無事に本日の野営場まで戻った俺たちは、各々作業に入った

 メルキゼは火を熾して食事の用意を始める
 俺は地面の小石を取り除いてシーツ代わりのマントを敷く
 これで簡易寝床の完成である

 俺の作業が終わる頃、手際の良いメルキゼも食事の支度を終わらせた
 今夜のメニューは干し肉のスープと野草の粥、そしてその辺で採った木の実
 相変わらず自給自足率50%の食生活だ


「―――それで、俺に何されたわけ?」

「――…?」

 メルキゼは一瞬、何を言っているのか判らないという顔をした
 しかしすぐにキツネに化かされたときの話だと理解したらしい
 一気に白い顔が真紅に染まった

 この顔は絶対何かされてるな…
 結構時間も経っていた筈だし、もしかして―――…



「子孫繁栄に勤しんでいたりした?」

「……それは…どうしても、答えなくてはいけないのか?」

「強制はしないけど、是非とも聞きたい!!」

 きっと今の俺、目がキラキラしてるだろうな…
 基本的に人の話を聞くのは嫌いじゃない
 そして隠したがる話を聞き出すのも嫌いじゃない―――というより大好きだったりする

「ほら、話しちゃえよ
 俺も包み隠さず話すからさ」

「…いや、その…」

 もじもじと恥らうその姿はキツネの化けた姿に程遠い
 まさかキツネも自分が化けた人物がここまで恥かしがり屋だとは思わなかっただろう

 しかしいつまでも、もじもじされても話が進まない
 こうなれば少し突いて刺激してみることにしよう
 俺は、わざとらしくショックを受けた表情を作ると大袈裟に叫んで見せた


「そこまで渋るところを見ると―――もしかして!!
 俺に対してお前は、あんな事やこんな事を…!?
 やっぱり俺がされたように無理矢理押し倒して―――!?」

 そんな俺に一気に青ざめるメルキゼ
 赤くなったり青くなったり実に愉快だ

「…まっ、待ってくれ!!
 私が君に対してその様な真似をする筈が無い!!
 あれは不可抗力だったのだ、意図的にそんな事は―――…」


 …え…?


「―――って事は、本当に何かやったんだなっ!?」

 まさか本当に何かやってるとは思わなかった
 だって、あのメルキゼだし
 それ以前に相手が俺だし…ねぇ?

「お前、相手が俺なんかでも、そういう気になれるんだな…」

 ちょっと…いや、かなり凄いぞ、これは…
 不快感や嫌悪感よりも、メルキゼの人間性の深さに感心してしまう

 だってメルキゼは男だけどかなりの美人だ
 だから俺も一瞬だけ何となくそんな気分になってみたりもした

 しかし俺の場合は―――どう頑張っても色気の欠片も無いだろう
 一体キツネがどんな迫真の演技をしたのか…ちょっと見てみたいような気もする…


「なぁ、どんな誘われ方したんだ?」

「その…最初は、寒いから暖めて欲しいとの事で…」



 同じパターンか よ!!


 もう少しバリエーションに富んでくれ、キツネよ…

「寒いなら私自身よりも炎の方が暖が取れると思って…
 それで手近な木々を燃やしてやったのだけれど―――不評でな」

 キツネの方も、まさかモーションかけた相手がいきなり火を熾すなんて思わなかっただろう
 さぞ驚いただろうなぁ…ちょっとキツネのほうにも同情してしまう俺


「まぁ…お前らしいといえばお前らしいな
 でも話の感じからして、一応それなりの事はやったんだろ?」

 押し倒せとまでは言わない、せめてキスくらいは…していて欲しい所である

 とは言ってもメルキゼの事だ
 絶対何かオチがあるに違いないが…

「…その件に関しては本当に申し訳ない
 相手がキツネとは言え姿は君の形をしていたのだし
 結果的に君を冒涜してしまったようなものだ…何と言って詫びれば良いか…」

「いや、所詮キツネなんだから俺は別に構わないんだけど…」

 むしろ客観的になら、ちょっと見てみたかった
 一体俺はどんな風にメルキゼを誘ったんだろう
 そしてメルキゼはどんな様子でそれに答えたんだろう…
 かなり気になるところである


「具体的に何があったか話してよ
 仮にも俺の形した奴が関わってるんだしさ
 やっぱり俺としては、ちょっと気になるっしょ?」

「…具体的にと言われても…そうだな…
 君に化けたキツネに、寒いから暖めてくれと泣かれて…」

 ―――え゛

 泣いたって、俺が!?
 …おのれキツネめ…よくも人の姿で勝手に泣いてくれたな…

「しかし炎は却下されたから…如何したら良いか悩んでしまってな
 そうしたら君が泣きながら抱いて欲しい≠ニ言い縋って来て…」

 俺はそんなキャラじゃない!!
 いや、それよりも―――何だよその抱いて欲しい≠チてのは!?
 俺は受けじゃないぞ…って、そういう問題じゃないか…



「で、まさか抱いたとか?」

「…ああ…物凄く恥ずかしかった
 しかし泣き縋れては無視することも出来なくて…」

 お前が恥ずかしがるなよ…
 まぁお前の性格や体質は良くわかっているつもりだけど

「で、どうだった?」

「…頭が真っ白になって良く覚えていない
 ただ、その間に色々とされてしまっていたらしい
 危うく精気を吸われてしまう所で…しかし君のおかげで助かった」

 俺は何もしていないぞ
 メルキゼが襲われていた(?)頃、俺だって喰われかけていたんだから

「俺、何かしたっけ?」

「助けを呼んでくれただろう
 君のあの声のおかげで私は正気に戻れたのだから
 それに目の前のカーマインが偽者だと確信出来たのも君の悲鳴のおかげだから」

 世の中、何が幸いするかわからない
 もしあの時、あのままでいたら俺もメルキゼも精気を吸われていたのだ
 精気を吸われたらどうなるのか具体的には判らない
 しかしやっぱり何らかの支障をきたすのは間違いないだろう



「でもあのキツネ達も巧く化けるよなぁ…
 言動とかに違和感は感じるんだけど見た目はそっくりだし
 流石にここまで似られちゃったら疑うに疑えないもんだよな」

「ああ、私も明らかに不自然で違和感があるとは感じた
 しかし偽者であるという確信がなければ下手に攻撃も出来ない」

「今回のは化けてたから攻撃出来たから、運が良かったね
 もし何かに操られていたり憑かれたりしてたらお手上げだよ」

「私もその可能性を捨て切れなかった
 目の前の君が、敵の攻撃によるものなのかどうか…
 暗示にかけられているのかも知れないとも思った
 私の願望が見せた幻なのかも知れないとも思った
 しかし結局は何一つ確信的なものが得られなければ手も足も出せない」

「そうなんだよな―――…って、願望!?」

 危うく聞き流すところだったけど…ちょっと聞き捨てならないぞ
 願望って…願望って…もしかして―――!!?

 俺が真顔で聞き返すと、メルキゼはしまった≠ニいうような表情を浮かべる
 その顔から、言うつもりの無かった事を口にしてしまった…というのが良くわかる

 …ってことは何か?
 メルキゼってもしかして…俺のことを抱きたがってた…!?

 ―――いや、でもメルキゼだから、そんな筈は……



「め、メルキゼ…?」

「……いや…その…っ…す、すまない……」

 謝られても困る
 どう反応したら良いか判らないじゃないか!!


「お前…純情なふりしやがって…
 まさに猫をかぶってたってやつか!?」

「違う、誤解だ!!
 確かにそういう願望は少なからず抱いていたが…
 しかし別に私は君から精気を吸い取ろうと思っていたわけではない!!」



 思われてたまる か!!



 んな事は最初っからわかってるっての!!

 …どうもメルキゼはズレてるな…
 ズレているというより天然なのか、それとも…?


「ただ、君との身長差を考える度に常々思う
 きっと君の身体は私の両手に、すっぽりと納まるだろうと…
 一度そういう考えが浮かんでしまうと、確かめずにはいられなくて…!!」

 悪かったな、小柄で!!
 どうせ俺は身長165cmさ!!
 でもお前だって人並み外れて大柄なんだぞ!!

 ―――って、話題が脱線しまくってるし…


「それで、不埒だとは思いつつも君の肩を抱いてしまった
 羞恥心と罪悪感に苛まれながらの行為だった
 しかし…やはり手中にすっぽり収まった事実に対し感動してしまった」

 んな感動、覚えんでいい!!

 ―――って、抱いた≠フは肩だけかよ!?
 流石はメルキゼだ…期待を裏切らないオチを有難う












「別に俺は肩抱かれたくらいで騒ぐような神経してないよ
 だからお前は自責の念を感じる必要ないと俺は思うぞ…」

 たったそれだけの事に、あそこまで恥ずかしがるか普通…?
 いや、でもメルキゼだから普通じゃないんだったっけ…

 彼にしてみれば大した進歩なのかもしれない
 手を繋ぐ事にすら震えていたのに、肩を抱けるようになったのだから
 その件にだけ関して言えばキツネのおかげなのだろう


「ふーん…でも、そっか、泣き落としで迫れば良かったんだね
 良い事知っちゃったな〜今度からウルウル攻撃で特訓してやろうかな」

「…やめてくれ…」


 俺の冗談交じりの提案に、メルキゼはぐったりと頭垂れたのであった



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