「どうせジュンは止めても行きたいと言うのでしょう?
 だからボクは止めませんよ―――同行させてもらえるのなら、の話ですが」


 俺は翌日、早速ゴールドに昨晩の事を話した
 彼は黙ったまま地図を眺めていたが、意外と反応は落ち着いていた

「とりあえずリノライ様とカイザル様に、カーンがレンさんを狙っていると言うことは伝えておきます
 ただ、ボクたちが第一王子様を探しに行くと言うことは伏せておいた方がいいかもしれません
 おふたりに余計な心配をかけてしまいますし、魔法実験のプレッシャーにもなってしまうのです…」

「そうだな…実験はどんな感じなんだ?」

「そろそろ、実際に色々と呼び出してみる実験をするそうです
 まずは簡単に鳩やウサギなどを呼び出すそうですよ
 意識したものを確実に呼び出せるようにならなければ困りますから」

 ハトやウサギ…まるで手品だ

「じゃぁ、これからが本当の難関なんだな…」

「そうですね…何せ、あのレンさんが協力者なのですから…」

 一体、何が飛び出してくることやら…行き先不安だ
 願わくば、これ以上俺のような犠牲者を出さないことを…

「じゃあ、ボクはリノライ様とカイザル様に適当なことを言って許可を得てきます」

「ああ、旅行にでも行くと伝えてくれ」

 嘘をついて出かけるということに少し良心が痛む
 しかし、自分がやらなければ…というような使命感に燃えていた


「…でも魔女の罠だったら危ない―――とか思わないのか?」

「ジュンは有言実行しなければ気が済まない人間ですからね…
 それに、ジュンが会ったのが本当にゴート様であるなら信用できるのです」

「……知ってるのか?」

「ええ、リノライ様のお母様ですから」


 ……………。


 …………おかーさま………?


「―――って、えええええええっ!?
 嘘だろっ!? だってあの人…どう見ても30歳位だったぞ!?」

 リノライが今25なのだから計算が合わない
 それに失礼だが、正直言って全然似ていない

「ジュン、ボクたちは決して外見通りの年齢ではないのです」

「――――あ…そういえば、成長が途中で止まるって言ってたな」

 しかし、親子なのに年齢差が殆ど感じられなくなるとは…良く考えると恐ろしい
 親兄弟が皆、同じくらいの年齢……想像するだに不気味だ

「リノライ様はお父様似なのだそうです…リノライ様がお生まれになる前に亡くなられたそうですが」

「あ…似てないと思ってたんだ
 父親似なのか…あの人は母親似だと思ってた」

「そうですね…リノライ様はその辺の女性よりもずっと美人ですから
 ですが、そのせいで色々とご苦労なさったようですよ…?
 ですからあまり容姿の事を言われるのがお好きではないようなのです」

 魔女たちから妬まれたのだろうか…
 綺麗な顔で生まれてくると色々と苦労がたえないようだ
 ……そういえば、第一王子も綺麗な顔だという噂だ……

「顔が良いって言うのは、何も得なことばかりじゃないんだな…」


 俺は溜め息をつくと、ベッドの上に腰掛けた






「ええぇ〜!? 本当に行っちゃうの!?」

 レンが不満そうな声を上げる
 頬を膨らませて拗ねたかと思うと次の瞬間には悲しそうに瞳を潤ませる

「いいんじゃねぇの? 若いうちにやりてぇことやっとくってのは悪い事じゃねぇぜ?
 …それにお前は一度やるって決めたら聞かねぇもんな…だからオレは止めねぇよ」

 レグルスは笑顔で俺の肩を叩くと一言、頑張れと激励の言葉を贈ってくれる

「うむ、夢があって実に良い事だ…我も応援するぞ
 だがくれぐれも危険な所に近づいてはならぬぞ?
 それと定期的に手紙を寄越すようにな…出来ればたまに顔も見せてもらいたいのだが」

 ゴールドは皆に、俺がスケッチ旅行に行きたいと説明した
 皆の反応は様々だったが、最終的には賛同してくれたらしい

「スケッチブック片手に様々な大陸を渡り歩き、その姿を絵にする…
 実に素晴らしい試みでございます…私も応援させて頂きますよ
 今から絵の完成が楽しみです…ジュン殿の絵の才能は実に素晴らしいものでございますし」



 実は先程、昨晩描き上げた絵画を皆に見せたのだ
 言うまでもなく、あのゴールドの油彩画だ
 最初は恥ずかしくてゴールド本人には見せたくなかった
 しかし思いの他良い仕上がりになったので見せても良いかな、という気持ちになったのだ

 その絵を見た瞬間、ゴールドは大きく目を見開き――――そして全身を真っ赤にして恥ずかしがった
 レンとカイザルは純粋に感嘆の声を上げて俺の絵を褒めてくれた
 レグルスは肘でゴールドを突いたり口笛を吹いたりして囃し立て、リノライにはカイザルの絵も描いて欲しいと頼まれ



「まぁ、あれだけの才能があるんならよ、あちこち行って修行してくるってのも良いよな
 ジュン…お前は将来、絶対有名な絵師になるぜ? どうせなら宮廷芸術家になってみたらどうだ?」

「それは良い考えだ…ジュン、そなたには是非この城の様々な姿を絵として残してもらいたい」

 カイザルとレグルスには既に俺の将来像が見えているらしい…
 俺は良心が痛むのを感じながらも、笑顔で彼らに返事した
 ――――辻褄を合わせるためにもスケッチブックは持参していこう…

「ゴールドさんもジュン君と一緒に行くんだよね?
 ねぇ…俺たちの方から連絡するにはどうしたらいいかな…
 召喚実験が成功したら帰ってきて欲しいんだ。いつになるかわかんないけど」

 レンは相変わらず淋しそうだ
 最近になって知ったのだが、実は俺の事を弟のように思ってくれているらしい
 一見年下に見える彼に弟扱い――――複雑な心境だが嬉しい気持ちもある

「手紙に目的地を書いて送りますから、その地方の宿屋宛にでも手紙を下されば良いです」

「うん…じゃあ、心配だけど……手紙、楽しみに待ってるね」

「それじゃあ手紙と一緒にイラスト画も同封します
 …あと、ゴールドがいるから心配は要りません…彼、強いから」

 俺にとって一番強いのはゴールドだ
 どんなに凶暴な化け物が現れても彼がいれば怖くない

 俺の手の上に、そっと暖かい手が重ねられる
 その温もりに心の中まで暖かくなった

「ジュンを護ります…頼りにしていて下さい」

 口下手な俺は何も言えず――――それでも、その手を強く握り締めた


「…ラブラブだねぇ…」

「おう…すげぇラブラブだな…」

「見せ付けて下さいますねぇ」

「うむ…何か…見ていてドキドキしてくるな…」



 …………。
 達観されてしまった……見せ物じゃないのだが…
 俺たちは咳払いをすると手を離す

「別に遠慮しなくてもいいのに…もっとイチャついていいんだよ?」

「……………いえ、遠慮します…………」

 そういわれると改めて物凄く気恥ずかしい思いが湧いてくる
 最近はスキンシップも普通にこなして来ていたが……
 カップルだらけの環境で生活しているせいか感覚が鈍っているのだろうか

「ふむ…ゴールドは大人しい性格だと思っていたのだが…意外と男らしいのだな」

 普段は猫かぶってるからな…
 しかし奴の本性が口説き魔人であることを忘れてはいけない

「本当に男らしいよなー…オレ、初めて剣持って敵に突っ込んでいくところ見たときは飛び上がったぜ?
 ニコニコ笑ってるだけの大人しい野郎だとばっかり思ってたからよ、正直言ってビビったぜ、あれはよ」

「その点から言ったらリノライさんもそうでしょ?
 何か俺思うんだけど…ゴールドさんとリノライさんって似てるよね〜」

 …胡散臭い笑顔がか?
 それとも猫をかぶってるところがだろうか…

「我はゴールドよりもレグルスの方がリノに似ていると思うぞ?」

 ……………。

 しーん……

 カイザルの一言でその場は静まり返った


「……レグルス……って、これ!?
 ちょっとカイザルさん、それはあまりにもリノライさんに失礼だよ〜!!」

「――――って、こら…お前の方が失礼じゃねぇか!!」

 恋人にこれ∴オいされたレグルスは少し傷付いたようだ
 しかしそんなことよりもカイザルの一言が気になる

「あの…具体的に、どの辺が似てるんですか…?」

「口調だな。あの喋り方…若い頃のリノライを思い出さずにはいられぬ」

 次の瞬間、全員の視線がリノライに集中した

「……あの…皆様、そんな脅えたような瞳で見つめないで下さいませ……
 それに、これは…あくまでも若い頃の話でございます。今ではかなり落ち着いたことですし」

「だが我としては、あの口調でタバコをくわえてテーブルに足を乗せて踏ん反り返っている姿も嫌いではなかったぞ」

「そうですか? タバコを吸う度に不良だと罵られた覚えがございますが」

「火さえつけなければ我も文句は言わぬぞ」

 それじゃあタバコの意味が無い…
 いや、それもりも
 リノライさん…昔に何かあったんですか…?

「と、とにかく後生でございますから過去の汚点を暴露なさらないで下さいませ
 私はもう心を入れ替えて誠心誠意でカイザル王子に御仕え致しております
 もう貴方様の前ではその様な見苦しい真似は致しませんから…若き日の過ちはお忘れ下さい」

 貴方様の前では=cって、じゃあ他の人の前だったらどうなるんだろう…
 あぁ…先日のタバコ事件以来、何だかリノライがどんどん遠い存在に感じられる…

「じゃあレグルスもあと5年したらリノライさんみたいに落ち着いた大人になるかなぁ?」

「…………………それは……どうでしょうね?」

 リノライさん…今の間は一体…
 返答に困る気持ちはわかるが

「私の場合は女性に間違われることが多かったので意図的に言動を変えておりました
 世間に乱暴者だと思われても、女性に間違われるよりは精神的にもずっと楽でございましたから」

「そっかぁ〜…うん、リノライさんって女顔だもんねぇ〜…
 でも身長も高いし意外と体格もがっしりしてるから女の人には間違われないんじゃないの?」

「ええ、最近ではそうでございますが…10代半ば頃までは比較的小柄で華奢な体格でございましたもので…
 それがよくぞここまで成長したものだと、我ながら感心してしまいますね…今ではカイザル王子よりも長身でございま すから」

 この顔で華奢で小柄だと…本気で女性だと思われるだろうな…
 そんなリノライも、ちょっと見てみたかったような気もするが

「リノライさんって背が高いよね〜ゴールドさんと同じくらいかな?
 俺はジュン君と同じくらいの背だよね? カイザルさんは…それよりも少しだけ高いかな?」

「……やっぱこの中でもオレが一番…背、低いんだな……」

 レグルスは少し不貞腐れて頬を膨らませる
 どうやら彼は身長にコンプレックスを抱いているらしい…

「え、でも…そんなに違わなくないか?」

 ぱっと見た感じ、俺やレンとそう変わらない様に思える
 しかしレンはにんまりと笑うと、レグルスの足元を指差した

「それがそうでもないんだよ〜レグルスってね、実は厚底の靴履いてるんだよ
 この靴のおかげで5、6センチは誤魔化してるよね〜? あはは…可愛いなぁ…」

「う…うるせぇ…自分が3センチ背が高いからって…」

 この3センチの身長差がどうしても飛び越えられない壁なのだろう
 たかが身長差、しかし彼にとっては意地とプライドがあるらしい…

「別にそんな事いちいち気にする必要ないのにねぇ…?
 体格も持って生まれた個性のひとつだと思ってあげたらいいじゃん」

「…………じゃぁレン、お前のその三段腹も個性だと思っていいんだな?」

「誰が三段腹だよっ!? まだ辛うじて、そこまでは行ってないもん!!
 それにね、これでも最近は少しずつだけど引き締まってきたんだから!!」

 …まだ辛うじて、って…
 でも良く見たらレンの服ってさり気無く腹を締めて押さえてるよな…
 この皮の服を脱いだらどんな腹をしてるんだろう…いや、そんな事考えたら失礼か
 ちなみに俺はこっちの世界に来てから少し痩せた
 主な理由は歩く機会が増えて運動不足が解消されたためだろうと思われるが…

「まぁ、お前もこれはこれでいいじゃねぇかよ?
 暖かくって柔らかくって、女みてぇに抱き心地も良いしよ」

「女の人、抱いたことあるの?」

「いや、ねぇけどよ」

「……だめじゃん……」

 脱力するレンの姿に思わず俺たちは苦笑を漏らした
 本当に良いコンビだ…恋人として、そして漫才コンビとしても申し分ない
 素でこういう会話ができるというのは、ある意味羨ましいものだ

 リノライとカイザルのカップルも色々と問題は尽きないが、それでも少しずつ壁を乗り越え始めている
 毎日毎日、日を重ねるごとに二人の仲が進展していくのが目に見えて微笑ましい

 先日は二人で夕暮れの砂浜をデートしたらしい
 その後、沈む夕日を背に波音を聞きながらのファースト・キス……
 別に俺が無理に聞き出した訳ではない
 …事細やかに惚気混じりで報告してくるのだ―――二人して

 別に惚気るのは構わないが…コメントに困るし、何より恥ずかしい…
 まぁ、二人が幸せならそれでいいが…砂どころか砂糖を吐きそうになる俺の気持ちもわかってくれ、頼むから

 …でも、無意識に俺たちも皆に見せ付けてたりするんだろうな……
 ちら、とゴールドの方を盗み見る

「どうしたのですか?」

 ……盗み見た筈なのに、ばっちりと目が合ってしまった……
 どうやらゴールドはずっと俺のほうを見ていたらしい

「いや、皆ラブラブだなと思ってな…」

「ボクたちだって負けてはいないと思うのです
 でもジュンが足りないと思うのなら……今夜からもっと頑張るのです」

 何をどう頑張るつもりだ、お前…
 妙に意気込んでいるゴールドに俺は一抹の不安を感じた

「いや、いらん…今のままで充分だ」

「―――――ちっ」

 おい、お前…今、舌打ちしなかったか?
 何だかキャラ変わってるぞ…いや、むしろこれが本性なのか!?
 ゴールドもリノライも一体、何匹猫をかぶっているのだろう…

 ちょっとづつ剥いでゆくのも楽しいかもしれない
 …ちょっと怖いような気もするが

 とりあえずは目の前のこの男の化けの皮を剥ぎ取ってやるか…
 人には色々な一面がある
 いつか、その全てを知り尽くしたい

 ――――何でも良い、もっともっとゴールドの事が知りたいのだ

 俺はゴールドの手にそっと指を絡ませると、これから始まる二人きりの旅に思いを馳せた 



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