プキィ――――― ッ!!


 憤怒の雄叫びと共にテントの窓から一匹の獣が飛び出した
 正面からその衝撃を受けた俺は見事に吹っ飛ばされる
 星が飛び散る幻覚の中、俺の視界に映ったものは大なイノシ だった
「な…何で、イノシシがテントの中に……」

 手が微かに熱を帯びている
 世界広しと言えども
イノシシに手刀で挑んだ人間は俺くらいのものだろう
 布の服とこんぼうで魔王退治に出かける勇者も真っ青な程の無謀っぷりとも言うかもしれないが…
 いや、それ以前に何故北海道の山奥にイノシシが…?

「…まぁいいや…敵は去ったことだし―――――って、……」

 どうやらテントの中にはまだイノシシの仲間が居座っているらしい
 しかも混乱を起こしているようで――――傍から見ていてもわかる
 テントの中をイノシシ数匹が全 力疾走しているのが…

 テントはもう既に原型を留めていない
 三角形だった形状は今、ピカソもびっくりの
  何とも表現のしようが無いグロテスクなモノと化していた

 中でイノシシが暴れているせいかテント自体が何か
この世にあってはならない生物のように見える

「…おいおい…中の荷物はどうなってるんだよ…」

 確認するのが恐ろしい
 食材は食い尽くされていると思って間違いないだろうが
 カバンの中には財布も入っているというのに…
 って…何かテントからヤバい音がし始めているような…

「……あ……」

 ばりばりばりばり


「……ああ…あ……」

 めきめきめきめき

「はわわわわわわ…っ」


 ぼこっ

 貫通

 テントの真上に巨大な穴が開いた
 それは、何と例えれば良いのだろう…そう、壺に入ったコブラが笛の音色に合わせて踊るやつ
 まさにあんな感じでテントから顔を出しているのだ

 立派な雄鹿が
 口には俺が持ってきた生の牛肉をくわえている
 頬や首にも細切れと化した肉片がこびり付いていて
猟奇殺人現場のようだ

「はは…は…鹿が牛食ってやがらぁ…さすが酪農の大地、北海道だべさ…ははは…」

 テントから鹿やイノシシが…あぁ、もうあのテントは使えない…
 既に原形を留めて ないし






 俺は何も見なかったこ とにして踵を返した

 いつあの巨大な鹿やイノシシの仲間たちが俺に襲い掛かってくるかわからない
 野生の獣の恐ろしさは計り知れないのだ
 特に夜行性の奴らはこの時間帯、特に凶暴的だ

「……安全地帯は……火のそばだな……」
 獣は火が恐ろしくて近付けない
 俺は急いで焚き火の元へ戻ることにした

「ふぅ…焚き火、復活…」


 消したての焚き火が再び燃え上がるのに大した時間は必要なかった
 再び勢いを取り戻した炎を前に俺は一息つく

「……大自然…あぁ大自然、大自然……」
 謎の川柳を一句詠んでみたり
 頭の中は真っ白―――を通り越して、どこか暖かな光を感じ始めている

「ったく……何でいつも、こうなるかな……」

 不測の事態には慣れている筈だった
 何故か昔から予想外の珍事に見舞われることが多いのだ

 年中無休の店も自分が行く時に限って臨時休業だったりする


 水族館に行くと飼育員が水槽に落ちていたり、
 動物園では動物が脱走していたり…ということも珍しくない
 海水浴に行くと津波に襲撃されることもあるし、登山中に山火事を発見したことも何度かある
 銀行に行けば銀行強盗が銃を構えていたり、宿泊予定のホテルが倒壊したということもあった

 合コンの話題として使用するとかで部活の後輩に良くその事を聞いて来る奴がいた
 いかにも遊んでいそうな軟派野郎のくせに口下手で、話すネタにいつも困っている奴だった
 俺としては、そのギャップが割と気に入っていたのだが…最近はまるで姿を現さない
 俺といるとろくな目に遭わないと、離れていった人間は数え切れないほど沢山いる

 あの後輩も、ついに俺に見切りをつけたのだろう…要を失って以来、暗さに拍車も掛かったことだし

 ちなみに恋人の要には『同人誌のネタに困らないわ〜♪』と喜ばれたが…彼女はあくまでも例外
 彼女は持って生まれた、やたらと勢いのある豪快さを生かして部員全員と交流があった
 友達の少ない俺を心配してか、要は必ず後輩と話す時は俺を仲間に加えるようにしていた
 その後、必ず要のネタ帳に俺と後輩(男)の萌えネタを書き込んでいたような気がするのは俺の気のせいだろう…

 要が『プレイボーイの後輩×地味な先輩も萌えよね〜♪』
 と呟くのを度々聞いた記憶も、きっと何かの間違いだろう…

 だって…
 まさかこの俺が受けである筈が……っ!!


 だって受けって――――ぐわああぁ…想像するだに恐ろしいっ!!
 ……って、何か要のせいで知らない方が幸せな知識が増えてしまった…
 要が俺に同人用語を仕込んだりコミケに連れて行ったり原稿のネタにするどころか手伝わせたりするからっ…!!

 一応要にも同人誌以外にも占いという趣味があった
 特に恋占いが大好きで後輩の無口男には
『あんたは将来金の長髪美青年にゲットされるのよ〜♪』と言っていたが根拠は



 ちなみに俺は白馬の王子が現れるという
 酔狂な占い結果を告げられたが―――いるわけ ないだろ、そんな奴


 それ以前に要よ…お前は俺の恋人じゃなかったのか…?

 まぁ所詮占いなんて根拠の無い戯言の羅列だ…当たる訳無い…だろう、たぶん
 後輩が最近姿を現さないのも俺に見切りをつけたからに違いない
 決して今頃金の長髪男と愛の船出をしているわけでは無い――――と信じたい


 あいつは女好きだったしな…いくら同人女と言えどもあいつを男に走らせることは不可能だろう
 いくら底無しの妄想力を持った最強の同人女といえ――――って何か言ってて悲しくなるのは何故だろう…
 そういえば要に同人ネタを聞かされているとき、彼はいつも同情に満ちた瞳で俺を見つめていたのを覚えてる






 やっぱり俺 第三者から見れば不幸に見えるんだな…

 膝を抱えて座りながら、ちょっぴり淋しくなった俺であった




小説メニューへ戻る 前ページへ 次ページへ