「……………」

 俺とリノライは岸壁で寄り添っていた
 頭から高波をかぶって身体の心から冷え切る
 海はこれでもかという程の荒れっぷりだった

「…ジュン殿、私も25年生きておりますが、このような海は生まれて初めて見ました……」

「俺もです。…やっぱりセイレーンの効果…?」

 俺たちは、その光景を眺めていた
 他にはどうすることも出来ない

 成す術も無く――――巨大なウニに押し潰される敵船に涙した

 ……それにしてもデカい
 たかがウニ
 されどウニ
 巨大なウニは、ただそこに在るだけで凶器と化す
 鋭い無数のトゲが槍の様に船体に穴を開け海の藻屑と変貌させる

「……このウニは何処から来たのでしょうか……」

「たぶん、レンさんが呼び寄せたんじゃないかと思うが……」








 こんなもので攻撃される敵も災難だ
 ウニの方もきっと『俺は兵器じゃねぇ』と涙しているのではないだろうか
 心無しかウニの表情(?)に憂いの色が見える――――ような気がしないでもない

「……レンさん、武器は選んでくれ……」

 超高速で迫る巨大ウニ
 ウニ圧(?)で沈む敵の船

 俺たちは、あまりのカッコ悪さに頭を抱えた
 着実に敵の数は減っているのに勝った気がしないのはどうしてだろう



「あ〜!! ジュン君、リノライさん〜!!」

 少し離れた岸壁でレンが手を振っていた

「……レンさん……あのウニは一体……」

「ん〜丸腰だったからねぇ…咄嗟に武器になりそうなものを探したんだよ
 この際、硬くて尖ってれば何でもいいや〜って思ってさ、とりあえずウニ
 ヤリイカも候補に挙がってたんだけど、強度に自信が無いって言うから、ウニ決定」

 ウニ決定…って、あんた……
 それは海の守り神として、やっていいことなのだろうか…

「申し訳ございませんが、おひとつだけ、お聞かせ願えますでしょうか…
 ……あの、ウニはわかりましたが…どのようにして巨大化させているのでしょう…?」

「仕様だよ」

「…………………はい?」







「リノライさん、何でか知らないが、レンさんがいると色んなモノが巨大化して出てくるんだ
 理屈で考えたら現実に負ける。頭で考えないで身体で理解した方が利口だ…俺もそうだった」

 俺は慰めるようにリノライの肩を叩く
 大丈夫―――きっと、彼もいつか慣れる日が来るだろう

「きっと海は敵が来たことを俺に知らせようとしてくれてたんだね
 おかげで助かったよ…とりあえず敵を上陸させることは防げたみたいだしね」

 その海に対して、恩を仇で返しているような気がするのは気のせいだろうか
 思いっきり荒れ放題だし、ウニが暴れてるし―――って、ウニって暴れるものだったろうか…

「…まぁ、レンさんが良いって言うなら良いんだろうが…」

「そ、そうですね…どうも、有難う御座いました」

 リノライの感謝がレンとウニ、どちらに向けられていたのかは知る由も無い
 ただ俺がわかるのは、この国が―――世界初のウニで戦った国である―――ということだけだった

「ねぇ、魔女の船も撃退したしお城に帰らない?
 まだ中には敵がいるかもしれないし…レグルスの事も心配だよ」

 きっと、船が再び襲ってきたとしてもまた海が教えてくれるだろう
 そしてウニが戦ってくれる――――かも知れない

「そうですね…では参りましょうか」

 城へと続く道のりを歩きながら、俺とリノライは何気無く思った
 ――――結局、自分は何の役にも立たなかったと






 城では既に一段落したらしい
 敵の骸を城の兵士が片付け、匠が崩れた壁の補強工事に取り掛かっている
 皆、もう深夜だというのにご苦労なことだ


「……レン、そっちも無事みてぇだな。 ったく、いつも心配させやがってこの野郎…」

 レグルスはゴールドに肩を貸してもらいながら俺たちの方に歩いてくる
 どうやら皆に怪我は無かったようだ
 しかし、カイザルの姿だけ見当たらない

「失礼…ゴールド、ひとつお尋ね致しますが、カイザル王子は執務室でらっしゃいますか?」

「はい。…特にお怪我も無いようで執務に取り組んでいるのです。きっと補佐が必要です…手伝って差し上げて欲しい のです」

「そうですね…ありがとうございます。それでは私は失礼致します
 ゴールド、皆様を客室へ案内して差し上げてください…さぞお疲れでしょう」

 リノライは口調も表情も穏やかだが、内心では気が気でないのだろう
 いくらカイザルが武闘派とは言え心配でないといえば嘘になる
 少し早足で執務室へ向かうその姿がそう物語っていた

「ったく…疲れたぜ今日は…。 っても俺は何にもしてねぇけどよ」

「俺も特に何もして無いな…全部レンさんが倒し……いや、ウニか……」

「…うに?」

 ゴールドは怪訝そうな表情をする
 しかし自己完結させたのかすぐに笑顔に戻った

「それではお部屋に案内するのです。…ついて来て下さい」

 俺たちは黙ってゴールドの後へ続いた
 正直、本気で何も役立つことをしていないのに身も心も疲れ果てていた
 全速力で走って疲労困憊のところを巨大ウニのインパクトで止めを刺されたためだろう

 …きっと、ゴールドは剣と魔法で格好良く戦ったのだろう…その姿を見れなくて少し残念な気がした


 レンとレグルスの部屋は大きな窓と照明がたくさんある明るい部屋だった
 凝った装飾品がたくさんつけられた賑やかで楽しそうなツインルーム
 それとは対照的に俺とゴールドの部屋は大理石造りの落ち着いた雰囲気の部屋だった
 白っぽい壁に掛かる青い色のカーテンが落ち着きと安らぎを与えてくれる

「……それじゃぁ、おやすみ〜
 明日の朝先に起きたほうが迎えに行こうね」

 レンは半ばレグルスを抱えるようにして部屋へと消えていった
 いくらレンの方が背が高いからとはいえ、普通は持ち上げないだろうに……

「レンさんて、実は物凄い力持ちなんだな…男ひとり抱き上げるなんて」

「そうですか? ボクも以前ジュンの事を抱き上げたことがあるのです
 愛の力があれば火事場の馬鹿力並の潜在能力が引き出されるみたいなのです」

 ……俺たちの場合は本当に火事の最中だったのだが……

「それよりも、早く部屋に入りましょう。ボクも疲れたのです」

「そうだな…もう寝るか」

 俺たちは大理石の客室へと入った
 レンたちの部屋と違って窓が極端に少なくて小さい
 ランプを並べても薄暗さは払拭できなかった

「……まぁ、寝るだけだし」

「朝になっても陽が差さないので暗いのです」

「……そんな部屋を客室に使うなよ」

「この大理石の中には様々な宝石の原石が入っているのです
 あまりに豪華な素材なので、窓のために穴を開けるのが勿体無かったのです
 でも、ランプに照らされてキラキラ宝石が光って…これはこれで趣があるものです」

 確かに炎が揺れる度に壁が微かな反射を起こして綺麗だった
 薄暗い中であるからこそ宝石の輝きも嫌味にならない
 決して華美過ぎず、しかし最高級の豪華さを持った部屋は客人を持て成すには良いかも知れない

「…なるほど…ちゃんと計算されてるんだな」

「単なる設計ミスだったという噂もあるのです。窓の寸法の単位をcmとmmを間違えたという……」

 それは何だか悲しい…というか切ない
 しかし例え設計ミスだとしても結果的には良かったのだから気にしないでおこう


 俺は上着を脱いで椅子にかけると、ベッドにもぐって目を閉じた

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