「ええと…たぶん、これが雑草だよな…?」

 小さな細い草を抜きつつ、もし食用だったらどうしよう…という一抹の不安がよぎる
 けれど、どう見ても雑草だし…たぶん何とかなるだろう

「これって何の実なんだろう…トマト? 桃?」

 見たことも無い野菜や果物のオンパレード
 朝食も兼ねて味見に興じてみる
 全体的に糖分の強いものが多いことから、やっぱり甘党なんだなぁ…と、しみじみ思ってみたり

「…見た目はキュウリっぽいのに味がバナナっぽい…」

 共通点は細長いこと…だけ
 他にも梅干のような果実やマカロニのような木の実、巨大なヘチマのような瓜など本当に見飽きないものばかりだ

「…これなんて、いかにも毒がありそうだけど…」

 俺が手にしたのは紫色の果実――緑の斑点付き
 しかも謎の毛がぼさぼさと生えていたりと胡散臭さ抜群だ



「これはちょっと口に入れる気になれないな…」

「―――食わず嫌いは良くないけど?」

「…………」

 まさかそこで突込みが入るとは思っても見なかった
 思わず動きがフリーズする
 明らかにメルキゼの声とは違う高い声

「……どちら様ですか?」

 視線を投げかけると、そこには何故か少女が立っている
 そういえば、たまに森に入ってくる人間に化け物扱いされるとメルキゼが嘆いていたっけ…
 ということはこの少女もその類なのだろう
 …花摘みか山菜採りか芝刈りか…どっちにしろ恐竜が出る森に入るとは凄い勇気だ

「ちょっと薬草採りに来たんだけどノド渇いちゃって
 そこのあなた、悪いけどお水くれない?
 あ、何だったら果物でも―――いや、やっぱり果物の方がいいわ」

 態度がでかい上に図々しい
 …まぁ、俺の世界でもこの世界でも、少なからずそういう人間はいるものだ
 別に気にしないからいいけどね…後輩で慣れてるし

「この毛の生えたやつでも、いいっすか?」

 口に入れる気になれない果物を、あえて他人に勧める俺
 どうやって食べるのか、ちょっと興味があったのだ

「まぁそれでもいいわ…早く頂戴よ」

 手を伸ばす少女に、俺は謎の木の実を二つ握らせる
 少女は礼も言わずに実に齧り付いた

 ……毛、口に残らないのかな?
 ちょっと心配になってみたりして…
 けれど一心不乱に木の実を頬張る姿に、余程のどが渇いてたんだなぁと思わずホロリ

 見た感じ、歳は15〜16くらいだろうか…
 白――というよりは赤っぽいような気がする肌と限りなくオレンジに近い茶色の巻き髪が特徴
 手の平に乗るくらいの小さな帽子がチャームポイントだろうか…

「でも、女の子ひとりで…って危険じゃないかな?
 この森って結構凶暴な奴が出るからさ、いざとなったら危ないよ」

 あえて恐竜という言葉は伏せておいた
 下手に怖がらせて『帰れな〜い』とか言われても困るし―――

「そういえばこの山ってリザードとかワーウルフとか…アンデット系のモンスターも出るって言うわよね
 でもそんな雑魚モンスターなんて、アタシの情熱的な火炎魔法で黒焦げにしちゃうから脅威でも何でもないわ」


 …えーっと…
 いかにもRPG世界って感じの単語が満載なんですが―――何処に突っ込んだらいいのやら…

「…えっと…もしかして、魔女っ娘…ってやつ?」

 確かに言われてみれば魔女っ娘ファッションと言えなくもない
 小さな尖り帽子とかは定番かもしれないけれど……魔法の変身ステッキは持っていないのだろうか

「―――あなた、もしかして魔女って見たことないの!?
 普通の人ならアタシの姿を見ただけで恐れるって言うのに…
 通りでアタシを見ても普通に喋ってくるなとは思ってたのよ―――ふーん、そういうことね
 まぁ…いいわ、こんな山奥に住んでる田舎者ですものね…果物も貰ったことだし大目に見てあげるわ」

 別に、好きで山奥暮らししてるわけじゃないんですけど…
 この世界に来てまだ数日の俺にそんな知識を求められても困るし

 …でも、これがこの世界の魔女なのか…
 良く見ると頭から赤くて小さなツノが生えていたり背中から羽が生えてたりしている
 魔女というよりは悪魔といった感じだ



「俺、魔女って初めて見た…」

「でしょうね…所詮は田舎者だし、顔も平凡ね〜
 服だって地味だしダサいし薄汚れてるわよ?
 でも基礎の素材自体はそんなに悪くないから磨けば光るかもね」

 決して褒めてるわけじゃないんだよね?
 悪意を込めてるわけでもない―――って思ってもいいのだろうか…







「でもこんな感じのダサ男の方が、かえって自分好みに育て易いのかも…
 田舎者だから、ある意味世間知らずなのよね―――って事は色んな事を教え込む楽しみも…」

「………あの、もしもし………?」

 真正面から人をじろじろ鑑定するのは失礼だとは思いませんか?
 ああでも最近の娘はそんな事気にしないのかも知れない

 にんまりした含み笑顔が、ちょっと気になるけれど…

「ふっ…まぁ、あなたが気にすることじゃないわ
 全部アタシに任せておきなさい…悪いようにはしないから」

 一体何を任せるというのだ
 別に頼みたいことなんて無いのだけれど…というよりメルキゼで充分間に合ってます
 それに以前メルキゼが魔女に騙されて、物凄い耳を生やされたって話も聞いてるし…
 どうしても魔女って聞くと良いイメージが湧いてこない

 もしかしたら俺の世界に戻る方法を知っているかもしれないけれど―――
 でも、俺はあくまでメルキゼに頼りたかった
 優しく献身的に接してくれる彼はこの世界で一番信頼できる人物だ
 魔女の魔法に行く先を委ねるのは最終手段にしたい

「…あの、魔女さん…」

「アタシの名前はリャンティリーア・ナーマンよ
 でもリャンっていう愛称で呼んでくれて構わないわ」

 それは本当に助かります…
 絶対にフルネームなんて覚えられそうに無いんで

「俺は…えーっと…カーマイン…っす」

 実は本名じゃないけれど
 まぁこの世界ではカーマインと名乗って生きていこう…

「あら…人間にしてはそれなりに良い名前なのね
 うん、この名前なら覚えておいてあげても良いわね」

 本当に高飛車だな…
 彼女が特別なのか、それともこの国の女がそうなのか、はたまた魔女の方言なのか…

「アタシ、しばらくの間この森に薬草採りに通うから
 ―――あぁ…お茶の用意はしてくれなくても結構よ
 気が向けば、ついでにあなたの顔を見てあげてもいいかな〜ってくらいだから」

 別に来なくてもいいんですけど…
 何か、ちょっと苦手なタイプだし



「―――あっ!! 薬草…夜までに御姉様に届けるんだったわ
 アタシともっと喋りたかったでしょうけど今日はこの辺までね」

 やっと帰ってくれますか
 俺としてもそろそろ家に戻らないとメルキゼが心配しますんで…

 少女の姿が少し小さくなった瞬間、俺は家へと猛ダッシュした



「―――メルキゼ、ごめんな遅くなって!!」

 メルキゼは裁縫の手を休めて俺が買ってきた魔法書を読んでいた
 テーブルの上に置かれたコーヒーカップがとても様になっている

「――え…あぁ、もうこんな時間か
 随分熱心に草むしりをしてくれたのだな…ありがとう」

 いえ、本当はあまり草むしってません
 雑談して過ごしてました―――…


「それ、魔法書と地図だよね?
 俺の世界について何か収穫あった?」

「地図と照らし合わせて調べてみているのだが…ニホンという島国は地図上には無いらしい
 だが…気になるのは召喚魔法という物質を所定地に転送する魔法なのだけれど…
 けれどもこの魔法には水の属性の魔力が必要で―――…しかしこの辺には水属性の生物などいないし…」

 属性…って、やっぱりゲームでよく出てくる奴なんだろうか

「私はまだ水属性の者を見たことが無いのだ
 どうやら山奥で水属性は無縁の存在のようだな…」

「ちなみにメルキゼは何属性?」

 猫属性―――とかだったらどうしよう…
 お嬢様属性とかお笑い属性とかでも面白いかもしれないけど

「……私は火の属性だ」

 何だ、普通の答えだなぁ
 でも火か…やっぱ火を熾すのが上手なのはそのせい?

「残念だ…私が水属性なら召喚魔法で君を帰すことが出来たかもしれないのに…すまない」

「謝るなよ…別にメルキゼが悪いわけじゃないって
 それに召喚魔法だからって世界を超越して転送する事は不可能かも知れないし
 調べればきっと他にも何かの方法が見つかるって…だからほら、耳寝かさないで」

 俺は、しゅ〜んとなった猫耳を指で突きながら(意外と良い手触り…)彼を励ます
 自分の問題なのに、自力ではどうすることも出来ないのだ
 ここは何としてもメルキゼに頑張ってもらうしかない

「そうだな…一番辛いのは帰るに帰れない君自身だものな
 私が落ち込んでもいられない…他の手段を探そう
 しかしこの魔法書一冊だけでは心許無いな…資料がもっと必要だろう
 出来れば君のケースと似たような事例が載っていそうな超常現象などを集めた本が良いかも知れない」

 …確かに、俺と同じような境遇の事件が起こったなら超常現象や怪奇事件としてファイルされている可能性がある
 それを読めば、どうやってその人物が元の場所へ帰ったのかもわかる筈だ
 ―――まぁ、俺にしてみればこの世界自体が超常現象の塊なんだけど……


「レザナ村で手に入る資料など知れている…ティルティロ国まで行くしかないな
 ティルティロ王国はこの世界の中心となる国だ…きっと膨大な資料があることだろう」

「テルテロ…? それってどのくらいで行けるの?」

 この世界に飛行機や新幹線は流石に無いだろう
 だとすると馬車や船…コストは安そうだが所要時間が気になる
 我侭など言っていられる状況ではないが、出来れば学校が始まる前に帰りたい

「コリエリ大陸からティルティロ王国までは―――最短距離で行っても一月以上は掛かるだろう…」

「ひ、ひと月っ!?」

 そんなに掛かるの―――って、その間ずっと旅の空!?
 最初は数日のキャンプ旅行の筈だったのに、いつの間にか旅と化している

「この地図を見て欲しい…私たちが今いる所はこの森だろう?
 そして、この町から船に乗りティルティロを目指すわけだが―――」

 メルキゼは地図に印をつけて説明を始める
 しかし地図を見ただけで俺は気が遠くなるのを感じた

「…緑色の所が森でしょ? 青い所が湖で…オレンジは山…?」

「そうなるな…赤い印がついている所が町のある場所だ」

 メルキゼは船が出ているという町に印をつける
 現在地の森からは―――かなり離れていた

「ティルティロへ行く途中に小さな島国がいくつかある
 船旅に疲れたらここで休息をとるようにして―――…どちらにしろ長旅になりそうだが…」

 そういってメルキゼは進行ルートをペンで書き込んだ
 これがどのくらいのスケールで描かれているのかわからない
 ……わからない方が幸せなんだろう、きっと……







 こうなったら、やってやろうじゃないか
 ここまで苦労して収穫無しだったら諦めもつくというものだ


 俺は半ば自棄になりつつ、旅に出る決意をしたのだった


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