『ワイバーンを求めて』完結祝いにザヨの同人仲間である泉鳥殿とカズエ殿が
小説を書いて下さいました。(メールでリレー小説のようにして)←最初、何事かと思った…(笑)
 番外編というよりは後日談―――二人が旅に出た翌日の話です
 お二人にはこの場をお借りしてお礼申し上げます(笑)







 ワイバーンを求めて・後日談







 実験器具が立ち並ぶ暗くて狭い室内
 大きな壺からは絶えず煙が立ち上る

 その隠し部屋の中央で二人の男がひっそりと佇んでいた


「ふぅ……思うようには進みませんねぇ」

 リノライは口元に軽く手を当てると小さな溜め息を吐く
 小さな丸い眼鏡が微かに曇る
 連日の実験で視力をやられたのだ

 椅子に腰掛けたまま盛大に溜め息を吐くのはセイレーンのレン
 リノライに貰った杖に重心を預けボヤく

「だって材料すら買えないもん」

「そうですよね…」

 実験は順調に進んでいるかのように思われた
 しかし―――材料の不足という思わぬ壁に突き当たったのだ
 極秘に進めている実験なので表立って材料を入手できないでいるのだ
 リノライは机に肘を突くと誰にとも無く呟いた


「ったく…いい加減にしねぇとブチ切れんぜ畜生…」

 重低音
 既に人格が変わっている

「リノライさん口調が恐い…」

 恋人のレグルスと口調が似ているのにずっと恐く感じるのは何故だろう

「レン殿…今、何か聞こえましたでしょうか」

「聞かなかったことにします」

 レンは半ばリノライの言葉を遮って答えた
 背に何か寒いものを感じたからだ

「…ふふふ…」

 笑顔が恐い
 リノライは意味深な笑みを浮かべた後、話を元に戻した


「カーンの監視がある以上、物資の調達も困難です
 単独行動は命取りにもなりますし…」

 命を狙われているのはレンだ
 しかし当然リノライも監視されていることだろう
 迂闊な行動に出て、もし何か危険な目に遭えば―――

「危険を承知で旅立った彼らにも申し訳が…」

「ジュン君たちの事?
 やっぱり何か隠してたよね。無理矢理聞く事はしなかったんだけどさぁ…」

 ジュンとゴールドが旅に出たのはつい先日の事だ
 時期的にも不自然な点が多い、いきなりの旅立ち
 本人たちは何も言わなかったが、レンたも暗黙の了解として追求することは無かった

 追求することは無かったが―――――



「監視させてるから!!」


 ぐっとコブシを握り締めてガッツポーズ


「………」

 リノライは思った
 油断ならねぇ、と……







「そっか…」

 レグルスはベッドに座ってレンの話を聞いていた
 その足には補強のための包帯が巻かれている
 ギプスを外されたレグルスは連日リハビリに勤しんでいるのだ

 リハビリによって火照った身体を冷ますためだろう
 胸を大きくはだけ、ズボンを脱ぎ捨てたその姿にレンは軽く息を呑む
 そんなレンの状態にも気付かず、レグルスは言葉を続けた

「面倒臭ぇ事になってんな…でもよ、オレもそろそろ役に立てそうだぜ?」

「役に立つって…言っておくけど単独行動禁止だよ」

 レグルスの目を見て話そうと心掛けているのに、どうしても視線が胸元や脚に行ってしまう
 レンは腕を組むと無理矢理に表情を強張らせて冷静に振舞った

「大丈夫だってオレは魔力もねぇし、カーンは弱い奴は倒さねぇしな
 それによ…もう骨折も治ったしレンに世話してもらう事も」

「そうだね」

 レンはレグルスの言葉を遮った
 そろそろ平常心を保つことが難しくなってきた
 我慢できずに包帯に巻かれた足に手を伸ばす
 脹脛からつま先まで指で撫ぜ上げると愛おしい感情と独占欲が湧いてくる

「もう自由に出歩ける…俺の心配事がまたひとつ増えたんだね」

 城の中にいれば比較的安全だ
 しかし城下町には魔女・カーンがいる
 行動的な彼に外出を禁止させるのは酷だろう

 ずっとこのまま、脚が治らなければよかったのに…
 足の甲に口付けながら、そんな考えがレンの頭をよぎる

 愛おしいこの身体がまた魔女の手によって傷付けられる
 そんなのは許せない…それならばいっそ――――!!

「ねぇ…この足、もう一度折っちゃおうか…?
 片足だけじゃなくて両手足を折ってしまうのも良いかも知れない…」

 誰かに傷付けられるくらいなら自分が傷付けてやる
 敵に襲われたときレグルスを護りきれる自信は無い
 けれども、身体の不自由なレグルスを一生面倒見切れる自信はある
 いっそ両手足の自由が利かない彼を部屋に閉じ込めておければ―――…

「籠の鳥のように」

 レンの表情に黒い笑みが浮かぶ
 レグルスは呆然とその表情を眺めていた

「レン…お前…」

「ねぇレグルス、俺がどれだけ不安かわかる?一秒も目を離したくないんだ
 奴らの目的は俺の命。でも実際にお前も巻き添えを食らって怪我をしただろう…?
 奴らは手段を選ばない。いつまた攻撃を仕掛けてお前に危害が及ぶかわからないんだ…」

 レンの脳裏に今まで出会った魔女たちの姿が浮かぶ
 大魔女・カーン
 邪神・サラマンダ
 そして名もわからない…刺客の魔女

「今まで出会った魔女たち皆異常だったと思わない?
 平気で人を殺めるんだ。命の価値を知らない…
 例え俺が殺されたとしてお前が無事だという保証はまるで無いんだ…」

 何よりも、誰よりも大切なレグルス
 もう二度と誰にも傷つけさせるものか…それは自分だけの権利だ
 レンは強くレグルスの身体を抱きしめた

「もう嫌なんだ」

「おい…?」

 レグルスが表情を困惑させる
 レンは瞳を伏せた
 レグルスは自分を護るためなら命まで張る
 それがレンにとって嬉しくもあり、悲しくもあった
 命を懸けたのは何もこれが初めてではない
 これから何度もこんな事があれば―――耐えられない


「レグルスは本当に優しい子だから…昔にも…死を覚悟で俺の事護ってくれた
 覚えてるよね森の中での事…」

 もう一年以上も前の事になる
 あれは確か、レグルスと二人でレンの故郷を目指していた時だ
 森の中で―――モンスターに遭遇したのだ

「俺…実は、こっそり後をつけて覗き見していたんだ。敵の魔法攻撃を受けながらそれでも俺を護る為に戦っ
 途中で死を覚悟したけれどそれでも構わないって言う目をして敵に向かって行ったあの姿は今でも忘れられない
 あんな気持ちになったのは生まれて初めてだったんだ。あの日以来、お前の事を見る目が変わったんだよ…」

 自分に素直になれなくて、突き放していたけれど
 日増しに強くなっていく胸の高鳴りだけは正直だった
 本当はあの瞬間、彼を抱きしめたかった
 護ってくれてありがとう、そこまで大切に俺を想ってくれてありがとう、と

 しかし――――


「まぁ…あの時のお前は予想以上にショックを受けてたみたいだから
 咄嗟にフォローのつもりでボケておいたけれどね…」

「う…」

 言葉に詰まるレグルス
 どうにもバツが悪い

「ふん…どうせオレはガキだよ」

 いじけてみたり
 どうにも二枚目になりきれないレグルスであった
 しかしレンにとってはそんな姿もまた堪らなく愛おしい
 背をまるめていじける姿に、ちょっとした悪戯心が湧く

「へぇ〜?レグルスは子ども扱いそんなに嫌なんだ〜?
 じゃあ…もう止めるよ。そのかわりこれから大人の時間に突入ね?」

 レグルスが意見する間を与えずに一気に捲し立てる
 そして指先で多少強めにレグルスの身体を突いた


 どんっ☆



「うわぁっ!
 ち…ちょっと待てバランスが崩れ…た、倒れる…っ!」

 不意を突かれたせいか、予想以上に体制を崩したレグルスの身体は大きく弧を描く
 そして――――勢い良くベッドから落ちたのだった
 どて、と床が鈍い音を立てる


「痛っ☆」

「あらら…落ちちゃった☆」

 頭を強く打ちつけ目を回すレグルスにレンは思わず呟いた

「何て…どんくさい…」

 加害者の言い分にしてはあんまりである
 レンは手を伸ばしてレグルスを起こそうとする
 その振動でシャツが大きく肩からずり落ちた
 白い肌が露になり―――レンはレグルスを助け起こすのを止めた


「―おい…」

「なぁに?忙しいのに」

 レグルスの視界に映るのはテーブルの上の水差しと蔓を伸ばした観葉植物
 そして…自分の上に覆い被さるレンの姿だった

「レン…これが後頭部を痛めた恋人に対する仕打ちか?
 ちゃっかり喰ってんじゃねぇよお前は…っ」

 胸に舌を這わされてレグルスの息が荒くなる

「だって…言ったでしょ?これから大人の時間だって
 それに怪我が治るまでずっと我慢してたんだし我ながら感心しちゃうよね…自制心の強さに」

 レンは節目がちに白い肌を見つめる
 その身体は燃えるように熱を帯びていた

「…ウソつけ喰ってたぞ」

 レグルスが非難の声を上げる
 しかしレンはそれを一笑に伏した

「未遂だよ最後まではしてないし」

 確かにたまに悪戯を仕掛けて楽しんでいた
 しかしそれはレンにとっては摘み食い程度だ
 甘噛みしたり舐め上げるくらいでは満足できない

「大変な苦労だよ。お前は毎晩そんな姿だし」

 魔法の実験から帰ってくると必ずベッドの上に座っているレグルスの姿
 微かに汗の浮いた肌を包んでいるのは乱れた下着だけ
 リハビリで疲れている上に未だ痛む足を抱えている恋人に余計な負担をかけたくなかった
 だからレンなりに毎晩毎晩、欲望と格闘をしていたのだが―――もう限界だ

「お前人の事言えるか?」

 レグルスが肌を晒すのはあくまでも夜自室で、それも寝るときだけだ
 しかしレンの服装は毎日のように黒いレザースーツに包まれている
 そっちの方がずっと刺激的だとレグルスは思う

「俺はさぁ…お腹をね?引き締めるためだから」

 ポン、と腹部を叩くレン
 どうやらレンは補正下着としてレザースーツを着用しているらしい
 …ボディスーツ効果を狙っているのか、それともサウナスーツのようなものなのか…

「レン…お前よぉ自分で言ってて切なくなんねぇか…?」

「でも俺はお前と違って筋肉もついてるし〜♪
 最近は結構身体も引き締まってきたし」

 見て見てとばかりにレンは着ていたノースリーブのシャツを脱ぎ捨てる
 ついでに長く伸びた髪を束ねていた紐も解く
 さらりん、とクセ毛が弧を描きながら健康的な背を滑る

「…脱ぐな」

 レグルスは視線を逸らした
 確かにレンの身体はレグルスよりも筋肉がついている
 身長も体重も体格も…何ひとつ敵わない
 コンプレックスが刺激されるレグルスであった

「それに癪なんだよ自慢ばかりされるのも。俺だって会話に混ざりたいしね」

 レンはそんなレグルスに悪戯な笑顔を向けると髪をかき上げる
 その仕草と表情に嫌な予感を感じる

「お、おいコラちょっと待て会話って何なんだ?」

「…それはもちろん決まってるじゃない」

 そこで満面の笑みを浮かべるレン
 レグルスはいよいよ不安になる
 まさか――――


「毎日恒例の攻めの集い恋人艶姿自慢大会♪」

 やっぱりそんな事だろうと思った
 しかも毎日恒例って……いつの間に……
 メンバーはやはりリノライとゴールドなのだろう

「この間、物凄いプレイを教わってぜひ試してみたくって」

 レンは瞳を輝かせてレグルスに迫る
 物凄い嫌な予感

「何をする気かは知らんが謹んでお断り致します…」

 思わず語尾が敬語になる
 ただでさえレンは激しいのに…これ以上何をする気なのだろう

「大丈夫だってリノライさんとゴールドさんが共同で思案したんだから」

「笑顔で腹黒いリノライと隠れサドのゴールドの二人が考えたのか…?」

「うんっ♪」

 ……。
 絶対に大丈夫じゃないだろ、それ……

「折角考えたけどリノライさんはね、経験の浅い王子様にはまだ激しいことは出来ないって言うし、
 ゴールドさんもジュン君は人間でデリケートで脆いから無体な真似して壊したくないって言うんだ
 ―――というわけで俺たちがするしかないと思わない?」

 にっこり笑ってVサイン

「考えた当の本人ですら躊躇するようなプレイを俺にするつもりなのか?
 人間相手だと死ぬような見るからに無体なことを?」



「うん」



 言い切りやがった
 しかも真顔で……!!

「さぁ観念してもらおうか…」

 レンの瞳が光る
 そしていつの間にかその手に握られていたのは―――巨大なサザエだった
 あの脅威の強度を誇る突起のついた巻貝である

「いや、ちょっと待てその手に持ってるサザエは何なんだ
 用途が謎過ぎて余計に不安を煽ってるぞコラっ
 お前そのサザエを一体どうするつもりなんだっ!?わけわかんねぇっ!!」

 慌てふためくレグルス
 その肢体を容易く押さえ込むとレンは髪を結っていた紐で両手を縛り上げる

「えっ…?ってコラ冗談だろ!?ちょっ…」

 縛られた恐怖で竦み上がるレグルス
 太陽のような笑顔のレン
 そして―――



「ぎゃあぁぁぁ」


 レグルスの悲鳴が城中に響き渡った






 一方その頃、執務室ではカイザルが書類を書き上げていた


「――おい、リノ…今悲鳴が聞こえなかったか?近かったような機がするのだが」

「風の音でございましょう冬も到来し気候も穏やかではなくなりましたので
 カイザーもくれぐれも風邪などを召されぬようお気をつけ下さいませね」

 しれっとした表情で言いのけるリノライ

「そうなのか安心したぞ」

「ふふふ」

 リノライは曖昧に微笑んだ
 恐らく悲鳴の元凶はレンであろうことは気付いている
 しかしそれをあえて言わないのは―――面倒臭いからだった

「期待を裏切らぬよう心掛けねばならぬな
 命をかけてくれる親友のためにも」

 嬉しそうな、それでいて神妙な笑み
 内心複雑なのだろう

「カイザーも気付いておられましたか…」

 ゴールドとジュンのことだ
 やはり自分のために危険を冒すという事は素直に喜べないのだろう
 それでも好意は謹んで受け取り、それに報いる努力をしているのだ
 日増しに立派な王子として成長しつつあるカイザルに涙を禁じえないリノライだったが――――

「いやレンから聞いたのだ」

「そうですか」

 鈍い…
 そこがまたカイザルらしいが
 脱力するリノライをよそにカイザルは目を伏せて言葉を続ける

「ジュンもゴールドも被害者だ恨まれても仕方ないと思う。しかし…予想に反し彼らは非常に協力的な態度なのだ…
 正直、我には…わからぬ何故我を慕ってくれるのか。
 加害者である我らに対し命懸けの旅を躊躇いも無く実行してしまえるのは何故か。
 単なる同情心や正義感などでは到底成せぬ…」

 カイザルは悲しみに満ちた瞳で宙を見つめる

「我に一体何の価値があるというのだろう…
 実母にすら愛されぬ身に命をかける意味などある筈も無いであろう」

 リノライ以外の者から与えられる初めての無償の愛に戸惑いを隠せない
 そして…心のどこかで信じることが出来ないでいる

「…カイザー…怒りますよ?」

 リノライは穏やかではない形相でカイザルを睨む
 疑心暗鬼になるカイザルの心情もわかる
 しかし愛する人が自らを卑下するような言動は許せなかった
 いつか心の傷に耐え切れずにその命を捨ててしまう日が来るのではないかとリノライは気が気ではない

「落ち着けリノ案ずるな。そなたの事はわかっておる
 だからと言って生きる事を諦めたわけでは決して無い
 ただ――時折不安になるのだ
 彼らに失望され捨てられるのではないかと…な
 我は未熟で無力だ。与えられる一方で何一つ返してやれぬ…」

 決して豊かとはいえない小さな島国
 権力もろくに無い歳若い身の上で出来る事は限られている
 こんな身で、本当に彼らの恩に報いることが出来るのか―――それが不安なのだ

 しかしリノライはそれが杞憂なのを知っている

「彼らは…見返りなどは要求しませんよ
 強制でもない自らの意思で行動し進む…その結果が今の状況です
 彼らには下心など微塵も無いでしょう」

 リノライは優しく微笑む
 そしてカイザルに優しく語りかけた

「自分の目の前で貴方が困っている。だから何とかしたい
 彼らが貴方に協力する動機はそれだけですよ
 友達を助けたい。ただ…それだけです」

 リノライも最初、彼らを疑った
 か弱い人間の身でありながらその身一つでカイザルのために城を出たジュンの好意
 そのジュンと共にスパイであることを打ち明けた上で協力をしてくれるゴールド
 詳しい説明もされぬまま二つ返事で助けてくれたレンとレグルス

 誰一人、交換条件を持ち出す事も金銭を要求する事もなかった
 困った時はお互い様、と言って笑っていた彼らの瞳は一点の曇りも無かった
 ……お人好しにも程がある
 殺伐とした城で長年暮らしてきたリノライとカイザルには理解できなかった

 それでも信じようという気になったのはゴールドの変化を目の当たりにしたからだ
 始めて出会った頃のゴールドは深い悲しみと抑えきれない怒りに満ちていた
 そんな彼がジュンと出会い、慈愛に満ちた目をするようになった。鈍いカイザルでさえ、気付くほどに

 カイザルもそのことを思い出していたのだろう
 しばらくの間、記憶を探るような表情で黙っていた
 そして、自らに言い聞かせるように小さく呟く

「我は…良い友を得た。幸せだ…とても」

「ええ…そうですね」

 リノライはそっとカイザルに顔を寄せる
 そして出来る限り顔を近付けて囁いた

「ですが貴方を一番幸せに出来るのはこの私ですよ…」

 吐息がかかる
 カイザルの頬が真紅に染まった
 反射的に後ろに下がるカイザルの身体を壁際に追い詰めるとそのまま両手を檻の様にしてその身を閉じ込め

 そのまま唇が触れ合うぎりぎりの所まで近づくと熱を含んだ声で誘う

「ねぇ…カイザル…私たちは、もう…ただの主従関係では無いのですから」

 カイザルの顎を掴むと軽く口付ける

「カイザー…いいでしょう…?」

 あいているもう片方の手を服の中に滑り込ませる
 指先が敏感な箇所を探り当てるとカイザルの口から堪えきれない嬌声が漏れる

「…っ…ぁ……っ…」

 息が荒い
 慣れない身体は小さな刺激にも敏感に反応する

「…し…っ…」

 カイザルの身体が大きく揺らぐ
 そして次の瞬間――――


「仕事がまだ残ってるからダメ――――っ」

「あうっ」

 リノライは懇親の力で突き飛ばされた
 さすがはアイニオス家…腕力はリノライの比ではない
 非力なリノライは成す術も無く床に転がってしまう

 ………。
 色々な意味でショック…

「痛いですよカイザー…」

「馬鹿者っ執務室で何を考えているっ」

 …今この瞬間ほど仕事が憎いと思ったことは無いだろう…
 リノライは書類の山を恨んだ

「…申し訳ございませんでした
 以後気をつけますのでお許しを」

 溜め息ひとつ
 欲求不満になりそうだ


「うむ」

 カイザルは書類を手に取るとリノライに背を向けるとそのまま書類に釘付けになった
 真面目に仕事をしてくれるのは嬉しいが…複雑な心境のリノライである
 今夜もお預けか…心で泣きながらも顔は笑顔

「それでは執務の邪魔にならぬよう私はこれで失礼致します」

 優雅に一礼するとそのまま踵を返す
 このままここにいると、また手を出して怒られるだろう

「…リノ…その、出来る限り急いで終わらせる。我の部屋で待っていろ」

「…えっ…?」

 思わず足が止まる
 振り返ると顔を真っ赤にしたカイザルが照れ隠しなのだろう、不機嫌そうに腕組みをしていた

「…あの…カイザー?」

「黙れっ、仕事の邪魔だっ!!早く出て行かぬかっ!!」

 威張っていても、赤面していては威厳のかけらも無い
 …微笑ましい…というより可愛らしい
 リノライはにやける顔を手で隠した

「はい、喜んで」

 未だかつて、ここまで嬉しそうに執務室を去ることがあっただろうか…
 我ながら単純極まりないと思うが、これも惚れた弱みだ
 思いが長年にわたって蓄積されていた分、発散量も多い
 もし自分にドラゴンような怪力があるならば丸一日中カイザルを抱き上げていることだろう

 …その点で言えばゴールドが羨ましい。彼は良くジュンを抱き上げていた
 魔力には優れていても体力と腕力には恵まれなかった己の身体が恨めしい
 例え力に恵まれたとしても、100kgを越す石の塊を長時間持ち上げられるかどうかは謎であるが

 浴槽に身を沈めるとリノライは己の肉体を見て溜め息を吐いた
 白い肌はただでさえ貧弱な印象を与える
 更に髪の色も目の色も薄いのだから尚更である
 部屋に閉じこもって魔法実験ばかりしているせいで逞しさとは程遠い身体になってしまった
 それどころか少し太ってきたような気も…

 ――――運動しよう、湯船の中でリノライはそう硬く誓った



 風呂から上がっても未だカイザルは仕事が片付かないらしい
 暇を持て余したリノライはカイザルの引き出しからレターセットを取り出す
 母親に手紙を書こう―――珍しくそう思ったのだ
 魔女である母とは現在敵対関係にあるが当たり障りの無い内容なら良いだろう
 母親に伝えたいことはただ一つ
 自分が今、幸せであること…この想いと喜びを少しでも伝えたいのだ
 リノライは羽ペンを手に取ると慣れた仕草で文字を連ねる

 ―――敬愛なる母上様、如何お過ごしでしょうか―――……

 不思議なものだ
 女王についた母親とカイザル王子についたリノライ
 いざとなれば互いの主を護る為に命をかけた戦いを繰り広げることにもなるだろう
 それなのにこうして手紙を書くだけで心が温まるのを感じる
 リノライは満ち足りた気持ちでペンを走らせた

 程無くして職務を終えたカイザルが部屋に入ってくる
 リノライは優しく微笑むと身振りで着衣を脱ぐように促した
 カイザルは緊張と羞恥が入り混じった仕草でそれでも素直に従う
 綺麗に筋肉のついた身体にリノライは憧れ混じりに見とれた
 しかし見とれてばかりいるのも勿体無い

 リノライはその身体を引き寄せるとベッドに押し倒す
 一瞬恐怖に震えたカイザルを労わる様に口付けると落ち着かせるように抱きしめる
 初めて彼を抱いた時はあまりに酷い扱いをしてしまった
 肢体の自由を奪った挙句の陵辱―――そしてその後、その背にナイフを突き刺した
 カイザルが自分の所有物だという証を彫ったのだ
 永遠に消えぬように深く自分の名前を刻み込んだ。深い傷と共に…

 あの晩の恐怖は今も強いトラウマとなってカイザルを恐怖に陥れる
 それでもリノライに抱かれることを毒づきながらも拒もうとはしなかった
 カイザルなりの優しさと愛情表現の表れだ
 それにカイザルはリノライをそこまで追い詰めてしまったという負い目を感じていたのも事実だ
 リノライもカイザルを乱暴に扱うことは無くなった
 壊れ物のように繊細に優しく決して無理をさせないよう細心の注意を払う
 それがまた、カイザルには嬉しいのであった


 明け方のベッドの中で恋人を腕に抱いて過ごす至福の時間
 静かな寝息を立てるカイザルにリノライはそっと唇を落とす
 山積みの問題、難関だらけの気の抜けない毎日
 周囲は敵だらけの絶望的な状況でも愛する人を胸に抱ける幸せがリノライを癒す

 リノライは身を起こすと書きかけの手紙を手に取る
 そして言葉を選びながら当たり障り無く文字を連ねた
 今は敵の母に送る他愛の無い手紙―――書ける事は天気の事や季節の事、そして今時分が幸せなこと
 それだけ書いてペンを置く
 あまりに短い手紙だが仕方が無い
 溜め息が出る
 この長年にわたる敵対関係が緩和するのはいつの事だろう

 不意に頬に感じる暖かさ
 いつの間にか目を覚ましていたカイザルがリノライの頬に手を当てていた
 溜め息を吐いていたので心配したのだろう
 リノライは何でもない、と笑顔を作るとその身体を抱きしめる
 ほっとした表情で再び目を閉じるカイザルに唇を重ねると何となく思い立って手紙に追伸を書き足す

 ―――孫には絶対に期待するな、と……
 この文章を読んだときの複雑そうな母親の顔が目に浮かぶ
 リノライは苦笑を浮かべながら封筒に蝋を垂らして封をした
 子孫の事などこの際気にしていられない
 大切なのは今、この目の前にいる恋人と過ごす時間だけ
 リノライは安らかなこの一時を一心に感じようとカイザルの身体を抱きしめると瞳を閉じる



 目覚めれば慌しい一日の始まりだ


〜END〜