「…メルキゼ、何かあったのか?」

 家に戻ってきたメルキゼは、何かが違っていた
 何がどう違うのか、はっきりとはわからないが明らかに何かが違う

「機嫌悪くするような事言ったかな?」

「そ、そんな事は無い」

 けれど、やっぱりメルキゼの様子はおかしかった
 言葉少なめに昼食を終えると、俺から逃げるように作りかけの服に向かってしまった
 俺はメルキゼが採ってきた果実を乾燥させながら、心当たりを探す

 ―――家を出る前は普通だったよな…?
 ってことは外で何か―――あ、もしかして――――……!?

「メルキゼ、もしかして外で誰かに会った…?」

「……ま、まぁ…そのようなものだ」

 メルキゼの顔が強張る
 予想的中だったようだ

「それで、今度は何に間違えられたんだ?
 コスプレマニアなオカマ? それとも妖怪猫娘?」

「…………想像に任せる」

 恋人に間違えられました、なんて絶対言えない
 更に争奪戦にまで発展しちゃいました―――なんて事は口が裂けても言う訳にいかない
 メルキゼは引き攣った表情で茶を濁すことに全力を注いでいた

「まぁ、それじゃあ機嫌が悪いのもわかるなぁ…
 古傷に触るのも悪いし、この話はもう止めとくよ

「…それはどうも…」

 静かに裁縫道具を操りながら、内心冷や汗だらけのメルキゼであった



「そういえば、どんな服作ってんの?」

 彼自身のデザインセンスも、ちょっと気になるところである
 せっかく似合わないドレスから開放されても、ダサい服を着てしまっては意味が無い

「あまり時間も無いから、上に羽織れるローブを作っている
 様はドレスが外から見えなければ良いのだからな、カムフラージュだ」

「えっ…普通の服作んないの!?」

 脱・ドレス成らず…?
 まぁ確かにドレスを着ているように見えなければ良いんだけど…

「もうすぐ冬が来るだろう?
 このドレスは布をふんだんに使っているから保温力があるのだ
 冬が明けるまではこの服装でいたほうが良いだろうと思ってな…」

 確かにこのドレスはとても暖かそうだ
 薄い生地で作った男物の服を着て凍えるよりは厚い生地のドレスの方が安全だろう

「それに寒くなる前に旅立った方が良い
 服一式を縫い上げていてはすぐに冬が来てしまう
 今作っているローブが完成次第旅に出ようと思っている」

 メルキゼは料理や掃除に比べて、あまり裁縫が得意ではない
 当然ながら俺なんかよりはずっと上手なのだけれど……
 でもやっぱり服なんて作ったことが無いから時間がかかってしまうのだ



「どんなデザイン?」

「いや…デザインに凝っている時間は無い
 とりあえず着れる形にだけはしようと思っている
 ほら、もう殆ど形は出来ているだろう? あとは縫い合わせるだけ―――」

「せっかく作るんだから、男らしいデザインにしようよ
 ほら、厳つい装飾をつけるだけでも違ってくると思うし」

 せっかくファンタジーな世界なんだから日本では在り得ないデザインでも問題ない
 鉄のプレートをつけて鎧っぽくしてもいいし、ショルダーガードをつけると格好良いかも知れない
 ローブなら赤や青の珠をつければ魔法使いっぽくなって面白いだろう

「何かこう…不思議な力がありそうな石とか無いの?
 ファンタジーっぽくアミュレットとかタリスマンとかいう名前でさ」

「ブローチならあるが…路銀が尽きたら売って金にしようと思っている」

 何か、現実的な話になってきたな……
 せっかくファンタジーなムードに酔ってたのに

「しかし、デザインか…それではこの布を使って……」

 メルキゼが手に取ったのは、キラキラと白銀に光るラメ布だった
 派手な布だけれど装飾として部分的に使うのなら特に問題は無い

 メルキゼはローブの襟元や袖口、その他の縫い目などに銀色の布を縫い付けてゆく
 ファンタジーチックなんだけど、どこかSF的なムードも漂う絶妙な仕上がりだ

「そういえば帽子とかは作らないの?」

 どうせなら猫耳も隠してしまえば良い
 そうしたら何処から見ても普通の男性だろう

「余った布を頭に巻こうと思っている」

「あぁ、ターバンってやつだね」

 インドとかエジプトとか砂漠地帯で男の人が頭に巻いているやつだ
ゲームとかだと商人とかが良く装備している



「カーマインもその格好で冬を迎えるのは辛い
 これらの布で簡易マントでも作ってみたらどうだろう?」

 ああ、迷彩柄と魚模様の布か
 自分で買っておいてなんだけど、もうちょっと考えて選ぼうよ俺……

「うーん…申し出は嬉しいけど、ちょっと布がねぇ…」

「色が気に入らないのなら染めれば良い
 青緑の色素を出す草と橙の色素を出す花があるのだが――どちらが良い?」

 迷彩柄の緑の布を青緑で染めたら少しはマシだろうか……
 運が良ければ柄も目立たなくなってくれそうだし

「じゃあ青緑のやつ」

「わかった、それでは―――」

 メルキゼはごそごそと棚をあさると、どす黒い葉っぱを数枚持ってくる
 きっと今は黒いけれど水に浸すと青緑の色素を出すのだろう

「この葉を使って布を洗うといい
 荒い方はまず水を汲んで―――」

 手動の洗濯経験なんて無い俺は、メルキゼに指図されないと動けない
 そのことをちゃんとわかった上で事細やかに教えてくれるのが嬉しい

「洗い物をするには水と石鹸が必要で――ああ、石鹸は水をつけると泡が出て――……」

 …ちょっと事細やか過ぎるような気もするが……
 まぁ善意で説明してくれているのだから黙って聞いていよう

「石鹸は濡れるとツルツルして滑るから落とさないように
 使っているうちに小さくなってゆくが、消耗品だから驚かなくて良い
 それと毒ではないが食べるものではないから口に入れないように注意してくれ」

 間違っても食わないから安心しろ
 俺、石鹸使った事無いと思われてるんだな……


 文明国家日本国民として、ちょっと悲しいものを感じたカーマインであった


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