「―――ジュン、寝てしまったのですか?」

 ゴールドが羽毛布団の上から軽く叩いてくる
 少し甘えるような、それでいてどこか拗ねた様な声色だった


「――――何だ?」

 少し眠かったが、何とか目を抉じ開ける
 欠伸を噛み殺してゴールドを見ると、彼は少し申し訳なさそうな顔をしていた

「……あの、眠いのなら別にいいのです……」

「いや、もう起きたから
 何か用があるんだろう?」

 俺は眠気覚ましに水差しに入った水を飲んだ
 水道水と違って生ぬるいその液体は、しかし消毒薬の臭いがしなくて美味しい
 殺菌のためだろうか、微かにハーブの香りがするのも気に入った

「……あの、ジュン……」

 ゴールドは俺の手から空になったコップを受け取るとサイドテーブルに置く
 そして再び俺と向かい合うと、そのまま俺に寄りかかってきた

「一緒に寝たいのか? 隣、来てもいいぞ」

 布団を捲ると、寝汗に濡れた足が微かに冷えた
 窓の少ない室内は初冬なのに少し蒸し暑く、俺は下着姿になって眠っている
 椅子の上にかけられたジャケットとズボンがランプに照らされてオレンジ色になっていた


「……理性の吹き飛びそうな姿です……」

 ゴールドは剥き出しの俺の太腿を眺めている
 しかしゴールドもズボンを脱いでいるから俺と大差ない格好だ
 むしろ彼のシャツの方が裾も長くてスリットも深いからワンピースのようでセクシーだ

「若い肌…羨ましいです」

「お前だって、そんなに変わらないだろ。大体お前は歳幾つなんだ?」

「幾つに見えます?」

「リノライさんくらい…25、26歳…? 30は行ってないと思う」

 でもどう見ても年下にしか見えないレンも俺より年上だったし…
 同い年だと思っていたカイザルも実はかなり年上だった
 そして年上だと思っていたレグルスが同い年だった……

 あまり外見で年齢を判断してはいけないのかもしれない

「お世辞が上手いのです…ボクはそんなに若くないのです」

「……え……実は三十路? それともまさか四十路!? …意外と若作りなんだな」

 少し垂れ目がちな、比較的大きな瞳が若く見せるのだろうか
 それともこの口調が歳若い印象を与えるのだろうか……

「種族にもよりますが、人間よりも寿命が長いので成長の早さも違うのです
 殆どの魔が20代半ばになると成長が一度止まるのです…停止期間に個体差はありますが」

 それではカイザルやリノライは、あの姿のまま当分は歳をとらないのだろうか
 人間としては、少し羨ましいと思った



「……そういえば用事って何なんだ? 本気で添い寝して欲しかったのか?」

「いえ…夜這いを試みようとしただけなのです」

 ―――襲うつもりだったのか…
 律儀に起こすあたりがゴールドらしいが

「でも疲れてるんじゃないのか? 年寄りのくせに大丈夫なのか?」

「酷い……いくら何でも、まだ現役なのです……」

「そうか? ―――なら別にいいけど」

 さっきまで戦闘中だったというのに元気な奴だ
 やはり鍛え方が違うのだろうか

「今夜こそ、邪魔が入らなければいいのですが…」

 ゴールドのボヤキに、俺は思わず笑ってしまった
 まぁ今夜はレンもレグルスも疲れているだろうし、カイザルとリノライも忙しいに違いない
 魔女たちも倒したし、もう深夜だ……邪魔は入らないだろう

 俺は着ていたシャツを脱ぎ捨てるとベッドに寝っ転がる
 そのまま爆睡したい衝動に駆られた
 でもきっと、このまま寝たら穏便なゴールドでも怒るだろう

 しかし、何となくそんなゴールドも見てみたいような気がする

 ――――まぁ、寝たら寝たときだな……


 俺はゴールドの背を抱いて目を閉じた






 翌朝、ある意味笑える程に―――すっきりと目が覚めた俺は約束通り二人を迎えに行った

「おはようございます、レンさん」

「……おはよ…何か朝から元気だね…」

 レンは朝が弱いのだろうか
 まだ眠そうに目をこすっている
 髪はクセ毛のせいで寝癖なのかどうかわからない

「お、早ぇな……メシ行くか?」

 レグルスは顔を洗ったばかりらしい
 頬についた水滴が朝日に光っていた

「今日はカイザルさんが手配した仕立て屋が来るんですよね?
 どんな服をデザインするのか少し楽しみで…やっぱりファンタジーだな…」

「そういやジュンは学校で美術関係をやってたって言ってたな
 何だ、美術科ってぇのはファッションデザインのほうも専門なのか?」

「いや…俺は油絵専門なんですけど、色んなものからイメージを掴みたいんで」

 学校では人物画を専門に描いていた
 しかしこの世界の影響を受けて、今度は妖精や悪魔などのファンタジー路線にも挑戦してみたくなった
 それに独特の装飾とデザインの服は充分に描き応えがありそうだ

 いつか機会があったら皆の絵も描かせてもらいたい

「そういやジュンも服を作ってもらうんだったよな?
 やっぱお前は赤系の服か? 暖色系が似合うってぇのも羨ましいぜ」

 この世界では俺の服は目立つからと、カイザルは俺の分の服も作ってくれると言ってくれた
 ゴールドとレグルスにもどうかと誘ったらしいが、この二人は断ったらしい
 今着ている服が結構気に入っているそうだ

「どんな服なのか楽しみだな…」

「レンもどんな服を着るのか楽しみだぜ
 セイレーンのイメージで作るって言ってたけどよ、どんなんだろうな」


 俺たちは未だ見ぬ服に想像を膨らませながらファッションについて語り合った
 仕立て屋が来る昼が待ち遠しい
 期待に胸を躍らせながら俺たちは食堂への道を急いだのであった

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