「それなりの額になった」


 メルキゼは硬貨の入った袋を揺らしながら戻ってくる
 じゃらじゃらと硬質な音が静かな村に響いた


「でも、本当に売っちゃって良かったのか?
 親父さんとの思い出もいっぱい詰まってるんだろう?」

 村に着くなり、メルキゼは持っていたドレスを売り払ってしまったのだ

「今着ているのがあるから…一着さえあれば良い
 …しかし思ったより高価なものだったらしい
 予想の倍額以上で売れて…これならブローチを売らずに済みそうだ」

 微かに顔が綻んでいる様に見える
 ブローチを売らずに済んだことが嬉しかったらしい

「そのブローチって何か特別なものなの?」

「父の話によると、母親が私に与えてくれた物らしい
 私は母親の顔を覚えていないから…このブローチを母親のように思っている」

「―――って、そんな大切なもの売るつもりだったのか!?」

 メルキゼにとって母親との唯一の繋がりである品だ
 母親の顔を覚えていないというなら尚更大切にしているだろう
 そんな貴重なものを売るだなんて―――信じられない



「お前なぁ、赤の他人の為にそこまですること無いだろ…」

 頭が痛くなってくる
 俺のためにそこまでしてくれるのは嬉しい
 けれど、いくら何でも限度があるだろう

「メルキゼ、そのブローチだけは絶対に売るの禁止だからな……」

 ドスの利いた声で釘を刺しておく
 好意も度を越せば、相手にとって負担となる場合もあるのだ
 命を救ってもらい、そして旅のナビゲーターをしてもらってるだけで充分だ
 そのうえ更に財産や宝物を売り飛ばしさせたのではあまりにも寝覚めが悪い



「…ったく…冷や汗かいたよ…」

「すまない…だが、路銀が多いに越したことは無い
 路銀を惜しんで命を失うのだけは避けなければならない」

「そんなにお金が掛かるものなの?」

「消耗品費用だけでなく、宿代も船代も必要だから」

 そういえば船に乗るのっていくら掛かるんだろう…
 宿の相場もわからない
 日本のホテルでは一泊数万円は必要だが…

 何より恐いのは、自分たちが一体どの位の資金を持っているのかわからないことだろう
 この世界は紙幣ではなく硬貨だ
 手元にあるのは金貨、銀貨、銅貨の三種類だが、俺には五円玉、百円玉、十円玉に感じる
 ―――だめだ、日本円に換算すると一万円に満たない……
 この世界の十円玉は日本では何円くらいの価値があるんだろう

 布を買ったときの金額を考えれば―――でも日本で布なんか買ったこと無いし
 参考にならない…布って日本では何円くらいで売ってるものなんだろう……

 メルキゼが買い物をするのを見ていれば何となくわかるだろうか



「これから買い物するんだよね?」

「ああ、雑貨屋に行く」

 メルキゼが指差した所は、いかにも寂れた村の雑貨屋といった感じの店だった
 ヒビの入った土壁に崩れかけた屋根、ペンキのはげた店の看板―――かなり年季がこもっている
 そして、いかにもバイトって感じの、その場にそぐわない若い娘が百万ドルの笑顔を浮かべていた
 物凄く妖しい雰囲気である…なんか胡散臭い

「……本当にあの店に行くのかい?」

「この村の雑貨屋は、あの店しかない」

 選択の余地は無いってことだ
 俺は賞味期限が黒く塗り潰されていない事を祈りながら店へ入った



「いらっしゃいま〜せ〜」

 ここはファーストフード店かよ…って思わず突っ込みたくなるような挨拶で出迎えてくれる店員
 頭のてっぺんから抜けるような高い声と営業用スマイルはどの世界でも共通らしい

「すまないが、毒消し用の血清剤を貰えるか」

「は〜い、只今……お客様は旅のお方ですか〜?
 ご一緒に御香は如何でございますかぁ〜?
 この御香を焚くとモンスターの苦手な香りを発するので危険な旅のお供に最適で〜す」

 まるでポテトを勧められているようなノリだ

「ほう、モンスターとの遭遇率を下げられるのか
 信憑性は薄いが試してみる価値はあるか…少し貰おう」

「そうだね、また恐竜みたいなのが出てきたら恐いし」

「お買い上げ有難うございま〜す!!
 活発に動いても長持ちな昼用と、多い日でも安心な夜用がございますが〜?」

 そのキャッチフレーズは止めろ
 ちょっと男には買いにくいものを感じるじゃなか―――!!
 やっぱりこの店、変だ…物凄く変だ―――っ!!

「昼用と夜用を2つずつ貰おうか」

 …普通に買ってるし…
 メルキゼ、お前本当に逞しいね
 それとも知らないだけかい…?

「夜になると意思を持って歌い出す人形もございますが〜?」

 それ、呪われてるんじゃないの…?
 店員が勧めるその人形は、明らかに危険なオーラを放っている










「他にも老婆の笑い声の聞こえてくる壺や、いつの間にか血に濡れているナイフなどがございま〜す」

 だから、絶対に呪われてるって…憑かれてるってそれ……!!
 恐いよ…やっぱり恐いよこの店―――っ!!
 何よりも恐いのは、そんな物を笑顔で売ってくるこの店員さんだよ―――っ!!

「今のところ必要性は感じられない」

 お前も普通にコメントするなよ…って、必要性を感じれば買うのか!?

「それでは血清剤と御香で銅貨3枚になりま〜す」

 30円…なわけないよな
 薬の値段ってどの位するんだろう…御香の値段なんかもっとわかんないし…
 結局、あまり参考にはならなかったなぁ…


 ちょっと残念に思いつつ、俺たちは妖しい店を後にした


「…き、緊張した…」

 店を出るなり、メルキゼは力無く座り込む
 あ〜そういえば人と話すのに慣れてないんだっけ…

「でも、普通に話してたじゃないか」

「足が震えていた…それに緊張で頭の中が真っ白だった」

 だからあの店を妖しいと思わなかったのか…そんな余裕も無かったんだな
 これから店に入る度にメルキゼは強度の緊張状態に陥るのだろうか――前途多難だ

「……だんだん慣れていくから大丈夫だって」

「そ、そうだろうか…」

 慣れてもらわなきゃ困る
 そうじゃないと―――俺が恐い
 あんな店に一人で入る勇気は俺には無いのだから


 頑張れメルキゼ、俺の為に

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