「……困った……」

 焚き火の炎を見つめつつ俺は途方に暮れていた

 テントが潰され寝場所を失った
 同様に荷物も木っ端微塵に破壊されているだろう
 滞在日分の食料も水も食い尽くされていると思って間違いない

 こんな状態で何日もここで過ごさなければならないなんて
 無人島に漂着した奴の心情が今なら理解できる

「…うう…腹減った…」

 空腹ゲージがピークに達している
 このまま餓死する可能性って何%なのだろう
 休み明けに干乾びた状態で発見されるのだけは嫌だ
 しかしテントには戻りたくない…出来れば奴の存在は始めから無かったことにしたい

「…これだけ山の中だし…木の実くらいはあるかも…」

 木の実ってドングリくらいしか想像つかないけれど
 行けばきっと何かあるだろう
 ああ、そういえば小川も流れていたし魚がいるかもしれない

 人類は太古の時代、誰もが狩猟民族だった
 マンモスは狩ることが出来ないだろうけれど、ウサギくらいなら捕まえられるかも知れないし
 太めの木の棒に炎をつけると、俺はそっと深い森の中に足を踏み入れる

 静かなキャンプ旅行は、こうしてサバイバルと変化した のだった





 森の中は、本気で一寸先が暗黒の闇だった
 キャンプ場とは到底思えぬ未開の地…というより、本当にここは日本ですか?

「…ま、まさか北海道でこんな体験することになるとは…日本も奥が深いってことかな…」

 松明片手に森の中を突き進む
 何で俺、こんな今時RPGでもあまり見られないような事やってるんだろう…








「でも、狩って何か良いかも…きっとプロのハンターは石斧とか持って歩くんだろうな」

 どんな時代のハンターだ
 現代人なら、せめて猟銃を連想して欲しい所である
 状況が状況なせいか身も心も縄文人に先祖返りしつつあるらしい
 このまま野生の血が目覚め――――ることは流石に無いだろうが


「木のツルにぶら下がって移動するんだっけ…うーんワイルド」



 それはターザンだ

 そもそも日本人にターザンの血は流れていない
 歴史の教科書と映画の世界が微妙な割合で混合されているらしい
 いよいよ時代背景すら怪しくなりつつある

「でもここが日本で助かったな…ワニとかコブラとかサソリとかいないし」

 北海道の山には熊がいることを失念しているらしい
 先程シカやイノシシで恐い思いをしたことも記憶の彼方に逝ってしまったようだ
 ―――忘れたままの方が幸せなのかもしれないが

 ジーパンの上をロッククライミングしているムカデと泣きながら格闘しつつ、目的の川に着く
 炎で照らすと、そこは小川というよりは腐敗気味の沼といった感じだった
 こんな所の魚なんて泥臭くてとてもじゃないが食べられない

「あー…それ以前に釣り道具が無いな…」


 川に向かう前に気 付け



「木の実探そうかな…でも暗くてわかんないか…松明も寿命が尽きそうだし」

 松明は半分以下の長さになっている
 こんな森の中で光を失えば――――想像するだに恐ろしい

「手ぶらで帰るのは嫌だな…せめて何か口に入れられそうなものは無いかな…」

 道を引き返しながら足元を照らす
 ウサギでもリスでも、何でもいい
 肉のついている生物なら焼けば食べられる

 欲を言えばイノシシや熊は出て来て欲しくない
 自分の方が食べられそうだから

「小さくて安全で素手で捕まえられそうなのが良いな…」

 都合の良い事を言い過ぎである
 それ以前に炎がある時点で動物は警戒して逃げている
 しかしそれを指摘してくれる存在は誰もいなかった

 気がつけば松明は今にも燃え尽きそうだ
 本気で際どい…タイムリミットは2、3分…といったところか
 俺は狩を諦め、小走りで戻ることにした


 ―――ところが


「あいたぁっ!!」


 何かに足を引っ掛け、盛大な悲鳴と共に地面に転がる
 草のクッションがあったとはいえ顔面から落ちたせいで目の前に星が飛ぶ

「ってぇ…誰だよ、あんな所にでっかい石なんて置いた奴はっ…!!」

 大自然に文句を言いながら石を炎で照らす
 それは、ハンドボール大の石だった
 最初にこの道を通った時は全然気がつかなかったのが不思議なくらいだ

 歪な形で黒くてヌルヌル光って――――


「…って、何で石が黒光り?」

 不審に思って石に近付く
 そっと松明の炎を照らしてみると、それは―――


「ゲコゲコ」

「うわっ!! でかっ!!」

 それは巨大なカエルだった
 この大きさだとウシガエルだろうか
 カエルの方も驚いたらしい
 大きくジャンプすると茂みの中に隠れようとする

「…あ…っ」

 条件反射、というのだろうか
 俺はとっさにそのカエルを両手でしっかりと捕まえてしまった
 ヌルヌルとした感触が両手一杯に、これでもかという程に伝わる

 その感触で、ふと俺は我にかえった


 このカエル…

 ――――捕まえてどうするんだろう…



 俺はカエルに問うようにその顔を見つめた
 カエルは手の中でゲコゲコ鳴いている
 そして俺の腹も盛大な音を立てて鳴いたのだった
 
 …どうやら俺はカエルを前に反応する腹を持っているらしい








「……カエルって食えたっけ……」

 ちょっと記憶を辿ってみる
 昔親に連れて行ってもらった焼き鳥屋でカエルのようなものを見たような覚えがある
 去年バラエティー番組の企画でゲテモノ大食い大会で芸能人がカエルを半狂乱で食べていた記憶もある

「……食える……ことは確立されてる……みたいだけれど」

 ウシガエルに食欲を感じてしまって良いものだろうか
 しかし迫り来る空腹には勝てない

「だ、大丈夫だろ…昔、菓子と間違えて亀の乾燥餌食った記憶もあるし」

 俺は片手に松明を持ち、小脇にウシガエルを抱えて猛ダッシュした
 これに似たシチュエーションを昔体験したことがある

 あれはそう…小学校の運動会
 借り物競争で『飼育小屋のニワトリ』と書かれた紙を引き当てた時だ
 飼育小屋まで走ってニワトリを捕まえ、突かれながらゴールインした記憶がある
 他のクラスの奴が引き当てた『音楽室の大太鼓』『四丁目の団地妻』に比べると楽だったろうが…
 しかし中学校の借り物競争で引き当てた『豊平川の鮭』『サンダーと呼ばれた男』もかなりのものだった
 あの時の、『この中にサンダーと呼ばれた記憶を持つ男はいませんかー?』
 と叫びながら校庭を走った精神的苦痛は一生忘れない

 団地妻を求めて走り回った小学生も、かなりの精神ダメージを受けたことだろう

 ……俺もしかしたら、とんでもない学校に通ってたんじゃないだろうか……


 ちょっと悲しい気分に浸りながらも、俺は何とか焚き火へと奇跡の生還を遂げたのだった


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