「あー…さっぱりした…」


 水浴びを終えた俺は、濡れた髪を拭きながら腰を下ろした
 ひんやりとした空気が季節がもう秋なのだと教えてくれる
 高く遠い空を、蝶なのかトンボなのか判断不可能な虫が横切った

「そろそろ夜も冷えてくる時期だから、暖かくしたほうが良い」

 メルキゼは俺の背にマントをかけると湯気を立てているスープを手渡してくれた
 ふわりと汗のにおいが鼻腔をかすめる

「…お前も水浴びして来いって」

「い、いや私は―――日が落ちてから…」

 厳密に言えば俺が熟睡してから、だろう
 しかしまだ夜になるには時間があり過ぎる

「…俺さ、ちょっと昼寝してるから
 その間に体洗ってれば良いだろ?」

 俺はスープを飲み干すと、ごろりと横になる
 メルキゼは几帳面な上に綺麗好きだ
 やっぱり一刻も早く汗も洗い流したいだろう

「…ほら、これで何も見えないし聞こえないからさ…終わったら起こしてくれな」

 俺は頭からマントをかぶると、行って来いと手を振って促した
 メルキゼは少し躊躇していた―――が、少したった後、恐る恐る湖に向かったらしい
 圧手のマントをかぶっているため、本当に物音が聞こえにくい
 けれど微かに服を脱いでいるような衣擦れの音を感じた

 ―――ちょっとドキドキ……
 視覚的には見えないせいか、想像が物凄く膨らむ
 別に男の裸に興味は無いけれど隠されているものは見たくなるというのが人間の心理だ

 …でもここで覗き見したら信頼関係が崩れるだろうな…
 悪戯心を必死で押さえ込みつつ瞳を閉じる俺であった



 本気で昼寝をしてしまったらしい
 俺がメルキゼに起こされたのは周囲が薄暗くなってからだった

「あ〜良く寝た…あれからどの位経ったんだ?」

「日が落ちるのが早くなっているだけだから、それ程経ってはいない」

 …そういえばもう秋なんだった…
 まだ葉は色付いていないけれど、それもあと僅かだろう

 しみじみと過ぎ行く季節に思いを馳せていた時だった




「―――みつけたぁっ!!」

 風情も何も見事に吹き飛ぶかのような甲高い声が秋の空に響く
 この声…聞き覚えがある
 俺は思わず額を押さえた


「ちょっと、あんたたち!!
 何で勝手に旅行なんか行っちゃうの!?
 探し出すのに一苦労しちゃったじゃないの」

 不平不満を述べながら駆け寄ってきたのは、やっぱり魔女のリャンだった
 丁寧に巻かれた赤毛がバネのように弾む

「り、リャン…何でここに?」

「ちょっとヤボ用が出来ちゃって悠長に森に行けなくなっちゃって…
 その事を伝えに行ったのに何日経っても家に帰ってこなかったでしょ
 だからちょっと探しに―――あぁ、そうだったわ…これ受け取って頂戴」

 リャンが俺に手渡したのは色取り取りの液体が入った小瓶だった
 見るからに何かの劇薬っぽい感じがする

「しばらくの間、逢えそうに無いから大サービスしてあげたわよ
 このリャンティーア様の自信作、特製ポーションよ、有難く使いなさい」

 ポーション…って、何に使うんだろう…
 小瓶をひとつ、手にとって見るとラベルが張ってあるのに気がついた

「えーっと…爆破ポーション=\―…って、爆破!?」

「この瓶ごと敵に投げつけるのよ
 瓶が割れる際の火花で引火して爆発を起こすの
 これは強力だから非力な人間でも充分応戦できるわ」

 物騒なものを、どうもありがとう
 出来れば一生使わずに過ごしたいものだ

「これは煙幕…空気に触れると煙が出るから目眩ましとして使えるわ
 それでこっちの瓶は疲労回復の栄養剤…ハチミツが入ってるから飲みやすいのよ」

「そ、そうか…わざわざ、ありがとな…」

「いいのよ、アタシの実力を見せ付けたかっただけですもの
 それに当分戻って来れそうにないから…この辺でポイント稼いでおかないとね」

 …ポイント…?
 まぁいいや、魔女なりの何かがあるんだろう




「それで野暮用って何なんだ?」

「本当は魔女だけの機密情報だけど…まぁ人間に言ったところで特に問題も無いわね
 いいわ、教えてあげる―――ここからかなり離れた偏狭の島国でね、戦争があるのよ」

 …どの世界でも、どの時代にでも、やっぱり戦争はなくならないものなのだろうか
 豊かな自然が広がるこの世界にも戦火が広がってしまうのだろうか―――

「何で戦争なんか…俺、戦争反対派なんだけど」

「アタシだって戦争だなんて面倒なものしたくないわ
 でもね、これは大魔女・カーン様の命令なのよ
 偏狭の島国―――…ディサ国っていう所なんだけれどね
 その国を治めるカイザルの馬鹿王子の部下が急速に力を付けてるみたいなのよ」

 ディサ国のカイザル王子―――何かいかにもファンタジー世界だ
 やっぱり巨大な城が聳え立っていたりするのだろうか


「今回の戦争の目的はカイザル王子の部下、セイレーンの末裔を葬ることよ
 今までは魔法で生み出したモンスターを送り込むだけだったのだけれど…
 何か思うような成果が出なくて…カーン様も相当ストレスが溜まってるらしいわ
 だから今回は炎の属性を持つ魔女を募って軍隊を作ることにしたんですって
 話によるとセイレーンは水属性だから、アタシが持つような火の属性に弱いらしいわ」

「王子の部下…って、王子自身の命は狙わないのか?」

「カイザル王子は女王陛下の呪いによって、あと数年の命よ
 馬鹿王子と言えども最上級悪魔…一介の魔女が命を奪うのは難しいのよね
 私たちに出来ることは、せいぜい戦力を持たせないためにモンスターを送り込むくらいよ」


「じゃあ今回の戦争も、王子の戦力を削ぐ為に強い部下を倒すのが目的なんだ」

「まぁ、そういうことね…魔女部隊は10人の火属性魔女で形成されてるわ
 けれどディサ国の主戦力となるのは王子と側近のリノライ、そしてセイレーンの三人よ
 だから圧倒的にこっちが優勢なのよ…まず負けることは無いから心配しなくていいわよ

 それにね、こっちには最終兵器とも呼べる魔女がいるのよ
 あまりに凶悪な性格の持ち主だった為に火山に封じられてる魔女よ
 力だけならカーン様を超えるらしいわ…そのかわり頭は悪いらしいけどね

 まぁ、どちらにしろターゲットは一人だけだし、敵の首を取ったらすぐに帰ってきてあげるわ
 メル、アンタもせいぜいその間に足掻いているといいわ…一時休戦ってことにしておいてあげるから!!」


 びしっとメルキゼを指差すリャン
 ―――って、知り合いだったのか…!?

「…メルキゼ…?」

 ちらりと彼の顔を覗き込む
 しかしメルキゼは明らかに引きつった笑みを浮かべるだけだった



「ふぅ…言いたいことは全て言ったわ
 それじゃアタシはそろそろ行くわ…ごきげんよう!!」


 高らかに笑うリャンは、どこか嬉しそうだった
 これから人一人の命を奪いに行くというのに、随分と余裕の表情だ
 魔女にとって殺人は罪ではないのだろうか


 足取りも軽く去っていったリャンの背を見つめつつ、俺は胸に不快なものを感じた



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