「えーっと、サーモンのムニエルとガーリックトースト買って来たんだ
 カーマイン君は肉の方が好きだってシェルちゃんが言ってたからさ、
 ミートパイとチキンピラフのセットも買ってみたんだけど…どうかな?」

 レンは自ら率先してランチの準備を手伝ってくれた
 コーヒーを淹れたり、皿を出したりと色々動き回っている

「レン、何だか随分と張り切ってるのです
 買い物先で何か良い事でもあったのですか?」

「んー…さっさと支度を終わらして、
 色々と聞き出したい事とかあるからさっ☆」

 そこで、ちらりと俺を見るレン
 ああ…やっぱり根掘り葉掘り聞かれるんだな…

 別にレンが望んでいるような、あんな事やこんな事は無いんだけど…
 いや、それよりも我関せずといった風体のメルキゼに物凄く腹が立つ


「お前なぁ、一人だけ関係ない素振りするなよ」

「別に私は…ただ、今夜の事に期待を膨らませていただけで…」

 嬉しそうに頬を染めるその仕草は、まさに恋に恋をする乙女
 どうでも良いけど、お前…本命の相手じゃなくても嬉しいのか…?

 やれやれ、と溜息をつく俺
 そこから少し離れた場所ではレンとゴールドが身を寄せ合っていた

「いいなぁ…ラブラブできる相手がいて
 俺も早くレグルスとイチャつきたいよ〜」

「ボクだってジュンと愛を確かめ合いたいです
 何だか見せ付けられているようで羨ましいです…」

 指でも咥えそうな勢いで羨望の眼差しを向ける寂しい男がふたり
 羨ましがられたって、俺はちっとも良い気分じゃないんだけど…


「あーあ…レグルスが作ったカレーが食べたいなぁ…
 舌がジンジンするほど辛いやつに、たっぷりチーズをかけて…」

「ボクもジュンが愛情込めて作ったホットケーキが恋しいです
 形が歪んでいて片面が焦げている所がまた趣があって良いんです…」

「たまにね、『味見させてやるよ』とか言って…アーン♪ って食べさせてくれるんだ
 カレーの味は激辛だけど、レグルスに食べさせてもらうと急に激甘に感じるんだよね…」

「ジュンはいつもボクの分にもバターとハチミツをかけてくれるのです
 ふわふわと暖かくて甘くて…でも、ケーキよりもジュンの自身方がずっと甘くて美味しいのです…」

「あは…ははは…」

「…ふふ…ふふふ…」



 …………。

「な、何か暗いな…あのふたり…」

「よほど寂しいのだろうけど…
 しかし見ていて哀しくなる光景だと…」

「確かに…哀しいな…」

 しかも話からすると新婚夫婦並に熱烈な関係だったらしい
 きっと新妻を置いて単身赴任する夫の心境なのだろう

「俺たちが何を言っても慰めにならないな…
 仕方がない、そっとしておこう―――あ、このパイとそのポテト交換して」

「ああ、この魚もバターの塩加減が絶妙だ…今度作ってみるか
 少し食べてみると良い…ほら、口開けて―――熱いから気をつけてくれ」


「……………」

「……………」

「ゴールドさん、レンさん…無言の視線が痛いんですけど」

 明らかに何か怨念がこもってそうな視線が突き刺さる
 まさか心の中で呪いの言葉とか呟いてないだろうな…


「この辺は砂地でボクの魔法の威力も弱まってるのです
 今ならアース・グレイブを食らわせても大した問題は―――…」

「海がすぐ傍なんだよね…俺の力を最大限に活かせれるし、チャンスだな
 殺傷能力がなくて、なおかつ精神的ダメージを与えれる海の生物を大量に―――…」


 呪いどころじゃねぇ!?


「…ふたりして策略練らないで下さい…
 特にゴールドさん、その笑顔が怖いんですけど」

「ボクから笑顔を取った表情を見てみたいですか?」

 ………。

 この人から笑顔を取ったら何が残るんだろう…
 笑った顔しか想像出来ないだけに恐ろしいものを感じる


「ええ〜…笑顔の無いゴールドさんなんて、
 砂糖の入ってないアイスクリームみたいなものだよ〜」

 甘さゼロ…?
 そして冷たさだけが残るという…

「ゴールドさんは、いつも笑っていて下さい…」

「ふふ…それ、ジュンにもいつも言われるのです
 真顔のボクは見ていると神経が冷えてくるそうなのです」

 恋人を冷えさせる表情って一体…


「でもボクの笑顔が好きだと言って褒めてくれるのです…嬉しいです
 ボクの笑顔の源はジュン自身なのですけれど、本人は気付いてないのです」

 うわぁ…この人、惚気てるよ…
 しかも物凄い笑顔で…突っ込みしにくいな…

「いいなぁ…ゴールドさん、ジュン君に笑顔を褒められて…
 俺なんか笑顔でいても『何企んでる!?』って言われるもん」

 それは性格が……いや、皆まで言うまい


「そう言えば以前ゴールドさんに貰った鞭なんだけど、
 レグルスが痛いからって、いつの間にか隠しちゃったんだよ
 だから代わりのやつ買いたいんだけど、どこの店に売ってるの?」

 鞭!?

 しかも、ゴールドに貰ったって…あの…

「それならボクの行きつけの店を紹介するのです
 未成年は入れない店なのですが―――耐性あります?」

 年齢制限って、どんな店ですかそれは…
 出来れば酒類を出すからとか、そんな理由であってくれれば嬉しいんだけど…

「うーん…微妙かな…
 俺って繊細だから卒倒するかも」

「レンは見た目も中身も図太いです
 卒倒する事はまず無いと思うのです
 でもいざというときの為にボクも同行しますね
 ボクもそろそろ新しい玩具が欲しいと思ってましたし…」

 玩具って…玩具って…っ!!
 何かギリギリの会話してませんかっ!?

「レグルスにも何か玩具を買ってあげようかな
 お給料も出た事だし…初心者でも大丈夫なやつ教えてね」


「あ、あの…メルキゼと…あと、シェルもいますんで、
 出来れば刺激的な会話は自粛してもらえませんか…?」

 まぁ、メルキゼは絶対に意味がわかってないと思うけど…
 でもシェルの今後の成長も考えなければ―――

「だいじょうぶ、しぇるはまだ…こどもだから、わかんないってことで…うん、わかんないよ」

 絶対理解してる
 この言い方は絶対に判り切ってる

 むしろ、悟ってる

 …シェル…お前は一体何を何処まで知ってるんだい…?
 怖いから聞かないけどさ…絶対メルキゼより知識豊富だよな…



「私も、もっと大人になればわかるだろうか…」

「……ど、どうだろうな……」

 一生知らなくて良い、と声を大にして言ってやりたい
 でもそれを面と向かっていったら傷付くだろう
 俺は最近ではすっかり得意になった曖昧な笑顔で誤魔化した


「メルキゼ、食事終わったら船の日程調べに行こう
 経由とかも詳しく調べておかないとトラブルの原因になるし」

「そうだな…長距離用の船で行くよりも短距離用船を乗り継いだ方が費用削減になる
 出来るだけ節約をして―――その分、日数はかかってしまうけれど…良いだろうか?」

「うん、もう今年中に帰るのは諦めた
 まぁ学校も一年くらいなら留年しても大丈夫だろうし
 特にバイトとかもしてないから実際問題困ってるのは両親くらいだな」

 親に心配をかけているという事実が一番重大な問題かも知れないけれど…
 ずっと親元から通学してたし、やっぱり何ヶ月も帰ってないから心配してるだろうな
 俺、とりあえず一人っ子で過保護に育てられてきたし…

 ちょっと、しんみり…

 俺が拾ってきたペットの犬や猫も遊び相手がいなくて寂しがってるかも知れない
 美術室に放置された描きかけの絵たちもいい加減完成を待ち望んでいるだろう
 俺の部屋にある下書き段階の同人誌―――…は、この際潔く忘れてしまおう


「カーマイン、寂しいとは思うけれど…私も努力するから…」

「そうだな…メルキゼのおかげでかなり精神的に安定してるよ
 お前が次々にボケをかましてくれるから寂しさを感じる暇もありゃしない
 父親みたいに護ってくれるし、母親みたいに色々面倒見てくれて…助かってる」

 最後の一言にはありがとう≠フニュアンスを込めた
 寂しい気持ちを誤魔化せるのは他ならぬメルキゼのおかげだから


「あー…何か、ふたりの間の空気がピンク色だねぇ…」

「初々しいのです…プラトニックな関係も見ていて癒されるのです
 うんうん、若いって良いですね…青臭さの中にも華があるのです」

「…しぇるにとっては、ちょっとだけ、じれったいけど…」

 そこで感想述べないで下さい、外野の方々…
 ゴールドとレンは、やっぱりどこか羨ましそうな視線を向けてくる
 ひとり空気を読めていないメルキゼだけがのんびりと食事を堪能できていた




「この島はどうだろう?
 比較的治安も良いし、それなりに栄えている」

 俺とメルキゼは地図を片手に今後の対策を練っていた
 進行ルートを定めてから、最も安価な手段を探す
 地味な事この上ない作業だが長旅をするためだ、仕方が無い

「このルートだと4回ほど船を乗り継ぐ必要がある
 しかし安価な上に安全性にも優れている…どうだろう」

「うーん…その辺は全面的にお前に任せるよ
 俺は行き当たりばったりの大雑把O型人間なんだ
 細かい計算やプランなんかはA型のお前の方が向いてるだろ」

「…血液型で適性を決めても良いものだろうか…」

 首を捻るメルキゼ
 しかし完全に匙を投げている俺の様子に諦めたのか、
 メルキゼは自分の独断で今後の進行ルートを決める事にしたようだ

 乗船券を2枚購入する
 券さえ持っていれば、時刻や日にちに関係なく乗れるらしい
 元々大人数は乗れないような小型船だ
 一日の乗客数も数える程度なのだという


「これで一先ずは見通しがたったな」

 秋の潮風が頬を撫でる

 俺とメルキゼは港を散歩していた
 何となく部屋には帰りたくなかったのだ

「長年暮らしてきたこの大陸にも別れを告げる事になるとは…
 しかし毎日が新しい事の発見だ…決して悪い事ではないのだろうけど…」

 メルキゼは少し寂しそうだ
 自分の故郷から離れるのだから当然だろう
 俺たちは見知らぬ土地への旅に期待と不安を抱きつつ、思いを馳せた


 港を散歩しに来たらしい妙齢の女性たちの声が耳を掠める
 どの時代、どの世界でも女性たちは話好きらしい

 取り留めのない話題に花を咲かせていた女性たち
 しかし彼女のうちの一人がメルキゼを指して黄色い歓声を上げた

 途端に話題はメルキゼの事で盛り上がりを見せる
 ひたすらに、きゃぁきゃぁと声を上げる女性
 うっとりとメルキゼを見つめたまま己の妄想にふける女性…
 メルキゼの一挙一動に敏感に反応する女性陣に俺はこっそり溜息を吐いた


「…お前、目立つよなぁ…」

 図体がでかいだけでも人目を引く
 その上場所は見通しの良い港だ
 まるで水田に立たされたカカシのように、その姿は一際目立っていた

「なにやら視線を感じるのだけれど…私が見られているのか?」

「おう、お前の顔が気になって仕方がないみたいだな
 良かったな〜…妙齢の美女たちに黄色い悲鳴上げられて」

 肘で突いてやる
 同じ男としてプライドが傷付くのは確かだ
 しかし彼がモテるであろうことは予測がついていたので今更だ

「…私の顔…に、悲鳴を上げているのか…?
 そうか、私はそんなに面妖な顔をしているのか…
 もう化け物扱いはされないだろうと思っていたけれど…」

 しゅん、と俯いて哀しそうに顔を歪ませるメルキゼ
 過去のトラウマのせいか、どうも物事をマイナスに捉えがちだ

「あのなぁ…お前、いい加減自覚したらどうだ?
 確かに好奇の目で見られてる事には違いないけど、
 別に化け物として見られてるわけでは決してないんだぞ」

 メルキゼはイマイチ良く判らない、という表情を浮かべた
 微かに首を傾げる仕草がまた妙に可愛いというか格好良いというか…
 こうやって無防備に色気を振り撒かれてはこっちの身が持たない
 まぁ、当の本人は無意識なのだろうけれど…

 しかし…レンの様に己の美貌に酔いしれるよりは良いのかも知れない
 メルキゼがもしナルシストだったら俺は彼を蹴り倒しているだろう…嫌味過ぎて


 世の中、妙なところでバランスが取れているものだと感心した俺だった



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