぁ、俺みたいな偏った人間を基準にされたら他の人間に申し訳ない


「メルキゼ、お前に早く友達が増えることを祈ってるよ」

「…私は君さえいてくれれば充分に満足なのだけれど…
 まぁ、どちらにしろ君が私の初めての男である事に変わりは無いが」




 その言い方やめ




 頼むから初めての友達≠ニいう表現をしてくれ
 そうでないと多大な誤解を生み出してしまうことになる
 他所でそんな事言われた日にはもう…憤死しそうだ

 何せメルキゼが言うと冗談に聞こえない
 真顔で淡々と語られたら誰だって信じてしまうだろう


 メルキゼの真の恐ろしさを垣間見たような気がするカーマインであった



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