あれから一週間が経過した
 相変わらず問題は山積みだが魔法実験は順調に進んでいるらしい
 俺とゴールドは部屋で勉強をしたり城下町を散歩したりして過ごしている


「ジュン、そろそろ実際に魔石を細工してみませんか?」

 ゴールドが手の平サイズの魔石を机に並べた
 色は青や緑など実に様々だ

「何か宝石に傷をつけるのって抵抗あるな
 失敗したら勿体無いし…まだ不安なんだが」

「そうですか? せっかくジュンの新しい服が完成したのです
 自分で作ったマジック・アートの装飾品を付けてみたくはありませんか?」

 壁にはシルクの豪華な服が掛けられている
 しかし俺もレンもまだ新調した服に袖を通してはいなかった
 理由は簡単、着て行く場所が無いからだ
 俺もレンも室内で缶詰になっている毎日なのだ
 庶民の俺たちは豪華な服を意味も無く着る気にはなれなかった。…汚したくないのだ

「そう言って俺に着せようとしても無駄だぞ
 どうせカイザルさんの結婚式には着る予定なんだ
 その時までにはマジック・アートの飾りも完成してるだろう」

 先日、カイザルとリノライが結婚すると言う話を聞いた
 あまりにも唐突過ぎる展開だと俺たちは面食らったが、皆も心から祝福した
 挙式はワイバーンの召喚に成功した時とのことらしい
 急遽ゴールドとレグルスの分もパーティ衣装を作ったので、俺としてはその完成も待ち遠しい

「……記念すべき第一作はお前にプレゼントしたいな…」

「え…いいのですか?」

「失敗作でも返品不可だけどな」

 照れ隠しにそんなことを言ってみたが、本気で失敗作を押し付ける可能性もあるから笑えない
 しかしゴールドにプレゼントするという目標が出来たことで、更に熱が入る
 既に俺の頭の中では構想を練り始めていた

 初心者でも比較的彫り易そうなものにしよう
 それでいてゴールドに相応しそうな効果を持ったものを選ばなければ
 魔石は強い魔力に反応する宝石だが、彫り刻む事によって様々な効能を持つ

「凄く、楽しみにしています」

 ゴールドは眼鏡の奥で穏やかな笑みを浮かべていた




「……やっぱり金縁にしたいな……」

 俺は城下町にある露店で宝石を物色していた
 旅の際リノライから路銀としてもらった金貨は、そのまま俺の持ち物となっている
 出来るだけ節約を心がけているが、ゴールドが身に付ける物となると奮発もしたくなる

 彼の見事なブロンドの髪と瞳にも劣らないような上質の金を使いたい
 自分の彫った魔石を、磨き抜かれた上質の金細工で縁取ればそれなりに見栄えもいいだろう
 少し長めの金のチェーンにつないで、ペンダントにしてプレゼントしたいと思う

 少しでも良い物を買いたくて、俺は目に付く全ての宝石店へと足を運んでいた

「どれもあまり変わらないな…」

 思うような成果が見られない
 渋い顔でショーケースをのぞいていた時だった

「―――あたし、この真珠のピアスが欲しい」

「………!?」

 若い女性の声
 忘れもしない、ゴールドに怪我を負わせた魔女の声だった

「お、お前…っ!! 何でここに…」

「好きなのよ、宝石。 ねぇ買ってよ、いいでしょ?
 別に、あたしは騒ぎを起こす気も攻撃する気も無いのよ
 ただ宝石が欲しいだけなの…良い情報をあげるから、買ってぇ?」

 本当は胸倉を掴んで殴り飛ばしてやりたい
 しかしここは街中だし魔女と戦えそうな人もいなかった
 何とかして彼女を城の方へ連れて行って、捕らえてもらわなければならない
 俺は煮え返る思いを気合で押さえ込んで店員に金貨を手渡した

「わぁ…本当に買ってもらえるなんて思わなかった
 見かけに寄らず大金持ってるのね〜…これ、結構高いのに…!!」

 魔女は飛び上がって喜びながらピアスを受け取った
 何も知らない人から見れば、無邪気な可愛らしい少女の姿に映るだろう
 俺は上機嫌の魔女を連れて店の外に出ると、人気の無さそうな公園へと誘った


「ねぇ、つけてみてもいい?」

 彼女は買ってもらったピアスの事で頭が一杯らしい
 小さな耳を両手で何度か揉む様な仕草をしている
 すると、次の瞬間―――いきなり彼女の耳が長く尖がった

「うわっ!?」

「ふふ…驚いた? 人間と話すから怖がらせないように耳を小さくしてたのよ
 でもピアスをするときには元の大きさにしないとピアスホールがどこかわかんなくって…」

 魔女は耳の大きささえも自由に変えられるらしい
 俺は今の状況がいかに危険か思い知らされた
 しかし彼女は俺に対して、まるで警戒心を抱いていない
 無力な人間は敵とさえも思っていないのだろうか

「どう? 似合う?」

 彼女は大きなピアスを耳から下げて喜んでいる
 プラチナの大きな輪に、小さな真珠がぶら下がっているというデザインのピアスだ
 値段は金貨が二枚分――――日本円にすると4〜5万円くらいだろうか

「何か物凄く気に入っちゃったわ、これ…
 そういえばあなた、さっきから宝石店巡りしてるみたいだけど、金色の彼へのプレゼント?
 あそこまで見事な金色っぷりだと普通の金じゃ見劣りしちゃうわよね〜
 そこで!! あたしからのアドバイスよ。 あの彼には普通の金よりもオリハルコンの方が似合うと思うわ
 オリハルコンって知ってる? 結構強い魔力を持った希少価値の高い金なのよ〜ちょっと値は張るんだけどね」

 …オリハルコン…そういえば厳重なケースに入れられていた金色の石があった
 いくつかの店で見かけたが、透明感のある金色の石で自ら眩い光を放っていた
 金を買うことで頭が一杯で、あまり気にも留めていなかったが確かにあの石を使えば豪華だろう









 あの石はあまり凝った細工はせずにシンプルなデザインにした方がいいだろう
 その代わり、魔石のデザインを少し工夫して――――……


「……あ……」


 あれこれ構想を練っているうちに、いつの間にか空は茜色に染まっていた
 当然ながらそこに魔女の姿は無い
 ―――しまった……不覚
 考えに没頭している間に、魔女を捕らえる機会を逃してしまった

「……馬鹿か、俺は……」

 一直線な性格なのは長所でもあり短所でもある
 一度こうだと決めたらなかなか考えを曲げず、行動してみなければ気が済まない
 絵を描き始めたら時間が経つのも忘れて何時間でも没頭してしまう
 何かに集中してしまうと他の事が頭に入らなくなってしまう性格なのだ

 俺は頭を抱えつつ、しかし手ぶらで帰るのも癪なので先ほど寄った宝石店へと急いだ
 そこでシンプルなデザインの純金のチェーンとオリハルコンの小さな破片を買う
 オリハルコンは想像以上に高価で小さなものなのに金貨12枚もの値段がした
 後悔はしないが大きな出費はやっぱり痛い
 仕方なく魔石はゴールドが持ってきてくれた石を使うことにする

 確か深い緑色の魔石があった筈だ
 あれで凝った細工を彫ろう

「……そういえば、あいつ…何か用があったんじゃ……?」

 本当に宝石が欲しかっただけだとは思えない
 しかし特に何もせずに彼女は帰ってしまった
 意図の読めない行動に一抹の不安を覚える

 しかし今更どうしようもない
 俺は仕方なく帰路についた

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