見渡す限りの大平原
 十勝平野も真っ青の広さだ


「…これさぁ…方角わかるの?」

 これと言って特徴のある物は何も無い
 家どころか立て札すら立っていない、まっさらな平野
 さあ迷えと言わんばかりの殺風景さだった

「メルキゼさぁ…方位磁石とか持ってる?」

「持っていない」

 ………。
 ごめん、俺…森に帰っていいかな?
 初っ端から遭難しそうなんだけど……

「心配するな、私に任せてくれ」

「そ、その自信は何処から…?
 根拠に基づいての事なんだろうね…?」

「方角くらい身体で感じる事が出来る」

 …要するにってやつですか?
 何となくこっち、ていうノリで進んでいくんですか――っ!?



「…メルキゼ…物凄く不安なんだけど」

「案ずるな、私は森でも迷ったことは無かった」

 それは長年住んでいたからじゃないのか…?
 それとも野生の勘でも培っているのだろうか…

「さあ、こっちの方向へ進めばいい
 カーマインは何の心配も要らない…私が護るから」

「…迷ったら責任とってよ…?」

「ああ、任せておいてくれ――迷うことは無いと思うが」

 そのメルキゼらしからぬ自信満々さが余計に不安なんだけど……
 まぁいいや、どうせメルキゼがいなきゃ俺は何も出来ないんだ
 全てをメルキゼに任せておこう…その方が楽だし責任取らなくていいし



「それじゃあ、さくっと行っちゃおうか」

「そうだな―――香を焚いてみるか?」

「モンスター避けの香りとかいうやつだったっけ?
 でもこんなに広くて見通しの良い所なら敵がいたらすぐ気付くんじゃないかな?」

 それに店も店員も危なそうだったし……効くかどうかわからない
 逆に敵が寄ってくるというオチが潜んでいないという保証も無いし……

「そうか、それなら今は焚かないでおく」

 メルキゼは御香をしまうと、だだっ広い平原を勘を頼りに歩き出す
 仕方が無い、ここはメルキゼの獣の勘に任せよう……
 俺は開き直ると、メルキゼの後に続いた




 それから3時間後―――


「……カーマイン、大丈夫か?」

 メルキゼは心配そう声で俺の名を呼ぶ
 けれど、その優しさが今の俺には辛かった

「…ご、ごめん…運動不足で……」

 俺は完全にバテていた
 3時間も休み無しで歩き続けるなんて事、滅多にあるもんじゃない
 ただでさえ運動不足の身にはかなりの重労働だった

 ちなみにメルキゼは汗一つかいていない
 それどころか旅に必要な荷物は全て彼が持っているのだ

 ……何か、同じ男として情けなくなってくる……


「う〜…膝が笑ってる…
 何か足の裏が痛い〜…」

 履き慣れたスニーカーを履いていても、長時間の徒歩は辛い
 両足は無残にも潰れた水膨れが血を滲ませている
 心臓が足元に移動したかのように激しく脈打ち、痛みを訴えていた

「本当に足手纏いになっちゃった…ごめん……」

 血を流す足は痛くても擦る事すら出来ない
 それに荷物には傷薬どころか絆創膏も入っていない筈だ
 冷やしたくてもこんな平原の中では氷すらない


「…痛いよぉ…でも歩かなきゃ…うう…」

「無理は良くない、私に見せてみろ」

 大丈夫、と強がりを言う余裕すらないのが悲しい
 少し離れて見守っていたメルキゼがそっと近付く
 白い指が痛む足に触れて、俺は思わず身を引いた

 ―――熱い……!?

 痛みよりも予想だにしなかった熱に驚く
 熱を持った俺の足よりも、更にメルキゼの手は熱かった
 今まで殆ど彼に触れたことは無かったが―――そういえば体温はいつも高めだった様な気がする

 しかし、今のメルキゼの指の熱さは尋常ではない
 微かに震えているような気もするし、まさか―――

「…メルキゼ、お前――熱があるんじゃ……?」

「少し…緊張しているだけ…君の素肌に触れているから…
 具合が悪いわけではないから、カーマインが心配することはない」

 それはそれで、別の意味で心配なんですけど…
 頼むから、いい歳した男が同性の足を触って緊張なんかしないでくれ

「…カーマインの足…」

 ―――って、その呟きは何!?
 今のは、さらりと聞き流しても良いものなのか!?
 それと、頬染めて恥じらいながら俺の足を触るな―――恐いから…!!

「あの…メルキゼ?」

「…多少血が出ているが、これくらいの傷なら撫ぜていればすぐに治る」

 すぐに治るって言われても―――数日は掛かるよ……
 いやそれよりも、頼むから撫ぜないでくれ
 足の痛みよりも撫ぜられている感触の方が気になってしょうがない

「メルキゼ、お前の手…何か物凄く熱いんだけど…」

「効いている証拠だから心配しなくて良い
 こうして患部に触れる事で治癒力が高まる」

 それってタッチセラピーとかいうやつだろうか
 確か人肌の温もりが精神的に作用して…とかいうやつだった様な気がする
 でも医療的な知識なんて学んでないから正直よくわからない

「私はこの方法で怪我を治している
 捻挫も骨折も、こうしていれば治るから」

 いや、捻挫は暖めるより冷やそうよ
 ―――って、骨折はいくら何でも無理だろ!!

「メルキゼ、骨折は撫ぜてるだけじゃ治らないよ」

「意外と撫ぜているうちに治るものだが…
 君の怪我だって―――ほら、もう完治している」

「え?」

 メルキゼの指が離れると、すーっと足から熱が引いてゆく
 その熱と共に、足を苛んでいた痛みも消えていた
 水膨れのあった患部は古い皮膚が剥がれ落ち、既に新たな皮膚がしっかりと組織されている
 つるつるとした感触…さっきまで血が出ていたなんて思えない

「……何で……?」

「撫ぜていれば大抵の怪我は治る」

 だからって、瞬間的に治るわけ無いだろ!?
 水膨れなんて、ここまで完治するのに一週間はかかるというのに―――

「……メルキゼって魔法使い?」

「魔法というより…特技のようなものだ
 魔法の呪文を唱えているわけでもないから」

 さすがはファンタジー世界
 そうだよなー恐竜が出てきたり魔女が出てきたり、頭に猫耳が生えてたりする世界だもんなー…
 怪我を瞬間的に治す特技を持った人間がいても不思議じゃないんだろうね、きっと……

「そっか…だから傷薬とかは買わなかったんだね」

「ああ、しかし病気や毒の治療は出来ないから…私もまだ未熟だな」

「怪我が治せるだけで充分だって!!
 それにしても凄いなぁ…格好良い……!!」

 純粋に尊敬してしまう
 この特技が日本にもあればどんなに良いだろう
 第一印象からして普通の人間じゃないと思っていたけど…こんな凄い特技があったなんて…!!

「頼りになるなぁ…」

 さすがファンタジー世界、何でもありだ
 俺は目の前で起きた奇跡体験に感動しつつ、再び旅路を急ぐことにした



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