「……少し派手じゃないか……?」

 俺は仕立て屋が取り出した生地を見て呟いた
 あまり柄物は好きではない

「ジュンは暖色系が似合いそうなのです
 この布はどうですか? 伸縮性もあって動きやすそうなのです」

 俺の服の仮縫いにはゴールドが付き添ってくれている
 隣の部屋では他の仕立て屋がレンの服の仮縫いをしている筈だ
 先程部屋を覗いたら、レグルスが率先して生地選びをしていて、何とも仕上がりが楽しみだ

「この生地はマントにすると格好良いのです
 紐で結んで…何か装飾をつけても素敵なのです」

 光沢のあるシルクを手に取ると、仕立て屋もそれに便乗した
 俺を担当している仕立て屋は想像していたよりずっと歳若い女性だった

「黒い生地に金や赤の糸で刺繍を施しても素敵ですわよ?
 宝石をお使いになるなら…そうね、ガーネットとか…黒真珠も良さそうですわ」

「ジュンの肌の色に合いそうなのです
 琥珀も瞳の色に合いそうなので良いのです」

 当の本人である俺は何だか蚊帳の外だ
 仕立て屋とゴールドは生地や宝石を前に妙に盛り上がっていた

「ジュンは何色が好きなのです?
 色の種類は豊富なのです…好きな色から選んで欲しいのです」

「…俺は黒とか赤…白とか茶も好きだな」

「上着の裾丈は如何なさいましょう?
 今は長めにして飾り帯を巻くのが流行ですわよ」

「服に合ったアクセサリーも特注できますか?
 ―――ジュン、確かピアスを落としたと言ってましたよね?」

 そう言えば…いつどこで落としたのかわからないが確かにピアスは失くしていた
 別に高価なものではない―――プラスチック製の黒いボタンのような装飾のついたピアス
 特に気に入っていた物でもないので、落としても何とも思っていなかったが……

「ルビーとかも似合いそうなのです…金の縁取りで…」

「でしたら、その下に純金製のチェーンをつけては如何かしら?
 その先に黒真珠をつけて…微かな振動にも揺れて輝きますわ
 決して華美過ぎず、しかし落ち着きのある華やかさがありましてよ」

 そんな豪華なピアス、絶対に落とせない
 あまり宝石に興味は無いが折角だからひとつ位持っていてもいいかもしれない

「…あまり値の張る物は良心が傷む…」

 金額は全てカイザルが支払うことになっている
 カイザルもリノライも、俺への感謝の気持ちだから遠慮はするなと言ってくれたが…

「この布にこれを重ねて…上からこれを…」

 ゴールドはいかにも高価そうなシルクを手に取ってゆく
 ―――頼む…少しは遠慮してくれ……

「俺はシンプルなのがいい…」

「そうですか? ジュンなら何を着ても似合いそうなのです
 折角ですから普段着ないような服を着てもらいたいのですが
 ――――この白いシルクでウエディングドレスのような服はどうです?」

「絶対イヤだ」

「……似合いそうなのに……」

 似合うはずが無い
 実はマニアックな趣味なのだろうか…

「マントも色々と使い道があるのです
 これでプレイの幅も広がるのです」

 何のプレイだ何の……

「でしたらストイックなデザインになさいます?
 じわじわと脱がせる楽しみが倍増なさいますわよ」

 こら仕立て屋…
 何を恐ろしいことを…っ!!

「上半身はストイックで。でも下半身のガードは甘くして欲しいのです」

「悪戯しやすいように……ですわね」

 ―――こら、ゴールド……
 そして仕立て屋も何を考えている
 一体俺にどんな服を着せるつもりだ






 俺は、げんなりとした気分を抱えたままソファに座った
 このまま任せておくのはかなり不安だが、あまり関わりたくない
 運を天に任せて、俺は完全に蚊帳の外に居座ることに決めた



 服のデザインが決定したのは一時間後の事だった
 早いもので、服は明日には完成するらしい
 やっぱり魔法か何かで縫い上げるのだろうか…

 俺は精神的に疲れた身体を休ませるために庭へと出ていた
 レンとレグルスはリノライと共に魔法実験に勤しんでいる
 ゴールドは城下町へ買い出しに行っていた
 カイザルはまだ何か職務があるとのことで、部屋から出てこない

 久しぶりの独りで過ごす時間だ

 独りでいるのは大嫌いだ
 昔からそうだった
 しかし、今では隣にゴールドがいないというだけで不安になる

 自分でも不思議なほどに彼の存在が自分の中で大きくなっていた
 日増しに彼の色に染まっていく自分に不安と喜びを感じる
 まさか自分にそんな日が来るとは思っても見なかった

 ―――本気で好きなんだよな……
 相手が異世界人で悪魔で一回り以上年上でも、何の障害にもならない程に

 何となく昨夜の情事を思い出して、気恥ずかしい気持ちになる
 優しそうな笑顔をしていても、やっぱり相手は悪魔だ
 結構無体な目に遭ったと自負している―――が、それもまた愛だと思えてしまう

 最近ではあの悪寒のような寒い口説き文句に優越感にも似た喜びを感じている
 もう、自分は戻れないところまで来てしまった、と思いながら、しかしそれもいいと思った


 静かな気持ちだった
 のんびりと地球には無い草花を眺める
 風に乗って、甘い香りがした





「―――こんにちは。いい天気ね」

 急に声をかけられて飛び上がる
 いつの間にか、自分のすぐ隣に女性の姿が会った
 ……甘い香りは、彼女の香水だったようだ

「ごめんなさい、驚かせちゃった?」

「いや、別に…
 見慣れない顔だけど城の人か?」

「ううん、あたしは魔法の修行をしながら世界を旅してるの
 何となくこの島国にも来てみたんだけど…いい所ね、気に入ったわ」

 旅人……確かに少しこの国のものとは服のデザインが違う
 この城の住人は、ゆったりとした絹の服を着ているが、彼女はぴっちりとした皮製の服を着ている
 ゲームに出てきそうな魔女っ娘スタイルとでも言うのだろうか、露出度の高い服装だ







「女性の一人旅って危なくないか?」

「慣れれば平気よ。…ねぇ、それよりも、伝説のセイレーンがいるんですって?
 神話にしか出てこない人物が実在してるなんて感激だわ……!!
 きっと素敵な方なんでしょうね……ねぇ、ちょっとでいいの。会えないかしら…?
 それにね、お城ってロマンチックで素敵じゃない? 一度でいいから入ってみたかったのよ」

 女性はキラキラと瞳を輝かせている
 可愛らしい女性の頼みとなれば叶えてやりたいが、レンも見せ物ではない
 興味本位で来られても迷惑だろう
 それに今は大切な魔法の研究中だ

「色々と忙しいから無理だと思う」

「えぇ〜どうしてもダメ?
 本当に、ちらっと見るだけでイイのよ? ね?」

 彼女は尚も食い下がる
 駄々っ子のように俺の両腕をつかんで左右に振った
 意外と力が強い…腕が千切れそうに痛む

「ち、ちょっと待て……!! 腕が痛い……!!」

 彼女を振り解こうと身を捩ったとき、偶然にも視界の隅にゴールドの姿を見つけた
 彼も俺の視線に気づいたらしい
 慌てて駆け寄ると、女性に向かって叫んだ

「彼から離れなさい!! 兵を呼びますよ!!」

 ゴールドの声に驚いたのか、女性は手を離すとその場に座り込む
 彼女からしてみれば、ちょっとした好奇心からの行動だ
 俺は少し気の毒に思いながらも、ゴールドの傍に移動した

「あ、あたしは…ちょっとお城が見たかっただけよぅ…怒鳴るなんて酷いわ…」

 女性は半泣きになりながらゴールドを脅えた瞳で見つめている
 小柄な彼女には、長身の彼が更に大きく見えているのだろう

「白々しい嘘です。ボクには通用しませんよ
 そんな変装までして何を企んでいるのです?
 ―――女王の側近である大魔女・カーン様ともあろう御方が」

 ……女王の側近……?
 ということは、彼女は敵なのだろうか

「あたしが大魔女・カーン様ですって…?
 そんな筈ないじゃない…酷い言い掛かりだわ!!」

「魔力を下げて低級悪魔に見せかけても無駄です
 ボクは貴方の顔をしっかりと覚えているのです
 ―――ジュン、急いでカイザル様とリノライ様を呼んできて下さい」

「わかった!!」


 俺は脇目も振らず全速力で走り出す
 彼の言う通り、彼女が魔女なら―――…一刻を争う事態だ
 中級悪魔のゴールドに、どれ程の時間稼ぎが出来るかもわからない

 俺は祈りながら階段を駆け上がった
 まず最初にカイザルの執務室へ
 瞬間移動できる彼なら、すぐにゴールドの傍へ行くことができる



 俺は今までに無いくらいの速さで執務室に辿り着くと、勢い良くその扉を開け放った

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