「いい!? 新しい町に着いたら必ず手紙を書いてよ!?」



 出発の朝、レンは何度も手紙を出せと念を押してくる
 言われなくても俺は文通をする気は満々だ

「大丈夫、手紙も出すし絵もおくります」

「本当だよ!? あと、生水を飲まないように気をつけてね? 伝染病になるから
 それと…無理しないで困ったことがあったらゴールドさんに全部言うんだよ!?」

 過保護な母親のようだ

「横着しないでパンツも毎日取り替えるんだよ!?
 靴は履きっぱなしだと水虫の原因になるから定期的に脱いで風に当ててね? それから…」

「……あ、あの、本気で大丈夫ですから……」

 さっきから船員さんたちが必死で笑いを堪えているのだ
 恥ずかしいなんてレベルじゃない…

「レン…ジュンの奴もガキじゃねぇんだからよ…」

 レグルスがフォローしてくれるが暴走したレンは止まらない
 今度はお節介なおばちゃんのように色々と世話を焼き始める

「いい!? 薬草はこの袋に入ってるからね!?
 非常食はこっちに…あ、あれ…どっちだったっけ…」

「馬鹿お前、食料は水に濡れない様に皮袋の中だろうが
 それでよ地図も一緒に入ってるからな?
 紙とペンはスケッチブックの間に挟めておいたから落とすんじゃねぇぞ? それとな…」

 いつの間にかレグルスも一緒になって解説してるし…
 もしかして、実はこのふたりって似た者同士なんじゃないだろうか…
 まぁ世話好きなのは共通しているかもしれないが



「ジュン殿、皆…心配しての行動でございますからお気を害されないで下さいませ」

「リノライさん、別に嫌なわけじゃないんで…」

 ただ、少し恥ずかしかっただけだ
 皆が心配してくれているのは良くわかる
 だから決して嫌ではないのだが――――

「ゴールドよ、夜はジュンに無理をさせずに睡眠をとらせてやるのだぞ?
 人間は我々よりもずっと繊細なのだ、充分な休息と食事を欠かすことは許されぬ
 いくら可愛い恋人とふたりきりの旅行といえども節度は守るようにな…道端で性急に押し倒してはならぬぞ?」

「――――――…☆」










 周囲の船員や仲間たち、そして通りすがりの者までが一瞬動きを止め、ふり返る
 ……カイザルさん……あなた、何もそんなことをこんな場所で、しかも大声で……
 見ていて気の毒なほど真っ赤に染まったゴールドに、俺とリノライはそっと合掌した

「…あの、申し訳ございません…カイザル王子がプライベートな事まで踏み入ってしまいまして…」

「―――――いえ…一応、心配してもらってるみたいなんで…」

「ジュンよ、我々は一応どころか物凄く心配しているのだぞ?
 普段からそなたは首筋にキスマークどころか歯形を付けて歩いておるしな…
 それに時々辛そうに、ふら付きながら歩いている日もあるであろう? リノライと心配していたのだ
 あのような状態で旅行など、許されることではないからな…それで一応、ゴールドに釘を刺しておいたのだ」

「か、か、カイザル王子っ!? そ、そんな、何も今その様な事を仰らなくても…あ、あの、ジュン殿…申し訳ございません …」

 ……………。
 そっか…カイザルさんはリノライさんと、そんな話してるんだな…

 俺はふたりから死角になるところで、こっそりゴールドをド突いた



「怖ぇな…オレたちもそんな風に言われてんじゃねぇのか…?」

「レグルスの服も首筋が丸見えだからねぇ…でも俺、歯形だけは付けてないよ」

 でも、それ以外は色々とつけてる
 この間は鞭の痕がついてたし―――いや、元凶はゴールドだが

「今度、色々想像が膨らむような物凄い痕つけてみよっか?
 王子様とリノライさんに、どんな風に言われるのか物凄く楽しみじゃない?」

「物凄い痕…って、やっぱり付けられるのはオレなんだろうな…」

 ふ、と遠くを見つめて自嘲気味な笑みを浮かべるその背に哀愁が漂う
 頑張れ……レグルス


「ジュン、以前から気になってたのですが…」

「どうした? ゴールド」

「はい、あのふたりって…レグルスさんの方が受け身なのですか?」

 俺に聞くな、そんなこと
 でも本当に…どうなんだろうな…少し気になる
 一見した感じだとレンの方が受けに見えるんだが

「でも、レンさんの方が強いよな…圧倒的に」

「全ての面でレンさんの方が勝っているのです…」

 本気で頑張れ、レグルスよ
 ボロクソに言われてるぞ

「…ゴールド、そっとしておいてやろう」

「…そうですね…聞くまでも無いような気もするのです」

 俺たちは優しく暖かい眼差しをレグルスに送った
 …強く生きろよ…



「ジュン、これも何かと役立つものだ…持って行くが良い」

 カイザルは俺の手を取ると、そっとそれを握らせる
 ずっしりと重い重量感と独特の香り
 それは―――――

「この世界にもあったんだな…ガムテープ…」

 何となく感動だ
 意外と共通の物が多くて俺としても嬉しい
 しかしリノライは両手で顔を覆っている
 ……確かに王子が持つにはアレかも知れないが…でもカイザルだから大丈夫

「用途は実に様々だ。 補強にも使えるし荷造りにも問題ない
 我の使用例としては手ごろな大きさに切り、リノのスネに貼り付けて一気に引き剥がす!!
 これがまた想像以上に効果があってな…見ていて面白いほどにスネ毛が抜けて…感動的だぞ?」

「カイザル王子、後生でございますから私が寝ている間にそのような悪戯をなさるのはお止め下さいませ…」


 ……………。
 何でリノライが顔を覆ったのか、良くわかった







 カイザル…鬼かお前は――――って、悪魔だったな…そういえば

「リノライ様も苦労なさっているのです…ボクは涙を禁じえないのです」

 あぁ、俺も何だか泣けてきた
 念願だったカイザルとの恋も実ったのに一向にリノライの哀愁が消えないと思ってたら…
 小学生レベルの悪戯が、まだまだ治ってないらしい

「苦労が多いな…前途多難…」

「ジュン、ボクの足にはガムテープ貼らなくていいですから」

 そういわれると、ちょっとやってみたくなるものなのだが…
 しかしその後の報復が恐ろしいので止めておこう
 …レンならレグルス相手に本気でやりそうで怖いな…

「ジュンよ、それと護身用のショートソードだ
 何かあったときの備えとして、これも持って行くが良い」

 手渡されたのは豪華な装飾を施された、いかにも高価そうな短剣だった
 ……まさかこれもリノライに使ってるんじゃないだろうか……

「その装飾には魔石が使われておりまして、魔力を持たないジュン殿でも守護を受けることが出来ます
 ゴールドと同じ属性――――土の加護を受けたものでございまして、貴方の身をお守り致す事でしょう…」

 そういえばトパーズのような色の大きな魔石の細工がついている
 魔石から微かに感じる暖かい力は確かにゴールドの放つ力と似ているような気がする

「ありがとう…でも、本当に綺麗だな…金と銀の細工で」

「それはアイニオス王家の紋章になっているのでございます
 一見しただけでは判り難いですが良くご覧になるとアイニオス≠ニ読める筈でございます
 アイニオス家の者は皆、このような王家の紋章を与えられるのでございますよ
 それに多少趣向を凝らしてありまして、生まれ持った属性を配慮した魔石が付けられているのでございます」

「生まれ持った属性を配慮って…?」

「土の属性はトパーズや琥珀といった宝石の魔石が付けられているのでございます
 風の属性のカイザル王子はエメラルドの魔石のついた王家の紋章を、冠として身に着けておられます」

 そういえばカイザルの冠も金と銀の綺麗な細工で出来ていた
 たぶんあの中の一部に王家の紋章が付けられているのだろうが――――ちょっとわからない

「我の兄上はガーネットの魔石の紋章を与えられたそうだ
 もし旅先で似たような細工でガーネットのものを見つけたら報告して欲しい」

 …それって、もしかしてゴートが言っていた紋章と同じものだろうか
 だとすると、物凄い手掛かりかも知れない
 第一王子が持っているであろう紋章と同じ形の物を持っている、ということだけでも充分心強い
 後は、これのガーネットバージョンを探し出すだけだ

「――――ジュン殿、如何なさったのでしょう…? 考え込んでしまわれて」

「え? あ…いえ、えっと…あ! あの、この短剣は誰の持ち物なんですか?
 カイザルさんのはエメラルドなんですよね? これは土の属性だから…えっと………誰?」

「…これは今は亡き我が父上の物だ
 城を出る際に墓前から持ってきたのだが…我は剣が苦手でな
 我が持っていても意味を成さぬが…しかし友に渡すのであれば父上も喜んでくれるであろう」

 …って、簡単に言うけど父親の形見なんだよな…
 こんな大切なもの、本当に俺が使ってもいいのだろうか

「ジュン殿、カイザル王子は少しでも貴方のお力になりたいと考えておいでにございます
 ……後生でございますから、どうかカイザル王子のその意思を汲み取って下さいませ…」

「あの、そんな頭を下げないで下さい
 えっと…あの、ありがたく使わせていただきますんで…」

 リノライを前にすると、どうも気が引けてしまう
 何だか自分が悪いことをしてるような気になるのだ
 そう感じるのは彼の丁寧すぎる遜った口調のせいだろうか

「あの、リノライさん…もう少しフレンドリーに話してくれると俺も会話し易いんですけど…」

「フレンドリー…でございますか? そう仰られても…困りましたね…如何致しましょう?
 多少乱雑ではございますが幼い頃の私の喋り方でよろしければ、そうさせて頂きますが」

 そう言うとリノライはそっと俺に近付く
 小声で彼はそっと囁く



「くれるってモンは折角だから貰っておけよ、邪魔になったら売り飛ばしても構わねーからよ」




 重低音


 ……誰だ、お前……というより、何者ですか
 そのドスのきいた声、どっから出してるんですか……?









「………………俺が悪かったです、今まで通りの喋り方をして下さい……………」


 本気で物凄く壮絶にこの上無く怖いんですけど
 というよりフレンドリー通り越して、脅しかけられてるような気がするのは何故ですか…?

「ふふふ…恥ずかしいものでございますね…お気に召しませんでしたか?」

「声色まで変わってたように感じたんですけど…」

 というより完全に別人だった
 何というか…レグルスとゴールドを合わせた感じだな…とにかく怖い

「ジュン殿は、どちらが素の私だと思われますか?」

「…………」

「………………」

 あぁ…その笑顔が怖い…
 そんな穏やかな微笑を浮かべて俺を見ないでくれ
 ……怖さが倍増する



「ジュン? どうしたのです…顔色が悪いのです」

「いや、意外とカイザルさんも苦労しそうだと思ってな」

 普段が穏やかであるからこそ迫力がある
 ここまで豹変されると流石のカイザルも怖いだろう

「…カイザルさん、地味にリノライさんてキャラ変わりますね」

「そうだな…リノは特にベッドの上で豹変することが多いぞ」

 ………どうコメントすればいいのだろう
 さぞかし怖いことだろうに違いは無いのだろうが
 とりあえず俺は心の中で手を合わせておいた

「ベッドの上で豹変…って、それは王子様がガムテープで寝てるリノライさんのスネ毛を抜こうとするからじゃないのかな ぁ?」

 ………確かにそれもありそうだ……
 気持ちよく寝ているときに、いきなりそんな起こされ方をしたら、どんな穏便な性格の持ち主でもキレるだろう
 あのリノライが一体どんなリアクションで痛がるのか見てみたい気もするが
 でもどちらかといえばいつも穏やかに微笑んでいるリノライが大爆笑している姿の方が見てみたい

「…そういえばゴールドってどんなリアクションするんだろうな…」

「何が…ですか?」

「いや、お前、いつも微笑んでばかりだから…本気で大爆笑したらどうなるのか気になってな」

 ゴールドが何度か怒ったり泣き顔も何度か見たことがあるが本気で大爆笑しているところはあまり見たことが無い
 笑い転げる程に爆笑している姿を想像しようとして――――無理だと諦めた
 普段の静かな笑みの印象が強すぎるのだ

「大爆笑…ですか? こう、膝を叩いてお腹を押さえて仰向けになって――――って、何をさせるのですか」

 いや、別に俺は今すぐここでやれとは言ってない…

「…旅先で笑えることがあれば、その時に思う存分大爆笑するのです
 リアクションの確認は、その時まで楽しみに取って置いて欲しいのです」

「じゃぁ俺もお前が腹の底から笑えるような楽しい思いをさせてやる」

「それではボクはジュンが憤死する程の恥ずかしい口説き文句を考えておくのです」

 …ガムテープ、口に貼って良いか?
 憤死するほどって…今でも充分凄いのに、これ以上ヤバいものを考えるつもりかお前

「よくそんな…次から次へと言葉が浮かぶな」

 ただでさえ口下手な俺には甘い言葉なんて到底思い浮かばない
 …例え思いついたとしても、口に出すことは出来ないだろう
 やっぱりああいう口説き文句はゴールドのような煌びやかな人物が口にしてこそ絵になる

「ラブソングとか歌っても似合いそうだな」

「歌…ですか?」

「俺は喋るのはどうも苦手だが、歌うのは割と好きなんだ
 だが、どうもラブソングやバラード系は苦手なんだが…お前なら似合うと思ってな」

 しんみりした歌は聴くだけで淋しくなったり悲しくなるから嫌いだ
 ラブソングは恥ずかしくて背中のあたりが痒くなる
 だから俺が歌うのは沖縄民謡か恋愛感情を抜きにしたロックが多い
 …まぁ、気分によっては切ない歌も口ずさむ時もあるが

「ボクは昔から歌が下手で…物凄く音痴なのです
 こんな酷い歌を聴いたら、鼓膜が痙攣を起こしてしまうのです」

 そっ…そんなに酷いのか…!?
 声は綺麗なのに勿体無い

「……あとで、ちょっとだけ歌ってみせてくれ」

 どれ程のものか、ちょっと聴いてみたい
 それに音痴だと言う奴ほど意外と歌が上手だったりする

「そうですか…? ジュンが望むのならいくらでも歌うのです
 でもボクの歌は『飛ぶ鳥落とす唸り声』という異名までつけられていますから…」

 と、飛んでいる鳥が落下する程の歌唱力って一体…
 しかも唸り声って…歌ってるのに…唸っている様に聞こえるものなのか…?

 まぁ誰にでも欠点はあるものだしな…
 それにしても意外だ…俺は早くもゴールドの新たな一面を発見したのだ





「荷物の積み込み、終わったよ〜 もう、いつでも出発できるってさ」

「ま、今生の別れってわけでもねぇし…気の済むまで行って来たらいいんじゃねぇ?
 オレは元気に帰ってきてくれたらそれでいいからよ、頼むから怪我や病気はするんじゃねぇぞ」









 レンとレグルスはいつもと変わらない笑顔で見送ってくれる

「くれぐれも気をつけるのだぞ?
 絶対に無理だけはしないようにな」

 カイザルは微かに涙を浮かべている
 そんな彼に白いハンカチを手渡しながらリノライが微笑む

「カイザル王子、そんなに泣いてしまってはジュン殿たちが困ってしまわれます
 さぁ…涙をお拭き下さいませ。 ちゃんと笑顔で見送って差し上げましょう……?」

 相変わらずリノライはカイザルの世話係をしている
 婚約しようが、このスタイルは変わることは無いのだろう

 …何だか羨ましい…
 長い年月を経て築かれてきた信頼と愛情――――


「ジュン、どうかしたのですか?」

「いや……何でもない」

 彼らのように俺たちも築いていけば良いだけのことだ
 これから何年も、何十年もの時を経て
 レンとレグルスのカップルにも、カイザルとリノライのカップルにも負けないように

「――――ジュン、そろそろ行きましょうか」

「あぁ、行こうか」

 もう船に乗り込むのにも慣れた
 顔見知りの船員が豪快に笑いながら俺の背を叩いてくる

「久しぶりだな、兄ちゃん…今度の航海は北東の大陸だろう? ご苦労だなぁ!!
 あんたらとは結構長い付き合いになりそうだ!! よし、景気付けに派手に行くか!?」

 ……相変わらず、人の良さそうな人だ
 始めてこの港から船に乗ったときから色々と俺に気遣ってくれていたが…


「ジュン君〜!! 船の中であんまりイチャイチャしちゃダメだからね〜?」

「お前ら、船員たちに見せ付けんじゃねぇぞ!?」


 レンとレグルスの声が甲板に響き渡る
 作業をして船上を走り回っていた船員たちの視線が一気に俺たちに集中した
 ――――は、恥ずかしいっ………!!


「………えっと、じ、じゃあ碇を上げてくっかな〜…はっはっは…」


 相変わらず気を遣わせて御免なさい…船員さん…しかもこんな内容で
 でもきっと、まだまだ色々と世話になるだろう…
 何か四方八方から好奇の視線を感じるし
 確かこの船…あと一週間は乗りっぱなしなんだけどな…前途多難だ

 汽笛が高らかに空に響く




「…船、動き始めましたね」

「そうだな…お、皆が手を振ってくれてる」

 次第に小さくなってゆく仲間たちの姿を俺たちは黙って見守った
 皆、俺たちを信じてくれている大切な仲間だ

「絶対に何か手掛かりを見つけて帰ろうな」

「はい…頑張りましょうね」

 黙って待っているのは性に合わない
 決して安全と言い切れない旅でも俺に不安は無い
 何も出来ずにタイムオーバーになるのことに比べれば旅のひとつくらい造作も無い

 それにゴールドがいるのだから独りでこの城を旅立ったときよりもずっと心強い
 ……最初は独りで旅立った道のりを、今度はふたりで辿ってゆける喜び
 身も心も安心して預けることの出来る相手がいる幸せ
 俺の隣にゴールドがいてくれる限り、何があろうと頑張れる


 陽はもう高くなり始めている
 肌寒い冬の海の上で、不意に肩に感じる温もり

「……船室に行きますか?」

 肩に置かれた大きな手
 その暖かさを、あともう少しだけ感じていたい…



 俺は首を振ると広い胸に頬を寄せて目を閉じた




―――― END ――――

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