「助けて―――喰われる――――っ!!」



 力の限り叫ぶ
 こんなに大声を出したのは久しぶりだ

 ああでも誰も来てくれなかったらどうしよう
 モンスターにすら見捨てられてたりして…

 しかしそんな心配は杞憂に終わったらしい
 ぱたぱたという人が駆け寄る足音が近付いて来た

 …あぁ良かった…人がいたんだ…
 この際モンスターでも良いと思っていたが人の方が良いに決まっている


「そこの人、助けて下さいっ!!
 あまり認めたくないんですけど襲われてるんです!!」

 しかも仲間に
 更に言うならば同性相手に!!

 ちょっと生き恥かきまくりな最近の俺
 でも貞操の危機よりはマシだ
 近付いて来てくれているであろう人影に向かって懸命に手を伸ばす


「助けて…!!」


「ああ、もう大丈夫―――…」


 そこで救世主は言葉を失い、硬直した
 ついでに俺も固まった


 俺を助けに来てくれた人物は―――メルキゼだった
 走ってきたのだろう、頬を上気させて肩で息をしている

 …って、ちょっと待て
 じゃあ俺を喰いかけている、これは誰!?



「―――え…えーっと…もしかして偽者…?」

 どっちが本物か、なんて聞くまでも無い
 俺の上にいる人物が偽者なのは確実だろう
 まず性格からして全然似ていないのだから

「…キツネ?
 それともタヌキ?」

 人に化けるといったらそのくらいしか思い浮かばない
 それにしても巧く化けるものだ―――外見だけは

「こら偽者、いい加減どけろよ!!」

 メルキゼじゃないと知った途端に強気になる俺
 流石に命の恩人に向かって暴力的になれる性格はしていない
 しかし偽者となると―――手加減をする必要など無いのだ

 お返しとばかりに、ペシペシと背中や肩を平手打ちする
 パーで叩くだけ平和的だと思ってもらいたい



「…おい本物のメルキゼ!!
 何ボーっと傍観してんだよ
 助けに来たからには手くらい貸してくれよ」

 メルキゼ(本物)は、呆然と俺たちを見ながら―――固まっていた
 まぁ、ちょっと気持ちはわからなくも無い
 助けを呼ばれて来て見れば、自分が仲間を襲っていたのだから

 しかも状況が状況である
 誤魔化しのつかない体勢なのだ

 気が付けばメルキゼ(本物)の身体がプルプルと震えている
 それは羞恥心からなのか恐怖からなのか―――



「はっ…破廉恥な!!
 カーマインから退け、偽者が!!」

 げし

 メルキゼの蹴りが見事に偽者にクリーンヒットした
 自分そっくりの相手を蹴る気持ちってどんなんだろう…ちょっと気になる

 メルキゼの偽者は俺の上から転げ落ちる
 見た目以上に蹴りの威力があったのだろうか
 微かに呻いているのが痛々しい―――見た目がメルキゼだから尚更
 しかしメルキゼ本人は特に何とも思わないらしい


「正体を現せ、女狐」

「あ…キツネなの?」

 ようやく立ち上がった俺はメルキゼの傍に駆け寄る
 ついでにその背の後ろに回って盾になってもらったりして…

「素直に変化を解け、女狐
 そうすれば命までは取らないから」

 メルキゼがそう言うと、キツネは微かに身を震わせて―――
 彼の言う通りの獣の姿になった

「…これって…この世界のキツネなの…?」

 見た感じはキツネに似ている
 しかし北海道にいるキタキツネとはやっぱりちょっと違っていた

 色形はそっくりだが、背中には羽が生えている
 そして尻尾も普通のキツネのものよりも長い

「この尾の形からしてメスのキツネだ
 人を化かして油断させ、精気を吸い取る」


 …それは既にキツネの域を超えてます…


 俺は転がるように逃げてゆくキツネを見送りながら、静かな恐怖に震えていた







「心配したんだよ、帰ってこないから」

「すまない…キツネに化かされていた」


 お前もかい

「気配を追って進んでいると、何故か君の姿が見えて…
 不審に思いつつも後を付けて行くことにしたのだ
 そこで不覚にも相手の術中に嵌ってしまったらしい…」

「あー…お前に近付いたキツネは俺に化けてたんだ?」

「ああ、君のパターンと同じだな」

 同じなんだろうか…俺の場合は貞操の危機だったんだけど
 メルキゼは俺に化けたキツネに何か変なことをされたりしなかったんだろうか…?

「なぁ、その化けたキツネさぁ…
 お前に対して妙に積極的だったりしなかった?」

「……う…まぁ…多少は……」

 メルキゼは言葉に詰まって宙を見ている
 その顔が赤く染まっているところを見ると―――本当に俺と同じ状況だったのかも知れない

 これは是非とも事細やかに聞き出さねばっ!!
 うん、これもトレーニングの一環だよな…趣味も兼ねてるけど

 今夜は楽しいことになりそうだ、と一人ほくそ笑む俺だった



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