「これって何の生物なの?」


 俺は見慣れない生物の姿に思わず足を止めた
 ネズミのようなウサギのような変わった動物だ
 大きさはリスくらいだろうか―――手の平に乗りそうなコンパクトサイズ

「名は知らないが、森の中でもよく見かけていた
 鳴き声が少し特殊で…ためしに聞いてみるか?」

 愛くるしい小動物が鳴く様は、さぞ心温まるだろう
 それにどんな声を出すのか興味があった

「ちょっと聞いてみたいかも…」

「わかった」

 メルキゼはその動物の鼻先を軽く突く
 その動物は目を細めて彼の指にじゃれ付いた
 想像以上に可愛らしい姿にその場が和む
 そしてその動物は甘えるように口を開くと―――


「ごぼぁ――――……」



 ………何、今の……

 ものすっごく変な鳴き声
 例えるなら怪獣のあくびのような―――

「変わった声で鳴くだろう?」

 変わってるっていうか…何ていうか…凄く変なんですけど
 メルキゼの手に擦り寄って、小動物はなおも野太い声を上げる

「ごばぁ――ごば―――……」

 これは…可愛い…のか?
 何か微妙になってきた

「…もう充分だよ…行こうか」

 なんか力が抜けてくる
 聞き様によっては排水溝が逆流する音にも聞こえるし…

 俺たちは小動物に背をむけ、先を急ぐことにした
 ちなみにしばらくの間、俺たちの耳に奴の鳴き声が残っていた事をここに述べておく










 それから数時間後―――……
 抜ける様に青い空は、いつの間にか茜色に染まり始めている

「…疲れた…」

 時折休憩を挟みながらも、殆ど歩き通しだ
 全身から滝のような汗が流れ落ち、足は棒のようになって疲れ果てていた

「向こうに小さな川が見える
 今日はそこで野宿することにしよう」

 野宿か…まぁ宿屋どころか家一軒すら無いから当然なんだけど
 でもちょっとトラウマがあるな…さすがにイノシシやシカはいないと思うけど…

「太めの枯れ枝があれば拾っておいてくれ
 出来るだけ大量が好ましい…火を熾すのに必要だから」

「メルキゼは?」

「食料を調達してくる」

 何処から何を調達してくるつもりなんだろう…
 虫とか捕まえてくるのは、頼むから止めてくれよな?
 芋虫とかミミズを出されても絶対食わないぞ――ついでにカエルも二度と食うもんか

 メルキゼは迷わず川辺へ向かった
 川って事は魚でも獲るのだろうか―――でも釣り道具も無いし…
 やっぱり川底の石の裏に住み着いてる虫に決定?

 ああ…でもメルキゼならたとえ昆虫が材料でも豪華ディナー並の味に作りそうだ
 彼の調理の腕前は数日間彼と過ごした中で、すっかり身に染み渡っている
 味さえ良ければ素材が虫でも―――…でも毒があったらどうしよう……

 嫌な想像がどんどん湧き上がって来る
 気分を誤魔化そうと必死になって枝を集めていたら、いつの間にか何かの巣の様になっていた
 …ちょっと集め過ぎたかな…でも一晩中燃やし続けるんだったらこのくらい必要かも……

 薪が多いに越したことは無いだろう
 そう結論付けると、俺は木が燃えやすいように組み立てた



「―――随分と沢山集めてくれたのだな…ありがとう」

「あ、おかえり…でも俺、火はつけれないから――後は任せるね」

 メルキゼは黙って頷くと、薪の前でごそごそと作業を始める
 その周囲には彼が川辺から獲ってきたと思われる物が固めて置いてあった
 キノコと木の実、それと根元が大根のように膨らんだ草―――ここまでは良い
 しかし―――

「ねぇ…この卵って何処から持ってきたの…?」

 ニワトリの物と比べると、かなり大きな卵だ
 小振りのカボチャの様な卵がふたつ、草の上に転がっている

「川岸に巣を見つけて…沢山あったので少しだけ貰ってきた」

 …何の卵なんだろう…
 鳥の物だったら食べられそうな気もするけど最悪の場合、爬虫類という可能性もある
 いや、大きさからいってその可能性の方が大きいような…

「メルキゼ、この卵って…何の生物の卵かわかってる…?」

「花精鳥の卵だ」

 聞いた事の無い鳥の名前だ
 けれど、きっと名前の通り花の精のような綺麗な鳥なのだろう
 世界が違うのだから知らない名前が出てきても不思議じゃないし
 ――とりあえず鳥の卵だという事がわかっただけでもいいかな……

 ちょっと安心した俺は、メルキゼが調理した卵を食べる事にした
 いつの間にか燃え盛っていた焚き火の炎で、メルキゼは器用に食材を焼いてゆく
 メルキゼデク・炎の料理人―――思わずそんな言葉が脳裏に浮かんでみたり…



 無事に夕食を終え、眠る支度も完了した俺たちは、のんびりと夜空を眺めていた

「でも…本当に歩いてばっかりなんだな〜旅って…」

 延々と終わりの無いハイキングに出かけてしまったような気分だ
 見渡す限りの大自然は民家どころか電気すら通ってない
 その点から言えばキャンプ場と大して変わらないような気もした

 世界は違っていても、夜空に瞬く星は変わらない
 星座はわからないものになっていたけれど、やっぱりこの世界もひとつの星なのだ
 この空で輝く星のうちのどれかが俺が住んでいた星なのだろうか―――

「……カーマイン、疲れた?」

 物思いに耽っている姿を、疲労していると思われたらしい
 実際物凄く疲れているから否定はしないけど―――

「眠ったほうが良い、明日も歩き通しだから」

 そうだった…この旅は目的地にたどり着くまで終わらない
 ひたすらに歩き続けるしかないんだ
 初日からこんな調子じゃあ、いつまで経っても帰れない

「じゃあ寝るけど―――メルキゼは?」

「私も、もう少ししたら眠る
 敵が近付いて来ても音や気配でわかる…安心してくれ」

 メルキゼがそう言うのなら大丈夫なのだろう
 彼の聴力なら化け物が近付いて来てもすぐに察知して逃げられる
 それにキャンプの時と違って、孤独ではないという事実が安心感をもたらしてくれた

「……おやすみ」


 暖かい布団も毛布も無いけれど、想像以上に快適な眠りが訪れそうだった

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