瓶の中にはキラキラとした乳白色の液体
 さっぱりとした清涼感のある味が特徴の、自慢の栄養ドリンクだ


「―――こんな山の中じゃ栄養も偏っちゃうわ…これで栄養補給してもらわないと……!!」

 リャンは足取りも軽く、カーマインがいるであろう家庭菜園に向かっていた
 家事は出来なくても、自慢の調合技術を見せ付けてやろうという魂胆だ
 瓶にはご丁寧にもオレンジ色の包み紙とリボンでラッピングしてある

「可愛い女の子からのプレゼント攻撃…これで鈍いカーマインもアタシを意識するわ!!
 本当はお花の一輪でも添えた方が味が出るけど、この森に咲いてる花って皆地味なのよね
 ま、いいわ…このアタシ自身の美貌に勝るお花なんてないものね――――って、あ…あらっ!?」

 リャンは菜園の目の前で足を止めた

「何よ、せっかくアタシが急いで来てあげたって言うのに…もう家に入っちゃったの?
 わざわざプレゼントまで持ってきてあげたアタシの誠意を無駄にして仕方ない人ねぇ…」

 ぶつぶつ文句を言いながら、それでも健気にカーマインを待つリャン
 カーマイン自身は迷惑しているという事を彼女は微塵も気付いていない
 恋は盲目というけれど、恋する乙女リャンはまさにその状態なのだ

「ここで待ってたら来るわよね―――って、来たかしら!?」

 木の枝を踏みつける森の中特有の足音
 リャンは物音を立てないように、そっと木の陰に隠れると息を潜めた
 ちょっと驚かせてやろう―――そんな可愛い悪戯心が湧いたのだ

 ―――しかし……



 菜園に来たのはカーマインではなかった
 リャンの位置からでは顔が良く見えないけれど、裾の長いドレスを着ていることはわかる

 ―――な、何よ…あの女≠ヘ!?
 カーマインと一体どういう関係なわけ!?
 髪の色も肌の色もカーマインとは違うし…まさか恋人なのかしら!?

 思わぬライバル(?)の出現
 情熱的な炎の魔女は、メラメラと闘志の炎を勝手に燃やし始めた

 ―――ふん…どんな女が相手だろうと受けて立ってあげるわ!!
 こんな森で生活してる田舎娘がアタシに適うわけ無いんだから……!!
 指を銜えて見ていなさい、アタシがアンタからカーマインを奪ってあげるわ!!

 リャンは勢い良くメルキゼの前に飛び出すと、お得意の高飛車口調で挑発する



「そこのアンタ、ちょっといいかしら!?」

 仁王立ちして目の前の女≠見上げる―――が…
 ―――で、でかい……でか過ぎるわっ!!
 思った異常に巨大な姿に思わず怯むリャン
 しかしそんな事で負けてなんていられない

「ふ、ふん…随分ゴツい大女ねぇ…アンタ?」

「―――あ、あの…どちら様……?」

「まぁ…嫌だわ〜!!
 何て低くて野太い声なのかしら!!
 アンタ、それで女のつもりなの〜?」

「……いや、あの―――…私は……その……」

 目の前の大女は、もごもごと口ごもっている
 ふん、これっぽっちの挑発に言葉をなくすなんて―――大したことないわ!!
 一気に攻撃してアタシとの力の差を見せてやりましょう!!

「アンタ、暗いわね〜家中が陰気臭くならない?
 大人しければ可愛いんだって勘違いしてるんじゃないの?
 考え方改めなさいよね、この勘違い大女!!」

「…………」

 ふっふっふ……返す言葉が無いようね……
 完全に押し黙っちゃったわ―――完全にアタシのペース
 …まぁ、相手が悪かったのよね
 どう見たってこの女よりアタシの方が魅力的だもの
 歳だってアタシの方が若いし、美貌だって――――……
 ――――えーっと…ま、まぁ…五分五分って事にしておいてあげても良いかしら!!


「ちょっと聞くけど、アンタってカーマインの何!?
 まぁ、アンタが彼とどういう関係だろうと実際はあまり関係ないんだけどね
 どっちにしろ彼がアタシのモノになるのは時間の問題なんですから―――ほほほ…!!」

 一気に宣戦布告を叩きつける
 ついでに調合の際に身につけていた赤い手袋を、その顔目掛けて投げつけた

 ふぅ―――ちょっとスッキリしたかしら?
 でもこの女…目障りな事極まりないわね…何とかもっと痛め付けてやれないかしら―――!!

 リャンは決定打的な一言を探して思案を巡らせる
 一方その頃、当の大女≠ヘというと―――




 ―――こ、困った…この場合、どうすれば良いのだ…っ!?


 メルキゼは大混乱を起こしていた
 普段は無表情なはずの顔が珍しく困惑の色を浮かべている
 必死に手袋を握り締めて平静を保っているつもりだが、やっぱり耳が寝てしまっていた










 それもその筈、何せ、彼女の話から察するに、何故か自分が女性だと思われているらしいのだから
 一体どんな視力をしているのだろうか―――声でわかりそうなものなのに
 今までオカマ扱いや化け猫扱いはされてきたが、性別を間違えられたのは初めてだった

 ここまで言われてしまうと、事実を告げ難い者である
 自分も彼女も互いに恥をかくだけだから―――いや、それだけではない!!

 問題は彼女がカーマインに想いを寄せているということだ
 いや、それだけならば特に問題は無いのだが、致命的なのは何故か自分が彼の恋人だと思われている事だ

 ここで自分が素直に男であると告げたら彼女はどう思うだろう
 好きな相手が女装したオカマ―――しかもコスプレ付きの変態と同居していると知ると…やっぱり悲しいだろう
 更に最悪の場合、カーマインがオカマ好きだという、とてつもない誤解を植えつけかねないのだ
 もしそんな噂が広まってしまったら―――と考えると、とてもじゃないが事実なんて告げられない

 それにオカマと同居していると思わせるくらいなら、このまま恋人を演じ切った方が精神的苦痛も少なそうだ
 彼女の勢いを考えると、彼との関係は何でもないと言った所で信じてくれそうにないだろうし……

 それ以前にメルキゼは話すのが苦手なのだ
 話し慣れていないということもあるが、そもそも自分の感情を上手く言葉で伝えられない
 だから下手に話しても話を余計に拗らせる可能性が絶大なのだ

 本人もそれを痛感しているから、結果として黙り込むしかない
 しかしメルキゼが沈黙すればする程、リャンは勢いを増して喋るのだ



「そうね―――せっかくだから名乗っておいてあげるわ
 アタシはリャンティリーア・ナーマン…情熱的な炎の魔女よ」

「私はメルキ…い、いや、メル―――だ」

 …く、苦しい…自分で言っておいて何だが、物凄く苦しい
 しかし男の名を名乗るわけにも行かない

「ふぅん…メル、ねぇ―――随分平凡な名前だこと
 一応覚えておいてあげるわ、束の間のライバルですものね
 まぁ勝負の行く先は既に見えてるけれどね―――ほほほほ…!!」

 …勝手にライバル視しないでもらいたい
 自分で撒いた種なのだと言ってしまえばそれまでだが…

 しかし言いたい放題言われておいて気持ちが良い筈が無い
 メルキゼは比較的大人しくて穏便な性格だが、だからと言って怒らないというわけではないのだ
 静かな口調と感情変化の乏しい無表情の下で、しかし着実に彼は不快な感情を積み重ねていた

 御人好しで優し過ぎる性格は、裏を返せば気が弱いとも言える
 辛辣な言葉で傷付けられても言い返すことが出来ない―――というより他人の悪口が思い付かないのだ
 他人を傷付けることを恐れ、奉仕の精神に生きる、それがメルキゼの生き方だった

 しかし、そんな彼がブチ切れた時、一体何が起こるのか――――……

 ―――とりあえず、この森に血の雨が降る事だけは確かだろう……
 別にリャンとカーマインを奪い合う気は無い
 ドレスを着ていようがリボンをつけていようが、メルキゼ自身にそっちの趣味は無い―――らしい
 しかし売り言葉に買い言葉、言いたい放題言われているのも癪に障る


「カーマインは私をこの世界で誰よりも信頼してくれている
 そして私自身もそんな彼に精一杯報いていくつもりだ
 君がいくら挑発的な行為をして来ようが、私たちの信頼関係は簡単には崩れない」

「ふぅん…随分な自信ですこと…せいぜい負け惜しみにならないように頑張ってみなさいよ
 まぁアタシと張り合うなんて無謀な事を思うんだから、相当な自信過剰家だっていうのはわかってるわ
 そのくらいの方がアタシとしても戦いがいがあって楽しめるというものよ―――潰しがいもあるしね…ほほほ!!」

 リャンは挑発的な笑みを浮かべると横目でメルキゼを睨みつける
 メルキゼも物憂げな表情をしながらも、目には強い意志に光っていた

 二人の間に第三者には見えない火花が飛び散った









 こうして、カーマインの知らないところで――知らない方が幸せだろう――不毛な恋(?)のバトルが始まったのだった


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