「…なぁ、お前リャンといつの間に知り合ってたんだ?」

「旅に出る数日前に菜園で一度逢っただけだ
 親しい関係ではない…むしろ敵対関係にある」

 …何で一度会っただけの相手と敵対できるんだ…?
 言われてみれば確かにリャンもメルキゼに対して挑戦的な態度だったかも知れないが

「一体、何に対して敵対してるんだ…何か理由があるんだろう?
 お前は余程の事が無い限り人と争うような奴じゃないと思ってるし」

 ずっと孤独に耐えてきたメルキゼである
 一人でも多くの知り合いが欲しいに決まっている
 そんな彼が人と―――しかも女性と敵対するなんて、絶対に何かある筈だ

「メルキゼ、一人で抱え込むこと無いんだぞ
 俺とお前の仲なんだし、遠慮なく相談してくれよ
 たまにはメルキゼの力にもならせて欲しいんだ」

「…カーマイン…」

「うん?」




「――――すまないっ!!」

 がばっ

「――うわぁっ!?」

 いきなり土下座されて思わず悲鳴をあげる俺
 何で―――って、それよりも…この世界でも謝る時には土下座するんだなぁ…
 驚きの気持ちと、今はどうでもいい感動が交差する

「と、とりあえず頭を上げろ、な?
 それから何で俺に謝るのかも詳しく説明してくれよ
 えーっと…じゃあ、とりあえずリャンと争う事になった原因から教えて」

「……何と説明すれば良いものか……」

 あぁ、なんか泣きそうな顔になってるし…
 そんな複雑な事情なのだろうか
 まぁメルキゼのことだから相当な事情があるのだろうが…

「…そうだな…まず私とリャンティーアの関係だが…
 厳密に言えば敵対というよりは恋敵という関係にあるらしい」

「恋敵――…恋敵!?
 ってお前、恋人作らないとか言ってなかったか!?」

「…そうなのだが…」

 何とも歯切れが悪い
 嘘をついていたという罪悪感からだろうか
 でもそんな人間らしい彼の姿に、安堵感が沸いてくる




「そっかぁ…お前にも好きな人がいたんだなぁ…
 しかも争ってまでだなんて…格好良いなお前、男らしいよ
 やっぱり好きな人がいるんなら頑張ってモノにしなきゃな?
 俺も応援するよ―――あ、力になれることがあったら何でも言ってくれな」

 他人を拒絶するような言動のあるメルキゼに想い人がいる
 その事実に彼の人間性が救われているような気がした
 これは何が何でもその恋を成就して、幸せな生活を営んで貰わなければ!!

「それで、その人って誰?
 森に入ってきた村の娘かな?」

「……それは……その………」

 メルキゼの顔色は赤くなったり青くなったりを繰り返している
 人に言えないような人物なのだろうか…
 公には言えない恋―――人妻か、それとも幼い女児…もしくは熟し過ぎた熟女…?
 いやこの際誰でもいい、メルキゼが人を愛することが出来る人間だとわかっただけで充分だ

「―――誰が相手でもいいや、とにかく俺は全面的に協力するからな」

「…え…いや…別に…」

「ああほら、お前は気が弱いんだよな〜
 そんなんじゃ実る恋も実らないって!!
 ―――よし、じゃあまずは体質改善から始めよう!!」

「は?」


「まずはその恥ずかしがり屋を何とかするよ
 人前で靴も脱げないようじゃ女性と付き合っても恥かくからな
 よーし…俺がお前を男≠ノしてやるからな、安心して任せてくれ!!」

 ぐぐっと握りこぶしを掲げ、使命感に燃えるカーマイン
 そんなカーマインを前にどこまでも気の弱いメルキゼは―――ただ青くなっていた

 それでもリャンと自分がカーマインを奪い合っているという事だけは絶対に知られたくない
 何がなんでも絶対に知られたくないのだ
 だって―――シャレにならないではないか

 オカマ格好をした自分が、そっち方面の趣味があると思われても仕方が無い
 むしろ彼の場合『別にいいんじゃないか?』くらいの発言は余裕でするだろう

 しかしそれはあくまで第三者の男に惚れた場合だ
 いくらカーマインでも自分がその対称だと聞かせられれば―――当然ながら逃げるだろう
 メルキゼにとってカーマインは掛け替えの無い存在だ
 彼に嫌われたり避けられる事だけは絶対に避けたい




 本当は正直に彼女との経緯を話してしまえばいいだけのことだ
 しかし口下手なメルキゼには巧く説明できる自信が無かった
 それに自分が女に間違われたことも恥ずかしくて口に出来ない
 そして何より、リャンティーアがカーマインを想っているということを教えたくなかった

 カーマインは優しいから…彼女からの想いを受け入れてしまうかもしれない…
 そのことがメルキゼの何よりの恐怖だった
 今の彼は自分しか頼る相手がいない―――だから自分と共に行動してくれている
 しかし、もしも他にも頼りになる相手が出来て選択肢が増えたとしたら…?

 カーマインが同行者として彼女を選ぶ可能性は極めて高いだろう
 どうせなら面白みも無いゴツい大男よりも、可愛らしい少女を選ぶ筈だ
 リャンティーアはカーマインのことを愛しているし、きっと二人は楽しく旅を続けることだろう

 …しかし、残された自分は……?
 心に鍵をかけることで孤独に耐えてきた数十年間
 寂しさに凍え切ったその心に、カーマインの存在はあまりにも暖かかった


 一度溶かされた心はもう元には戻らない
 再び孤独に襲われた時にはもう耐えられない
 そしてそんな自分を待ち受けるのは―――破滅のみ

 きっと彼を失えば自分は狂うだろう…そんな確信があった

 カーマインの為なら何だってしてやりたい
 彼が大切なのだ、世界中の何よりも
 決して手放したくない―――しかし…

 彼は元の世界に戻ることを望んでいる
 住む世界が違ってしまえばもう逢う事も出来ない
 しかし彼が帰る手段を求める旅を手引きしているのは紛れもない自分だ

 彼を手放したくない、けれど彼の為に元の世界に戻してやりたい
 矛盾した二つの感情が声にならない悲鳴をあげて泣いていた
 この旅は大切な人を失い、己の破滅へ続く諸刃の旅だった

 それでもメルキゼはカーマインの為に旅を続ける
 全ては大切な人の笑顔が見たいから…そんな純粋な想いからだった


 しかし、いつからだろう…
 苦しみに歪むその心に黒く小さな染みが出来たのは
 そしてその染みは日増しに少しずつ広がってゆく
 自分の心が完全に黒く染まった時―――自分は彼に何をしてしまうのだろう



 その疑問に答えてくれる者は、誰もいなかった



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