「あー…腐っても山頂!!
 眺めだけは良いねぇ…」


 キツネに化かされてから数日後――
 俺たちはようやく山を登りきった
 そして山頂からの景色を堪能していたりする

 ちょっとした登山気分だ


「後は下りだけだから、随分と楽になる
 ただ…これから先はモンスターの気配が強いから…」

「モンスターねぇ…キツネに化かされるのと、どっちがマシなんだろう…」

「……難しい問いではあるな……」

 でも、どうせ襲われるなら不気味な姿をした奴よりも美人の方が良い
 その点に関して言えば、キツネに襲われたほうがマシなのかもしれないが…

 …でも…やっぱり微妙だ…どんなに美人で色っぽくても所詮はキツネだし
 どうせならキツネに化けたメルキゼよりも、本物のメルキゼに―――
 って、それもまたアレなんだけどさ…



「じゃあ、さくっと下っちゃおうか
 確か山を降りたら町があるんだよね?」

「ああ、多少は歩くが…な」

 もう歩くことには慣れたからそれに関しては大丈夫
 足の裏の皮膚も随分硬くなって、痛める事も少なくなった
 長期にわたる引き篭もり期間で弛んだ身体も引き締まってきたような気もする

 部屋でパソコンに向かっていた頃から比べると、かなり健康体になったものだ



「野宿にも慣れてきたし…俺、元々キャンプとかアウトドア好きだったんだ
 とは言っても小学校の頃の話だけどさ、あの頃は絵に描いたような元気少年だったよ
 いつから変わっちゃったんだろうなぁ…生活も、考え方も…本当に全部変わっちゃった」

「私も子供の頃と比べると何もかも変わった
 故郷も家族も、大切なものは全て失ったけれど…
 それでも昔よりも今の生活の方が私にとっては充実しているし楽しい
 今が幸せなら過去の痛みも清算できるのだと知る事が出来たのは君のおかげだ」

 メルキゼは今の状況を楽しんでいるらしい
 森の中での生活は余程退屈だったのだろう

 とりあえず旅が負担になっていないとわかっただけで安心する
 これで彼がこの旅を不快に感じていたらメルキゼが救われなさ過ぎる


 彼は数多くの苦労と困難を乗り越えてきた
 それでも家族に捨てられた傷と発作を抱えて生きるのは容易ではないだろう
 そんな彼に更に追い討ちをかけてトドメを刺すのだけは何としても避けたい

 俺はメルキゼの親になってやることは絶対に無理だ
 しかし友人として、仲間として彼の傍にいることは可能なのだ
 例えそれがこの旅の期間限定のものだとしても―――

 それでも、僅かな間だけでも、彼の孤独を癒せるのなら…


「俺もお前には敵わないけれど、それなりに色々と辛いことあったよ
 でもお前と一緒に行動してると、そんな事もあまり気にしないでいられるんだ
 この世界に来て、真っ先にお前と出会えたことに本当に凄く感謝してるんだよ」

「ありがとう、カーマインは良い子で可愛いな」

 ……良い事言ったつもりなのに、子ども扱いでかわされた……
 確かに年齢差は結構離れてるかもしれないけど、ちょっとショックだったり
 もしかして今までずっと子供意識されてたんだろうか…


「メルキゼ、俺今年で21歳になるんだけど…」

「そうか…確か私は27になる筈
 歳の差は6つか…年上として、しっかりしなければ」

 そっか…歳の差は6つもあったんだな…
 そして身長の差は30cm以上ありそうな予感
 …俺、本気で子供扱いされても反論できないかも…


「メルキゼから見れば、俺はまだ子供なんだよね…」

「君から見ると私はオジサン≠フ部類に入るのだろうか」

「いや、とてもじゃないけどお前にそんな扱いは出来ないよ
 歳のわりに若く見えるし、こんなに綺麗なんだからさ
 お前なら三十路超えてもお兄さん≠ナ通す事が出来ると思うよ」

 むしろ一部のマニアックな輩からはお兄様≠ニか呼ばれそうだ
 まぁ…間違ってもお姉様≠ニだけは呼ばれない事だけ願おう…



「綺麗…か、そんな事を言われたのは初めてだ
 ずっと自分の容姿にはコンプレックスを抱いていたから
 しかし君がそう言ってくれるなら、この顔も好きになれるかも知れない」

「うん、好きになってやろうよ、自分の顔なんだしさ
 俺は実はお前の顔は気に入ってるんだよ
 この前キツネに迫られた時だって、思わずクラクラしちゃったし
 あぁ、お前ってこんなに色っぽくて艶かしい奴だったんだな〜ってさ
 ……って、別にこんな褒められ方しても嬉しくも何とも無いだろうけど」

 むしろ嫌がらせというか…マイナス方面に行ってしまったような…
 俺はただ、メルキゼは自分が思ってるよりも綺麗なんだという事を言いたかったんだけど


「要するに俺にとってお前は予想外に魅力的だったって言うか…
 あー…誤解するなよ、もちろん男らしくて格好良いとも思ってるからさ
 キツネにお前が蹴りを入れた時さ、意外とやるな〜って感じたんだ
 大人しくて恥かしがり屋なだけじゃなくて、やる時はちゃんとやる奴なんだってさ」

「そんな…あまりお世辞を言わないでくれ
 私は精神的にも未熟で自制心というものに著しく欠けている
 そんな風に言われてしまうと私は君に何かしてしまいそうになる
 調子に乗って、今度は私が君を食べようとしてしまうかも知れない」


「え゛」


 何か恥じらいつつも、物凄い事言わなかったか、お前…?
 思わずまたキツネが化けているのかと疑って数歩後退する俺

 そんな俺を見て、メルキゼはまたズレた事を口にした

「…いや、実際に口に入れるわけではないから安心してくれ
 私にはそんな度胸も勇気も持ち合わせてはいない
 何となく言ってみたかっただけだから―――本気にしないでくれ


 俺だって、お前に頭からバリバリ食われるような惨事は想像してないぞ
 そうではなくて―――キツネに指を舐められた時の事を思い出してしまったのだ

 …あの時のメルキゼは色っぽかったなぁ…偽者だけど

 思い出すだけで今でも身体がドキドキと鼓動を打つ
 果たしてそれが興奮から来るのか、恐怖からなのかは謎だが…



「…まぁ、俺はお前の事は全面的に信頼してるから大丈夫だよ」

「そう…私は信頼を裏切らないように気をつけなければならないな」

 彼の性格からして、到底そういう事態は起こりそうにないけれど
 というより彼が危害を加えるという姿が想像出来ない

「お前は見た感じ、平和主義者っぽいけどな」

「そうでもない…買いかぶり過ぎだと思う
 私も敵と見なしたものに対しては攻撃を加える
 そうしなければ生きていけない環境で育ったから」

 まぁモンスターの出る森の中で生きてきたのだから仕方がない
 しかしそれはあくまでも自己防衛のためだ

「お前は理由も無く暴力を振るうような奴じゃないだろ」

「そうありたいとは日頃から思っている」

「それなら大丈夫だって!!」



 俺は少し勢いを失ったメルキゼを励ますように激励する
 そして先を促すように背を叩いた

「よし、じゃあ休憩もこの位にして…さっさと山を降りちゃおう」


 そう言って下り道に向かって歩き始めたときだった
 突然、茂みがゴソゴソと音を立てて―――


「…あ、キツネ…」


 例のキツネが飛び出してきたのだった
 奴は俺たちを見ると、コンコンと鳴き声をあげる











 しかし少し経つと踵を返して森の奥深くへと逃げて行ってしまった


「どうしたのかな…」

「もう、化けても効かないと悟ったのだろう
 恐らく次の獲物を探しに行ったと思われるけれど」

「そっか…まぁ、これ以上化かされる事がないと判っただけで安心だね」

「まぁ、確かにそうなのだが…
 しかしここにいる敵はキツネだけではない」

「気を引き締めていかないとね」


 ―――気を引き締めたからといって、如何にかなるものではないけれど
 それでもきっと、メルキゼが何とかしてくれるだろう


 そんな他人任せなことを考えながら、俺はメルキゼの後をついて行った


小説メニューへ戻る 前ページへ 次ページへ